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トランプ政権と日本経済、短期は楽観、中長期はリスク山積

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2017/02/09 「週刊ダイヤモンド」編集委員・原英次郎
トランプ政権と日本経済、短期は楽観、中長期はリスク山積: Photo:Reuters/AFLO © diamond Photo:Reuters/AFLO

米国のトランプ新大統領は、就任直後からTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を正式に決定、自動車の対米輸出も問題視するなど、保護主義的な姿勢を露わにしている。これまでのルールをチェンジしようとするトランプ政権の登場によって、経済の先行きにも「不確実性」が高まった。そうした状況下にあって、トランプ政権の経済政策は日本経済どのような影響を与えるのか。大和総研チーフエコノミストの熊谷亮丸氏とエコノミストたちが緊急出版した『トランプ政権で日本経済はこうなる』(日経プレミアシリーズ)は、多くのヒントを与えてくれる。(聞き手/『週刊ダイヤモンド』編集委員 原 英次郎)

「アンカリング効果」を駆使するトランプ大統領の交渉術

──第2次世界大戦後、曲がりなりにも国際経済の基本ルールは自由貿易でした。トランプ政権の誕生や英国のBREXIT(英国のEU離脱)はどのような意味を持つのでしょうか。ルールの大転換の時代に入ったのでしょうか。

 現在、第2次世界大戦後の自由貿易体制は大きな曲がり角を迎えています。欧州ではBREXITを受けて、他国が離脱の連鎖を起こす可能性が生じており、今後「欧州統合」に向けた取り組みが頓挫し、「ユーロ」が崩壊することなどを受けて、世界貿易が収縮するリスクがある点に注意が必要です。こうした中、一部で自由貿易の終焉を危惧する声が聞かれます。トランプ政権の誕生を受けて、世界経済の潮流が自由貿易から保護貿易へと進路を変える可能性すら生じています。

 トランプ大統領の就任までは、実際に大統領に就任すれば「選挙モード」から「統治モード」へと移行し、米国の首を絞めかねない過度な保護貿易主義に傾斜することはないと考えられていました。しかし、大統領就任後の強硬な言動を勘案すると、世界経済のテールリスク(確率は低いが発生すると非常に巨大な損失をもたらすリスク)として自由貿易の終焉という最悪シナリオについても慎重に見極めることが必要だと思います。

 世界経済が保護主義の暗雲に覆われる中、国際貿易取引量が大きく縮小し、各国の経済成長率が下押しされるリスクがあります。今後、二国間および多国間の通商交渉の成否が一国の発展の明暗を分ける時代に突入するでしょう。日本政府は、トランプ大統領に自由貿易を中心とする日米両国に共通する普遍的価値の大切さを再認識してもらうことに、最大限努力するべきだと思います。

 とはいえ、トランプ大統領の発言に一喜一憂するのも考えものです。彼は「アンカリング効果」という、ハーバード・ビジネス・スクールなどで教えられている、交渉術の代表的なテクニックを駆使しています。「アンカー」とは「船のいかり」のことです。最初にトランプ氏が、自分たちに有利な場所に、船のいかりをおろすことによって、その場所が交渉の起点となります。

 例えば、トランプ氏が「日本政府は輸入障壁を設けて、米国製の輸入車を差別している」という、全く事実無根の主張を繰り返すことで、日本政府にとっては交渉のハードルが高くなってしまうのです。日本政府は、トランプ氏がこうした事実無根の主張を取り下げてくれただけで、何か交渉上の利益が得られたような錯覚に陥ります。トランプ氏は、こうした心理学の知見に基づく、高度な交渉術のテクニックを駆使しており、われわれは彼の真意がどこにあるのかを慎重に見極めていく必要があるでしょう。

──著書『トランプ政権で日本経済はこうなる』の特徴は、どのテーマについても複数のシナリオが想定されていることだと思いますが、予測にあたって基本にはどのような方針で臨まれましたか。

