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「愛」と「執着」は表裏一体、安田顕が映画『愛しのアイリーン』に衝撃を受けた理由

ローリングストーン日本版 のロゴ ローリングストーン日本版 2018/09/12 18:00 Takanori Kuroda

© Culture Entertainment Co.,Ltd. 提供 『ザ・ワールド・イズ・マイン』や『宮本から君へ』など、リアルな人間描写と荒唐無稽なストーリー展開で世にインパクトを与え続けてきた漫画家、新井英樹の90年代の代表作『愛しのアイリーン』がついに映画化される。

農家を営む両親のもとで暮らす宍戸岩男は、42歳を迎える今も独り身。密かに想いを寄せていた職場の女性にもフラれ、半ば自暴自棄でフィリピンへと向かった彼は国際結婚斡旋会社の紹介で、フィリピン女性のアイリーンと結婚を決めてしまう。彼女を連れて帰国すると、実家は父の葬儀の真最中。岩尾を溺愛していた母親は当然激昂し、アイリーンに猟銃を向けるほどの騒ぎになってしまう。

両親への仕送りのため、愛もなく結婚したアイリーンと、彼女に性的関係を迫り続ける童貞の岩男、そんな2人を何としてでも別れさせようと画策する母親。果たして、3人の関係はどのように変化していくのだろうか。

思わず目を背けたくなるような、人間の醜さやおぞましさ、浅はかさを正面から描く本作。メガフォンを取ったのは、『ヒメアノ〜ル』や『犬猿』で一世を風靡した吉田恵輔。原作を「もっとも影響を受けた漫画」と公言する彼により、その世界観が鮮やかに蘇った。

そこで今回は、岩男役に抜擢され見事に演じきった安田顕に映画の見どころについて訊いた。「愛」とは一体何なのだろう……「結婚」「家族」とは? 本作のエピソードとともに、そんな根源的なテーマについても深く話してもらうことができた。

─映画の反響ですが、公開前にしてすでに大変なことになっていますね。

安田:その前に一つよろしいですか? 実は僕、ビートルズのファンクラブに30年前から入っているくらい、ロックが好きなんですよ。なので『ローリングストーン』さんのインタビューを受けられるなんてとても光栄です。考えてみれば、岩男って”ローリングストーン”そのものですね、”転げ落ちていく岩”という意味で。

─あ、本当ですね! ありがとうございます。映画『愛しのアイリーン』、とにかく衝撃的だったんですが、安田さん自身も完成した映画を観て、「マイク・タイソンに殴られたような衝撃だった」とコメントされていますね。

安田:マイク・タイソンに殴られたら死んじゃうけど(笑)、鈍器で殴られたような衝撃を受けたのは事実です。この衝撃は一体どこから来ているのか、未だにその正体が掴み切れておらず、こうやってインタビューをさせてもらいながら自分なりに考えをまとめているところです。とにかく、作品自体の熱量もそうなのですが、吉田恵輔監督の原作に対する思いが画面からほとばしっていて、それに面食らっている自分がいる気がします。

─原作の大ファンだったという監督から出演オファーをもらったとき、どんな心境でした?

安田:原作の岩男は熊のような大男で、風貌は自分と似ても似つかないじゃないですか。「なぜ、僕なんですか?」と率直に尋ねたんです。そうしたら監督から「見た目ではなく、内面で岩男を演じてほしい」と言われて。だとしたら、これまで以上に自分の内面をさらけ出さなければならないなと思いました。メイクなども一切せず、そのままでいこうと。あとは現場が教えてくれました。オールロケだったのですが、そこでスタッフさんたちが作り込んでくれた映画の世界観に、とにかく身を投じていく、そのことの幸せを感じながら撮影に挑んでいました。これ、もし他の人が演じていて、それを映画館で観たら間違いなく嫉妬すると思います(笑)。

─撮影中はずっと、岩男という役に入り込んでいたそうですね。

安田:原作や脚本を読み込み、彼が今までどんな人生を歩んで来たのかを知れば知るほど、「岩男と一緒にいたい」という気持ちが強くなっていって。もちろん架空の人物ではあるんですが、自分がそこ(岩男という役)から離れた瞬間に、彼がいなくなってしまう……。彼に対してそんなことはしたくない、彼と同化したくてしかたないという心境に”陥って”いました。それと同時に、「こんな思いをするくらいなら逃げ出したい」という思いが交互に襲ってきました。

─かなり壮絶な状況だったのですね。

安田:ひょっとしたら、それでまだ救われていたのかも知れないです。本当に上手い役者さんだったら、オンオフを切り替えて演じ切ることが出来るのかもしれないけど、自分にはそんなスキルはないし、無理に切り替えたら余計に苦しかったかも。とにかく「日常」が入り込んでくるのが嫌だったんですよ。現場の人たちとしか触れ合いたくないというか。

基本、1人で現場まで行くのですが、たまにマネージャーさんが心配して見に来てくれて。そばにいてくれようとするんですけど、でも僕は「安田顕」には戻りたくないわけです(笑)。それで仕方なく、「いつも本当に感謝しているんだけど、申し訳ないが俺の視界から消えてくれ」と頼んだこともありました。後から「なんてことを言ってしまったんだろう」と思って謝りましたけど(笑)。

─それにしてもこの岩男という人物は、42歳で童貞。未だに母親と一つ屋根の下で暮らしているんですが、この原作がリアルタイムで読まれていた90年代よりも、そういう状況の男性はさらに増えて深刻な問題になっていますよね。

岩男:本当にそうですよね。あの田舎の風景……東京から離れた先には、ああいう過疎化した村があって。そこで行き詰まったような暮らしをしている人がいるというのは、原作から20年経っても変わらないのだなということにも驚きました。

─彼の言動はかなりエクストリームではありますが、共感・共鳴するところなどありましたか?

