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「共感」でお金を集める時代は終わった? 2020年代のクラウドファンディング論

BUSINESS INSIDER JAPAN のロゴ BUSINESS INSIDER JAPAN 2020/03/26 11:00 READYFOR
© ピースオブケイク

2019年12月18日から約1カ月半開催した、2020年代の未来予想を語る「#2020年代の未来予想図」投稿コンテスト。Business Insider Japan賞オウンドメディア部門で選ばれたのは、クラウドファンディング事業のREADYFORによる『「共感」でお金を集める時代は終わった? 2020年代のクラウドファンディング論』です

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受賞理由

新しい経済のあり方として注目されてきたクラウドファンディングの次のトレンドが、具体的な事例で描かれていて、時代の半歩先をいく視点がありました。また「共感」こそが力という昨今のSNSの流れを「終わった」として引き込ませる描き方など、視点も編集も惹きつけるものがありました。

(※以下記事は、2020年1月28日に公開した受賞作の転載です)

共感でお金を集める、新しい資金調達の形 ——。

クラウドファンディングは、日本にその仕組みが輸入されて約10年、しばしばそんなキャッチフレーズで語られてきました(*1)。

でも2020年、そろそろこの言葉から脱しても良いのではないかと思うのです。

はじめに

私は、日本最古参のクラウドファンディングサービスREADYFORで、プロジェクトの伴走サポートを行う「キュレーター」という仕事をしています。

担当プロジェクトは年間数十件。それぞれの実行者の方々とあーだこーだ言いながらプロジェクトの見せ方を試行錯誤し、支援者さんからの応援コメント(*2)に胸を熱くする日々の中で、次第にこの共感という言葉のそぐわなさに、違和感を抱くようになってきました。

クラウドファンディングの核って、別に「共感」ではないんじゃない……?

では私たちは、何でお金を集めている、といえるのだろう。決して大きな見返りがあるわけでもないプロジェクトに、善意の支援が集まるのはなぜなのだろう。

2020年代の幕開け。使い古された言葉の違和感と向き合って、これからのクラウドファンディングの形、支援の形をもう一度捉え直してみたいと思います。

「共感してもらう」という言葉の空々しさ

© shutterstock

辞書によれば、共感とは「他人と同じような感情になること」(新明解 第五版)。

クラウドファンディングの現場ではしばしば、「どうやったら共感してもらえるか」という議論が交わされます。でもそれって言い換えれば、プロジェクトの概要を読んで「我々と同じような感情になってもらおう」と考えていることになるわけで —— あまりに難度が高く、おこがましい話ではないかと思い至ります。

そもそも共感ってそんなに必要なものなのでしょうか。ものごとへの興味や理解、あるいは愛情のベースには、その対象への共感がなければいけないのでしょうか?

例えば、共感「しなければ」マイノリティには関われないとか、友達「ならば」共感できるはずとか、そんなことはないはずです。

LGBTQの人たちに共感しなくても、レインボーパレードを歩いてみたっていい。就職せずにずっと映画を撮っている友達の生き方に共感はできないけど、私はその子のことが大好き。そういうことって、充分あると思うのです。

もしこういうときに「共感してるよ」なんて言ったら、それは相手を(もしかすると自分のことも)傷つけてしまうかもしれない(大体、LGBTQの人たち、ってくくり方も変だ)。

ウェブ上でも、2010年代の後半、安易に共感を謳うことへの抵抗が語られるようになってきたように思うのですが(*3)、「共感」という言葉の生暖かい暴力性に無自覚ではいられない。少しずつそんな時代になってきているのかもしれません。

じゃあ、共感というお題目を抜き去ったあとのクラウドファンディングの可能性を拓いていくのはどんな支援の形だろう。

2019年、実際に担当したプロジェクトも振り返りながら、手探りで考えてみました。

【これからの支援の形[1]】

気まぐれで局所的な、「必要そう」という感覚

© shutterstock

一つキーになるかなと思っているのが、「必要そう」という感覚です。

先の例のように、共感はできない(し、共感したなんて簡単に言えない)けれど「必要そう」だから支援する。

共感が全面的な同意と理解だとすれば、「必要そう」はもっとライトで気まぐれで局所的。

そのプロジェクトに何のゆかりもない人生を歩んでいたけど、たまたま出会ってページを読んで、なんか「必要そう」なことだと思って支援してみた ——。

それは、クラウドファンディングは共感した人が支援をするんです、という言い方よりももっと寛容で、可能性のある世界観ではないでしょうか。当事者でなくたって、原体験がなくたって、支援はできるのです。

プロジェクトページの書き方も……

かつては、例えば国際協力分野のプロジェクトページでは、「遠い国の出来事だと感じさせないように身近な比喩やエピソードをたくさん入れましょう」なんてアドバイスが一般的でした。

もちろん、そういう工夫が一切ないお堅すぎるページも読みづらいですが、これからは「共感!!」なんて大袈裟に抱え込まず、もっと淡々と書いても良いのではないかと思っています。

こういう現実があるから、こういう心持ちで、こういうプロジェクトをやりたい。ということを「知ってもらう」までがゴールだと思って、気負わず書く。もちろん、誤解なく知ってもらう努力をすること、そのためにどういう人に支援してほしいのかを考えることは肝心です。

でも、世界は知らないことだらけです。ほとんどのことは、どうやったって身近なことにはなりません。それはもう当たり前で、仕方のないことです。

実際、支援者さんも、ページの全内容を熟読して自分ごと化して……というよりは、あくまでページのどこか「一部」にぐっときたからお金を投じてくださった、という場合も多いように思います。

