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サムスン副会長、文在寅大統領で「90度挨拶」

JBpress のロゴ JBpress 2018/07/12 06:00 玉置 直司

 2018年7月9日午後、インド北部のウッタルブランデシュ州にあるサムスン電子のスマートフォン工場前。李在鎔(イ・ジェヨン=1968年生)副会長は、予定時間を過ぎてもなかなか到着しないVIP訪問客をひたすら待っていた。

 車両の群れが到着した瞬間、あまりの緊張と喜びに、つい取ってしまった行動が韓国内で話題になっている。

 この日、サムスン電子の工場では新工場棟の開所式が開かれた。まず到着したのはインドのモディ首相(1950年生)だった。

 李在鎔副会長は、車両に近寄り、軽く会釈して挨拶をした。インドの首相がわざわざ開所式に来るということは大変な名誉のはずだが、副会長の表情はどことなくぎこちない。表情が硬く、嬉しい様子も見えない。

インド首相もびっくり?

 そのすぐ後のことだ。別の車両が到着すると、モディ首相を差し置いて、さっと近づく。降りてきたのは文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)大統領だ。

 すると、李在鎔副会長は、何と90度腰を折って何度も挨拶をする。モディ首相への挨拶とは全く異なる対応だ。

 そのすぐ隣でこの様子を見ていたモディ首相も、あまりの変わりように、びっくりしたはずだ。

 「よほど嬉しかったのか。よほど緊張したのか。でも、あれほどぺこぺこした挨拶をするとは。モディ首相への挨拶とあまりに対照的で、どういう印象を与えたのか心配だ」

 韓国紙デスクはこう話す。

 韓国ネットでは「サムスン副会長の90度の挨拶 モディ首相の反応は」という動画や記事が9日以降相次いだ。

 韓国の大統領と韓国最大の財閥のトップ。2人が面談するのは、2017年5月の文在寅大統領就任以降、これが初めてのことだった。

 2人は、開所式の後、「5分間ほど」話もした。

 韓国メディアによるとこの席で、文在寅大統領が「インドでは高い経済成長が続いているが、サムスンが大きな役割を果たしてくれてありがたい。韓国内でも雇用を増やすよう努力してほしい」などと語った。

自分にとってもサムスンにとっても重要な面談

 李在鎔副会長は、がちがちに緊張したはずだ。この最初の面談が、自分にとってもサムスンにとってもきわめて重要になる可能性もあるからだ。

 サムスングループも李在鎔副会長も、2016年後半に朴槿惠(パク・クネ=1952年生)前大統領と長年の知人である崔順実(チェ・スンシル=1956年生)氏の一連のスキャンダルが発覚して以来、苦難の日々が続いている。

 李在鎔副会長は、背任や賄賂罪などで有罪となり、2017年2月から約1年間、拘置所で過ごした。2018年2月の控訴審判決で「執行猶予」がついて保釈にはなったが、まだ大法院(最高裁に相当)での審理が待っている。

 拘置所生活を送っている間に、「経済民主化」を掲げた文在寅政権が登場した。

 すると、サムスングループに対する執拗な調査や捜査が始まった。

 労働組合の結成を組織的に妨害していた疑い、李明博(イ・ミョンパク=1941年年生)政権時代に、李健熙(イ・ゴンヒ=1942年生)会長に「特赦」が出ることを期待して李明博元大統領が実質的なオーナーである自動車部品メーカーの米国での訴訟費用をサムスンが支払った疑い(李明博元大統領は、自動車部品メーカーのオーナーであることも強く否定)、サムスンバイオロジクスの対する粉飾会計の疑い…などが相次いでいるのだ。

広範囲圧迫で萎縮

 自分の裁判も続いている。さらにこれだけ広範囲の「圧迫」を受けては、経営マインドがどうしても萎縮してしまう。

 大統領に会って、何かを頼むなどということはあり得ない。だが、産業界を代表するグループのトップが、一度も会っていないというのも不自然だ。

 できれば、韓国経済にとって、財閥や大企業、サムスンの重要性を理解してほしい。そんな痛切な思いだったはずだ。

大統領が面談したワケ

 文在寅大統領はでは、なぜ、今になって「サムスン総帥」と会うことにしたのか?

