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働き方改革の「成功事例」に潜む矛盾と副作用 サイボウズ謝罪広告の是非を考えてみよう

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/01/12 10:15 常見 陽平
働き方改革は成功と言えるのか? © 東洋経済オンライン 働き方改革は成功と言えるのか?

 安倍首相は、今年の通常国会を「働き方改革国会」と呼んだ。いよいよ、長時間労働是正や、同一労働同一賃金などに関連した法案の審議が始まる。もっとも、賃金と時間を切り離すプロフェッショナル制度の導入、さらには裁量労働制の拡大など、むしろ長時間労働を誘発するような仕組みとセットで提案されるのが気になるところだ。

 一方、この「働き方改革」という言葉には、すでに白け感が漂っていないか。日本能率協会『第8回「ビジネスパーソン1000 人調査」【働き方改革編】 』によると、約8割のビジネスパーソンが職場での「働き方改革」を実感していないことが明らかになった。また、あしぎん総合研究所が行った調査では、「働き方改革」の企業側の認知度は96.3%であるのに対し、就労者側の認知度は41.3%という大きな差が明らかになった。なお、取り組んでいる企業は57.3%だったという。

 働き方改革に関する問題意識を、東洋経済オンラインでもお馴染みの教育・育児ジャーナリストおおたとしまさ氏と『「働き方改革」の不都合な真実』(イースト・プレス)にまとめた。その発売記念イベントの模様をここにお届けしよう。

「働き方改革」はゆとり教育の二の舞になる

 おおた としまさ(以下、おおた):僕は、もともと教育や育児をテーマに活動しています。でも、「男性も育児を」という文脈で物事を考えたときに、「働き方」という問題は避けては通れませんでした。

 常見 陽平(以下、常見):以前からおおたさんは「働き方改革」は「ゆとり教育と同じになる」と警鐘を鳴らされていましたね。

 おおた:働き方改革とゆとり教育の何が共通しているのか。もともとゆとり教育の目的は「20年、30年後の社会を素敵に創れるような未来の大人を育てましょう」「目先の学力にとらわれないような教育をしていきましょう」という話だったはずです。

 目先の点数が落ちるということは、わかっていたじゃないですか。だけど、その「副作用」の部分についてちゃんと語ってこなかったから、ちょっとしたネガティブな反応が出た時に、国が過剰なリアクションをして、ゆとり教育は頓挫してしまいました。

 働き方改革でも、長時間労働是正を進めるとその分、売り上げがダウンするなど、ネガティブな反応が起こるはずです。でもそこは、あまり語られていませんよね。このままでは経済の後退みたいな反応が出たときに過剰な揺り戻しが起こるのではないかと懸念しています。

 常見:何をするにしても、どんな政策であったにしても、その副作用は必ずあるはずです。

 おおた:前もってできる範囲で副作用を想定しながら、そこに対する打ち手も準備しておいてこそ政策です。医療でいうインフォームドコンセントをちゃんと取らないで進める政策は、本当の政策と呼べるのかと。

人材派遣会社が成功事例になる矛盾

 常見:メディアで紹介される「働き方改革」の成功企業や成功事例にも、必ず「副作用」はあります。

 よくある「労働時間を減らしたけど、売り上げは落ちなかった」みたいな話は注意して分析しなくてはいけません。それが下請けイジメによって成り立っているのなら問題だと思う。あるいは業界全体が成長しているだけかもしれない。

 たとえば某人材派遣会社が働き方改革をして、長時間労働が減って、社員が子どもを産んだ数が増えて、しかも売り上げは伸びた。こんな三拍子揃っていいことなんです、と喧伝されるけど、実は派遣業界はみんな伸びていたという。

 おおた:しかもちょっと待てよと。そもそも「働き方改革」でみんながちゃんと正社員的にというか、まともな仕事に就けるようにしようって言っているときに、非正規マーケットが盛り上がっていること自体、大きな矛盾じゃないですか(笑)。

 労働者にとってあんまりいい状況じゃない方向に社会情勢が進むほど儲かる仕組みの会社を働き方改革の成功事例として述べること自体、僕ならためらうな……。

 一部の正社員のワークライフバランスを支えるために非正規雇用のワーキングプアが発生するようなことはあってはいけないと思うんですよね。

 常見:ほかにもあります。電通、伊藤忠商事などが取り組んでいる「強制退社時間の設定」は逆に会社に滞在する時間を固定してしまうリスクがあります。既に報じられているように電通の場合は、持ち帰り残業も誘発しています。

 退社時間から次の出社時間まで一定の時間をとる「インターバル規制」も運用に気をつけないと、その懸念があります。

 加えて、「在宅勤務の推進」については、移動時間を減らすメリットがある一方で、労働時間の削減には必ずしもつながらないのではないかという指摘もあります。また、リアルな場で従業員同士がコミュニケーションすることの価値が再確認されており、導入していた企業でも見直しの動きがありますね。

 おおた:先週、Facebookの日本法人に行って、ちょっと話す機会がありました。オフィスの中にバーカウンターがあって、いつでも軽食が食べられるスナックスタンドみたいのがあって、その日は寿司職人まで来ていましたよ。当然彼らはPCさえあればどこでも仕事ができるんだけども、あえて、雑談や無駄な時間が生まれるようなオフィス設計にしている。

サイボウズの謝罪広告はちょっと残念

 常見:そうそう、サイボウズ社が働き方改革について「謝罪広告」を出しましたよね。あれはどう受け止めました?

