古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

レスがウザい、投稿が暗黒…SNSで「厄介な人」認定されない心得

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2017/07/13 藤井弘美
レスがウザい、投稿が暗黒…SNSで「厄介な人」認定されない心得 © diamond レスがウザい、投稿が暗黒…SNSで「厄介な人」認定されない心得

SNSにはリアルとは違ったコミュニケーションの作法や快感が存在する。人間のディープな部分まで露呈されるSNSでは、発信者はそれを見た人には敬遠されず好かれていたいと思うのが人情だが、第三者から敬遠されるリスクもはらむ。一部では、SNS上で敬遠されそうなことばかり行う人たちを称する「不穏勢」という言葉もある。SNSで敬遠される人にはどのような類型があるのだろうか。今回はいくつかの事例からそれらの類型と、そうならないための心得を探っていきたい。(取材・文/藤井弘美)

1人で勝手にやってください…かかわると面倒そうな人たち

 SNSは基本的に、「誰かが発信して、周囲がそれに反応する」という流れで不特定多数に運用されている。誰もが「発信側」にも「受け手側」にもなるツールであり、厄介な人はこのどちらにも存在する。

 最初にこの「発信側」で厄介な人たちを見ていこう。話を聞いたのは32歳の男性・Aさん。会社員だが、趣味のスポーツ観戦を通じて幅広い年代に知り合いがいて、彼らとはSNS上でやり取りがあるそうだ。mixi時代からSNSのヘビーユーザーで、現在ではTwitter、Facebook、Instagramと種々のSNSを使いこなしている。

「ポジティブになろうとしすぎて自分を追い込んでいる人を見ると、力が入りすぎていて、見ているこっちが疲れてしまうことがあります。たとえば『目標を達成するために○○をしなくちゃいけない。今の自分は全然ダメだから、もっとがんばらなきゃ』とか。これって確かにポジティブですけど、無理してがんばろうとしている感ありますよね。どこかで無理しなきゃいけない場面もあると思いますが、常にそういう感じの人を見ると…。『もっと肩の力を抜いて』と話しかけても『いや、もっと頑張らなきゃ』の一点張り。心のどこかで『自分を追い込んでる自分』が気持ちいいのかな」

 ネガティブな内容のSNSへの投稿は第三者の気分を害する恐れがある。そこでネガティブ発言を抑えてポジティブ発言をする試みは悪くないが、無理を感じさせるポジティブ発言も、それはそれで周囲が心配に感じることも。

 Aさんは次のようにも言う。

「SNSでつながっている学生時代の同期は、知らないうちに政治にどっぷりつかっていて、それもかなり極端な方向のやつで、彼が投稿するのを見るたび『昔はただの愉快なやつだったのに変わっちゃったなあ…』と思います。同窓会があっても彼には声をかけにくい」

 政治、宗教、そして野球などの話題は同じ志を持つ人からは強く共感される反面、それ以外の人たちは同様に強く敬遠されるリスクがある。SNSでの議論に巻き込まれ、考えを強要・啓蒙されそうになって、逃げ出したい思いをしたことのある人は少なくないはずだ。

「このほかに、まあ鉄板ですがメンヘラっぽい人ですね。常に病んでいるふうな発言をして周囲の気を引こうとしている人。若い女性に多いように思いますが、おじさんにも同種の人はいます。依存されると面倒くさそう。

 それと、酒の席みたいな持論を展開する人もちょっと。酒の席なら『ふむふむ』くらいで聞き流せるけど、SNSに投稿されたものに関しては、こっちは素面で検証できるので、受け手のテンションが違う。で、その持論が共感できないものだと、『この人内心結構いろいろ考えてて、しかも自分とは違うし面倒な人なんだな』と冷静に心のシャッターを降ろしてしまう」

 何かに触発されたときや、深夜に1人で盛り上がったときなど。ついつい気持ちの高ぶった投稿をしてしまうこともある。翌朝になり、一抹の気恥ずかしさを覚えた経験がある人も多いだろう。投稿ボタンを押すその前に、素面の友達の顔を想像してみるというのは一つの手かもしれない。SNSでは疑問や反論は可視化されるが、白けや無視は見えない。「お友達」と知らないうちに距離が空いていた経験、あなたにはないだろうか。

普通の投稿に長文のアドバイス返信が億劫になりROM専に

 続いて、「受け手側」で厄介だと思われる人たちについて。26歳の女性・Bさんから聞いた。

 以前は活発にSNSで発信側として投稿を行っていたBさんだが、現在は投稿をまったく行わない、いわゆるROM専である。自分の投稿に対する反応に対してどうコメントするかを考えるのが段々煩わしく感じられるようになり、今のスタイルに落ち着いたそうだ。

「男性に多いですが、『冗談でからんでくるのだけど、その冗談がものすごく微妙な人』ですね。これがまず厄介です……。相手の気分を損ねるのも申し訳ないので、面白くない冗談に草をつけて返答したり、いちいち気の利いた返しを考えたり。面白くない冗談がコメントでついたときは、なんと返せばいいか思い浮かばず固まってしまって、返信を何時間も先延ばしにしてその最中ずっと『あー、あとで返さなきゃ…』と重い気分に支配されたり、ということがありました。つまらないコメントにも即無難に反応できる人もいるので、私はSNSに向いてないんだと思います」

 ネット上とはいえ対人コミュニケーション。まさか「あなた、それ面白くないですよ」と言うわけにはいかない。相手を傷つけない返信をするために自分をすり減らす必要が出てくるわけである。

