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ハイラックスの方向転換

ITmedia ビジネスONLiNE のロゴ ITmedia ビジネスONLiNE 2019/02/12 06:34
ハイラックスに追加された誕生50周年記念モデルZ“Black Rally Edition” © ITmedia ビジネスオンライン ハイラックスに追加された誕生50周年記念モデルZ“Black Rally Edition”

 2018年11月。トヨタ自動車はハイラックスにZ“Black Rally Edition”を追加した。表向きはハイラックス誕生50周年記念モデルだが、筆者はもっと大きな意図を感じた。

●国内販売終了の構図

 ハイラックスというクルマは、興味のある人とない人に大きく分かれるクルマだと思う。正直に言うと、筆者はかつてほとんど興味がなかった。従って、一昨年の試乗会に呼ばれるまで、あまり来し方を知らないでいたのだが、04年の第6世代モデルを最後に国内では販売されていなかった。それが一昨年13年ぶりに復活したのである。

 最大の理由は、国内の4ナンバー規定の車両寸法が、グローバルのそれとかい離していたからである。全長4m、全幅1.7m、高さ2mを超えると1ナンバーとなり保険や道路料金などの区分が上がって維持費が増える。

 問題は、これが日本固有の規定であることだ。海外ではどうかと言えば、この種のピックアップトラックは、現在ほとんどが全長5335mm、全幅1855mmとなっており、どのメーカーのクルマもほぼミリ単位で同じサイズ。フォード・レンジャー、いすゞDマックス、フォルクスワーゲン・アマロック、メルセデスベンツXクラスも皆このサイズになっている。それがピックアップトラックのグローバルスタンダードというわけだ。

 そうやって国内規格がグローバルなデファクトスタンダードと異なる状態で、ハイラックスをどっちに合わせるかと言えば、それはもう売れる方に合わせる他ない。

 しかもトヨタは02年からIMV(Innovative International Multi-purpose Vehicle)プロジェクトを始動した。為替変動や需要変動への耐性を強めるため、アジアを中心に部品生産を各国で分担して安定化させる価格低減プロジェクトだ。

 国や地域間で関税が無税になる取り決めがあることを利用し、そういうコストが掛からない範囲で、人件費をにらみつつインフラや教育レベルの高い国で部品を生産する。生産難易度の高い部品と低い部品では求められる技術水準が異なるのだから、それらの生産国を最適水準に合わせ込むことで原価低減と品質向上を同時に行える。ハイラックスは第7世代からこのIMV構想を取り入れ、タイで最終アッセンブリーされることになったのである。

●顧客の声

 そうやってグローバルカーになったハイラックスは、アジアで物流の担い手になり、第三世界では戦車代わりの役目まで果たしている。30年前にはリビアの戦車旅団を、チャドが重武装したトヨタのピックアップトラック部隊で迎え撃ち、壊滅させ、「トヨタ戦争」とまで言われた。軍事転用の善悪はともかく、極限状態での信頼性において飛び抜けたクルマである証明にはなろう。

 さて、そうやってグローバルカーになったハイラックスに、置き去りにされた日本のユーザーの中には、代替車の不在に困った人たちがいた。働くクルマのユーザーである。主に林業を営む人たちにとって、林道で木材を運び下ろせるハイラックスの存在はかけがえがないものだった。北海道を中心に、日本全国で9000台の旧型車両が稼働していて、代替えに足るクルマがない状態におかれていた。

 07年、北海道のディーラーから要望を突きつけられた当時の豊田章男副社長が「なんとかする」と約束したところからハイラックス復活計画はスタートする。

 途中、リーマンショックや北米の訴訟問題などで2度の頓挫を経て、一昨年ハイラックスは国内で再度販売されることになった。もちろん改めて国内専用小型モデルを設計できるはずもなく、タイからの輸入である。

 ところが、予約を取ってみると、困り果てていたはずのプロユースの人たちの買い替えはたった23台に過ぎなかった。話が違う。しかしクルマが全く売れなかったかと言えばそうではなく、予約全数は2300台に達し、当初の年販目標台数2000台を予約だけでクリアして予想外のヒットとなった。

