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うかつに転職したら訴訟沙汰に! 「競業避止義務」と「職業選択の自由」の境界線

HARBOR BUSINESS Online のロゴ HARBOR BUSINESS Online 4日前

 長く不安定な状態が続く日本経済のもと、この国特有とも言われてきた「終身雇用神話」は、ずいぶんも前から崩壊している。

 日本を代表するような大企業でさえ一寸先が見えず、希望退職者を募っては、賃金の安い派遣社員を毎日増減させて便利に扱う。

 “スキルアップ”の手段が“転職”とイコールで繋がる現代の考え方からみても、すでに終身雇用は、雇用する側にもされる側にもメリットを見出せるものではなくなってきていると言えるだろう。つまるところ、“転職”は、前段階の「就職活動中」から見据えておくべき将来事なのだ。

 こうして今後やってくるであろう自身の転職活動の際に、技術を売っていた元工場経営者として気に留めておいてほしいことがある。それは、「競業避止義務契約」の存在だ。

 詳細は後述するが、同契約は一口で言うと、「同業・競合他社への転職を禁ずる」もの。入社時などにサインした雇用契約書や、就業規則などに「同業他社への転職禁止」について明記されている場合、それを順守しないと、退職金の減額や、最悪の場合には訴訟問題へと発展する恐れもある。

 多くの企業は、独自の技術やノウハウを試行錯誤のうえ生み出し、競合他社との差別化を図っている。この行程や結果は、企業の存在意義・価値そのものとなるゆえ、「情報漏えいに対する危機管理」は、企業にとって「営業活動」、「社員育成」と並び、全力で対峙せねばならない最重要課題の1つだといっても過言ではない。

 ところが、昨今の終身雇用神話の崩壊は、情報のデジタル化の到来と相まって、企業間の情報漏えいを引き起こす大きな要因になっているのだ。

 今回は過去に紹介してきた工場シリーズに立ち返り、筆者が町工場を経営していた際の出来事を紹介しながらこの問題を考えていきたい。

 病気で倒れた父親が長年経営する町工場を引き継ぐことになったのは、大学卒業間際の頃だった。社会経験もほとんどないまま、モノづくりの第一線に放り込まれた当初は、何が分からないのかすら分かっていなかったが、当時工場にいた30人の職人たちの支えのおかげで、なんとか社長業の穴埋めができている状態だった。

ハーバービジネスオンライン: 工場勤務時代の筆者 © HARBOR BUSINESS Online 提供 工場勤務時代の筆者

 こうして不器用ながらも経験を重ね、一丁前に日本の製造業界の弱体化に危機感を強めていたある時、勤務歴8年目の若い職人2人が、突然社長室を訪ねてきた。

 開口一番、「辞めます」と言う。無口が多い職人だが、彼らも例に違わず口下手で、明確な退職理由を最後まで語ることはなかったが、不満がなければ辞めるはずもないと、自分の不甲斐なさを責めつつ、2人に就業規則に明記してある「同業他社への転職禁止」についての認識を確認すると、彼らはそれぞれ「異業種に転職するんで」と返してきた。

 社長の病気に加え、異常なまでの円高や、大手工場の海外移転など、超零細町工場にとっては激動としか言いようのない数々の困難に耐えてきてくれた彼らを前に、こちらも職人あがりの父は、やはり言葉短く「勝手にせい」と視線を落とす。

 父の代わりに形だけ引き留めてはみたものの、やはり彼らの意思が変わることはなく、ありったけの激励の言葉をかけて彼らを送り出すと、また1つ増えた近い将来の不安に、ため息で酸欠になりそうな気分になった。

◆なんと退職した二人が、目と鼻の先の工場に入職!

 それから数か月が経ったある日のこと、外回りから帰ってきた営業担当から、驚きの事実を知らされる。工場の目と鼻の先にある得意先に、辞めた2人がいたというのだ。その報告は、彼らの退職後、その得意先から毎月あった百万円単位の受注が、ほぼ0になった理由が分かった瞬間でもあった。

 父の工場は絵に描いたような超零細工場だったものの、金型業界に提供していた独自の技術やノウハウは、日本のモノづくりには欠かせない高度なものだった。

 昨今の「職人になるのに長い修行期間は必要ない」という風潮に、嘲笑すら出るほど人材育成には時間がかかったが、こうして独自の技術を守ってきたからこそ、ニッチ(すきま)産業として大企業から見放されず、日本経済の荒波にも耐えられてきたと自負していた。

 そんな工場で、ようやく職人として仕事を任せられるほどに成長した8年目の中堅が、転職先の大手に提供した技術やノウハウは、小さな町工場にとって“財産”に相当することは言うまでもない。こうした人材によって漏れ出た技術は、町工場から大手へ流れると、やがて移転先の海外工場へと“輸出”され、現地採用された従業員によって、あっという間にその国中へと拡散されるのだ。

 改めて「競業避止義務」とは、“ライバル企業や自身のために競争的な性質をもつことになる行為をしてはならない”というものだ。同業他社への転職や起業などのほか、会社によっては、引き抜き禁止なども誓約書に盛り込むことがある。

 一方、被雇用者からすれば、これまで培ってきた知識や経験は、自身にとって最大の武器となるため、在職中はともかく、退職後の縛りは不合理を感じるかもしれない。実際、憲法第22条では「職業選択の自由」が保障されており、転職を不当に制限する契約は「公序良俗違反」とみなされ無効と判断される。

 しかし逆に言えば、就業規則や雇用契約書などに合理的な範囲で転職を制限する根拠が示されていれば、同義務の有効が認められることもあるのだ。

◆同業他社への転職で、企業秘密をどう守っていくのか

 このような「競業避止義務」の有効性が問題となった裁判例は数多く存在するが、「職業選択の自由」との境界線がどこに引かれるかは、在職時の地位や職務内容、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等などにより判断されるため、ケースによってまちまちだ。

 だが、これらが明確に限定されているほど、その有効性が認められる傾向にある。

 今後、詳しく紹介するが、こういった同業他社への転職の際には、この「競業避止義務」とは別に、元社員が会社の「営業秘密」を不正な手段を用いて持ち出そうとした場合、競業を禁じる合意がなくとも差し止めができる「不正競争防止法」という法律もある。

 いずれにしても、情報が流出しやすい現代の社会的背景の中、雇用側・被雇用側ともに、どういった情報や技術が互いの今後の自由を侵害するのかを認識し、実情に即した対策を事前に講じることが、無駄な争いを避ける術になることは間違いない。

 ちなみに、前出の2人の職人については、後日談がある。退職から数年後、今度は突然「戻りたい」と工場にやって来たのだ。

 話によると、高い技術を引っ提げて入社した彼らは当初、転職先の企業から手厚い待遇を受けていたのだが、披露できるネタが尽きるころになると、その会社独自の技術や慣例の習得遅れもあって、やがて彼らの担当する“仕事”は、転職した意味を見出せない“作業”へと変わっていったのだという。

 当時、父の工場は入社間もない見習いの手も借りるほどの忙しさで、即戦力が必要だった現場には、2人の復帰は願ってもない話だった。

 が、父や工場長は、断腸の思いで「今の工場で頑張れ」とする決断をするに至る。それはおそらく、彼らに対する怒りや信頼関係の失墜というよりも、極小工場の職人としての静かなプライドを守りたかったからなのかもしれない。

 風の伝によると、彼らはその後その会社を退職し、異業種の現場で頑張っているという。

【橋本愛喜】

フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。その傍ら日本語教育やセミナーを通じて、60か国3,500人以上の外国人駐在員や留学生と交流を持つ。ニューヨーク在住。

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