「アドバイスじみたお説教をしてくる人も苦手でした。私が女だったからかわかりませんが、これも男性に多い気がします。たとえば何気ない『今から○○するー』といった投稿に対して『○○するなら△△した方がいいよ』とか。これくらいならまだ全然マシで、ちょっとでも悩んでいそうな文面だと思うと、全力で硬い長文アドバイス送ってくる人はきつかった」

 親切心によるアドバイスが、余計なおせっかいと捉えられることもあるようだ。ライトな短文の投稿にヘビーなレスだとそう思われる可能性は高くなるであろう。SNSでつながると急に距離が縮まったようにも感じるが、相手もそう感じている場合ばかりではないことは、わきまえたほうがよさそうだ。

「あと、イベントの勧誘が激しい人には素っ気ない態度を見せ続けるか、それでも続くようならブロックするしかありません……。勧誘が激しい系の人って結構メンタルがタフでしつこく食い下がってくるので、こっちも相応の覚悟で臨まなければいけない。正直、興味のないイベントをそんなにプッシュされても絶対行きませんよと思う」

 フットワークが軽い人なら、興味がなくても誘われたイベントに足を向けることもあろうが、そうでない人にとってしつこい勧誘は、うっとうしくしか感じられない。相手を選ばない勧誘はやはり迷惑だ。

自ら「不穏勢」を名乗る輩もコミュ内のヒエラルキーが招くモラル崩壊

 社会人2年目の24歳男性・Cさんは学生時代Twitterのヘビーユーザーだったが、入社を機にSNSとはやや距離を置いている。学生時代はとある人気ゲームに没頭していて、そのゲーマーたちとTwitter上でさかんなやり取りを行っていたそうだ。ゲーマーには学生が多かったが年齢層は広く、中、高生の女子から中年男性までがいたのだとか。

「学生時代あるゲームにはまっていたんですが、それが面白い分結構イライラすることもあってか、つながったゲームユーザー群のTwitterは非常に民度が低かった。誰かを罵るために『死ね』や差別用語が日常的に使われすぎていて、界隈の多数が感覚的に麻痺しているようなところがあったと思います。治安の悪いスラム街がネット上にあるとしたら、あそこはまさしくその一角です」

 Cさんに言わせると「学生以下は精神年齢がかなり幼い印象」なのだそうである。実年齢も低いので仕方ないとも感じるが……。

「あくまでゲームのコミュニティですから、やはり『うまいやつこそ問答無用で偉い』というような風潮が強くあるわけです。ゲームがうまいと人間性まで神格化されるんです。おかしな話ですが、プレイしていた当時には自分にもそう思ってしまう傾向がありました。

 うまくてプレイ動画を配信しているような人には『囲い』という、なんでも擁護するファンがついていて、配信者がモラルを逸脱した妙なことを言ったり行ったりしても、囲いがそれを正当化するんですね。それで配信者も調子に乗ってどんどんおかしくなっていくし、それを見た囲いも『自分もいいんだ』ということで、相互に悪影響を与えながら民度を下げていく。

 社会人経験がある人は一定のモラルを守ろうと努力している人が多かったのですが、大学生、高校生は不思議と際限なく調子に乗る人が多かった。そういった様子をあくまで体感ですが統計的に見て、『社会人経験って偉大なんだなあ』と実感しました」

 なんともおそろしい地獄絵図であるがこれも現実のようである。某ゲームでは男性の人気配信者がSNSでつながったファンの未成年に淫行を働いたことが発覚。検索ワードランキング上位に上るほどの物議を醸した。

 そうしたSNSの渦中に身を置いていたCさんは、厄介な人に以下のような例を挙げた。

「ネガツイ(※ネガティブなツイート、の略)を連発する人。これはおそらくどこのSNS上にもいますが、見ていて気分がよろしくない。

 ネットのスラム街だから見られた現象かもしれませんが、グロ系・エロ系の画像・動画や笑えないブラックジョークを頻繁にリツイートする人もいた。『こんなに精神が荒廃した人とは決してかかわりたくない』と思わされる。

 攻撃的な様子の人で持論を展開する人もいましたが、ああいうのも見ていて不快でした」

 攻撃的な態度の人は、ネットのスラム街といわずどこのSNSにも散見されそうである。攻撃的な態度、高圧的な物言いは反感を招きやすいものだ。

 Cさんがいうには、その界隈にはいつしか「不穏勢」と呼ばれる一群が誕生したのだとか。

「『不穏勢』の定義はあいまいですが、他人とよくもめごとを起こしたり、もめごとの種になりそうな発言をしょっちゅうしている人が、そう呼ばれていました」

 こうした言葉が新生し、また定着するところから、「その界隈でいかに日常的に不穏な人たちを見かけることができたのか」ということがうかがえる。

「不穏勢という言葉が流行って少ししてからだったと思いますが、そのうち『不穏勢を自認してそれを楽しんでいる』一群まで現れました。彼らにもう社会性はなく、ひたすら小さいテロのような不穏を起こしては楽しんでいた。そういう人とは関わり合いにならないように注意していましたが、知り合ったあとに不穏勢だということがわかった場合は厄介でしたね。つながりを切ろうにも、切ったら切ったで自分が標的にされそうで、それが面倒に思えてなかなか切れない」

 こうなってくるともはや教室で行われていたいじめが、SNSでも再現されている状況である。

 SNSには「発信側」と「受け手側」、2種類の参加方法があり、そのどちらにも厄介な人となりうる筋道がある。リアルで対面していないネット上の関係とはいえ、人間関係には違いない。願わくば自分が誰かから「厄介な人」認定されないよう、ここまで見てきたような事例を頭の片隅に起きつつ、今後も健全にSNSを利用していきたいものである。

ダイヤモンド・オンラインの関連リンク

ダイヤモンド・オンライン
ダイヤモンド・オンライン
image beaconimage beaconimage beacon