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ブラックな印象強い飲食では異例、カイザーキッチンに応募者殺到の理由

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2019/02/08 06:00 曲沼美恵
ブラックな印象強い飲食では異例、カイザーキッチンに応募者殺到の理由: カイザーキッチンの共同経営者クリストファー・アックス氏。「人材募集で困ったことがない」と語る © 画像提供元 カイザーキッチンの共同経営者クリストファー・アックス氏。「人材募集で困ったことがない」と語る

「従業員が幸福な会社を作る」を旗印に掲げ、都内一等地への出店を加速させているカイザーキッチン。ミレニアル世代が好む現代的なドイツ料理とドイツビールが売りのカジュアルビアダイニング「SCHMATZ(シュマッツ)」を運営している。創業者は米ニューヨークのベンチャーキャピタルに勤務していたドイツ生まれの若者2人。彼らの下に、続々と人材が集まっていると聞いて取材した。(ライター 曲沼美恵)

人手不足の飲食業界で15人の募集に100人超の応募

 飲食業界はブラック企業のイメージが強く、募集をかけても人がなかなか集まらないことで知られている。原因として指摘されているのが、「休暇が取得しづらい」「賃金が低い」など労働条件や労働環境の厳しさだ。

 そんななか、カイザーキッチンは「人材募集で困ったことがない」(共同経営者のクリストファー・アックス氏)という。新規出店した際には、15人程度の募集に対して100人を超える応募があった。そのほとんどは口コミで、アルバイトが友人を連れてくることもあるという。

ベンチャーキャピタル出身の2人のドイツ人がフードトラックから開始

 2018年師走、JR有楽町店とJR新橋駅の高架下にある飲食店街「銀座コリドー街」の一角にある、シュマッツ銀座店を訪れた。1週間後にオープンを控えた店内では、スタッフがその準備に追われていた。

 店は地下1階にある。階段を下りて店に入るとすぐ左手にガラス張りの厨房があり、スタッフがメニューを試作していた。奥のテーブル席では、ホールスタッフが客役と注文を取る役に分かれてロールプレイをしている。そこに、共同創業者でCEOの、クリストファー・アックス氏(31歳)がやってきた。「店に来る時はいつも何を観察しているのですか?」と尋ねると、彼は即座に「(従業員の)スマイル」と答えた。

 カイザーキッチンはアックス氏ともう1人の創業者、マーク・リュッテン氏(27歳)が2013年に立ち上げた会社だ。当初は、交渉の末、約97万円で手に入れたフードトラックを運転しながら、各地で開かれるファーマーズマーケットなどのイベントなどに出店し、好きなドイツ料理とドイツビールを売り歩いていた。

 飲食ビジネスを、なぜ、フードトラックから始めたのか。アックス氏の答えは意外だった。

「テクノロジー分野で新しいサービスを無駄なくスピーディーに立ち上げる際には、MVP(Minimum Viable Product:ミニマム・バイアブル・プロダクト)を意識します。最初から完璧なものを作ろうとせず、まずは顧客に価値を提供できる最小限の製品を作り、ユーザーからフィードバックをもらいながら、臨機応変に変えていく。人間が完璧でない以上、この方法はとても理にかなっていると思いますし、私たちはそれに倣ってレストランビジネスを組み立てていきました」

 MVPは、シリコンバレーで起業家の必読書といわれた『リーン・スタートアップ』でも紹介されている。ニューヨークのベンチャーキャピタルに勤務していた2人にとって、それは慣れ親しんだ考え方でもあり、2人はその経験を飲食ビジネスに応用した。

 アックス氏は1987年、ドイツ・ブレーメンの生まれだ。大学卒業後は就職先のベンチャーキャピタルで、投資やM&A、マーケティング分野での経験を積んだ。共同創業者のマーク・リュッテン氏は1991年、ドイツ・ハンブルクの生まれ。飛び級し、19歳で大学を卒業した秀才でもある。卒業後は投資会社が所有するeコマース事業の最高責任者を務めるなどしていた。

 2人は別々の会社に勤務していたが、約10年前、同じドイツ出身の友人としてニューヨークで知り合った。

「テクノロジーが社会を変えていくのを見るのは、おもしろかった。半面、こんな風にも思いました。eコマースの場合、顧客との接点はほとんどなく、あるとしたら、カスタマーサービスでクレームを受ける時だけ。ビジネスとしては魅力的だけれども、自分自身が情熱を持って取り組める事業かというとそうではありませんでした」とアックス氏は語る。ITとは正反対の飲食ビジネスに興味を持ったのは、幼い頃の体験が影響している。

「子どもの頃は、食品ビジネスを手がける父が所有する有機農場で育ちました。夏休みになると、祖母が経営するホテルでシェフの手伝いをしていました。シェフと一緒に釣りに行き、採れた魚をシェフが調理してお客さんに出していました。それはとても感動的な体験で、訪れる人たちの思い出作りに貢献できるホスピタリティビジネスっていいなと思いました」

 共同経営者のリュッテン氏はもともと、食べることが大好き。世界中、どこの都市へ行っても現地のタクシードライバーから情報を聞き出し、どのレストランが一番おいしいかを探るほどのグルメだという。

