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日本酒業界は「石高脳」から「PL脳」へ。ヴィトングループなど外資も参入をねらう激動時代を老舗の蔵は生き抜けるか?

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2018/12/07 06:00 朝倉祐介
日本酒業界は「石高脳」から「PL脳」へ。ヴィトングループなど外資も参入をねらう激動時代を老舗の蔵は生き抜けるか?: 佐藤祐輔(さとう・ゆうすけ)さん 1974年秋田県生まれ。秋田高等学校から明治大学商学部に入るが、経済学に頓挫し、入学翌年退学。東京大学文学部に入学。大学卒業後は、職業を転々とする。編集プロダクション、WEB新聞社などを経て、フリーのライター/編集者に。31歳で日本酒に目覚め、酒類総合研究所の研究生となる。2007年秋に新政酒造に入社し、現在に至る。「やまユ」「亜麻猫」「NO.6(ナンバー・シックス)」など、伝統手法を用いながら洗練された新機軸の日本酒を次々と発売し、日本酒ブームを牽引している。 © 画像提供元 佐藤祐輔(さとう・ゆうすけ)さん 1974年秋田県生まれ。秋田高等学校から明治大学商学部に入るが、経済学に頓挫し、入学翌年退学。東京大学文学部に入学。大学卒業後は、職業を転々とする。編集プロダクション、WEB新聞社などを経て、フリーのライター/編集者に。31歳で日本酒に目覚め、酒類総合研究所の研究生となる。2007年秋に新政酒造に入社し、現在に至る。「やまユ」「亜麻猫」「NO.6(ナンバー・シックス)」など、伝統手法を用いながら洗練された新機軸の日本酒を次々と発売し、日本酒ブームを牽引している。

日本酒の世界では、いまだに国が製法を指導していた名残が色濃く、それゆえ工業化して味が似てきている…?! 『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の著者・朝倉祐介さんによる人気対談シリーズに今回お迎えするのは、日本酒業界の旗手として知られる新政酒造の8代目、佐藤祐輔さん。その斬新な酒造りとストイックな姿勢から、新世代リーダーと目されています。佐藤さんご自身の酒造りや日本酒業界にみる「ファイナンス思考」のあり方について伺っていく異色のWユウスケ対談前編です!(大西洋平構成、野中麻実子撮影)

朝倉祐介さん(以下、朝倉) ある東証一部の社長さんとお寿司を食べにいったときに新政酒造の「No.6(ナンバーシックス)」を初めて頂いたんですが、あまりにも美味しくて2人でお店にあった在庫をすべて空けてしまったことがありました。

佐藤祐輔さん(以下、佐藤) 飲んでいただいたんですね。有難うございます!

朝倉 佐藤さんが家業を継いでから、新政酒造では「No.6」をはじめ美味しくて斬新なお酒を次々と世に送り出していますね。ただ、ご実家に戻ってきた当初は、経営的にかなり苦しい状況だったとうかがっています。

佐藤 とにかくキャッシュがなかった。3年分ぐらい積み上がった在庫を圧縮するところから始めて、教科書通りのことをやりましたね。酒造りには、日本の産業の古いところが凝縮されているんです。免許事業ですから、家業として百数十年にわたって代々受け継いできたところで、事業を入れ替えると言っても難しいですし、マーケット自体が縮小していたり、業界も高齢化しているので、保守的な経営になりがちです。

朝倉 もともと大学卒業後は、ライターとして働いていらしたんですよね。 

佐藤 ええ。大学では英米文学を専攻していましたし、文章を書いて食べていきたいと思っていて。ただ独立志向は強かったので様々な職を経たあと、最終的には人脈を築いてジャーナリストとして独り立ちしました。そもそも、家業を継ぐつもりはまったくなかったんです。当時はむしろ、日本酒はまずくて悪酔いすると思って敬遠していましたし。ただ、ビジネスに興味はもつようになっていたんですよ。添加物に関する取材が多かったのを機に、天然ハーブや手作り石鹸などを個人的にも愛用するようになっていたので、日本の伝統的なハーブの洗浄剤などを販売したら商売になるんじゃないか、と妄想もしてました(笑)。

