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支援者連合崩壊、JDIに迫る正真正銘の崖っぷち

JBpress のロゴ JBpress 2019/06/25 06:00 中田 行彦
(写真:ロイター/アフロ) © Japan Business Press Co., Ltd. 提供 (写真:ロイター/アフロ)

「出資予定者から離脱する」

 6月17日、「日の丸液晶」のジャパンディスプレイ(JDI)は、台湾の宸鴻集団(TPK)から、その旨の通知を受けたと衝撃的な発表をした。

800億円は本当に調達できるのか

 2019年3月期決算で5期連続赤字という深刻な業績不振に陥っていたJDIは、「台中連合」から最大800億円の金融支援を受けることとなっていた。台中連合とは、台湾のタッチパネルメーカー「宸鴻集団」(TPK)、台湾の投資銀行「富邦集団」(CGLグループ)、中国最大の資産運用会社「嘉実基金管理」(ハーベスト・ファンド・マネジメント)の3グループからなる「Suwaコンソーシアム」と名付けられた企業連合だ。

 この台中連合の枠組みも、紆余曲折を経てまとまったものだっただけに、そこからの「TPK離脱」という事態は、JDIにとって絶体絶命の危機を意味する(図1)。

【図1】台中連合の再編で混迷するJDIを巡る組織間関係(筆者作成) © Japan Business Press Co., Ltd. 提供 【図1】台中連合の再編で混迷するJDIを巡る組織間関係(筆者作成)

 それでも「TPK離脱」の発表と同時に、JDIは土壇場で調整した代替案を発表した。TPKが抜けた穴を、新たに加わる香港のオアシス・マネジメントの出資や、中国ハーベスト・グループの追加出資でカバーする計画だという。

 TPK離脱発表の翌6月18日は、JDIの株主総会の日だった。混迷のなか、都内で開かれた総会で、同社の月崎義幸社長は、「誠に申し訳なく、おわび申し上げる」と株主に謝罪したが、当然ながら、株主からは批判が相次いだ。

「いま合意しているとされる相手とは、(本当に)合意しているのか」との株主からの質問には、「800億円はきちんとした形で調達できるよう交渉している」などと、10月に社長に就任する予定の菊岡稔・常務執行役員が説明した。しかし、「交渉している」という経過説明だけでは、株主の納得を得られるはずもない。議案はすべて可決されたものの、新たな支援枠組みに対する株主の懸念を払拭したとはとても言えなかった。

公募に応じた株主は大損害

 JDIの事業開始は、2012年4月。官民ファンドである「産業革新機構」(現INCJ)が第三者割当増資で2000億円を出資し、ソニー、東芝、日立の3社の中小型ディスプレイ事業を統合して設立された。韓国・台湾のメーカーに決定的な遅れをとってしまった国内メーカーの失地回復を目標にして、経済産業省のバックアップの下で設立された。

 設立当初は、スマホの高機能化と市場拡大に後押しされ、事業は好調だった。統合から約2年で、JDIは東証一部上場を果たす。公募・売り出し価格は900円、時価総額は5400億円規模となる大型上場であった。

 しかし、公募時に公表していた利益を短期間のうちに何度も下方修正したことなどから、すぐに株価は3分の1ほどに急落。その後も公募価格を上回ったことがなく、今年6月18日時点で16分の1以下の55円という有様だ。公募に応じた株主をはじめ多くの株主に、多大な損失を与えている。

【図2】JDIの株式公開と株価推移(筆者作成) © Japan Business Press Co., Ltd. 提供 【図2】JDIの株式公開と株価推移(筆者作成)

中台連合から降りたTPKが抱いた不信感

 苦境に陥ったJDIの支援に乗り出した台中連合の中で、調整役を担っていたのは、中国のハーベスト・グループのウィンストン・リー氏だった。リー氏は、中国での有機EL工場建設を目論んでいたのだが、その計画が一時暗礁に乗り上げてしまった。そこでリー氏は調整から一歩退くこととなり、JDIとの交渉も混乱を余儀なくされていた。

 この事態を収拾したのがTPKだった。TPKがハーベスト・グループの出資分の一部を肩代わりし、台中連合が最大800億円の金融支援するスキームが出来て、JDIとの交渉は今年4月12日にまとまった。TKPは、台中連合の要だったのだ。

 というのも、台中連合に名を連ねる企業グループの中で、製造業はタッチパネルを生産するTPKのみで、それ以外は全て投資ファンドだ。JDIからしてみれば、TPKとは事業の補完関係を活かし新たな価値創造できる関係にあった。そのTPKが今回離脱することになったのだから、これはJDIにとって大きな痛手なのだ(【図1】参照)。

