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マツダCX-8 重さとの戦いを制した3列シートの復活

ITmedia ビジネスONLiNE のロゴ ITmedia ビジネスONLiNE 2017/10/22 アイティメディア株式会社
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 9月14日、マツダはSUVの国内フラッグシップモデルであるCX-8を発表し、同日から予約受付を開始した。発売は12月14日となる。

 17年10月現在、マツダがラインアップしている3列シート乗用モデルはプレマシーとビアンテの2車種。ビアンテは販売中ながらすでに製造を終了し、在庫販売のみという状態だ。それに先だってMPVは昨年からカタログ落ちしている。いずれのモデルも、後継モデルの開発は行われておらず、プレマシーも遠からず販売終了となるだろう。

●3列シートモデルの抜本的見直し

 「Be a Driver」を標榜し、「もっともっと、人とひとつになるクルマを」というマツダのクルマ作り思想の中で、残念ながら従来の3列シートモデルはそのブランドイメージに合致しない。ブランド戦略として、マツダのクルマは全車種がマツダらしい走りであるべきだとする中で、多人数乗車モデルには抜本的な見直しが必要だったのである。

 特にいわゆる5ナンバーミニバンに属するビアンテは厳しい。このリーグはトヨタ・ノアにせよ日産セレナにせよ、ホンダ・ステップワゴンにせよ、エンジニアリング的にはほとんどミッション・インポシブルな世界にいる。乗り降りのために低床優先で床厚が取れず、サイドシルも床面と同じ高さが求められる。ウォークスルーのためにセンタートンネルもなし、要するに平らで薄い板にせよということで、これだけ要件がキツいと床ではシャシー剛性を出せない。

 では上屋でと思っても、こちらもスライドドアもテールゲートも可能な限り開口部を大きく採らねばならない。さらに多人数と荷物を満載してちゃんと走る動力性能が必要で、ファミリーユースという特徴上、運転アシストも満載にしなければならない。

 それだけあれもこれも求められた上に、極め付きは「ライバルより安く」。現在なら最廉価モデルは240万円に収めなくてはならない。エンジニアリング思想が入り込む余地がほとんどない。ユーザーニーズだけで成り立っているカテゴリーなのだ。だからマツダが3列シートの多人数乗車モデルを廃止にするという日本経済新聞のスクープ記事を読んだとき、「そりゃそうだよな」と思ったのだ。

 しかし、現実に3列シートの多人数乗りモデルにもニーズはある。「人とひとつになる」条件を満たしつつ、多人数乗車ができるクルマは作れないかと考えたとき、自ずと思い浮かべるのは対米輸出の主要モデル、CX-9の存在だ。しかし全長119.4インチ(5065mm)、全幅は77.5インチ(1970mm)の巨体では日本ではさすがに持て余すことになる。ちなみに、カッコ内は筆者の換算だが、日本の法規は5mm刻みなので、それに合わせてある。参考までにCX-5は全長4545mm、全幅1840mmとなっている。

 マツダはサイズを見直すにあたって、横幅に注目した。結論から言えば、CX-8は、CX-9のシャシーをベースにしつつ、全幅をCX-5に合わせて生まれたクルマだ。そのディメンションは、全長4900mm、全幅1840mmとCX-9との比較ではコンパクトになった。お気付きだろうが全幅1840mmはCX-5と同寸法で、実際ボンネット、フロントドアといった部分はCX-5と共通部品だ。

 CX-5が出てきたところで、CX-5の課題についても少し触れよう。CX-5の潜在顧客でありながら、購入に踏み切れない人の中には、荷室のサイズが足りないという声が少なからずある。特にチャイルドシートを必要とするファミリー層は、おいそれとリヤシートをたためない。その場合、2列目シートを立てた状態での荷室サイズが問題になるのだ。CX-8は3列目のシートをたたんでしまえば、VDA方式で572Lの巨大なラゲッジスペースとなる。ついでに言えば、床下収納はそれと別に65Lもある。3列シートは多人数乗車だけでなく、CX-5が取りこぼした顧客へのソリューションにもなるわけだ。