朝倉 そうしたときに、美味しい日本酒を飲んだのがきっかけで考えがすっかり変わられて、家業に戻られたんですね。

佐藤 ええ。伊豆で開催されたジャーナリストの集いで日本酒が振る舞われたときに、静岡の「磯自慢 特別本醸造」を飲んだら実に美味しくて、日本酒を侮ってはいけないと痛感しました。そこから地酒をいろいろと飲むようになって、愛知の「醸し人九平次 純米吟醸 雄町」を知って非常に感銘を受け、酒造りに入る決意をして、父に蔵入りの許しを請いました。先ほど申し上げたとおり、取材をきっかけとしてナチュラルな素材や製法に傾倒していたので、日本酒造りにおいても天然、無添加といった切り口にこだわることは、僕にとって既定路線だったんです。

日本酒の蔵元は売上よりも石高にこだわる

朝倉 佐藤さんが家業を継がれた頃の日本酒業界では、あまり見られなかったアプローチですよね?

佐藤 ええ。清酒業界はいまだに総出荷量の6割以上の酒が、醸造用アルコールによって水増しされた安価な普通酒で占められているほどです。そのやり方だと、どうしても価格競争に陥りますし、量をさばかないと利益が出ないわけです。頭打ちになるのは当然でしょう。ビールやワインを考えても、一般的には生産量が減ったら販売価格が上がりそうなものですが、日本酒は生産量が減っているのに価格も下がっている稀有な存在です。実家でも当時、最低価格帯の日本酒を造っていて、もちろん赤字は膨らむばかりだし、手元にキャッシュもなかった。目先の現金収入を追うために、1本買ったらもう1本つけるとかノベルティつけるとか、過剰な販促行為も常態化していて、利益はどんどん薄くなる。その意味では(短期的な売上・利益だけを追いかかける)PL脳でそのまま続けていたら、完全に終わっていた状況でしたね。

朝倉 造り方や売り方など、改革すべき点はいろいろあったと思うのですが、何から着手されたんですか。

佐藤 まず、付加価値があって比較的価格帯が高めの、純米を中心とした地酒という領域にシフトしなければいけないと思いました。ただし、当時の生産設備や醸造技術で満足ゆくものを造るのは不可能でした。だから、抱え込んでいた在庫を減らすことから始めて、最初の1年間は酒をほとんど造りませんでしたね。奇妙なことに、日本酒の世界は売上ではなく、販売した量で経営状況を捉える傾向がまだあります。

朝倉 今年は何リッター売れて、まずまず好調だった、という感じですか?

佐藤 そうです。しかも、それをリッターではなく石高の単位で数えます。現代の地酒の世界は規模が小さいほど手造り感が出て良いイメージがありますが、昔の感覚は逆で、石高が高いほど立派だと思われていたわけです。これは昔、国税庁が酒の値段を規定していたころの名残なんです。昔は級別制度といって、特級、一級、二級と国が酒の値段を決めていました。また、ほぼすべて二級酒のニーズしかないので、販売量=売上高と言っても良かったのです。しかし、級別制度が廃止されて特定名称の時代になってからは、値付けはメーカーの自由に任されるようになりました。販売量が売上高の指標とはならなくなったんです。僕が戻った頃の新政酒造は6000石弱だったのですが、今は2000石を割っています。ただし普通酒がなく、純米酒のみですから、売上高や利益は当時よりも増えています。

朝倉 PL以前に、石高で捉える経営だったわけですね。加賀百万石みたいな。「PL脳」じゃなくて「石高脳」ですね。

佐藤 そうです、「石高脳」。戦国武将のあれです。

 だから、まずは石高ではなく売上高や利益率で経営を考えるべきだ、と社内を説得しました。とにかく在庫を減らしながら、季節雇用の職人も登用することも止めて、少人数体制で中〜高級酒だけを造るようにしていったわけです。そちらにシフトしていくために、必要な生産設備は購入しました。ただし、特殊な設備を入れると、それによって造る酒も規定されて、よその高級酒と似た造りになりかねないので、本当に最低限要るものだけですね。そのカネもなかったので、銀行から融資してもらいました。あとは、秋田県産の米しか使わず、伝統的な製法を用いるといった点で、他メーカーとは違った方向へ行こうと思いました。

