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22歳で"サッカー人生"を諦められた理由

プレジデントオンライン のロゴ プレジデントオンライン 2019/02/12 09:15 嵜本 晋輔
※写真はイメージです(写真=iStock.com/SamuelBrownNG) © PRESIDENT Online ※写真はイメージです(写真=iStock.com/SamuelBrownNG)

元Jリーガーの嵜本晋輔氏は22歳の時に戦力外通告を受けた。当時はサッカー選手としてのプライドを捨てられず、トライアウトなどを受けたが、プロには戻れなかった。その後、ビジネスの道に入り、いまでは上場企業の社長だ。嵜本氏は、なぜサッカーをきっぱり諦めることができたのか――。

※本稿は、嵜本晋輔『戦力外Jリーガー 経営で勝ちにいく 新たな未来を切り拓く「前向きな撤退」の力』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

繰り返してきた「前向きな撤退」

私には18歳でガンバ大阪に入団し、22歳で戦力外通告を受け、29歳で独立・起業しました。起業したSOUは私が35歳のとき、東証マザーズに上場しました。

SOUのメインビジネスは、ラグジュアリーブランド品を全国54店舗で展開する「なんぼや」などの店舗で個人の方から買い取って、それをリユースショップなどを営む業者の方々にオークション形式で販売する、というものですが、創業から今日まで、いくつもの挑戦と、それに並ぶほどの“前向きな撤退”を繰り返してきました。

元Jリーガーが“上場企業社長”になれたワケ」でも一部記したように、私は起業前、父や2人の兄とともにリユース業を営んでいました。そのころは、仕入れたリユース品の9割を、他社が開催するインターネットネットオークションで、個人の方に販売していました。しかし、SOUの創業直前に、そのインターネットオークションからの「全面撤退」を私は決断しています。

私がインターネットオークションから撤退すべきだと考えた理由、それは同じ場に競合がどんどん増え、お客さまから見ると、私たちから商品を買う必要性が薄れつつあったからです。

「愛着」は間違った判断を引き起こす

その事実は数字を見ても明らかで、そこでいかなる工夫をしても、大きく上向く可能性はほぼありませんでした。落札価格も入札数も減っているケースが目立つようになり、それまでならば3万円を見込めていたようなものが、2万5000円止まりになる、ということも増えました。

だからこそ、撤退を決めたのです。次の挑戦の場として選んだのは、BtoBオークションでした。

私たちは長いあいだ、インターネットオークションを主な販売の場としてきましたが、一部の商品については、BtoBオークションも利用してきました。これは、入札を行えるのがリユース業を営むプロに限られるオークションです。ただしそこで私たちが販売する量はごくわずかで、比率でいえば、1割ほどでした。

ですから、インターネットオークションから一瞬で完全撤退せずに、徐々にインターネットオークションからBtoBオークションへとその軸足を移行させるという選択もできました。インターネットオークションには愛着すら感じていましたから、そこでたとえば比率を1対9にひっくり返して、それを使いつづけることもできたでしょう。

しかし、愛着というのは感情です。

そして感情によってしばしば、人は判断を誤ります。

手放した「手」で次の可能性をつかむ

私にはインターネットオークションを手放したその手でつかみ取るべき、BtoBオークションという次の選択肢とその可能性のすごさが、はっきり見えていました。

状況がはっきりしているのであれば、可能性が減少していく一方の市場からは、いち早く前向きに撤退し、次の足場を築くべきです。

この前向きな撤退と切り替えは、SOUでくだしてきた決断のごく一例です。その後も他社が開催するBtoBオークションからは完全に撤退し、オークション自体を自社で開催するという決断をしています。そのオークション会場は、現在では品川の本社オフィス内にありますが、ほかにもっと適した場所があるならば、いまの場所で続けなくてはならない理由はありません。

戦力外通告を受けても手放せなかったサッカー

私が「撤退」の決断を、おそらく多くの人に比べてよりスムーズに行えたのには、過去の経験が影響を与えています。

私は、高校卒業後に入団したJリーグのチームであるガンバ大阪から、3年目で戦力外通告を受けています。もちろん、それは自分にとってたいへんショックな出来事でした。

私にとってプロサッカー選手とは、Jリーグが始まった小学生のころからずっと憧れ、いつかは自分もそうなりたいと願い、日々の研鑽を重ねてやっとのことでつかみ取ったポジションでした。そうまでして手に入れたそのポジションを戦力外通告によって手放さなくてはならない現実は、どうしても受け入れがたいものでした。

こんなはずではない─―。

そして戦力外通告を受けてもなお、私は、サッカー選手でいつづけようとしました。具体的には、トライアウトを受けたのです。

ありがたいことに、ガンバ大阪の先輩である元日本代表の大黒将志さんが、コンサドーレ札幌の知り合いに「嵜本がトライアウトを受けるから、見てやって」と伝えてくれてもいました。