安田:もし僕自身が岩男と同じ境遇に置かれたとして、彼のように手当たり次第に女性とセックスするようなことは、ないとは思うのだけど(笑)、誰かのせいにして生きていたり、ある”出来事”をきっかけに怯えて自暴自棄になったり、相手と一瞬でも気持ちが通じ合えたのに、そのことをすぐ忘れてしまったり……。おっしゃるように彼の場合はエクストリームではあるけど、自分の中の感情として思い当たる節はあるというか。誰しも抱えているであろう”醜さ”を見せつけられた思いはしました。

─そうなんですよね。岩男の”醜さ”に共鳴している自分がいることの衝撃を、観ていて何度も味わいました。岩男だけでなく、この映画に出てくる人たち全員が人間の醜さ、見たくなくて目を伏せていたものをさらけ出していて。おそらく誰が観ても、何かしら共感してしまうんじゃないかなと。

安田:そうそう!(笑) だから、観終わった直後は「もう二度と観たくない」って思う。あとからまた観たくて仕方なくなるんだけど。例えば、こうやって普段生きてきて、目の中にふと飛び込んでくる情報でも、見たくないものって瞬時に排除しているものじゃないですか、無意識的に。でも、本当は目にしているし、感じている。それを目の前にボンと置かれる感覚というか。

─そうした”醜さ”の中でも、安田さんが特に衝撃的だったのは?

安田:岩男が、アイリーンに万札を投げながら「(これで)おまんごさせろ!」というシーンですかね。もう、人としてあり得ないし、自分の中にそんなことをする人格があるなんて認めたくないのだけど、でもきっと、どこかで自分と地続きの感情なのかと思ったら本当にショックでした。

─「愛だから(愛のあるセックスをするから)結婚、金だから(金のためにセックスするから)売春」というアイリーンに対し、「愛だけで結婚はできねえ」という岩男のセリフにも考えさせられました。多額のお金を払ってアイリーンを”娶った”岩男は、結婚を「合法的な売春」と考えているのではないか。そもそも、金品のやり取りで始まった彼らの夫婦生活は、どこまでが「売春」でどこからが「結婚」なのか……。

安田:「お金」をめぐって、人の感情がいろいろと変化していくのもこの映画の肝ですよね。フィリピンで、岩男がアイリーンのお母さんにお金を渡したときの、彼女の表情も「真実」だし、いざ別れのときになって、娘が日本へ嫁ぐ悲しさに涙を流す時の表情も「真実」。それを観ていた仲介役(田中要次)の、「どんな国でもどんな環境でも、親が子を思う気持ちは変わらない」というセリフも、こんな歪んだ結婚システムの片棒を担ぐ身でありながら「真実」じゃないですか(笑)。

─確かに(笑)。それと、この映画を観ながら「愛とは一体なんだろう?」とも考えました。岩男のお母さんが、岩男に執着するのは「愛」と呼べるものなのでしょうか。

安田:確かに「愛」ではなく「執着」に近いところもあったし、岩男に対して「所有物」という気持ちも大きかったのかもしれないです。

これは個人的な話なのですが、先日母が、北海道のイベントを見に来てくれたんです。決して体は健康ではないですし、以前のように立ったり歩いたりできないのに、わざわざ田舎から何時間もかけて札幌まで。そんな状態になってまで、まだ息子の舞台を観たいのか……と思って感動したんです。母親の愛ってすごいなと。岩男のオナニーを覗く母親はどうかと思うけど(笑)、根底にあるものは同じなのかなあ。

─映画『レディ・バード』の中に「”love”と”pay attention(関心を寄せる)”は似ている」というセリフがあり、小説『ファーストラヴ』には「愛とは見守ること」という記述があって、どちらも感銘を受けたのですが(笑)、それで言えば、安田さんのお母さまも、岩男の母親も同じ「愛」かもしれないですね。

安田:確かにね、岩男の母の場合はエクストリームだったけど(笑)。

─では、岩男のアイリーンへの思いはどこから「愛」だったのでしょう。そもそも「愛」だった瞬間はあったのでしょうか。

安田:少なくとも、気持ちが通い合う瞬間はありました。例えば、初めて2人が結ばれたときには愛があったのかもしれない。それがいつの間にか所有欲や憎悪に変わってしまうように、愛を持続させるのは難しい。

─僕が岩男の愛を感じたのは、アイリーンにお金を渡して「フィリピンへ帰れ」というシーンでした。あのときに岩男はようやくアイリーンへの、あるいは自分自身への執着から解放されたのではないかと。アイリーンを手放す瞬間、諦める瞬間に愛が生まれた気がしました。

安田:ああ、そうですね。あのシーンは確かに「愛」でした。そこでも岩男がアイリーンに「お金」を渡すシーンが描かれているんだけど、そのお金はさっきの「おまんこ」のシーンとはまったく意味合いが変わってくるじゃないですか。そういう対比を持ってくるところに映画として痺れましたね。

「俺のそばにいろ」「おまんこさせろ」ではなく、「帰れ」に愛が宿る。そこに気づけた岩男は、短い一生でしたが、最後の最後に愛を知ることが出来たのかもしれない。自分を振り返ってみて、そういう「愛」を誰かに注げているか……そんなことまで考えさせられる『愛しのアイリーン』は、本当とてつもない映画ですね。

© Culture Entertainment Co.,Ltd. 提供

©︎2018「愛しのアイリーン」フィルムパートナーズ(VAP/スターサンズ/朝日新聞社)

『愛しのアイリーン』

監督:吉田恵輔

配給:スターサンズ

2018年9月14日より、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

http://irene-movie.jp/

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