 TPKが離脱した理由は、JDIのスマホ向け液晶事業の業績が急速に悪化したことに他ならない。6月12日、JDIは構造改革案を公表したが、その中に主力の石川県の白山工場の操業を3カ月程度停止することも含まれていた。

 JDI支援が合意された4月時点では、これほどの業績悪化は台中連合に知らされていなかった。その理由についてJDIは、「ガン・ジャンピング」規制によるものだと説明している。「ガン・ジャンピング」とは「フライング」の意味で、企業の合併や買収を行う前に交渉相手と情報を交換する行為を禁じた規制だ。

 だが、これで不信感を募らせたことと、想定外の業績悪化によりTPKは中台連合から去る決断を下した。その余波は、同じ台湾のCGLグループにも及ぶ。CGLグループからは、JDIに対してまだ支援に関する機関決定の通知が届いていないという。CGLグループは、これまでTPKの判断と足並みを合わせてきた。TPKのデューデリジェンス(企業の資産価値評価)を信頼してきたからだ。このためTPKが離脱すると、CGLグループも離脱する可能性が高いのだ。

 中台連合からTPKが抜けた代わりに、香港の「オアシス・マネジメント」が加わるとJDIが発表したことは触れたが、その後の報道では、新たな出資予定者として中国を代表する有機ELパネルメーカーの維信諾(ビジョノックス)や、同じく中国の家電大手TCL集団の名前が取りざたされている。

 事態はなおも流動的だが、裏を返せば、業績が悪くともこれだけ多くのメーカーやファンドがJDIに興味を示しているのは、やはりその技術に魅力があるからだ。

米中摩擦の煽り

 ただ、仮に中台連合からの支援がなんとか得られるようになったとしても、それでJDIの業績について安心できるかと言えば、決してそうではない。JDIの今後の展望について、プラス面でもマイナス面でも、かなり大きな多くの不確定要素がある。そのいくつかを見てみよう。

 一つ目は、出資予定者ハーベスト・グループに関するものだ。

 前述したように、中国のハーベスト・ファンド・マネジメントのウィンストン・リー氏は、中国・浙江省に有機ELパネル工場を建設する計画を練っていた。そして数千億円の建設資金の大半は浙江省に負担してもらえることで内諾を得ていた。ところがこれに、北京の中央政府が難色を示したのだ。

 ディスプレイ産業は、長らく韓国メーカーと台湾メーカーが主導権争いを繰り広げてきた。そこに中国メーカーが巨大な額の「爆投資」をしかけ、トップの座を奪い取った。この「爆投資」の資金の過半が、省政府と中央政府から出ている。つまり中国企業が国内で液晶・有機EL工場を建設すれば、外国企業の半分以下の投資で済む。そこで圧倒的なコスト競争力が生まれることになる。

 ディスプレイ調査会社のDSCCによれば、図3に示すように、有機ELパネルの生産面積能力は、2018年では韓国サムスンが90%以上を保有している。しかし、2019年から中国の有機ELメーカーが立ち上がり、2023年には急増すると予測されている。それも、こうした中央政府や省政府の支援のお陰だ。

【図3】有機ELパネルの生産面積能力の推移(出典:DSCC) © Japan Business Press Co., Ltd. 提供 【図3】有機ELパネルの生産面積能力の推移(出典:DSCC)

 このように、中国が液晶も有機ELも技術覇権を握る勢いを得るに従い、外国の反発も強まってきた。特に米国は、中国から技術覇権を取り戻すため、不公平な競争を助長する省政府・中央政府からの補助金の廃止を要求している。一方、中国にとっては、国が補助金を通して企業の研究開発などを支援するのは、「中国製造2025」で先端分野の技術覇権を目指すには不可欠だ。

 つまり、米中覇権戦争の激化により、中国の中央政府は補助金の支出に慎重にならざるを得なくなった。ウィンストン・リー氏の計画に難色を示したのもそのためだ。

 しかし、英ロイター通信によると、JDIに出資予定の企業連合の広報担当者は、2019年6月18日に、総工費60億ドルを予定している有機ELパネルの工場建設と資金調達に関して、中国・浙江省の支援が固まったことを明らかにしたという。中央政府が示した難色を克服して、浙江省の支援が本決まりになったのであれば、ハーベスト・グループの計画は前進する。それはJDI蘇生への追い風にもなる。

