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「飲みニケーション」減少がパワハラを増やした

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2017/09/13 窪田順生
「飲みニケーション」減少がパワハラを増やした: キリンビール営業マンの居酒屋説教シーンにアレルギー反応を示すネット民が多数いるが、「飲みニケーション」そのものを否定すると、逆にパワハラが増えるという恐ろしい調査結果も出ている © diamond キリンビール営業マンの居酒屋説教シーンにアレルギー反応を示すネット民が多数いるが、「飲みニケーション」そのものを否定すると、逆にパワハラが増えるという恐ろしい調査結果も出ている

後輩を居酒屋で説教――キリンビールの営業マンの姿を追った「ガイアの夜明け」のワンシーンが、ネットで炎上している。しかし、「飲みニケーション」は忌むべき慣習どころか、これが減ったことと、パワハラの増加に関係があるとの調査結果もある。(ノンフィクションライター 窪田順生)

キリンビールの居酒屋説教はパワハラ!?テレビ番組がネットで炎上

 あれでますます部下や後輩を飲みに誘うのが怖くなったという方も多いのではないか――。

「あれ」とは、9月5日に放映された「ガイアの夜明け」(テレビ東京)のなかで、キリンビールの営業マンが目標達成できていない後輩を居酒屋で説教する映像が流れたことが、「炎上」した件である。

 ご存じない方のために説明すると、この日の「ガイア」では「異変の夏…“激闘”シェア争い!」と題して、アサヒビールからシェアトップを奪還するために奮闘するキリンビールの社員たちの姿を放映。そのなかで、「前年比150%」という目標が達成できておらず、特に打開策もないと社内会議で報告をした1人の営業マンが、会議後に先輩社員に居酒屋に連れてこられる場面があった。

「本当の会議が始まります」というナレーションが流れるや、ビールジョッキ片手に先輩社員は以下のような厳しい言葉を営業マンに投げかける。

「覚悟が足らん、一言でいうとそれやぞ」「10年後の会社を支えるのは俺らの世代だからさ。お前が今のまま10年後上がられたら、下の子がついてこない。『できない、知らない、やだ』そんなやつにリーダーをやってほしくないから厳しくしている」「やってないねん。お前どんだけやっとんねん。やれや、できるやろ」

 思わず目に涙を浮かべる営業マン。店から出た営業マンは、先輩や同僚たちから「お疲れさまです、150(%)?」「200(%)!イエー!」「がんばれ!」などと「叱咤激励」されつつ家路につく――というこのくだりが、ネット上で「説教するなら会議でやればいい」「酒飲んで精神論をふりかざしてもなんの効果もない」「パワハラがひどすぎる」などと批判が寄せられているのだ。

「飲みニケーション」が消滅すれば職場でパワハラが増える

 もちろん、擁護する声もある。日々厳しい数字のプレッシャーに追われる営業マンたちからすれば、アメとムチではないが、叱咤に合わせてしっかりとフォローを行うことで、モチベーションが上がるということを経験則として知っている。要は、営業をやったことのない人間からすれば、「パワハラ飲み会」のように見えるかもしれないが、ちゃんと効果のあるもので、キリンビールに限らない「営業マンあるある」だというのだ。

 どちらの主張も分からんでもないが、個人的にはそれよりも気にかかるのは、今回の「炎上騒ぎ」によって、ただでさえ衰退傾向にある「飲みニケーション」を敬遠するピジネスパーソンが増えてしまわないか、ということだ。

 そんな「悪しき習慣」はきれいさっぱりなくなった方がいいという人も多いだろうが、実は「飲みニケーション」が過度に敬遠された職場というのは、かえってパワハラが発生しがちという皮肉な結果が出ているのだ。

 39の労組や企業などにヒアリングを行って、パワハラ対策の調査をした独立行政法人労働政策研究・研修機構は以下のように考察している。

《3. ハラスメント発生の背景・原因と考えられるもの ・「飲みニケーション」の減少勤務後、職場内の従業員同士でお酒を飲みなかがら交流を図る「飲みニケーション」が近年減ってきたことが、コミュニケーション不足につながっている。同じ会社でも電車通勤の事業所では飲み会を頻繁に開くので職場内の結束は強いが、車通勤の事業所では結束は弱いという傾向がある。》(2012年4月 職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメント対策に関する労使ヒアリング調査―予防・解決に向けた労使の取り組み― より)

80年代には企業ぐるみで「飲みニケーション」を推奨

「飲みニケーション」否定派の方たちからすれば、そんな馬鹿なと思うかもしれないが、これは一理ある。

 もし「飲みニケーション」というものが日本企業の「悪しき慣習」であり、上司が憂さ晴らしで部下を罵倒するようなパワハラの温床になっているというのなら、近年めっきり減少しているわけだから、その影響がパワハラの件数にもある程度、影響を与えていなければ筋が通らない。

 しかし、現実は逆だ。都道府県労働局等に設置した総合労働相談コーナーに寄せられる「いじめ・嫌がらせ」の相談件数は右肩上がりで、この10年で3倍以上に跳ね上がっていて、どう見ても「飲みニケーション」減少との因果関係は認められない。

