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三重県桑名市が「産業観光」に目覚めた理由 思わぬところにインバウンド需要があった

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/04/17 18:00 小倉 正男
今年1月、三重県桑名市のエイベックス多度工場を訪れた海外からの視察客(写真:エイベックス) © 東洋経済オンライン 今年1月、三重県桑名市のエイベックス多度工場を訪れた海外からの視察客(写真:エイベックス)

 三重県・桑名市が「産業観光」(インダストリアルツーリズム)に取り組んだのには訳があった。

 桑名市の人口は14万2805人(5万8406世帯)、大きく減少していることはない。しかし、財政の硬直度を示す経常収支比率は97~98%。毎年の必要な経費をかろうじて自分で賄えているような状態だ。「地域おこし」「街おこし」は、各地方都市が頭を痛めているアジェンダだが、桑名市もそうした喫緊の課題に直面しているのは間違いない。

 2016年5月に開催された伊勢志摩サミット。その際、各国の中高生が集まり世界の課題について話し合うジュニア・サミットが桑名市で開催されたが、これが桑名市に“覚醒”を促すことになった。

海外から年間2000人超が訪れる工場

 ジュニア・サミットでは、「おもてなし力」向上のためのイベントや研修を行った。その中で、「当社の工場には、海外からの視察客が数多く訪問しており、年々増加するばかりだ。海外客は工場を視察した後、東京や名古屋、大阪などに移動して観光している」という発言があった。

 発言の主は、トヨタ自動車系の精密部品切削研削加工、エイベックス(本社名古屋市・非上場)の加藤丈典社長。売上高約60億円、従業員数380人程度の中堅企業だが、桑名市多度町にある主力工場には、海外から年間2000人超が視察に訪れるという。

 要は、トヨタ式の生産方式(TPS)に対する世界的な関心の高まりが背景にあったわけだが、桑名市に海外からの客が来訪していたのである。桑名市としては、思わぬところにインバウンドの観光コンテンツがあったことに気づかされた。

 一方で桑名市は、簡単には解決できない課題も抱えていた。「海外からの多くのお客が訪れるエイベックス多度工場というコンテンツがあるのはわかったが、バスで視察して終わったらすぐほかの都市に移動していく。桑名にはおカネがほとんど落ちない」(黒田法雄・桑名市経済環境部商工観光文化課係長)。

街ぐるみのコンテンツを用意

 海外からの視察客を取り込むには、宿泊・消費につなげていく仕組みを作ることで桑名市での滞在時間を延ばすしかない。

 そんな思いから、インバウンドに対応する街づくりのための観光協議会が地域の産・官・学で立ち上げられ、2016年9月から産業観光ツアーが開始された。「いろいろな色彩のコンテンツがあれば楽しいということなら、協力は惜しまない」(市内にあるショッピングセンター・イオンモール桑名の渡邉誠ゼネラルマネージャー)など、桑名市に拠点を置く企業が参加。政府の地方創生戦略による地方創生加速化交付金(3300万円)も、産業観光ツアー立ち上げに投入された。

 2016年度の産業観光ツアーは年度半ばの9月からだったが、中国、台湾、カザフスタン、ドイツ、フランス、アラブ首長国連邦など15回・365人の視察を迎え入れた。桑名市での消費金額は1100万円という経済効果が生み出された。テスト(実験)も兼ねてのスタートだったが、結果は上々といえるものだった。

 コンテンツとしては、エイベックス多度工場を筆頭にイオンモール桑名、こちらも多度町に工場があるNTN、百五銀行、さらに小・中学校、介護施設、市役所まで――。視察する海外からのお客の要望に応えて、コンテンツになるものはすべて視察対象にした。

 「工場でのカイゼンや生産方式に加えて、イオンモール桑名ではサービス産業の物流、安全安心、快適・清潔への取り組み、モールでのイベント(コト)などをコンテンツにしている」(黒田係長)

 それだけではない。「小・中学校では片付け、掃除、給食などを通じてのしつけや教育など日本人の考え方を見学してもらっている。市役所では職員の目標管理や市民サービスなどの意識、業務の考え方。介護施設では高齢化社会への対応といったところ。そうしたところを視察したいという要望に対応している」(同)。

 2017年度の実績は、36回・717人、消費金額は968万円だった。消費金額は前年度を下回ったが、これは前年度の地方創生加速化交付金による宿泊などの援助がなくなったためだ。

 課題は海外からのお客の桑名市での滞在時間だ。産業観光コンテンツ、さらに産業以外の観光コンテンツ、宿泊施設の改善・充実などが滞在時間延長のカギを握ることになる。桑名市としては、この2018年度は50回・1000人、2500万円の消費金額を目標にしている。

 桑名市を産業観光に走らせたのは、エイベックス多度工場の突出した視察客受け入れだった。

 エイベックス多度工場に海外からの視察客が頻繁に訪れるようになったのは2008年からだ。韓国の鉄鋼メーカー・ポスコが従業員を順繰りに送り込んできた。カイゼン、人材育成などの日本型経営を学ぶということで、あまりに多数の視察だったが対応した。

経営トップが自ら海外視察者に応対

 そのうち、エイベックス多度工場が海外視察客を気さくに受け入れるという口コミで、中国、ドイツ、イタリア、マレーシアなどからの視察客が相次ぐようになった。この3月までに視察参加総数は約1万7900人に上っている。

 応対は加藤丈典社長、加藤明彦会長など経営トップが極力当たっている。視察客からは、「経営トップの思いや経営理念を直接聞きたい」という要望が強いためである。

 技術、設備、生産方式をオープンに見せて問題は出ないかとの懸念がないわけではない。しかし、加藤丈典社長の考え方が吹っ切れていてすごい。「技能、設備にしても、当社では日々の積み重ねで目には見えない部分も少なくない。ちょっと見られただけで、まねされるような技術ではダメ。当社はつねに新しいことに挑戦しており、先に先にと進んでいる」。

 最近では、多度工場への視察客は年間3000人に上る勢いだ。もうこれ以上の受け入れは困難というほどの頻度であり、1団体からコスト分の10万~15万円の視察料を受け取るシステムを採っている。

 エイベックス多度工場の視察客受け入れに比べると、桑名市による産業観光はまだ2年前にスタートしたばかり。それでも産業観光という軸足ができ上がりつつあるのは事実だ。

 さらに経済効果の極大化を考えると、インバウンド客の桑名市での滞在時間を延長させなければならない。最大の課題は産業観光コンテンツをどうそろえていくかということに尽きるのだが、面白いのは桑名市が宿泊もコンテンツとしてとらえていることである。

 「いま課題として取り組んでいるのが、桑名市に宿泊させるための方策だ。結局のところ、宿泊していただかないと滞在時間は延びない。滞在が延びないと経済効果は発現しない。桑名市のホテルや旅館で、インバウンド客向けに日本ならではご飯を用意する、温泉体験ができるといった身近な課題に取り組む努力をしている」(黒田係長)

 つまりはインバウンド客向けに地道にソフト面のさりげない魅力づくりをどう実現していくかに懸かっているというのである。桑名市の産業観光への取り組みはまだ完成には程遠いものだ。だが、その取り組みの先見性は、ほかの地方都市にも大きな教材になりうるといえそうである。

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