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間寛平が古希迎え笑撃告白!たけし軍団、欽ちゃん事務所入り志願していた

サンケイスポーツ のロゴ サンケイスポーツ 2019/08/14 05:12
間寛平が古希迎え笑撃告白!たけし軍団、欽ちゃん事務所入り志願していた © 産経新聞社 間寛平が古希迎え笑撃告白!たけし軍団、欽ちゃん事務所入り志願していた

 タレント、間寛平(70)が古希を迎え、サンケイスポーツの取材に応じた。吉本新喜劇入団、座長就任、借金地獄、アースマラソン、木から転落…。数え切れないエピソードを振り返り、たけし軍団入りを志願した過去も明かした。今後も「失敗しようがなにしようが、好きなことをやっておこうと思う」と宣言。70歳になっても新しいことに挑戦することに意欲的だ。

間寛平が古希迎え笑撃告白!たけし軍団、欽ちゃん事務所入り志願していた © 産経新聞社 間寛平が古希迎え笑撃告白!たけし軍団、欽ちゃん事務所入り志願していた

 これほどドラマが詰まった人生はない。高知の田舎で生まれてから70年-。お茶の間の人気者となった寛平が7月20日に古希を迎えた喜びをしみじみと語った。

 「70年にいろんな歴史があったね~。同級生が6人くらいの山奥に住んでいるときからしたら、今、スマホを持ってツイッターをしているとはまさか思わなかった」

 吉本新喜劇に入団し、24歳の若さで座長就任。木村進さんとのコンビや、池乃めだか(76)との掛け合いで人気を博した。「当時は渥美清さんのようになりたかった。今は全然なれていないけど」と苦笑いで振り返った。

間寛平が古希迎え笑撃告白!たけし軍団、欽ちゃん事務所入り志願していた © 産経新聞社 間寛平が古希迎え笑撃告白!たけし軍団、欽ちゃん事務所入り志願していた

 若手時代は何度か謹慎処分も経験したが、ファンから「寛平を舞台に出して」と懇願する手紙が会社にたくさん届き、復帰をアシストしてもらった。「やんちゃばっかりして、失敗も多かったよ。俺もいっぱい謹慎したけど、みなさんにほんまに大事にしてもらった」と、当時の感謝は今も変わらない。

 長い芸歴の中では、吉本興業を辞めようとしたこともあった。借金の保証人に加え、自身のグッズ「アメマバッジ」を10万個作り、失敗。7000万円もの借金を背負い、精神的に追い込まれた。

 「俺も頭おかしくなっていたんかな。営業で岡山に行ったとき、ホテルの畳が『東京へ行け』って言うねん」

 翌朝、吉本に退社の旨を告げ、東京へ。島田洋七(69)にビートたけし(72)を紹介してもらい、たけし軍団入りを直談判した。しかし、その会食帰りにたけしの運転手から「新喜劇のあこがれの人です。たけし軍団に入らんといてください」と説得された。

 「ホテルに帰ったら、嫁が『アンタ、酒の臭いプンプンさせて、こんな遅くまで何してんの! 明日は欽ちゃんのところ行かなアカンのに』って怒られたわ」

 なんと、次の日は光代夫人が幼い頃から追っかけをしていた萩本欽一(78)にも直談判。佐藤企画入りも決まりかけていたが、最後は吉本の必死の説得により、残留を決めた。

 36歳から続けているマラソンのほかにも、最近ではバンドにも挑戦するなど、精力的に活動している。

 「やっておかんと、もう寿命と機会がない。失敗しようがなにしようが、好きなことをやっておこうと思う」

 年齢を感じさせない意欲を見せた70歳。寛平のスリリングなドラマはまだまだ続く。

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