朝倉 ほかの高級酒とも差別化されていったわけですね。

佐藤 そうです。もともと性格的に他人と同じことをやりたくないのが原動力です。一般的な中〜高級酒に見られる現代の酒質の傾向は、香りが華やかで、やや甘く、酸があまり高くなくて飲みやすい、というものです。もともとは公的コンテストで受賞しやすい酒のスタイルで、「十四代」さんが積極的に市販酒に取り込んだのがはじめでしたが、十年ほど前から「獺祭」さんがこれを量産化することに成功したため、中〜高級酒の基本的な味わいとして人口に膾炙するに至りました。

 それと比べると我々は、昭和5(1930)年、つまり90年ほど前に私の曾祖父である五代目佐藤卯兵衛が当主の時代に当蔵で発見された「6号酵母」を用いて造っておりますし、また純米醸造のみ、さらに生酛(きもと)という江戸時代の製法しか扱いません。最近では木桶での仕込みも非常に多い。こうした現代的な製法とは真逆のアプローチですと、どうしても酸をはじめとする各種の味要素は多めになってきます。伝統的な造りだと、単に飲みやすい酒というよりは、非常に個性が強く、主張のはっきりした酒になるんですね。

朝倉 伝統的な製法に活路を見出された。

佐藤 そうです。しかし、小規模の酒蔵が生き残ってゆくには、そうした強いオリジナリティが絶対に必要だと私は感じました。飲酒シーンや食生活も多様化して、たとえばワインや紹興酒、レモンサワーなどかなり酸っぱい酒でも、我々日本人は日常的に飲むようになっている

 また過去に遡ってみても、江戸時代の酒などはもっと酸っぱく、様々な味わいが凝縮されたものなのです。にもかかわらず、現在の日本酒の製造側の感覚では、酸が高い酒はだめとか、食と合わせるとプラスに転じるような渋みや苦味を一律に“雑味”として扱ったり、あるいは他の酒類では許容される香りでもオフフレーバー(品質の劣化等で生じる悪臭)として認めない、などの傾向があります。戦後に定着した、利き酒重視の歴史の浅く閉鎖的な思考が定着しているんですね。いき過ぎた吟醸嗜好とでもいうか……。もちろん業界として理想とする酒の姿があってもいいですが、別に市場の酒すべてがそうである必要はないと私は感じます。

朝倉 蔵に戻られた最初のタイミングから、そこに着目されたというのはすごいですね。

佐藤 私も他の職業を経て30歳を過ぎてから蔵に戻ったので、外から業界を見て日本酒業界にどういう問題点があるとか、国際的な価値を高めていける日本酒の姿について、一定の考え方を抱いていました。だから、短期的な会社を立て直すだけのプロダクトづくりはしていなかったとは言えます。もし目先のことだけ考えていたら、他の蔵に追随して主流路線に走っていたでしょう。しかし、それをやっていたら今、このように根強いファンに支えられている新政酒造はなかったと思います。

朝倉 まさに「ファイナンス思考」の実践ですね。

日露戦争の戦費捻出以来、日本酒はいまだに国税庁管轄

朝倉 スーパーマーケットに並んでいる安い紙パック入りの酒ではない一方で、他の中〜高級酒とも一線を画するナチュラルな製法によって造られた酒という新しい基軸の商品を追求し、そのために必要なお金を銀行から調達したということですね。

佐藤 当時はまだ、クラウドファンディングのようなものも普及していませんでした。最近はドン・ペリニヨンの元醸造長が富山県で日本酒の醸造施設を立ち上げる計画が進んでいたり、何年か前にはルイヴィトン(LVMH)グループが酒蔵を買収しようしたりといった動きが見られますし、ファンドで資金を調達した酒造りも出てきています。でも、僕が戻ってきた当時にはそういった仕組みや社会の動きはなかったし、そもそも僕にもそういう思いつきはありませんでした。

朝倉 今は資金調達においても、様々なオプションが用意されていますからね。ところで、シロウト的な質問で恐縮ですが、そういう戦略があったとしても、日本酒の味というものは、ピタリと狙った通りに造り出せるものなのでしょうか?