 ***

 ※サイボウズ社の「働き方改革に関するお詫び」より一部抜粋

 この国に「働き方改革ブーム」が到来し、私たちの活動に広く注目していただけるまでになりました。

 ところが、ところがです。私たちの意思はまったく伝わっておりません。とにかく残業はさせまいとオフィスから社員を追い出す職場、深夜残業を禁止して早朝出勤を黙認する職場、働き方改革の号令だけかけて現場に丸投げする職場。なんですか、そのありがた迷惑なプレミアムフライデーとやらは…。

 私たちが伝えたかった「働き方」とは、そういうことではないのです。メディアに登場し、全国で講演をし、政府へ意見し、本を出版してもなお、伝わっていない。

 私たちにもっと力があれば、私たちがもっと強くメッセージを発信できていれば、このような働き方改革の現状にならなかったのかもしれない。不甲斐なさと、申し訳なさでいっぱいです。

 ***

おおた:残念な結果が出始めてから、働き方改革を批判するのは「後出しじゃんけん」でしょ。「お詫び」という形で、あたかも自分たちが働き方改革の牽引役であるというようなポジションをとりながら、同時に「自分たちは間違っていない」と主張するのは、企業広告としては非常に巧妙だけど、卑怯だとも感じた。

 常見:新聞広告だけでなくWebではアニメ(サイボウズ ワークスタイルアニメ『アリキリ』)も用意されていました。

 おおた:お詫びから誘導されるあのアニメでは、拙速な働き方改革の結果としての残念な事例を面白おかしく笑っているだけ。どうしてそういう本末転倒が起こってしまったのかを検証していないし改善策も示されていない。そのことから、あの広告が本気のお詫びではないことは明らか。本質的な働き方改革が進まないことで、心を病んでしまったり、家庭が崩壊しかかったりしている労働者がたくさんいる現状において、彼らに対して本気でお詫びするつもりだったら、ああいうトーン&マナーにはならないでしょう。

 常見:あの広告では働き方改革圧力がもたらした現状に不満を持つ人たちの溜飲を下げることはできても、現状の改善にはつながりませんからね。

 おおた:そもそも無理矢理、社員を会社から追い出したり、形だけ女性取締役を増やしたりすることが本来の働き方改革でないことは誰だってわかっているんですよ。

 常見:それを「私たちはこれまでも指摘してきた」とアピールされてもねぇ(笑)。

 おおた:いま批判されなければいけないのは「結果」ではなくて、社会としての拙速な働き方改革の「進め方」でしょう。構造的な問題点がわかっていたというのなら、サイボウズは残念な結果が出る前にそれを指摘すべきだったし、それがまだわかっていないというのなら、サイボウズも働き方改革圧力の被害者であり、被害者でありながら他の被害者に対してお詫びするというのは上から目線で傲慢だと僕は思う。

 サイボウズや代表の青野(慶久)さんが社会を変えるためにたくさんの働きかけをしていることは事実だと思うし、企業として悪い印象はまったくないのだけど、「あの広告」はちょっと残念。

議論し続けることをサボらない

 常見:おおたさんと一緒に出版した『「働き方改革」の不都合な真実』(イースト・プレス)では働き方改革に対する処方箋を提示しきれたとは思えません。ただ、この本を出して本当によかったなと思ったのは、1年間、おおたさんと定期的に語り合う機会ができたこと。完成直前には、箱根合宿までして(笑)。この語り合う、議論するというプロセスこそ大事なのではないかと。

 おおた:僕、「動的な問い」って言い方をよくするんですけども、問い自体が常に時間と共に変化していくよね、それに対する最適解も常に変化していくよね、だから考え続けようと。しかも、それをいろんな人と語り合う中で、相乗効果、相互作用っていうのかな、集合知を高めていくって……それはもう永遠に続いていく、永遠に答えは出ないんだろうな、その覚悟を決めて臨むことが重要なんじゃないかなって。

 常見:そのプロセスが民主主義の根本ですよね。結局、この本を一緒に書いていく時、政治でもいろんなことがあって、やっぱり民主主義を問い直す旅だったなあって。

 おおた:働き方改革って本来は「どういうふうな生活を目指すんだっけ?」「明るい未来ってどんな未来?」ってワクワクしながら考えることで、それは僕たち自身が決めなければいけない。そのうえで「そこにたどり着くためにはどうすればいいんだっけ」って議論が始まるはずです。

 常見:ただ残業を減らせみたいにあおられるばかりで、目指すべきゴールについての議論が足りなかったんでしょうねえ。議論をサボらずにいきましょう。

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