●若者に訴求したハイラックス

 一体誰が買ったのか? グレードはたった2つ。安い方で327万円、高い方なら374万円のクルマである。なんと驚くべきことに購入者の中心は20代から30代の若者だった。購入者の95%が男性。「若者はお金がない」という決めつけでは考えられないことだが、考えてみればたった2000人かそこらの話である。限られた高収入の若者にこういうクルマを志向する人がいてもおかしくない。

 目ざといトヨタは、それに気付いた。プロユースのニーズに応えて、お客さまサポートのためにある意味仕方なく再販売にこぎつけたハイラックスが思わぬ新しい客層にヒットしたのだ。

 世間の言う通り、若者がクルマ離れを志向していたとしても、こういうクルマはカーシェアで借りられない。あるいは仮にどこからか調達してきたとしても、ブームが加速しているキャンプやアウトドア、さらに80年代のクロカンブームを支えたウィンタースポーツやマリンスポーツといった宿泊を伴う遊びの場合、レンタカーやカーシェアはコスト効果が悪い。借りている間にクルマを放り出して遊んだり、宿泊が伴ったりすれば、「必要な時だけ借りる」というシェアエコノミーの旨味が半減するのだ。そういう意味ではハイラックスのようなクルマこそ所有することに大きな意味があるのではないか?

 そう仮説を立てたら、ハイラックスの売り方を方針転換すべきだ。より若者に向けた高付加価値のモデルを追加した方が良い。Z“Black Rally Edition”は18インチにサイズアップしたアルミホイールやフロントグリル、専用バンパーなどでドラスアップを施し、計器のレタリング部を白地にした専用メーターなどの装備に仕立て、キャラクターを変えた。

●ハイラックスの未来

 今回、筆者はさなげアドベンチャーフィールド(愛知県豊田市)の専用オフロードコースでハイラックスを試乗した。撮影の都合でコースの途中にクルマを降りて写真を撮ろうとすると、徒歩での上り下りに苦労するような厳しい傾斜で、穴の底は前日の雨が溜まった泥濘路なのだが、ハイラックスは上りも下りも平然とこなす。普通のクルマを普通に運転できる能力さえあれば、なんのテクニックも必要ない。2駆と4駆を切り替えるスイッチと、ダウンヒルアシストコントロール(DAC)のスイッチさえ覚えれば、あとはクルマがやってくれる。というか、4駆にさえしておけば、わざわざDACなんて使わなくても、普通の人がクルマで走る気になるような場所ならアクセルとブレーキでなんなく走破できてしまう。

 あるいはプロのドライバーが、深く掘った穴にわざと前輪を落とし、ド新車のハイラックスのフロントバンパーをガリガリと地面に擦り付け、傷だらけにしながら穴から脱出するのを見た。強烈な性能だと思う。

 日本では少なくとも公道にこんな道はない。もちろん林道の一部にはそういう場所もあろうが、本来そこは無届けで走って良い場所ではない。山は法律だけでなく入会権だの何だのととても複雑なのだ。中には正当に走行する権利を有する人もいるのだろうが、恐らくこの記事を読んでいる人のほとんどはハイラックスがフルに性能を発揮するような道路を走ることはないだろう。そういう意味ではこれはある種のスーパーカーなのかもしれない。

 時速300キロ出せるクルマはお金さえあれば買えるだろうが、国内はもちろん、今や世界を見渡してもそんな速度を出して良い道は希少だ。だからと言って、そういうクルマの意味がないわけではない。

 世界にはハイラックスでなくてはダメな状況はまだまだたくさんあって、そこでは本当に命がけでモノを運んでいる人たちがいる。

 わが国でのハイラックスの半分はファッションとしてのクルマだろう。しかしもう半分は世界の悪路を走破する性能を持つスーパーカーとしての憧れで支えられていくのだろう。

(池田直渡)

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