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インフルを最短5秒で診断する機器も、老舗化学企業デンカの意外な仕事

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2018/11/09 06:00 週刊ダイヤモンド編集部,池冨 仁
インフルを最短5秒で診断する機器も、老舗化学企業デンカの意外な仕事: Photo by Shinichi Yokoyama © 画像提供元 Photo by Shinichi Yokoyama

中堅ながら、世界一の製品を複数持つ化学メーカーのデンカは、今期の連結売上高4100億円、営業利益360億円と、2期連続で過去最高を更新する見込みにある。近年は、2005年の本社移転まで90年続いたタコツボ化した組織にメスを入れ、業態の再設計を進める。さらに、周回遅れを認識した上で海外展開を加速させるなど全社構造改革に余念がない。過去10年続けて改革を牽引する山本社長が胸の内を明かした。(聞き手/「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)

――今年で創業104年目となるデンカは、自前で15の水力発電所を持つなどユニークな業態で知られますが、10月中旬に「インフルエンザ診断用医療機器」を出しました。“迅速診断”とは何ですか。

 インフルエンザ(流行性感冒。急性感染症の一種)に罹っているかどうかを迅速に分析する診断機器(クイックナビリーダー)で、医師の目視による判定の個人差などをなくし、約5秒~1分で判定結果が出せる。消耗品の検査キット(ウイルス検査試薬)と併せて使います。全て、自動で行います。

 国内では、インフルエンザのワクチン(感染症の予防に用いる医薬品)の接種率は約40%で、先進国の間では低い。米国や韓国では50%を超えています。この分野では、私たちには技術とノウハウの蓄積があります。

――なぜ、化学メーカーのデンカがインフルエンザなのですか。

 実は、私たちはインフルエンザのワクチンメーカーでもあります。この世界では、ぽっと出の存在ではありません。現在、国内の4強は、KMバイオロジクス、北里第一三共ワクチン、一般財団法人阪大微生物病研究会、デンカ生研となります。トップ4社の中で、民間企業にルーツを持つのは私たちだけです。

 デンカ生研は、元は旧東京芝浦電気(現東芝)の研究所で、1950年から感染症に関する各種のワクチンを製造してきました(デンカの傘下入りは79年)。膨大なウイルスや細菌のライブラリを持っていますし、アカデミズムの世界とも太いネットワークがあります。インフルエンザのワクチンは、将来的に需要の拡大が見込まれることから、2022年の稼働を目指してデンカ生研の新潟工場の設備能力を倍増させる計画が進む。過去最大級の総額160億円を投じます。

 加えて、インフルエンザばかりでなく、最近では動脈硬化を起こす真の原因と目されている「超悪玉コレステロール」(sd LDL-c)の簡便な検査試薬を開発しました。すでに米国と中国で当局の薬事承認を得ており、現在は世界展開に向けた準備を進めている。米国では、7月から本格販売を始めました。

 国内ではまだ一般的な健康診断の対象になっていませんが、自費で検査可能な医療機関は増えています。例えば、大手受託診療検査事業のエスアールエルと協業しており、検査を受けた人は増えています。さらには、「結果にコミットする」というキャッチフレーズで知られる大手トレーニングジムのライザップでは“モニタリング項目”の1つとしてプログラムに組み込まれています。

意識の持ち方を変えて製品の位置付けを転換

――デンカという会社は、前任の吉髙紳介社長(現会長)の時代から数えると、すでに10年近くも全社構造改革を続けています。なぜ、ですか。

 端的に言えば、長いこと業績が低迷していたからです。前中期経営計画(12~17年度)で思い切って舵を切るまでは、営業利益が伸びず、横ばいという状態が続いていました。振り返ってみれば、以前は、強力な“ネタ”がなかった。

 その後、市況や為替などの影響を受けやすい汎用品(化学品)に頼りっぱなしでいるのではなく、今後も成長が期待できる(1)ヘルスケア、(2)電子材料、(3)インフラの領域で、相対的に強い製品をさらに強くする方向に切り替えた。

 遅れていた海外展開については、12年以前には5つの生産拠点しか展開していなかったが、13年以降に14拠点まで増やした。過去には、販売拠点としての出先機関は欧米などにあったが、生産・研究開発拠点という意味では劣後していた。同時に、海外における生産品目も7製品から15製品へと増やしました。

――「長いこと低迷していた」という点ついて、もう少し詳しくお願いします。また、具体的に、どのようにして方向性を切り替えたのですか。

 やはり、これまで100年以上、「真摯で誠実な姿勢」で――旧社名を電気化学工業と言っていたように――電気炉を使って、高温の化学反応をマネージする技術を基に、さまざまな化学誘導品を製造・販売してきました。

 事業領域は多岐に渡っており、世界一という製品もいくつか持っています。その代表格が、大型の産業機械の動力伝導ベルトなどに使われるクロロプレンゴム(合成ゴムの一種)で、国内ではデンカが初めて量産化に成功しました。15年には、この製品の大本だった米デュポンの米国事業を買収したことにより、異なる2種類の製法を手中にできた。世界シェアは約40%でトップになった。