「マークも私も情熱を持って事業を成長させることに興味があり、もっと顧客と直接触れ合うビジネスがしたかった。考えてみたら、飲食業界にすばらしいレストラン、すばらしいシェフはたくさんいますが、僕らのようなバックグラウンドを持つ経営者はあまりいません。スタートアップを支援した経験を持って飲食業を始めたら、おもしろいことができるかもしれないと思いました」

一等地へ出店し、店舗数を拡大中なぜドイツではなく日本を選んだのか

 カイザーキッチンは現在、赤坂アークヒルズや日本橋高島屋新館を含む都内の一等地へ出店を加速させている。2019年2月8日の時点で計12店舗。これらはすべて直営だが、今後はフランチャイズも募りながら、2019年末までにはその数を30店舗まで拡大する計画だ。従業員はすでに300人近くに上っている。

 資本金は7億7000万円を集めた。これだけ急ピッチで出店できるのは、長期的な事業の成長に理解のある2人のスイス人実業家から出資を受けたからだという。「レストランビジネスは何十年もかけて築き上げるもの。短期の資金回収を目的とするベンチャーキャピタルから投資を受けることは最初から考えていなかった」とアックス氏。

 それにしても、なぜ起業する場所として故郷のドイツや米国ではなく、あえて日本を選んだのだろうか。アックス氏によれば、これにはいくつかの理由がある。第1に、2人とも短期間だが日本に住んだ経験があり、日本にはいい印象を持っていた。リュッテン氏は名古屋大学で学んでいたこともあり、日本語もできる。日本滞在中はドイツ料理の店に連れて行かれることも多かったが、若い2人にとって、日本にあるドイツ料理の店はやや古めかしい感じがした。

 インバウンドの需要が伸びれば、日本のホスピタリティ産業はこれからもっと成長するだろう。日本での成功をバネにすれば、アジアを中心に海外展開もできる。起業するなら今だろう──。そう思い、2人は日本でビジネスを立ち上げることを決意した。

週休2日、1日8時間労働従業員も認める「正真正銘のホワイト企業」

 現スーパーバイザーで日本橋高島屋店の店長を務めている柚木修一氏(48歳)は2015年、2人が赤坂に1号店を出した時に雇った最初の店長だ。飲食業界で長く勤めた彼の目から見ても、カイザーキッチンは「正真正銘のホワイト企業だ」という。

「週休2日は確保でき、労働時間も1日あたり8時間と長時間労働を強いられることはありません。条件でそううたっていても実態は違ったという会社もありますが、うちはそうではありません」(柚木氏)

 ただし、柚木氏も賃金に関しては「業界水準と比較して目立って高いわけではない」と言う。

 カイザーキッチンでは本部・店舗を問わず一緒に働くメンバーを「チーム」と呼んでいる。経営陣は「チームの幸福」を第一の目標に掲げ、「マルチカルチャーだけれど家族のようなチーム」を目指している。ユニークなのは共同創業者の1人であるマーク・リュッテン氏がCHO(Chief happiness officer:チーフ・ハピネス・オフィサー)を兼務していることだろう。

 チーフ・ハピネス・オフィサーは日本ではあまり聞き慣れない役職だが、従業員満足度を高めることで最終的な利益も上げていく考え方から、近年、注目されている。アックス氏によれば、2人が「従業員の幸福度(ハピネス)」の重要性に気づいたのは2015年、赤坂に1号店をオープンした時だった。

「さまざまなプレッシャーに晒されながらほぼ立ちっぱなしで働く経験は、フードトラックでソーセージを売るのとはまったく違っていました。肉体的にどんなに疲れ切っていても、お客さんには最高の笑顔で接しなくてはいけない。それがいかに大変なことか、私たちはその時、身をもって知りました」(アックス氏)

 同時に、最高の顧客体験を提供するには従業員が幸福でなければならないことにも、気づいたという。

大手外食店出身のベテランも入社従業員の「幸福度」を最重要視

 カイザーキッチンでは、「幸福度」が重要な業績評価の指標にもなっている。全従業員に対しては8週間ごとに幸福度調査を実施。お客さまアンケートでも、従業員が幸せそうに働いていたかなどを聞いている。売り上げや客単価を伸ばすことはもちろん、店長の重要な仕事だが、経営陣がそれ以上に重視しているのは「チームメンバーを幸福にしているか」という点だ。

 新規出店する際はまず、すでに働いている人の中からやる気のある人を募る。ホールスタッフからマネジャー、店長へとステップアップできるキャリアパスも明確にしている。

 ところで、年間10店舗以上の出店を可能にするには、腕のいい店舗開発責任者が必要だ。実は、カイザーキッチンの本部機能を支えているのは、スシローやドトールコーヒー、スターバックス、すかいらーくなどで経験を積んだベテランたちだ。いずれもヘッドハンターなどを通じて出会い、2人が何百人と面接した中から選んだ。

 話を聞きながら、なぜ、飲食業界のベテランがドイツ人の若き起業家の下に続々と集まって来るのか不思議に思った。この点については、日本橋高島屋店店長の柚木氏が語った言葉が印象的だ。

「それはやはり、スタートアップの熱気を感じられるからでしょう」

 どのような業界で働くにせよ、十分な賃金と休息を得られるのはむしろ、当たり前のことだろう。人間が働く幸せを感じるのは、仕事そのものの意義や面白さを実感すると同時に、企業の成長に自らが貢献できていると感じられる時なのかもしれないと感じた。

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