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ヤリスGR-FOURとスポーツドライビングの未来(後編)

ITmedia ビジネスONLiNE のロゴ ITmedia ビジネスONLiNE 2020/01/14 09:20
GRスーパースポーツ © ITmedia ビジネスオンライン GRスーパースポーツ

 さて、前編ではGRヤリスのAWDモデル「GR-FOUR」がどんなクルマなのかについてレポートしたが、後編では、WRC発のクルマづくりはトヨタのビジネスをどう変えていくのか、そしてスポーツを目指すクルマのこれからについて書き進めていく。

●ラリーで勝つことから市販車の開発も始まった

 トヨタという会社はとても変わった会社で、ニュルブルクリンクやWRCへのチャレンジは、企業や製品の宣伝のために行っているわけではない。彼らが考えているのは、プロジェクトマネジメントをレーシングスピードに高速化していくための業務改革なのだ。

 このあたりは過去の記事でまとめてあるので、ぜひ一読されたい(「豊田章男社長がレースは「人を鍛える」という真意」「世界が知らない“最強トヨタ”の秘密 友山副社長に聞く生産性改革」)。

 今回のGRヤリスでも、トヨタはまた面白いことを言い出した。従来の競技車両は、市販車がまず初めにあり、それをレース用に改造して作られてきた。しかし今回のヤリスの開発は、始めにラリーで勝つためにどうするかを設定し、そこから市販車の開発が進められていったというのだ。

 これだけでは多分ピンと来ないだろう。トヨタは2015年から突然「もっといいクルマ」と言い出した。クルマに必要な要素は多々あるが、その中心に走る・曲がる・止まるがあるのは間違いない。

 少なくとも、その基本性能が高くないクルマでは競技に勝てない以上、競技で勝つためのポテンシャルアップは、かならず「もっといいクルマ」につながるはずである。

 トヨタはGRカンパニーによるWRCチャレンジのマネジメントを、往年のチャンピオンドライバー、トミ・マキネンに任せることにした。14年にフィンランドでトミ・マキネンと意気投合して、ラリーチームを任せる決断を下したのは豊田章男社長である。

 GRカンパニーの説明によれば、マキネンが最初に指摘したのはリヤウィングのことだったという。ボディ形状の影響でリヤウィングに風が当たらない。だからボディの形状を変えないとWRCカーとしての戦闘力が上がらない。

 筆者は、最初に話を聞いたとき、無茶苦茶だと思った。ヤリスはグローバル戦略を担うBセグメントカーであり、ボディ形状へのリクエストは、特殊なスポーツモデルのみならず、世界中で大量に販売される普通のヤリスも含めた話になる。リヤの居住性や、スタイリングはクルマの売れ行きに多大な影響を与えるだろう。そこに競技車両にしたときの空力性能を持ち込んでボディ形状に注文を付けようというのだ。

 しかし、よく考えてみれば、マキネンは何もリヤシートを潰せと言っているわけではないし、デザインなんてどうでもいいと言っているわけでもない。風が当たるようにしてくれと言っているだけだ。他の要求と同時に叶える方法を検討せずに、ただ却下するのは実はおかしい。

 要するにこれまでのトヨタは、特定の部署が重要事項の決定権を集中的に握っており、優先度の低い部署の要求は極めて簡単に却下されてきたということでもある。

 組織には極めてありがちな問題である。つまり政治力の無い少数派が重要なカイゼン提案をしても、それを組織の硬直化で拒絶する体制になっていた可能性が高い。もちろんあらゆる提案が全て有用ということではないが、本当の問題は誰が言ったかではなく、何を言ったかであるはずだ。

●競技起源のカイゼン提案

 つまり競技で求められる要素は、これまでトヨタのクルマづくりには何も考慮されなかったということだ。逆説的にいえば、競技起源のカイゼン提案は「もっといいクルマ」を作るアイディアの宝庫となり得る。

 となるとトヨタのやることは凄まじい。競技の世界ではクルマのセッティングに求められる精度は市販車と桁が違う。例えば車高の1ミリは競技の世界では極めて重要なのだが、従来の市販車の世界では組み付け公差の範囲である。

 競技に出るクルマだけ、個別にバラして高精度に組み直せば、WRCでの目的は果たせる話ではあるが、クルマづくりの思想としてはそうはいかない。ミリ単位の組み付け精度が必要な競技用のものづくり世界を生産車にフィードバックするのだとすれば、高精度な生産システムを構築しなければならない。でなければ競技車両に対して、ホモロゲーションモデルは「仏造って魂入れず」になってしまう。

 もちろんトヨタの全モデルの生産を高精度化する必要があるわけではないが、例えばGR-FOURにとってはそれはクルマの善し悪しを決める重要な分水嶺になる可能性があるということだ。

 トヨタは今、従来のベルトコンベアラインで製造される大量生産モデルと、セル型生産方式の製品モデル群の2つに商品を分離しようとしている。単純な話、ミリレベルの精度管理を行おうとしたとき、ベルトコンベア上で製品が動き続けている状態での作業では難しい。だから、GR-FOURの組み立てはライン型ではなくセル型に変更し、制止した状態で部品を組み付ける。加えて、社内からハイレベルの技能工を募って、匠の技術で作業を行う。

 そうやっていくつかの階層に分けたセル間をAGV(無人搬送車)でつなぎ、多品種少量かつ高精度組み付けを実現するGRファクトリーを元町工場に新設した。それは従来のハンドメイドの側から見れば高効率化であり、大量生産の側から見れば、これまでの制約を超えた生産精度の劇的な向上である。これによって、トヨタは、これまでの普及版の製品と違う価値を持つ製品を作ることが可能になる。

 トヨタは「BORN FROM WRC!」を、単なるお題目や宣伝文句として言っているわけではない。競技の世界の要求を満たすために、生産方式すらもガラっと変えるほどのカイゼンを進めているのだ。GR-FOURはそういうクルマである。

●スポーツカーが継続していくために

 さて、そうやってより走りの精度が高いクルマを作れるようになったとしよう。次にそういう「スポーツな領域」のクルマのビジネスをどうやって継続していくのかが問われる。まずはコストセンターではなく、トータルでしっかり利益を出すためにどうするか?