佐藤 ある程度までは可能ですが、厳密にはそう容易くコントロールできないので、長い時間をかけて調整していくことになります。そもそも、伝統製法自体が科学技術で解明されていないブラックボックスですから、コントロールが難しいのです。しかし、そうした予測不能なところも、利点として捉えています。一本一本の仕込みに微妙な個性が備わったり、また我々の意図しなかった素晴らしいものができる可能性もあるからです。

 一方、市場の日本酒に関して僕が危惧しているのは、均質化ならびに加工業化している傾向がうかがえることです。実は、いまだに酒造りに関しては、基本的な流れを国が指導していた名残が色濃く残っています。かつて日本酒は国にとって貴重な税収で、日露戦争の頃は国税の40%以上を占めて戦費の財源となっていました。酒税の問題から、酒蔵が国税庁の管轄下にあるのは当然ですが、それ以上に当業界には手厚いサポートが配されています。製法の研究機関として、独立行政法人酒類総合研究所があるほか、各都道府県に酒造研究に特化した公的組織と指導員が配されていることが多いです。国税庁が主催する全国新酒品評会で金賞を獲得しやすくなるので、蔵元の多くは足並みを揃えてそれに従いますが、これをそのまま応用してしまうがために、市販酒の設計までが一律に似てくる傾向があり、結果的に市場の酒が同質化していくきらいがあります。

朝倉 今もそこまで国が指導している業界は珍しいですね。

佐藤 もちろん公的機関の指導のおかげで、酒質自体は底上げされているわけですから利点もあるのですが、メーカーがそれに頼り切りだとひたすら均質化が進んでしまうのです。そもそも公的機関は個々の蔵同士を差別化するのが得意ではありません。公の組織であるがために、普遍的なマニュアルや誰でも使える原料や素材を開発する必要があります。こうした指導をそのまま踏襲するだけであれば、酒蔵同士の酒質は似てきて当然と言えるでしょう。こうした公的研究機関は、綿密に市場研究をしたうえで酒蔵を指導しているわけではないですから、それに従って仮にコンテストでは金賞をとれたとしても、その酒が市場で評価されるかどうかはわかりません。

朝倉 率直に言えば、余計なお世話を国が焼いてしまっているわけでしょうか。

佐藤 そこまでは言いません。実際、國酒である日本酒に対する長年の公的なサポートのおかげで、酒質の全体的な底上げには達成されました。問題は、個々のメーカーがそこから先の「個性化」まで、いまいち踏み込めていないことではないかと思います。酒造業は家業かつ免許事業ですから、後継者の質が問われないのが、良い点でも悪い点でもあります。蔵の跡継ぎは、私のように国の研究機関か、あるいは大学の農学部などで科学的な酒造りについて勉強してから、実家に戻ることが多いので、それまでの間にいかに広い視野を得ることができるかがカギではないでしょうか。先にも申し上げたとおり、現代の酒蔵を取り巻く環境について、単に自分がそれしか見ていないからといって、当たり前の前提として受け入れてしまえば、特に自分でなにかしよう、変えようという発想にもならず、酒質的にも経営的にも打つ手が限られてきてしまいます。

朝倉 酒蔵を代々継いでいく従来のサイクルの中だと、なかなか視野を広げる機会がないんですね。

佐藤 現代の酒造りは、特に戦後の短期間に高度に合理化しました。勘に頼らない科学ベースの製法ですからマニュアル偏重主義的なところが少なからずあり、全国津々浦々、高級酒になるほどその製法がほとんど決まっていますし、それに応じて合理的な機械も開発されています。このようなお膳立てされた既定路線の中では、大きな変革に後ろ向きになりかねません。それは伝統ではなく、単なる保守ではないでしょうか。現代に限らず、常にものごとは移ろいやすいものですから、長く続く伝統こそ絶えざるイノベーションの連続によって存在できたのだと思います。ですから、なによりも本業界の土壌を、イノベーションが生まれにくいものになってにしてはいけないと考えています。(後編につづく)

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