 まず、全体の構図を大局的に捉えて、基本シナリオを策定することを重視しました。そのためには、大統領選挙中の発言から閣僚人事の見通しに至る幅広い情報を丹念に分析することが欠かせません。また、各章がオーケストラのように反響し合いながら全体が構成されることも重要です。そこで、各章の執筆を進める中で、全体の構成を何度も見直して、より良いハーモニーが生まれるように微調整を繰り返しました。

 しかし、トランプ政権の政策には「不確実性」が高いのも事実です。このため、起こり得るシナリオを可能な限りピックアップした上で、その中で特に重要なものを別のシナリオとして提示することにしました。その際にも、幅広い情報を徹底的に分析して、確度の高いシナリオを厳選しました。

 さらに、日々刻々と状況が変化してきますので、最新の情報を反映させるために、ぎりぎりまで調整を行いました。例えば、トランプ政権の閣僚候補に関する有力情報が明らかになるたび、その情報の確度を綿密に分析しつつ、締め切り間際まで本書に盛り込むよう最大限努力しました。また、トランプ大統領の発言などを受けて、政策の方向性が大きく変化する可能性がありますので、「ツイッター」を常に確認していたことは言うまでもありません。

米国の歴史において最も謎に包まれた大統領

──トランプ政権の経済政策の性格・特徴を、簡単にまとめていただくと、どうなりますか。政権発足後に、より明確になったことはありますか。

 トランプ大統領は、米国の歴史において最も謎に包まれた大統領だと考えています。政治家や軍人を経ることなく、大統領の座に登り詰めたのは、トランプ大統領が初めてです。さらに、経済政策については、特異な主張を持った人物で、共和党候補ながら伝統的な共和党の主張とかなり隔たりがあることも大きな特徴だと言えます。

 例えば、財政面では、減税と同時にインフラ投資の拡大を主張しているため、結果的に共和党の「小さな政府」路線でなく、「大きな政府」路線になってしまう可能性があります。また、中絶・同性婚・銃規制への反対といった、共和党にみられる道徳面での保守的な主張を前面に出していません。さらに、貿易面でも、TPPからの離脱を表明しており、米国が国内雇用確保の観点から「保護貿易主義」路線を突き進む公算が大きいとみています。

 政権発足後に明らかになったことは、トランプ大統領が「有言実行」の人物だという評価を勝ち取るために、膨大なエネルギーを割いているという点です。例えば、大統領に就任してから早々に、オバマケアの見直し、TPPからの離脱、メキシコとの国境に壁を作るといった、大統領選挙中はかなり極端だと考えられていた政策事項に関する大統領令に署名しました。このため、われわれが本書でリスクシナリオとして取り上げた政策が今後いくつも実施される可能性があります。

──トランプ政権の経済はどのような波及経路を通じて、日本経済に影響してくるのでしょうか。主なものを挙げてください。政権発足後、修正が必要になったことはありますか。

 トランプ政権の成立が日本経済に与える影響を端的に示すと、「短期的には楽観」、「中長期的にはリスクが山積しており要注意」と整理できます。その主な波及経路としては、(1)米国向け輸出、(2)金融・資本市場、の2つを通じた経路が重要です。この構図は、トランプ政権発足後も変化していません。

 短期的には、米国企業と家計に対する減税やインフラ投資を中心とした財政政策、さらには規制緩和などが米国経済を押し上げると見込まれます。またトランプ政権の一連の政策を勘案すると、為替市場では少なくとも短期的に円安・ドル高が進行する可能性があります。円安・ドル高の進行は企業収益の拡大などを通じて株価の上昇要因ともなります。これらは輸出、消費、設備投資の増加などを通じて、日本経済の成長を高めると考えられます。

