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消せるボールペン「フリクションボール」は欧州の学習風景まで一変した

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2018/11/08 06:00 週刊ダイヤモンド編集部,野村聖子
消せるボールペン「フリクションボール」は欧州の学習風景まで一変した: 千賀邦行(パイロットコーポレーション湘南開発センター名古屋分室インキ開発グループ 部長) Photo by Masato Kato © 画像提供元 千賀邦行(パイロットコーポレーション湘南開発センター名古屋分室インキ開発グループ 部長) Photo by Masato Kato

 ボールペンなのに、付属の専用ラバーでこすると、気持ちが良いほど消える。その上、消しカスも出ない──。

 俗に“消せるボールペン”と呼ばれている「フリクションボール」。専用ラバーに何か仕掛けがあるのかと思いきや、その秘密はインクにある。

「フリクションインキ」は、消す動作によって生じる摩擦熱によってインクの組成を変え、色が消える仕組みになっている。目には見えないが、紙の上にはインクの成分が残っているのだ。

 フリクションボールの開発が始まったのは2003年。色が消えるメカニズムだけを聞くと単純なようだが、開発プロジェクトリーダーを任された千賀邦行によると、フリクションインキが筆記具として製品化されるまで実に30年の年月がかかっている。

 フリクションインキのルーツは、後にパイロットインキの社長となる中筋憲一が1975年に発明した「メタモカラー」という熱変色性のインクだ。

 気温により色が変わる紅葉から発想を得たこのインクは、(1)発色剤(2)発色させる成分(3)変色温度調整剤という3種類の成分を含むマイクロカプセルでできている。

(1)は単独では無色だが、(2)と結び付き発色。一定温度になると(3)が働き、(1)と(2)の結合を阻害し、色が消えるよう設計されている。

先行品が支持得られずも消せる機能の需要を確信

 しかし、筆記具への応用には大きな壁があった。筆記具のインクは、そのままの状態で数年間は組成が変わらない安定性を求められる。通常のインクより組成が複雑なメタモカラーは、熱変色性を長期間維持するのが難しかった。

 また、組成を安定させるには、前出の三つの成分を含むカプセルはある程度の大きさが必要だった。大きいカプセルでは、ペン先のように狭い隙間からは出せない。

 そして最大の課題は、熱変色の温度にあった。当初は30度まで温めると色は消えたが、それよりも少し温度が下がっただけで色が元に戻ってしまったのだ。

 筆記具メーカーとして、中筋を中心とした開発部隊は筆記具への応用を目指しつつ、当時のメタモカラーで製品化できる商材も探した。温度によって色の変わる食器や玩具の用途として使われる時期が長らく続いた。

 86年に千賀が入社したころも、その真っ最中。メタモカラーの研究室は、当時は「第4研究室」という名称で、「いわゆる“花形”部署ではなかった」(千賀)。

 パイロットはフリクションボール以前にも、消せるボールペンを発売したことがある。メタモカラーの仕組みと異なり、インク自体を消しゴムで物理的に紙から剥がし取るものだ。微妙にインクが残ってしまい、機能面で消費者の支持を得られなかった、苦い経験である。

 とはいえ、発売当初の話題性は相当なもので、消せるボールペン自体に対する需要は高いと、営業側は確信した。

 2000年前後、メタモカラーを筆記具に応用するための技術的な課題も克服されつつあった。中でも熱変色の温度の幅を広げることに成功したのが大きかった。60度以上で色が消え、マイナス20度前後にまで冷えなければ色は元に戻らなくなったのだ。

 営業側からの提案もあって、03年にメタモカラーを使った消せるボールペンの開発が始まった。

 しかし、すんなりとはいかなかった。製品化の過程で、またしても組成の安定性という壁に阻まれた。1トンという工場の大容量タンクでいかに組成を安定させるか。加えて「青系の色が発色できないことも明らかになった」(千賀)。

 研究所と工場を往復しながら温度、攪拌時間や速度など、最適な化学反応条件を探すためのトライ&エラーが続いた。

 筆記具として製品化可能なフリクションインキが完成したのは05年。メタモカラーの開発から実に30年がたっていた。

万年筆文化のヨーロッパで学習風景を一変させる

 完成したフリクションインキにまず飛び付いたのが、パイロットのヨーロッパ法人。ヨーロッパでは、小学生が学習時に万年筆を使用する。書き損じたら専用の消去液で消し、上から書き直すためにはまた別のペンが必要だった。フリクションボールなら一本で済む。

 06年にキャップ式をヨーロッパで先行発売。フランス、ドイツを中心に、1年で750万本を売り上げ、ヨーロッパの学習風景を一変させたとまでいわれた。日本では翌07年に発売した。

 日本市場向けにはノック式の開発も並行して行った。日本ではキャップ式よりもノック式のボールペンが主流だったからだ。ノック式はキャップ式よりインクが乾きやすい。乾燥しにくいフリクションインキの組成を新たに開発するのに、さらに3年を要した。

 10年のノック式の発売で、日本でも飛躍的に普及。現在では世界100カ国以上で発売され、17年にはシリーズ全体の累計販売本数が22億本を突破した。「1000万本売れれば大ヒット」といわれるボールペン業界で、驚異的な数字である。

 かつて第4研究室でほそぼそと研究されていたメタモカラーが「会社の屋台骨となる商材に成長を遂げるとは夢にも思わなかった」と千賀。感慨にひととき浸りながらも、「フリクションボールはまだまだ改善の余地がある」と言葉を続けた。

 通常のボールペンより発色が薄い、インクの消費量が多いといった欠点を補うべく、研究は続く。

「技術に終わりはない」──。さらなるフリクションボールの進化のため、これに勝る新たなパイロットの屋台骨を生み出すため。かつて中筋に幾度となく言われたというこの言葉を、今、千賀は後輩たちに繰り返し伝えている。

(「週刊ダイヤモンド」委嘱記者 野村聖子)

【開発メモ】フリクションボール 2006年にヨーロッパで発売以降、世界累計販売本数が22億本を超える。“心臓部”であるフリクションインキの組成は、特許に守られたトップシークレット。そのため競合商品がいまだほとんど現れておらず、“消せるボールペン”の代名詞となっている。現在その技術はボールペンだけでなく、色鉛筆やスタンプにも応用され、商品化されている。

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