プロジェクトページの一段落、一文。誰がどの部分をいいなと思うかは分かりません。でも読んでくれたその人は、記憶に残った一部分に自分の言葉を添えて、周りに語ってくれるかもしれない。SNSで投稿してくれるかもしれない。

そうやって実行者の物語は、誰かの物語に少しだけ重なっていく。クラウドファンディングの支援の輪の広がりは、そういうものだと思うのです。

プロジェクトの実例

例えばこのプロジェクトは、血縁関係のない子を引き取って育てる「里親」のコミュニティサイトを作ることを目指しています(2020年1月31日まで支援募集中)。

ページには、里親になる人が現実的に何に困っていて、どうすれば解決の糸口になりえるのか、ある意味淡々と書きました。子育て中の人に一部を重ね合わせてもらえるように、少し具体的なエピソードも入れていますが、全面的に「共感して!!」と訴えるような悲壮感みなぎるトーンではありません。

里親向けのサイトを作るというテーマですから、正直、多くの人にとって直接は関係のない社会課題です。でも応援コメントを読むと、それぞれの支援者さんが、それぞれの理由、それぞれの切り口で、「このサイトが必要そうだと思いました」と綴ってくださっています。

【これからの支援の形[2]】

「よく分からない」という期待

© shutterstock

もう一つ。「必要そうだ」のさらに手前 —— 何か「まだよく分からない」ものへの支援というのも、これから加速していくのではと感じています。

クラウドファンディングは、この世に存在しないものを生み出す準備金集めにもよく使われます。

まだないものを作る。その奥にあるのは、「(どうなるか分からないけど)作ってみたい」というチャレンジングで不確定な未来と心意気です。

どうなるかすら分からないものに、「共感」はできません(心意気に共感、ということはあるかもしれませんが)。むしろこれにお金を出してくださる人の根底にあるのは、「分からなさへの期待」なのではないかなと思います。

プロジェクトページの書き方は……

実行者さんの中には、「ファンディングするとは決めたものの、形になっていないものにお金を出してくれる人なんているのか」「せめてプランを詳しく説明しないとだめなんじゃないか」と謙虚におっしゃる方もいらっしゃいます。

確かに以前は、「ページ上では、できるだけ正確な設計図やコンテンツを列挙したほうがいい」とアドバイスしていました。でも最近は、「あえて分からないままの方がいいこともありますよ」と伝えています。

もちろん、不当にお金を集めることにならないように、根拠のある見積もりは必須だし、実現までの道筋を立ててから走り出すのは前提です。でも、最終的にどんな形のものができあがるかは、クラウドファンディング時点では見えていなくてもいい。

実際、2019年から、ページ上で「分からなさ」や「実験」というワードを積極的に使うプロジェクトが増えてきました。

実験なので、最終的にその試みがうまくいくかも分からない。でも、自分のあずかり知らぬところで完成されたものをただ享受するだけよりは、その試行錯誤の過程を傍目に追いかけて楽しみたい。そういう支援者の方も少なくないのです。

プロジェクトの実例

このプロジェクトは、東京に「現代の奇祭」を作りたい、仮想通貨を奉納しよう!という、コンセプトからして混迷極まるものだったのですが、応援コメントには「どんなものになるのか想像できないのがいい」「分からなさが好き」といった言葉が並びました。

アート分野のプロジェクトでは特にこの傾向が強いのですが、他にも、ゲストハウスを作るけど最終どんな建物になるのかはイメージイラストでしか伝えないとか、プロトタイプ製品を支援者とのワークショップを経て完成させていきたいとか。

分からないけど、なんか面白そう。分からないから、関わりたい。

ともすると、共感の対極にある「分からなさ」ということが、支援の引き金になりうるのです。

最後に:「共感」という言葉の重石を外して

© shutterstock

READYFORがサービスをオープンしたのは、2011年3月。もうすぐ10年目に突入します。

クラウドファンディングの使われ方は年々多様化しています。さまざまなタイプのプロジェクト、プラットフォームが生まれていて、もちろん上で綴ったような「支援の形」が全てだというつもりもありません。

ただ、キュレーターは、誰よりもクラウドファンディングの傍にいて、その変化を真っ先に感じ、ときに変化を促していく仕事です。

この先の10年は、まずは「共感」という言葉の重石を外して、クラウドファンディングがさらに多様な手段になるように、可能性を模索していきたいと思っています。

2020年も、よろしくお願いします。

(*1)

一口に「クラウドファンディング」といっても、その内実は多様です。本記事では、新商品のテスト販売型クラウドファンディングではなく、「お金を集めて◯◯したい」という夢や、社会課題を訴えるようなプロジェクトを念頭においています。数あるクラウドファンディングサービスの中でも、特にREADYFORには、そんな寄附性の高い(ビジョナリーな)プロジェクトが多く集まっています。

(*2)

READYFORには支援者の方がひとことコメントを書き込める機能があります。支援をしようと思った理由、実行者へのエールなど、多くの血の通った言葉が残されていて、これを読むのが私たちキュレーターにとっても日々の癒しです。

(*3)

例えばnoteの記事では、これらが記憶に残っています。

https://note.com/yokogao/n/ned6c8a9c64d0

https://note.com/ahs345/n/nc3f219fca60d

「共感」という言葉は使われていないけれど、この記事も。

http://apartment-home.net/long-visiter/border/

廣安ゆきみ(READYFOR キュレーター):READYFOR アート部門 リードキュレーター。出版社勤務を経て、現職に。2018年 アート部門を立ち上げ、現在は主に芸術・文化に関わるクラウドファンディングプロジェクトを担当している。@mo_algae_ / Facebook

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