 そのためにCX-8は、2列目シートに工夫を凝らした。キャプテンシート(独立シート)にセンターコンソールありのラグジュアリータイプと、コンソールがない代わりにウォークスルーが可能なタイプを用意しただけでなく、6:4分割のベンチシートの3種類を用意した。キャプテンシートでは2列目は2人乗り。ベンチシートなら3人座れる。

 ラグジュアリーな多人数乗りユーザー向け、ウォークスルー可能なミニバン的モデル、2列目までで最大5人乗車して、さらに大きな荷室が欲しい人にはベンチシートという3つの顔を持っている。

 MPV、プレマシー、ビアンテのそれぞれの顧客に対して、可能な限りの配慮をしたと言うことだろう。もちろんプレマシーの全幅1750mmから見ると、90mmも広がった全幅は簡単に許容できないだろうし、箱形で大きなエアボリュームがあったビアンテの顧客は空間の縮小に落胆するだろう。筆者はエンジニアに「そこは切り捨てるのですか?」と意地悪な質問をした。エンジニアの答えは面白かった「今までプレマシーやビアンテに乗っていただいてたお客さまは、各社競合モデルの中からあえてマツダを選んで買っていただいたお客さまですから」。要するに増大した横幅や切り捨てた空間は走りとスタイルに振り向けたので、マツダを選ぶ人ならそれに共感してくれる人は少なくないだろうということだ。

●フラッグシップであるために

 さて、かくしてマツダの新世代3列国内モデルの骨子は決まった。問題はその重量だ。FF6人乗りの最軽量モデルで1780キロ。最も重い4WDの19インチホイールにルーフレール付きだと1900キロにもおよぶ。ざっくり言ってCX-5より200キロ重い。SUVのフラッグシップという位置付けから言えば、動力性能と静粛性でCX-5に劣るわけにはいかない。もちろんこのご時世に「燃費はちょっと……」で許されるわけがない。

 そこでマツダは、自慢のSKYACTIV-D 2.2をさらに進化させた。マツダが強調するのは、動力性能上乗せのための車種別チューニングではなく、SKYACTIV-Dの正常進化だという点である。マツダがずっと言ってきたコモンアーキテクチャの年次改良という見地からすれば、やがてCX-5の年次改良でも採用されると思われるその内容は大きく見て2点。第1は、従来から大小2つのターボを備えるSKYACTIV-Dの大きい方のターボユニットを、可変ジオメトリーターボに代えた。一言でいえば過給範囲の拡大であり、狙いは中速域のトルクアップと高回転での出力向上だ。

 騒音と燃費を改善するために採用したのは新しい燃料噴射システムだ。一般的にディーゼルエンジンは数回に分けて燃料噴射を行う。従来型のSKYACTIV-Dでは4回に分けた燃料噴射を行っていたが、新しいインジェクターではこれを5回に増やした。増えたから偉いという話ではない。実はインジェクターは噴射終わりでノズルを閉じる際に不具合が起きる。マツダのエンジニアは「水道の蛇口をゆっくり閉めると最後にボタボタと垂れますよね? あんな感じになるんです」と説明する。それでは5回にしたらもっと悪くなるではないか? 実は順序は逆で、5回噴射にしたのは、インジェクターの性能が向上したからだ。「応答性」つまりは吹き始めや吹き終わりのキレが良く、「ボタボタ」がほぼ起きないインジェクターが開発されたのだ。

 もう1点、従来はインジェクターの能力限界で、噴射と噴射の間にどうしても1万分の1秒ほどのインターバルが必要だった。新しいインジェクターではこれもほぼなくすことができた。つまり「ボタボタ」と「お休み」の心配がなくなって、全体としてはより短時間に意図通りの噴射ができるようになった。燃焼圧で見ると、これまで1回の燃焼に3回の燃焼圧ピークがあったのを、1つにつなげることができるようになった。

 燃費のためにはピストンが上死点にあるとき、速やかに燃焼を行い、それによってピストンにより大きな力を加えたい。だが瞬間的にとがった高いピーク値が不連続に発生すれば当然音がうるさくなる。新しいインジェクターの採用によって、このピークを突出させずになだらかにつなげつつ、トータルの燃焼時間を短縮したのである。

 これらの改良によってエンジン騒音を低減し、低中速の燃費が向上した。可変ジオメトリーターボの採用と合わせて、CX-8は車重200キロのハンデを持ちながら、加速能力も燃費もほぼCX-5並みに引き上げ、しかもフラッグシップらしい静かなエンジンに仕上げたとマツダは胸を張る。

●3列目の安全性を革新できるか?