 他方、中長期的には、トランプ大統領の掲げる保護主義的な政策によって、米国の通商政策の内向き色が急速に強まり、世界経済が減速する可能性があります。米国の財政悪化に伴い「トリプル安」などと言われる、「債券安(長期金利上昇)・株安・ドル安」が生じる懸念があることに加え、「地政学的リスク」が高まり、消去法的に円が買われる可能性もあります。この結果、世界向け輸出の減少や企業収益の悪化などを通じて、日本経済が下押しされることになります。

中長期のリスクが発現すれば日本経済を大きく下押し

──日本のGDPに与える影響も試算されておられますね。それぞれの前提と結果について教えてください。

 日本のGDPに与える影響を、中長期的な2つのリスクシナリオについて試算しています。具体的には、世界経済の実質GDPの水準が、(1)▲0.2%低下するケース、(2)▲1.3%低下するケースです。前者は、トランプ政権の保護主義的な政策などによって世界経済が一定程度下押しされると仮定したもの、後者は、2008年のリーマンショック級の急激な景気悪化を仮定したものです。さらに、いずれのシナリオにおいても、TOPIX(東証株価指数)が▲20%低下、ドル円レートが+10%上昇(円高)すると仮定しました。

 試算結果によると、1つ目のケースである、米国の実質GDPの水準が▲1.0%低下したケースでは、日本の実質GDPの水準は「トランプ・ショック」がなかった場合と比較して、▲0.7%程度押し下げられます。2つ目のケースである、リーマンショック級の影響を想定したケースでは、日本の実質GDPの水準は、同じく▲1.1%程度押し下げられるとの結果が得られました。試算結果については幅を持ってみておく必要がありますが、日本経済への影響は無視できない大きさだと言えます。

 このような中長期的なリスクに対する懸念が杞憂に終われば、それに越したことはありません。しかし、万が一の事態が発生した場合、日本経済に甚大な悪影響が発生しうる点は、是非とも心にとどめておいていただきたいと思います。

──日本政府や日本企業は、この本をどのように活用して、トランプ政権発足に伴う変化に準備したらよいのでしょうか。アドバイスをお願いします。

 本書は、トランプ政権成立が日本経済、グローバル経済、金融市場などに与える影響について多面的に検討し、複数のシナリオを提示している点が大きな特徴です。手前味噌ながら、先行きを考える上で役に立つ考察も随所にちりばめられています。トランプ大統領の就任から約1カ月前に本書を刊行して以来、日本経済を巡る情勢は日々刻々と変化していますが、依然として本書の内容は全く色あせていません。

 2月10日に日米首脳会談が予定されていますが、安倍総理には是非とも「したたかな」会談を行って欲しいと思います。米国の政治学者であるウォルター・ラッセル・ミード氏によれば、米国の歴代大統領の外交スタンスは4種類に分類できます。この中で、トランプ大統領は、「ジャクソ二アン」と言われる「現実主義」的な大統領だと見られています。これに対して、安倍総理は「理想主義」を重視する「ウィルソニアン」だと考えらます。

 こうした違いを考慮すると、安倍総理には2つの点が重要となります。第一に、「理想主義」の立場から、民主主義、人権、自由貿易、日米同盟などの普遍的価値を、トランプ大統領に心の底から伝えることです。第二に「現実主義」的な観点から、米国に実利を与える——すなわち「米国にとって日本と付き合うことは得だ」と確信させることも重要です。安倍総理には、「理想主義」と「現実主義」のバランスをとった、したたかな日米首脳会談を行って頂きたいと思います。

 最後に、本書はビジネスマンや就活生が通勤・通学時間などにも気軽に読めるように、簡単で分かりやすい文章にしているほか、気になった章を読むだけで話が完結する構成になっています。時間が空いたときにさっと手に取っていたければ、トランプ政権に関する多面的な論点を簡潔に整理することができると思います。それにより、トランプ政権成立後の世界経済の動向などに関心がある全ての読者の皆様のお役に少しでも立てれば、望外の幸せです。

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