 むしろ、かつては盛んだった「飲みニケーション」が衰退してしまったことの弊害として、パワハラが跳ね上がったという説明の方が理にかなっているのだ。

 確かに日本の産業史を振り返れば、「公衆の面前で自分の感情や考えをストレートに口にしない」という日本人労働者にとって、「酒」がコミュニケーションツールとして一定の機能をしてきたというのは疑いようのない事実だ。

 高度経済成長期に生まれた「飲みニケーション」は、当初は酒で親睦を深めるくらいの意味だったが、日本経済が停滞期に入った1980年代になると、生産性向上のために積極的に活用する企業があらわれはじめる。

 たとえば、サッポロビールの北関東工場では、「シーズン中の夏場は月二回、約二百人の工場従業員が全員参加して“ノミ(飲み)ニケーション”というビール・パーティー兼懇親会」(日経産業新聞1982年8月25日)を開催。当時の工場長はその効果を以下のように語っている。

「工場内のコミュニケーションが良くなったし、改善提案も増えている」

「社内バー」の設置も増えた。新日鉄は「とにかくギスギスしがちな職場の人間関係を滑らかに保つ場に」(日本産業新聞1987年5月12日)という思いから、社内の喫茶室を一部改修して、居酒屋やバーの価格の半分程度で酒が飲めるようにした。30年前、たしかに「飲みニケーション」はその名のとおり、企業内コミュニケーションに貢献していたのである。

90年代に入ると一転、酒のネガティブイメージが加速

 その評価がガラリと変わったのが、日本企業の海外進出が加速化したことである。現地で摩擦をひきおこすということが問題となり、その原因を地球産業文化研究所という団体が調査をしたところ、「日本的な経営慣行」だということが明らかになり、そのなかのひとつとして「飲みニケーション」における、以下のような−面に注目が集まったのだ。

「会社が終わった後の酒席でものごとがいつの間にか決まるなど意思決定でのあいまいさ」(朝日新聞1990年1月9日)

 中国や韓国など、アジア諸国では当たり前のようにビジネスシーンで「飲みニケーション」を行っているにもかかわらず、「欧米人は仕事終わりに酒を飲みに行かず、まっすぐ家に帰る」というエピソードだけが一人歩きして、なにやら「日本独特の恥ずべき文化」となってしまったのだ。

 時を同じくして「アルハラ(アルコールハラスメント)」という言葉も注目を集め、「飲みニケーション」という言葉には、強制・強要というネガティブイメージがついていく。さらに、バブル崩壊後は、「イッキ飲み」などが社会問題になり、この風潮にさらに追い打ちをかけた。

 このように「酒」に対する厳しい目が向けられた90年代前半から、入れ替わるように「パワハラ」が社会問題化していく。「パワハラ」という用語が生まれるのは2000年頃からだが、それ以前からネスレ配転拒否事件、オタフクソース過労死事件など、後に「パワハラ事件」とされているものが90年代から目立ち始めたのだ。

 厚生労働省の「平成28年度 職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の報告書によると、パワーハラスメントに関する相談があった職場に当てはまる特徴として、45.8%と最も多かったのが、「上司と部下のコミュニケーションが少ない職場」である。

マナーにさえ気をつければ「飲みニケーション」は潤滑油に

 酒を飲むだけがコミュニケーションではない、という人もいるだろうが、みな自分の仕事をこなすので精一杯という今の風潮のなかで、いったいどこで上司と部下が深い話をするのかという問題もある。そういう相互理解不足のなかで、衝突や対立があれば、立場が上の者が有無を言わさず従わせるような形になるのも当然ではないか。

 つまり、悪いのは「飲みニケーション」ではなく、「飲みニケーション」の名の下に行われる「酒席でのパワハラ」なのだ。にもかかわらず、両者を混同して、「飲みニケーション」そのものがパワハラの温床であるかのように世の中に認知されてしまったことが、結果として事態をさらに悪化してしまっている恐れがあるのだ。

 もちろん、そんなのはこじつけだと一蹴する人も多いだろう。

 ただ、日本では古来「酒」というのは単なる嗜好品ではなく、神事や祭りで必ず捧げられているように、コミュニティ内の安定を保つための極めて重要な「コミュニケーションツール」だったという歴史的事実がある。社会人類学者の中根千枝氏も「酒」(東京大学出版会)のなかで以下のように語っている。

「社会生活において制度的に個人の欲求が抑圧される度合いが大きければ大きいほど、人間関係の不安定さが存在すればするほど酒の役割は大きくなる」

 いまの日本社会で「酒」というものは、会社からまっすぐ帰って自宅でひとりチビチビやったり、気の合う仲間とたしなむ「嗜好品」に成り下がってしまった。しかし、それでいいのか。パワハラにならないかと腫れ物のように部下に接する上司。何を考えているのか分からない上司に、淡々とディスられてストレスがたまっている部下。このように人間関係が不安定になっている今だからこそ、「飲みニケーション」が必要なのではないか。

 ちょっと部下を厳しく叱責しただけでも、人事から注意されるこのご時世。部下や後輩と「飲みニケーション」をとるのが怖いというのはよく分かるが、怖がっていると、かえってマズい事態になるかもしれない。

 ネチネチと説教したり、昔の武勇伝を聞かせたり、深夜まで連れ回したり、なんてのを避けるのは言うまでもないが、たまには勇気をもって部下や後輩を誘ってみてはいかがだろうか。

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