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つちやかおり 認知症の母の「延命治療」で出した結論

NEWSポストセブン のロゴ NEWSポストセブン 2019/10/10 11:00
認知症母と延命治療について語ったつちや © SHOGAKUKAN Inc. 提供 認知症母と延命治療について語ったつちや

 厚労省によれば、「死が近い場合に受けたい医療・療養」「受けたくない医療・療養」について、家族と話し合ったことがある人の割合は39.5%。半数以上が話し合ったことがなく、突如として親の最期の選択を迫られるケースも多い。認知症の母を持つ、つちやかおり(55才)もそのひとり。葛藤と苦悩、決断までの経緯を聞いた。

「気持ちの整理がついたので、お話しさせていただきます」。つちやは、こうゆっくりと口を開いた。

 7月3日、つちやは自身のブログで、

《「延命治療」って何だろう 母が食べ物を受け付けなくなっている このままの状態が続いて 何かあった時にどうするか… ホームから話がしたいと連絡がきた》

 と、母親の延命治療の選択を迫られたことを告白。その日の動揺を包み隠さず綴った内容に、読者から励ましや共感の声がたくさん寄せられていた。

 延命治療の選択は、介護現場で多くの家族が直面する深刻な問題だ。しかし実際には、介護者・治療者と家族の間でどのようなやり取りがなされるのかを知る機会は少ない。

──つちやは1979年にテレビドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)でデビューすると、女優や歌手、グラビアなど幅広く活躍。そんな彼女の大きな支えになってきた母の玲子さんは、今年88才だ。2010年に認知症と診断され、2~3年前からは娘のこともわからなくなっている。介護保険制度では「要介護3」の認定を受け、5年前に東京近郊の認知症グループホームに入所、現在もそこで暮らしている。

 その母に対する今後の介護方針について大きな決断を求められたのは、突然のことだった。

「ホーム側から『お母さんのこれからのことで、お話がしたい』という話は以前から聞かされていたのですが、ある日、『玲子さん、全く食べなくなっています。このままの状態が続いた場合のことについて相談したい』と電話があったんです。これまでとは違う深刻なトーンに、胸騒ぎを覚えました。胸が締めつけられる思いで、ホームに向かったんです」(つちや・以下同)

 ホームに到着すると、母は入居者の共有スペースであるリビングにいた。車椅子を使っているものの、普段とさして変わらない様子につちやは胸をなでおろす。ところが──。

「そこでスタッフのかたの口から出たのが、『延命治療』という言葉だったのです。“これからのこと”が、まさか延命治療のことだとは想像もしていませんでした」

◆突然のことで頭が真っ白に

 事の経緯はこうだった。

 最近の玲子さんはどんどん食が細くなっている。食べ物を細かくするなど、工夫してもここ2~3日はほとんど食べていない状態で、このままでは胃ろうなど、管で直接栄養補給をする「経管栄養」も考えなければならない。

 認知症は無気力も症状の1つで、食に興味を示さずに食欲が減退することがある。そのため、体は元気でも食事を摂らなくなってしまうケースも、珍しくはないという。

「母は認知症です。点滴治療をすると、自分で管を抜いてしまうことがあります。経管栄養を行う場合は、管を抜かないように、手を縛りつけることになると…。

 そこまでするのか、それとも口から食べられないなら経過を見守り、“穏やかな死”を待つか。今すぐのことではなく、今後どうするかという話だったのですが、突然のことだったので頭の中が真っ白になってしまいました」

 つちやは母の手を握りながら一緒に聞いていたという。

「食事が摂れていないのは事実なのだけれど、目の前の母はいつものようにニコニコしているし、こちらの問いかけにも反応はしてくれます。特にやせてきたわけでもない。そんな母の様子と『延命治療』という言葉のギャップには、違和感があって、どこか現実じゃないような話をしている感覚もあったんです」

 本人の前で生と死にかかわる選択を迫ることへの憤りもあったはずだろう。

 延命の問題を含め、治療方針について介護施設側と本人を交えて話し合うことは「人生会議」と呼ばれている。残された人生をよりよく生きるため、終末期医療に関しても、本人の意思を尊重すべきだという考えのもと、厚労省もこれを推奨している。ホーム側の対応も、そうした手続きに即したものだろう。

 とはいえ、心の準備がないなかで判断を迫られても、即答できるものではない。

「母の意識がはっきりしていて、本人と相談できればいいのですけど、それは難しい。私が顔を見せれば笑ってくれるけど、治療方針について話し合うことはできません。

 縛りつけてまで経管栄養を施すのは本人としてもつらいかなと思ったので、『延命は必要ありません』と伝えようとも考えたのですが…。でも目の前の母の笑顔を見たら、それもできなくて。結論は持ち帰ることにしました」

◆母の昔からの喜びが決断の決め手

 延命治療という言葉から母親の死を現実として意識することになったつちやは、その日から仕事も手につかないほど落ち込んだという。事の次第を7才年上の兄に相談してみるも、「延命治療はいらないと思うよ」とあっさりしたもの。つちやは気持ちを整理できずに、ひとり悶々とする日々が続いた。

『母と延命治療』のタイトルでブログへの書き込みを行ったのはこの頃だ。膨らむ不安を誰かに知ってもらうことで、少しでも紛らわせたかったのだという。

 ホーム側から説明があってから3日後、その後の母の様子を知るためホームに連絡を入れたつちやは、スタッフの言葉を聞いてさらに苦しむことになる。

「あれからまだほとんど食べることができていない、とのことでした。これはもう、本当に決断しなければいけないと思いました」

 そこから1日が過ぎ、2日が過ぎた。どうしようもないほど追い詰められた気持ちになった時、ホームからつちやの携帯に連絡が入った。

「少しだけですけど、食べてくれるようになったという報告でした。本当に、ほっとしました。しばらくするとまた連絡があって、今度は出した食事を完食してくれましたって。その後は体力も戻ってくれて、9月8日のブログでは、元気にケーキを食べる様子をアップできるまでになりました」

 しかし、だからといって延命治療の決断から逃れられたわけではない。

 延命治療という言葉を聞いてから約3か月。どこかふっ切れたような表情のつちやは彼女なりの結論を出していた。しばらく天井を見上げ、こう話してくれた。

「次に尋ねられたら、経管栄養は不要ですと答えると思います。ただ、“ギリギリまで精一杯のことはやってください”とお願いをします。一日に一口でもいいから、可能な限り口から食べさせてくださいと。母は昔から食べることが好きだったんです。でもその楽しみがなくなってしまったら、仮に胃ろうをして生きていても、母はうれしくないと思うんです。だから延命治療は結構です。それが今の私の答えです」

 延命治療の選択をきっかけに、最愛の母の死と向き合い、悩み抜いた日々は、決して無駄ではなかったのだろう。つちやの表情は、どこか晴れやかだった。

※女性セブン2019年10月24日号

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