 しかし、これまで先輩たちが幾多の苦労をしながら、そこまで持っていった事業であるにもかかわらず、耐熱性や耐油性に優れたクロロプレンゴムの特殊性や稀少性は顧みられることなく、あたかも市況商品の一種であるかのように売られていました。要するに、原料価格が下がれば製品の価格を下げるという行動を繰り返してきた。商慣行上、原料価格に連動するフォーミュラ(計算式)が存在していたために、それが当たり前だと誰もが思い込んでいた。

 私は違うと考える。クロロプレンゴムは、世界一になった。製品の競争力と価格支配力が増している以上、本来の価値に見合う価格で売られる方向に切り替えなければならない。今や、日本での製法と米国での製法を2つ持っている唯一の事業者であり、需給の状況によって生産体制を組み替えることも可能になっている。であるならば、自らの競争優位性をしっかりと生かすべきだ。

 いつまでもコモディティ(汎用品)という立場に甘んじることなく、今後はスペシャリティー(高付加価値品)として打ち出していく。それだけの資格がある。むしろ、世界のトップに立ったのだから、そうしなければならない。

 意識の持ち方を変えることによって、市況に振り回されがちな基盤事業でもスペシャリティーに変えることはできる。こうした考え方で、全事業を対象に意識改革を進めてきた。自らの意思で、コモディティからスペシャリティーに“転換”できる事業の数を増やす。この転換という意識改革が鍵を握っている。

社長室の見えない場所に貼ってある“好きな言葉”

――現行の中期経営計画(18~22年度)では、「最終年度にスぺシャリティー化率90%の達成」を掲げています。いくら何でも、大きく出過ぎなのでは。

 いやいや。スぺシャリティーとは、過去のように価格競争に巻き込まれてばかりでなく、固有の付加価値を発揮して“特別な存在”として認知される製品という意味です。これらの分野を伸ばすために、場合によってはM&Aも必要になる。向こう5年間で、戦略投資枠として750億円を用意した。このうち、600億円はスペシャリティー事業を成長させるために使う。残りの150億円は、さまざまなプロセス改革のために投じる。例えば、(1)職場環境の刷新、(2)生産プロセス、(3)研究開発プロセス、(4)業務プロセス、(5)働き方、などがある。

 連結営業利益における比率を90%にするとは、過去の技術やノウハウの蓄積は大切にするが、「全く違う会社に生まれ変わる」という“経営の意思”と考えてください。数値的な実績を挙げると、17年度のスぺシャリティー化率は約60%でした。これを20年度に75%、22年度には90%の水準にまで引き上げる。

 スペシャリティーの定義は、「独自性と高付加価値を兼ね備えて、外部環境に左右されにくく、トップクラスのシェアを有する事業、および近い将来にその可能性を有する事業」としています。そうした事業を、過去100年近く続いてきた縦割りの組織で行うのではなく、部門横断的に進める。社内のあちこちに埋もれたままでタコツボ化していた技術を掘り起こし、部門横断的に社員同士を混じり合わせることで新しい価値を生み出せる環境を整備する。そのために、4フロア借りていたオフィスを3フロアに減らし、半ば強制的に混じり合う状況を作り出した。会議室の数も減らして、オープンなスペースを取り入れた。

 社内に対しては、「世界に存在感を示す、スぺシャリティーの融合体となる」「革新的プロセスによる飛躍的な生産性向上で、持続的成長を目指す」「働き方改革推進による、健全な成長の実現」という計3つのビジョンを打ち出した。このタイミングで会社が変われなければ、成長のスピードを上げることはできない。しかも、時代の変化から取り残されてしまう。今日は順調でも、明日は何が起こるか分からない、リスクに満ち満ちた事業環境の中でこそ、逃げずに前を向く経営者の資質と会社の実力が問われるのだと、私は思う。

――とはいえ、時には弱気になることもあるはずです。会社のエレベーター内でため息をつかないために、どうやって自分を鼓舞しているのですか。

 確かに(苦笑)。私のモットーは、「逃げない、前を向く、謙虚に学ぶ」で、社長室の見えるところに大きく貼っています。毎朝、自分で書いたモットーを眺めて、自らを戒めるようにしています。経験上、この3つの考え方から逸脱しなければ、経営で起こる大抵の問題は克服できます。

 一方で、私の好きな言葉というのもあります。米インテル創業者のアンディ・グローブさんの「Only the Paranoid Survive」というもので、私は「いつも誰かに脅かされているという危機感を持ったパラノイア(偏執病。内因性の精神疾患の一種)だけが生き残る」と意訳しています。こちらは、見えないところに貼ってある(笑)。偏執病は、あまり良い意味で使われませんが、私としては、リスクだらけの環境を上手に利用できれば、経営者としての“打たれ強さ”が増しますし、会社としての“底力”も養うことができると読み替えています。

 経営を取り巻くリスクを前向きに捉えようとすることで、弱気な自分を叱咤激励している。経営では頭の痛い問題も多々ありますが、常に正常な危機感を忘れず、“前向きなパラノイア”であり続けたい。あくまで、前向きですよ。

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