古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

一流の経営者は「丁寧な人事」を心掛けている 異動を命じる際には慎重な手続きが不可欠だ

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2017/07/14 江口 克彦
時間をかけて丁寧に人事異動を伝えていくことが重要です(写真 : xiangtao / PIXTA) © 東洋経済オンライン 時間をかけて丁寧に人事異動を伝えていくことが重要です(写真 : xiangtao / PIXTA)

 銀行の支店長が新任の際にあいさつに来ても、大抵は2~3年で交代していきます。これは、支店長と取引先との、いわば癒着防止のためが主な理由。長い付き合いとなると、そこに理性的な判断を超えた事情も生まれてくる。不正を誘引する状況も生まれてくる。「そういうことで、2~3年で交代するのです」と某銀行の支店長が話をしてくれたことがあります。

 2~3年といっても、いつ交代するのかはわからない。半年かもしれませんし、3年間かもしれません。突然、異動命令が出されます。しかも、1週間前とか、5日前とか、とにかく、すぐに異動しなければなりませんので、大変です。「しかし、銀行に入った以上は、それは宿命ですから、当たり前と思っています」と付け加えていました。どこの銀行も同じでしょう。商品が現金ですから、念には念を入れて、銀行の人事異動は、ある日突然に行われる。当然だと思います。

 しかし、「支店長は2~3年で異動が」ということは事前に銀行内に周知されています。これは、ある種の「予告人事」ということだと思います。2~3年で異動ということを当初から認識され、覚悟しているからです。

人事異動は「丁寧に」が大原則

 銀行だけでなく一般の会社においても「予告人事」のような形で人事異動を行っているところがあるかもしれません。しかし、突然の人事異動であったとしても、人事異動は丁寧かつ慎重に行うべきだと思います。

 異動させたい部下が今の職場をどのように思っているのか、あるいは、異動先の職場をどう考えているのか。そのようなことを何げなく話しながら聞いてみる。あるいは、異動させたいと考えている職場の話をする。「あの職場では今、新しい仕事に取り組むらしい。その適材を探しているようだ」などと話を繰り返していく。

 そのうち勘がよければ、本人は異動対象が自分だと思い始める。そのようになったとき初めて「キミ、あの職場に異動してくれないか」と辞令を出す。そのように、時間をかけて人事異動を行うことが基本です。

 突然に人事異動を命ずると社員にとってかなりの負担になりますし、よほどでないかぎり家族も驚きと不安に駆られます。なんとなく覚悟をさせていくことで不安は解消されますし、なによりもじっくり考えたうえでの人事であることが伝わる。経営者たるものは丁寧な人事異動を基本に考える必要があると思います。

 もちろん、そのような話をすると、どうしても新部署には行きたくないなどと言い出す場合があります。あるいは新しい職場には向いていないということがわかるかもしれません。その場合には異動を中止し、他の社員を探すことも必要になってくるでしょう。

 とにかく、人は誰でも「突然」に驚くものです。驚くだけならいいのですが拒否反応を示す。ですから、人事異動では、本人を驚かせたり恐怖心を起こさせたりしてはいけません。つねに「予告人事」を心掛けるべきだと思います。「人事は仁事」でなければなりません。

 さらに異動を決める場合にも、できるだけ社員が将来に不安を感じないようにする必要があります。可能なかぎり、その後の異動についても未確定だとしても示すようにするべきです。

 異動の指示があった。そこが自分の思っていた希望していた職場なら、部下は前向きに受け止めるでしょう。しかし、考えてもいなかった職場、あるいは行きたくない不本意な職場への異動ということになれば、戸惑いと同時に自分の将来はどうなるのかと不安に駆られる社員が出てきます。なかには「異動は不本意なので退職する」と言い出す社員も出てくることでしょう。

異動で退職されては元も子もない

 会社としては、その社員に異動して活躍してもらいたいと考えているのですから、やる気をなくしてしまう、あるいは退職されてしまうということでは困ります。そのように追い込まないためにはどうすればいいのか。

 必要なのは見通しを示すことです。「3〜5年間はその職場でやってもらうが、その後については君の希望を聞こうと考えている」と予告することです。先のことがわかれば、異動先の職場が納得できない場合でも、その社員は、3〜5年間我慢すればいいのかと安堵します。その先のことも考えて異動先で一生懸命仕事に取り組んでくれと言えば、その社員は「わかりました、頑張ります」という気持ちにもなると思います。

 私の考える「予告人事」は、過去に私自身が身をもって経験したことでもあります。

 大学を卒業して、松下電器産業に就職。それなりの思いを込めて入社しましたが、3年ほどで、社内でもほとんど知られていない「PHP研究所」への異動を突然命じられたときの、不安と動揺は忘れられません。異動を断り退職しようと思いつめるほどの大きなショックでした。

 にもかかわらず、なぜ異動を受け入れたのか。それは、松下さんが面接の折に話をした「キミ2年間だけでいいんや、わしのそばで勉強する気はないか」とのひと言でした。そうか、松下さんのそばで、いろいろと学ぶこともできる。教えてもらうこともできるかもしれない。「2年間だけ」と思った途端、不安や動揺は雲散霧消。「お願いします」ということになったのです。

 もし「2年間」と言われなかったら、松下電器を退職していたのではないかと思います。結局は、その「2年」が「23年」に10倍以上の期間、松下さんのそばで仕事をすることになったのですが、考えてみればこれもある種、松下さんの「予告人事」であったのかもしれません。

人事では最高の配慮をすべき

 異動から2年経ちましたが、その頃には松下さんの実践経営学に魅了され、もうこのままこのPHP研究所で自分の骨を埋めようとまで考えるようになりました。結果的には、私の人生の得がたい職場になったのですが、そのきっかけは松下さんの「2年間でいい」というひと言でした。

 私が「約束は2年間ですから異動したい」と申し出ていれば、松下さんは「そうか、わかった」と対処してくれたと思います。そのような例は、PHP研究所の、当時の幹部のひとりが異動を希望したときにありました。松下さんは留まるように説得したり、まして激怒するということもなく、即了承したばかりか、課長であったその人を松下電器の某事業部の部長として異動させました。

 要は、経営者たるものは人事において最高の配慮をすべきなのです。安易に、簡単に異動を命じるのではなく、つねに社員の成長を考え、極論かもしれませんが、社員一人ひとりの最終着地点を想定しながら、可能なかぎり丁寧に、慎重に対応すべきなのです。

 「人事は仁事」。人事異動だけではなく、人材によって会社の命運が変わってくるのですから、紙切れ1枚、電話1本で社員や部下の異動をやってはいけないのです。

東洋経済オンラインの関連記事

東洋経済オンライン
東洋経済オンライン
image beaconimage beaconimage beacon