 日本では特に、素晴らしい素質を持ち、多くのファンを作ったモデルが、経営や景気の都合、あるいは経営者の考え方ひとつで消え去っていくという悲しいことが繰り返されてきた。

 GRカンパニーの当面の目的は、事業の継続的なプロフィットセンター化だ。現状は残念ながらまだコストセンターだというが、向こう2、3年で利益体質に変えていくという。そうしない限り、事業や製品の突然の終了を防ぐことはできない。原則的には利益が出ている事業を止めるということは起こらない。だからGRはレース活動まで含む全てをトータルで黒字化させようと考えている。

 GRはピラミッドの頂上に、やがて発売する「GRスーパースポーツ」を頂き、その下の階層にGRファクトリーで生産される純度の高いGRシリーズを置く。ピラミッドの基礎を支えるのは、トヨタの数ある車種にGRが少しずつ手を貸して作るGRスポーツと、GRイメージを使ったカスタムカーやパーツ群だ。これらのトータルで利益体質を確立していくのだという。

●スポーツカーと社会のルールをどう共存させるか

 さて、最後に一番大変な話を書く。筆者にとっても勇気のいる内容だ。最近強く感じていることだが、スポーツ系のクルマと社会ルールとの共存をどうするか、そろそろ真剣に考えなくてはならない時代になっている。

 現実の交通の中で、まる1日運転するとして、例えば車載の自動違反検知器のようなものがあったとすれは、違反を完全にゼロにする運転は不可能だ。これは普段から運転をするドライバーなら誰でも知っていることだ。

 しかし、最近では「例え時速1キロの違反であろうとも犯罪だ」とする人がいる。若い世代にはそういう人が増えているのを肌で感じる。

 他方、おっさん世代では、山道に行ったらぶっ飛ばすのは当然という人がいる。そしてこういう人たちは「1キロの違反も許さない」という人達の感覚がまるで分からない。この対立はこれから激化するのではないかと筆者は予想している。

 個人としての見解だが、時代背景を考えれば、ぶっ飛ばすのはもはや非難を免れないと思う。しかし、非難を覚悟の上でやる人を絶滅させることは難しいだろう。一方であまりに厳密な形式的遵法主義も現実性がないと考えている。世の中の全てのことが白黒付けられるわけではないと思うのだ。そこはコモンセンスの問題だと思う。

 いずれにせよ、ルールを絶対正義とする一派と、捕まらなければ何をしてもいいとする一派を、左右の両極端に置く対立は、やがて自動車メーカーにものしかかってくるはずだ。凄い性能のクルマを売って、ぶっ飛ばすかどうかはユーザー任せというスタンスでは、やって行かれなくなるだろう。問題の本質は、クルマに乗って楽しいという気持ちを、社会とどう折り合わせるかということだと思う。

 ベテランドライバーならご存じの通り、クルマをコントロールする楽しさは必ずしも速度に依存しない。法定速度で走っていても、本当にクルマの動きを美しく制御し、前後左右の加速度を線形につなげようと思えば、それは相当に繊細で難しく、その分楽しい。

 実はドライバーにとっては、やっていることは限界的ドリフト走行と同じことなのだ。変な例えかもしれないが、そろばんの上級者が、現物のそろばんなしでも、指で玉を弾くエアそろばんで計算ができてしまうのに近い。だから誰に非難されることもない走り方で公道を走っても十分に楽しめるのだ。

 しかしそういう枯れた境地に達するためには「ぶっ飛ばす」経験がやはり必要だ。GRは今、さまざまな体験イベントを通じて、合法的にぶっ飛ばせる場を用意して、運転スキル向上のための啓蒙活動を始めている。

 今更書くのも恥ずかしいが、運転技術は高いに越したことはない。何かの不運で、突然厳しい状況を迎えることは現実にある。一例として高速道路で突然逆走車が来た時、時速100キロとか、区間によっては120キロからの緊急回避、つまり限界的なクルマのコントロールができるかどうかは生死を分けることになる。

 だから運転のスキルアップはできる場があった方がいいし、そういう時に、操作にきちんと反応するクルマ、つまり良い道具があるかどうかは、技術の習熟速度を変える。ではそういう場所は現実にあるのだろうか? 「GR ドライビングエクスペリエンス」で検索すると各種メニューが出てくるが、 GRは今、各地のサーキットなどで、ドライビングレッスンやGRのクルマに乗れる体験を広げる活動を行っている。

 実は日本には各地にミニサーキットがあるが、これらの経営は極めて厳しい状態にある。こうしたサーキットの経営援助の意味合いも込めて、GR本隊や、各地のGRガレージなどがサポートしながら、運転のスキルアップトレーニングメニューを設定して行っている。合わせて、自動車に関する口コミ情報サイトの「みんカラ」と協力して、全国各地のこうしたミニサーキットのイベントの見える化を進めているのだ。

 こうして全体を俯瞰してみると、クルマを作って売るということは実に多岐に及ぶ活動が必要だ。GRというブランドによって、今またその活動の範囲が広がろうとしている。

(池田直渡)

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