 今の政権の経済政策の柱は、「所得主導成長論」だ。

 これまでの政権は、財閥と2人3脚で成長を目指した。金融支援、規制緩和、減税などを通して大企業を支援する。その結果、経済のパイが拡大し、中小、下請け、周辺企業も育つという考え方だ。

 ところが、最近10年間、状況は変った。サムスンは大きくなるが雇用は増えない。失業率は上昇し、経済格差は広がる一方だ。

 だから発想を変えた。大企業を牽引役にする政策は改める。最低賃金を大幅に引き上げ、非正規職を正規職に転換する。

 労働者の給与増加→消費拡大→企業業績向上→投資、雇用拡大。こんなサイクルに転換することを目指している。

 ところが、政権発足から1年が経過したが、失業率は過去最悪の水準を維持したままだ。最低賃金を16%引き上げたら、かえって雇用に悪影響を与えてしまった。

 大企業と距離を置くどころか圧迫する政策を続けていては、投資や雇用を拡大させるという目的を達成できないのではないか。韓国内では、大統領を支持する層の間からもこんな声が上がってきた。

変化の兆し?

 そんななかで変化の兆しも見ている。

 「朝鮮日報」は7月3日付で「文大統領、“下期には企業を頻繁に訪問できるよう準備を”」という大きな記事を掲載した。

 文在寅大統領が側近に対して、企業の現場を訪問し、企業活動を積極的に支援するという指示を出したというのだ。

 その直後のインド訪問でサムスン電子の李在鎔副会長との面談が決まった。

 「朝鮮日報」は11日付の1面トップで現政権の経済政策の最高実力者の1人である金尚祖(キム・サンチョ=1962年生)公正取引委員長とのインタビュー記事を掲載した。

 興味深い内容だ。

 金尚祖委員長は今の政権について「この1年間は外交安保問題で高い支持を得てきたが、結局、政権が成功したかどうかは経済問題、つまり国民が食べていく問題をどうやって改善できるかにかかっている。今はとてももどかしい」と述べた。

 さらに「下期以降、経済環境が大変厳しくなる可能性があり、政権が成果を上げることができる時間は短ければ6か月、長くても1年しか残っていない」とも語った。

 韓国紙デスクはこう話す。

軌道修正はあるのか?

 「文在寅政権が財閥や大企業と距離を置いていたのは明らかだ。もともとの支持層が労組や財閥、大企業に批判的な人たちが多く、また、財閥改革は政権の重要な課題だからだ」

 「財閥や大企業は改革の対象だ。それでも、雇用問題という最大の懸案を解決するには、大企業の協力が欠かせないこともはっきりとしてきた。軌道修正をはかろうとしているのではないか」

 そういう意味で、今回の「インド面談」は象徴的な第一歩になる可能性もないわけではない。

 だが、その一方で、支持基盤である労組や一部市民団体などからは反発が出る恐れもあり、難しい舵取りであることも事実だ。

 「朝鮮日報」は10日付で「大統領のサムスン工場訪問がニュースになる非正常」という社説を掲載した。

 「サムスンは韓国を代表するグローバル企業である。大統領が工場を訪問することはあまりにも自然だが、それ自体が大きなニュースになっている。どのくらい異常な状況なのかは言うまでもない」

 としたうえで、「すべての先進国政府は大企業をパートナーにしている。私たちのように、政府が大企業との間に線を引き、敵視する国などない。大企業を積幣ではなく、経済運営のパートナーとする政策転換が必要だ。大統領のサムスン訪問がその契機にならなければならない」と主張した。

 「インド面談」は韓国の産業界では大きな関心を呼んでいるのだ。

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