アップルが手放さなかった「生殺与奪」の権利

 もう一つの不確定要素は、JDIの最大の取引先である米アップルとの関係だ。

 今回、台中連合がJDI支援に動いた際に大きな障害となったのが、アップルとの契約関係だった。JDIが白山工場建設のためにアップルから借りた債務の返済条項について、台中連合は、アップルが緩和することを出資の前提条件としていた。

 これを受けて、アップルは3月末に譲歩案は、2019年度返済分の一部を20年度に繰り延べる案だった。また、アップルは、5月末にも、再度返済繰り延べに応じている。

 しかし、台中連合が問題視していた「トリガー条項」の改訂には応じなかった。「トリガー条項」とは、JDIの現預金が300億円を下回った場合、アップルは債務残高の全額を即時返済することを求めるか、白山工場を差し押さえることができるというものだ。しかし、そもそもアップルがJDIに発注し続けなければ、JDIの現預金残高はたちまち枯渇する。つまり今後の経営再建の過程でも、アップルはJDIの「生殺与奪」の権利を握り続けことになる。これを嫌って、台中連合に加わる予定だった2社が、既に途中離脱したという。

 米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は、2019年6月18日に、JDIへの出資予定者が、アップルに対し、一部債務の免除、最大200億円の出資、2年間の発注保証などを求めたのに対して、アップルはこうした要求の検討を示唆したと伝えた。

 その結果、JDI株の商いが膨らみ、出来高は東証1部でトップに立ったという。

 アップルは、今までは同一部品を数社から購入する「マルチベンダー方式」を取ってきた。このため1社に出資するのではなく、生産ライン自体への投資を支援する方式を取ってきた。JDIに出資するなら、このビジネスモデルを変更することを意味する。

 アップルが持つJDIの「生殺与奪」の権利を改訂するのか、出資してビジネスモデルを変更するのか、注視しておく必要がある。

「モノ言う株主」の効用

 そしてもう一つの不確定要素は、JDIの出資者になっている「モノ言う株主」の存在だ。

 新しく加わる香港の「オアシス・マネジメント」は、「モノ言う株主」であり、任天堂、京セラ、パナソニック、東芝等に、戦略転換等の提言を行ってきた実績がある。

 また、現在のJDIの株主であるエフィッシモ・キャピタル・マネージメントというファンドも「モノ言う株主」である。同ファンドは独自にJDIに投資し、現在は発行済み株式の8.92%を保有している。このエフィッシモ、旧村上ファンド出身者が運営する、シンガポールに拠点を置く投資ファンドだ。旧村上ファンド同様に、株主提案などに積極的な「モノ言う株主」として知られている。エフィッシモは、水面下でJDIと官民ファンドINCJにさまざまな条件を要求し、官民ファンドから追加支援を引き出した影の功労者だという。

 同ファンドが提出しているJDI株式の大量保有報告書の「保有目的」欄は、今年3月に「純投資」から「投資及び状況に応じて経営陣への助言、重要提案行為等を行うこと」に変更されている。官民ファンドのINCJの傘下で、社風の違う3社の連合体であるJDIは機動的な経営がなかなか難しかった。その中で、エフィッシモによる助言や提案の意味は大きい。

確執を乗り越えシャープとINCJの協力も検討すべき

 最後の不確定要素としてシャープの存在にも触れておきたい。

『シャープ再建』(中田行彦著、啓文社書房) © Japan Business Press Co., Ltd. 提供 『シャープ再建』(中田行彦著、啓文社書房)

 シャープが経営危機に陥った際、その支援に名乗りを上げたのが、産業革新機構と台湾の鴻海だった。両社がシャープの争奪戦を展開したが、シャープが選んだのは成長戦略に優れた鴻海だった(詳細は拙著『シャープ再建』を参照)。

 産業革新機構は、JDIにシャープのディスプレイ事業を統合させ、オールジャパンのディスプレイ企業を作ろうと目論んでいたが、鴻海に油揚げをさらわれ、煮え湯を飲まされた格好になった。だが、互いにメリットが見いだせるのであれば、過去の確執を乗り越えて、シャープがJDIの救済に名乗りを上げる価値は十分あるのではないか。

 実際、シャープの戴正呉社長は、2019年6月15日の日本経済新聞の取材に応じ、JDIの支援も「要請があれば検討する」とコメントしている。

 外国資本と経営陣を受け入れ、再生に成功したシャープの経験は、中台連合に支援を仰ぐJDIにとって、何よりも参考になるはずだ。そのためにはシャープとINCJの関係者には、過去の怨念を乗り越えて提携してもらいたい。ディスプレイ産業を研究する者として、日本のディスプレイ産業の競争力を強化するために、私は提言したい。

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