 さて、CX-8はその存在価値のかなり根底の部分に3列シートがある。その3列シートの安全性について、少し意見を申し述べたい。現在日本で買える3列シートモデルは一見たくさんあるように見える。何ならBセグメントのトヨタ・シエンタやホンダ・フリードあたりからサイズごとに用意されている。これらのモデルの意義はよく分かる。年に数回だけ多人数乗車の必要があるなら、それを選ぶのも良いだろう。ただし頻繁に3列目を使うという場合はお勧めできない。特に小さいクルマではサイズの限界もあって、仮に時速50キロで後方から追突された場合、まず間違いなく3列目の生存空間は残らない。なぜなら現代の衝突安全の基本となるクラッシャブルゾーンがサイズ的に十分に取れないからだ。これは物理的な限界なので相当に難しい。

 そういう意味ではもっと大きなモデルでも事情はそう変わらない。3列目シートがオプション設定だったり、補助席のような簡易シートのクルマは推して知るべしだ。3列目の安全性には膨大なコストと手間がかかる。オプションや補助席のためにそんなコストが容認されるとは思えない。3列目の生存空間を真剣なエンジニアリングで対策しているクルマは、日本で正規で買えるという条件を付ければこれまでボルボXC90しかなかった。

 XC90は3列目客室の構造材にウルトラ高張力鋼を使い、アルミ製ボックス構造のバンパーサポートと高張力鋼の荷室という2段構えのクラッシャブルゾーンを用意する。3列目のシートはクラッシャブルゾーンの分前に押し出されているため、あの図体から想像するよりずっと狭い。しかしその結果、ボルボは時速50キロでの追突においては、3列目も2列目同等の安全性を保証すると言うのだ。ちなみに日本の衝突安全試験はフルラップ(正面衝突)で時速55キロ。オフセット(運転席側に偏った衝突)で時速64キロとなっている。つまり正面衝突にかなり近いレベルでの追突安全性を確保しているのだ。そしてわれわれが注目すべきはここまでやっても時速50キロだという点だ。ではやってないクルマは何キロまで大丈夫なのか?

 この話で難しいのは、安全は大事だが、すべての安全はコストとのバランスで存在するという点だ。どこからどんな速度でぶつけられても死にたくないなら「戦車にでも乗っていろ」という話になる。ボルボの設計思想はリスペクトするが、一方で、広大な北米はともかく、日本の道路環境で、年にたった数回のために毎日1人か2人乗りであの巨体を運転するのはいくら何でも無駄すぎるし、780万円からという価格では買える人は相当に少ない。庶民の現実生活から見れば戦車に近いのだ。しかし安全を重視して本気で3列シートを使うなら、最低でも日本では不便なあのサイズが必要で、安全を買うにはお金もかかるということだ。ちなみにコストというのはお金だけでなく利便性や手間も含む。

 だから限られたケースの緊急対応用としてのバランスで考えれば、あまた売られている3列シートモデルの存在には意味があると思う。ただし、追突された場合「安全性の疑わしい席」に人を座らせているという自覚をドライバーは意識すべきだし、その利用には節度を持つべきだろう。少なくとも万一の時の速度差が大きくなる高速道路は避けるべきだ。XC90を例外として3列シートとはそういうものなのだ。

 CX-8の3列目がXC90なみの安全性を持つものとして開発されているかどうか、多分近く試乗会があると思うので、そこをマツダに確認したい。もし時速50キロでの追突時の3列目の安全性が2列目同等だとマツダが保証できるならば、それは日本車の大革命と言えるだろう。そうでなければ、こと3列目の安全性については並の日本車だということになる。

(池田直渡)

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