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常識に縛られればお金のチャンスを逃す

All About のロゴ All About 2018/07/11 12:20 午堂 登紀雄(マネーガイド)
たとえば、次のような考えを持ってはいませんか?「友達はたくさんいたほうがいい」「人に迷惑をかけてはいけない」「ミスや失敗はいけないこと」など……。道徳観が強すぎると、人はそれに苦しめられるものです © オールアバウト 提供 たとえば、次のような考えを持ってはいませんか?「友達はたくさんいたほうがいい」「人に迷惑をかけてはいけない」「ミスや失敗はいけないこと」など……。道徳観が強すぎると、人はそれに苦しめられるものです

道徳観が強過ぎると、人はそれに苦しめられる

たとえば、次のような考えを持っていないでしょうか。

・孤独なのはいけないこと

・友達はたくさんいたほうがいい

・いい人であるべき

・人に迷惑をかけてはいけない

・他人を憎んではいけない

・仲間外れにならないよう振る舞うべきだ

・ミスや失敗はいけないこと

・どこかで災害があったときに騒ぐのは不謹慎だ

これらの考えがダメだということではなく、このような道徳観が強過ぎると、人はそれに苦しめられたりイライラさせられたりします。

たとえば子どもと一緒に居酒屋で食事した写真をSNSにアップしただけで、「けしからん」と言う人がいます。ではファミレスで親がビールを飲みながら食事をしている家族と何が違うのでしょうか? ファミレスなら良くて居酒屋が悪いのはなぜ?

最近の居酒屋は分煙になっているところも多いから、たばこの受動喫煙というリスクも少ない。夜遅くまで子どもを遊ばせているということはあるかもしれないけれども、たまたまかもしれない。これも結局、「子どもを連れて居酒屋に行くのはけしからん」などという考えが自分の中にあるからです。そんなルールはどこにもないのに……。

あるいは何かにつけて「世間的に恥ずかしい」「世間に顔向けできない」と感じる人もいます。では、「世間って誰のこと?」「世間に顔向けできたら、その世間は何かしてくれるの?」でしょうか。

これも「世間体を守ることは大事なこと」「よそ様にヘンと思われたくない」という考えがあるわけですが、世間体を守っても、世間が何かメリットをもたらしてくれるわけでもないし、その世間は何ら責任を取ってくれるわけではありません。それどころか、世間は凡人の集まりで構成されているから、世間に良い顔をすることは凡人の価値観で生きることであり、それは平凡な人生まっしぐらではないか。そう考えれば、世間的な観点からズレていることに対して罪悪感を抱く必要はないとわかります。

他人や社会に不平不満を感じてイライラしている人は、そのイライラの多くは自分の思い込みによって生じていることを認識できていないのです。自分はこれが正しいと思っているのに、そうしない人がいる、それが実現されていない状況がある。それが自分をイライラさせているのです。

しかしそれは、本当にイライラするほど価値があることなのか? 意義があることなのか? 自分の心がかき乱されるほど重要なことなのか? だからそういう思い込みをひとつひとつチェックし、意味のないものは捨てていく。捨てられるものが多ければ多いほど、精神は軽く、自由になります。そして失敗を恐れず挑戦できるようになります。

お金の問題解決力が高まる

同時にそれは、お金の面でも問題解決志向につながります。たとえば親に相続の話をすると「まだ元気なのに縁起でもない」という人がいます。

しかし親が健在なうちに遺言などの相続対策を考えておかなければ、それこそ親が認知症になったり本当に死んでしまってからでは、むしろ家族がもめる原因にもなったり、多額の相続税を支払うことになりかねません。あるいは親の死後に隠れ借金が見つかり、相続放棄の手続きが間に合わないこともあり得ます。仮に相続税が発生しない財産規模であっても、相続は必ずやってくるわけですから、縁起でもないと避けるのは現実からの逃避です。

道徳観念が不要ということではなく、意味のない道徳観を外していくことは、より適切な意思決定につながるということです。

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