「プロサッカー選手」の夢ははかなく消えた

望みは、はかなくも消えました。

トライアウト後、何日経っても、Jリーグのどのクラブからも連絡はありませんでした。どこのクラブも私を戦力とは見ていない―─。その事実をあらためて、トライアウトという場で宣告されたのです。

いまにして思えば、そのタイミングで私を戦力外にしたガンバ大阪の判断が正しかったと認めるべきだったのかもしれません。しかし私は、トライアウトの結果すら、客観的に受け止められてはいませんでした。ガンバ大阪のみならず、Jリーグのどのクラブからも求められていないということを認めるチャンスを得たことに、そのときの私は気がついていなかったのです。

夢だったプロサッカー選手でいつづけたい。

あまりに強すぎるその願望が、客観的に自分を見極める視点を私から奪っていました。実力を直視するよりも、プライドを優先させたいという感情が、私自身を冷静に見極めた人たちの判断を受け入れることを、拒絶していたのです。

その後、私は社会人チームで1年間プレーし、そして、サッカー選手であることを辞めました。

Jリーグに戻りたいという感情を、いったん、脇に置いて考えるタイミングが訪れていたのです。

「サッカー漬け」の12年間を捨ててしまうことになる

もし戻れるとして、その場合はどんなプロセスを経ることになるのか、私はありとあらゆるシミュレーションを行いました。ここでどういう活躍をすれば、どのクラブから声がかけられ、いかなるプレーヤーとして起用されることになるのか、そのすべてをできるだけ細かく想像しようと試みました。

まったくイメージが湧かない。それが結論でした。

自分にはもう、Jリーグでプレーする可能性はほとんどない。可能性はゼロではないけれど、あってもせいぜい5%。それが、冷静に自分を見極めたうえで出した結論だったのです。

ここで再びJリーガーになることをあきらめるということは、周囲に与えてもらった運や縁、そして12年間におよぶ「サッカーづけ」の自分の過去を捨ててしまうことになるのでは、との思いも頭をよぎりました。そこで失ってしまうもの、そして新たに得られるものは何か、ということについて、何度も何度も考えました。

過去にとらわれて人生を棒に振るのか

いつしか、私はこう考えるようになりました。

人生を100年とするならば、80年近く残されている私の人生というかけがえのない「資源」を5%しか可能性のないサッカーではなく、それ以外のところに投資したほうがよいのではないか――。

過去の12年間にとらわれたことで、12年間よりもずっと長いその後の人生を棒に振ることになるなら、そのほうがよほどもったいない、そう自らの可能性を見極めたのです。だからこそ、私はJリーガーに戻るための努力を断ち、次の世界で勝負することを決断しました。

いまここに、22歳で大学を卒業し、新卒で会社に入った、40歳の人がいたとします。その人のその世界でのキャリアは18年間。まだ、たったの18年です。その先の人生のほうが、ずっとずっと長いのです。

「前向きな撤退」があるから道が拓ける

多くの企業はいまだ、60歳を定年時期にしていますが、実際にその年齢でリタイアを選ぶ人は多くはないでしょう。かつてないほど現役で働く時間が長くなるだろう時代に、何かを手放し、次をつかみ取ることが「遅すぎる」ことは、決してありません。

「せっかく入った会社だから」「ここまでやってきたから」、そんな感情と、現実とは裏腹な「自分だけはこの業界で生き残れる」「この会社だけは大丈夫」といった願望に左右されて判断を誤ることほど、もったいないことはないでしょう。

「サッカー人生で最もよかったことは何ですか?」。そう聞かれたとき、私は迷わず「戦力外通告を受けたことです」と即答します。そこでサッカー選手としての自分を見極めることができたからです。決断できなければ、次を選ぶことはできません。そして、いまの私もありません。

“前向きな撤退”があるからこそ、新しい道が拓ける。前に進むことに比べて、ある程度コミットメントしたものを「手放す」という行為は、ビジネスにおいても、人生においても最も難しい決断の一つでしょう。しかしそれがあってこそ、人は新しい道を選び取ることができる。その大切さを、『戦力外Jリーガー 経営で勝ちにいく』を通じて、少しでも多くの読者の方にお伝えできればと思います。

嵜本 晋輔(さきもと・しんすけ)

SOU 社長

1982年、大阪府出身。関西大学第一高校卒業後、Jリーグ「ガンバ大阪」への入団と同時に関西大学に進学。引退後、父が経営していたリユースショップで経営のノウハウを学び、2007年にブランド買い取り専門店「なんぼや」を関西でオープン。2011年、株式会社SOUを設立し、同社代表取締役に就任。現在は「なんぼや」のほか、予約もできる買い取り専門店「BRAND CONCIER」から資産管理アプリ「miney」まで幅広く事業を展開。2018年3月、東証マザーズに株式上場。本書が初の著作となる。(写真=iStock.com)

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