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パリから「日本の農業」を応援する スターシェフ御用達の食材店

Forbes JAPAN のロゴ Forbes JAPAN 2019/04/21 12:00 鍵和田 昇

© atomixmedia,inc 提供 パリの中心部、2区にある日本の食文化発信拠点「La Maison du Sake」。その中に「Le Salon du Chef」という、日本食材の専門店が入っている。このお店には、鮑の肝醤油や燻製紅茶など、日本国内でさえなかなか見かけることのない希少な食材や調味料が並んでいる。

そんな食材をパリで誰が使うのか。実はこの店の顧客は、パリのミシュランの星付きレストランのシェフたちなど、感度の高いレストラン関係者が多いのだという。

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取材でヨーロッパ各地を旅していると実感するのだが、例えばそこがパリであれワルシャワであれ、「いま、この街で一番おしゃれで人気のレストラン」と言われるところは、往々にして日本やアジアの食材を料理に取り入れている。スターシェフたちは、どうやら他のシェフが使わない食材を使いたがる傾向が強いようだ。

そんなスターシェフたちの嗜好に着目して、「Le Salon du Chef」を立ち上げた人物が、パソナ農援隊の田中康輔さんだ。パソナ農援隊は、人材サービス大手のパソナグループ内の一企業で、日本の「農業」を「応援」するという目的で設立された。現在、田中さんは、このパソナ農援隊の代表を務めている。

1999年にパソナグループに入社した田中さん。新入社員時代は、観光系の事業に携わっていたというが、2011年12月にパソナ農援隊が設立されると同時に、農業系の事業創出による地方創生に取り組み始めた。一般的に地方創生というと、すぐに観光に結びつけがちであるが、もともと食べることが大好きだったという田中さんは、「農業×食×観光」というコンセプトで、地方創生に取り組むことにした。

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僕の中では、農業といえば、実家が農家の人々によって引き継がれるものというイメージがある。しかし田中さんによると、そんな農業に対するひと昔前の考え方が、近年、随分変わってきたそうだ。農業を、自分らしさを追求するための選択肢のひとつと考える若者が増えてきたのだという。そのせいか、最近は実家が農家ではない若者が、農家になるというパターンも多いそうだ。

しかし、新規に就農した人たちは開業早々、様々な問題に直面することになる。農地や農業用機械の取得にかかる費用の工面はもちろん、生産した野菜の販路確保も簡単なことではない。

そんな彼らのサポートや育成を行なっていくのが、パソナ農援隊なのだ。新規就農者の募集から育成、どんな野菜をつくり、どのように売るかといった販売支援をはじめ、既に農家として活動している人に対しても経営研修を行っているという。

なぜまず「パリ」なのか

このように、日本各地で農業支援活動をしているパソナ農援隊。そんな彼らがなぜ、パリに拠点を構えることにしたのだろうか。

「日本の地方に行くと、そこには職人の方々によって手間をかけて丁寧につくられた素晴らしい農産物や加工品がたくさんあります。でも、全国的にはあまり知られていないものがほとんど。そのような良いものつくる人たちは、なかなか情報発信にまでは手が届きません。だから、彼らがつくる、本当に良いものにスポットライトを当てたいと思ったんです」

そうさらりと説明してくれた田中さんだが、とはいっても、それらの「良いもの」を持ち込んだ先がいきなり美食の街パリである。しかし、そこにも田中さんなりの戦略があった。

まずは持ち込んだ食材をパリのトップシェフたちに知ってもらい、そのクオリティをしっかりと評価してもらう。もしそこで好評価を得られれば、今度は「パリのシェフ御用達」ということで、日本でもその食材をアピールすることができる。「パリ」という言葉に弱い日本の消費者に向けては、このうえない宣伝文句となり、日本でもその商品の売り上げ増が期待できるというわけだ。

農作物や加工品の需要が増せば、農家もその恩恵を受けることになる。パソナ農援隊のパリ進出が、まわりまわって日本の農家の利益に繋がることになるのだ。

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さらに田中さんは、農業以外の分野への波及効果にも期待している。

「パリに持ち込む食材を通して、『美味しい』だけじゃなく、その先にあるストーリー、つまり産地の歴史や文化、気候風土といった地域の魅力もトータルに発信したいのです。そして、最終的には目指すのは、インバウンドの観光にも結びつけること。食は何よりのPR材料になりますからね。モノは日本からヨーロッパへ、人はヨーロッパから日本へ。この循環をつくりたいのです」

定着しなければ意味がない

実際、自分たちの商品をパリに売り込みたいという自治体や会社はたくさんある。僕もこれまでに、日本酒だったり食材だったりと、様々な人たちがパリ進出を目指す事例を見てきた。そのための手段として、彼らの多くが行なったのが、現地でイベントを開くことである。

以前、パリで行われた日本食に関するイベントで通訳を担当したフランス人に話を聞いたことがある。彼によると、そのイベント自体は大盛況のうちに終わったという。しかし、せっかくその場では盛り上がっても、その後に参加企業からフランスの顧客に対してのフォローがなく、結局その商品はパリに定着しなかったそうだ。

拠点は日本に置いて、パリでイベントをやるだけでは、なかなかに現地の要望をキャッチアップすることは難しい。そこで真価を発揮するのが、「Le Salon du Chef」の存在なのだ。パリに常駐しているからこそできる現地の顧客のフォローは、日本の食材を扱いたいレストランや商社にとって、また日本の生産者にとっても心強い存在となる。

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「Le Salon du Chef」では、現在、パリだけでも200店舗ほどの顧客であるレストランにサンプルを持参し、食材やお酒、工芸品なども紹介している。取引先は多岐に渡り、フレンチや和食の星付きレストランをはじめ、最近ではビストロやパティスリーなどのカジュアルな店も顧客となっているそうだ。

高品質な日本の食材を持ち込み、着実にパリの料理人たちからの信頼を築いている田中さん。しかし、パソナ農援隊は「日本食材のインポーター」ではないという。事実、食材の輸出入は自分たちで行わず、全て外部のインポーターに任せているそうだ。

そこには、食べることが大好きだという田中さんならではの、生産者や食材に対するリスペクトがある。

「私たちの仕事はあくまで、パリにおける『日本食材のプロモーター』だと考えています。インポーターになってしまうと、どうしても自分たちが扱う商品ばかりに肩入れしてしまいます。でも、必ずしもその商品をパリのお客さんたちが欲しているとは限らない。プロモーターに徹することで、ニュートラルな目線でより良い商品を選び、お客さんにベストな提案をしたいと考えています。また、日本食材を扱う様々なインポーターと協力することで、より多くの素晴らしい日本食材やお酒をパリでご紹介していきたいと考えています」

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実は、今年の2月から、田中さんは活動の拠点をパリから日本へ戻した。日本各地に眠る、知られざる「良質な食材」を発掘し、海外に紹介するためだ。最近ではフランスのシェフやインポーターから、「まだパリに流通していない日本の食材を持ち込んで欲しい」というリクエストも増えているそうだ。

田中さん率いるパソナ農援隊の活躍によって、「パリの美食家の舌を満足させるには、日本の食材なしでは不可能だ」といわれる日も、近いうちにやってくるかもしれない。

連載:世界漫遊の放送作家が教える「旅番組の舞台裏」

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