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米中貿易戦争でアメリカと衝突したくない習近平の「本心」

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2019/05/22 06:00 吉田陽介
アメリカが中国に対して関税引き上げを予告した後、中国メディアは速報を出した程度で、ほぼ「沈黙」を守った。習近平の心中とは Photo by Yasuhisa Tajima © Diamond, Inc 提供 アメリカが中国に対して関税引き上げを予告した後、中国メディアは速報を出した程度で、ほぼ「沈黙」を守った。習近平の心中とは Photo by Yasuhisa Tajima

米中貿易戦争が勃発か

当初、中国メディアは「沈黙」

 5月5日、アメリカが輸入する中国製品2000億ドル分に対する関税を10%から25%へ引き上げることを予告してから、一時は小康状態になっていた“米中貿易戦争”が再燃した。アメリカとの貿易戦争は昨年より続いており、中国は当初強気の姿勢を見せていたが、関連産業が影響を受けて国内経済が減速したため、アメリカを必要以上に刺激しなくなった。

 そうしたなかで9日にアメリカが追加関税を発動し、さらに第4弾の追加関税の発動も視野に入れているため、“米中貿易戦争”がいよいよ激しくなろうとしている。それに対し、習政権はどのように動くだろうか、外交面から考えてみたい。

 アメリカが関税引き上げを予告した後、中国メディアは速報を出したくらいで、ほぼ「沈黙」を守り、トランプ政権を批判するような論評を掲載しなかった。

 6日の中国共産党機関紙『人民日報』の一面は、習近平の「三農」問題の講話抜粋集の出版の記事などで、貿易摩擦に言及したものはなかった。翌7日の同紙は「中国経済は強靭性を十分に有している」という評論記事が一面に掲載されていた。記事自体はアメリカとの貿易摩擦には直接言及していないが、5月の4連休の経済パフォーマスが良好であったことについて、中国経済は十分強靭であると述べている。

 ただ記事の最後には、「中国の経済発展は十分に強靭であり、(中国経済の強靭性は)外部からの衝撃に対処し、質の高い発展を実現するための空間を与えた」と述べている。「外部からの衝撃」には色々な意味が入っているが、アメリカとの貿易摩擦もその1つだ。

 その後は「中国共産党がなぜ良いのか」「中国の特色ある社会主義がなぜ良いのか」といった記事が理論面に掲載されていた。これらの記事は米中貿易摩擦について直接言及していないが、時期を考えると全く関係ないとは言えない。

『人民日報』傘下の国際問題専門紙『環球時報』は7日に、「アメリカの変化を前にしての最もよい答えは『落ち着く』ことだ」と題する社説を発表。「米中の10回にわたる協議は大きく進展したが、アメリカは最後の段階になってまだ『張り合おう』としている」と述べた上で、「こうしたときに、中国にとって最もよいのは、落ち着くことだ。客観的に言えば、中国の人々は米中間の協議の妥結を望んでいるが、両国の貿易交渉のその他の結果、交渉で段階的決裂となることに対する心の準備をしている」と述べ、アメリカとの貿易摩擦はすぐに解決することはなく、“長期戦”で臨まなければならないことを示唆している。

 さらに社説は「中国社会はアメリカ社会ほど交渉妥結を期待していない。交渉が決裂しても、中国側はこれによってもたらされた衝撃をコントロールできる」と述べ、交渉の決裂は予想の範囲内であり、それへの対応策があることを匂わせていた。

会談の決裂は中国にとって

予想の範囲内だった

 今回の会談の決裂が予想の範囲内であることは、8日付けの『環球時報』に掲載された「アメリカは『鴻門宴』をセットしようとしているが、中国を脅すことはできない」と題した社説を見ても読み取れる。社説は、劉鶴副首相率いる代表団の訪米を、客を招待して政治的取引を図る「鴻門宴」だとした。

 また社説は、両国は交渉妥結を望んでいるが、それは難しく「戦いながら交渉する(中国語では“辺打辺談”)」に対する心の準備ができたようだと分析した上で、「中国は、貿易戦争のエスカレートに対処するための準備はもうできている」と述べ、“貿易戦争”の激化によって影響が出ても、それに対する備えがあることを示した。同紙の社説は中国の各メディアにも転載された。

 米中両国の交渉期間中及び交渉終了直後、新華社や『人民日報』、他の中国メディアはそれについて報道したが、その論調は「対立は双方が傷つき、協力は双方が得する」ため、米中関係は協力を主としなければならないというもので、トランプ政権やアメリカの民主主義制度への批判はあまり多くなかった。

 ただ、交渉終了後、中国は原則問題で譲歩しないと表明し、中国はいかなる圧力にも屈さないという評論が出てきてからは、やや強めの記事も出ている。

 たとえば、14日付の『環球時報』は、「中米の貿易戦争で、アメリカは貪欲に、そしていいところを見せようとして戦い、戦いながらほらを吹いている。ほらを吹いて、話をつくらなければ、士気が落ちてしまうからだ」と社説で述べ、さらにアメリカ留学が必ずしもいいとは限らないという旨の評論も掲載し、批判のトーンは強くなっている。

 また、『人民日報』も連日、アメリカ批判の評論を掲載するようになった。同紙を含む公式メディアは、アメリカの一国主義や圧力をかける“取引”のやり方を批判するが、貿易戦争は両国にとってマイナスであり、協力する道が一番いいという結論で結んでいる。

 中国が「戦いを恐れない」というような勇ましいことを言うのは、アメリカとの衝突を本気で臨んでいるのではなく、国内世論から「弱腰」「李鴻章みたいだ」と言われないようにするためで、本音はアメリカとの衝突回避であると考えられる。

メンツを潰された中国が

果敢な反撃に出ない理由

 総じて見れば、今回の中国メディアの反応は相手への批判はするが、それはトランプ政権のやり方のみについてであり、政権そのもの、およびアメリカの政治制度を全否定してはおらず、まだ抑制的と言ってよい。

 これまで中国は、尖閣問題で日本に対して過剰に反応したことからもわかるように、“原則問題”で相手国と意見の対立があった場合、政治・経済・文化などの手段で“外交戦”を挑んでくる。今回の場合も、中国側がアメリカとの衝突を避けるために、全人代での文書でアメリカ批判を抑え、「外商投資法」を制定してビジネス環境の整備を行うなどしてきた中での追加関税の引き上げだったため、中国側からすればメンツをつぶされた格好だ。当然のことながら中国は反撃に出たが、まだ抑制的だ。

 また、“原則問題”での対立は、狭隘なナショナリズムが頭をもたげる恐れがある。中国はかつて侵略を受けた苦い歴史があるため、国家主権や政治・経済などの安全にかかわる問題が起こると、果敢に反撃する。中国の文書にも、自国の正当な利益を守ると書いてあり、それに関わる問題は“原則問題”であるため、譲歩しない姿勢を見せる。

 こうした問題について、理をもって相手国の主張に反論し、相手国との対話を続ければ問題ないが、処理を間違えると狭隘なナショナリズムが頭をもたげて相手国との関係が冷却化する。歴史問題や領土問題が反日デモを引き起こしたのはその典型例だ。

習政権が発足当初に

国際社会へ与えたイメージ

 かつての中国は“小国”のレベルにあったので、その言動は世界にさほど影響を与えなかった。現在の中国は国際的地位が高まっており、中国の指導者の講話は一定の影響力を持つようになっているので、ある問題について中国はどう対処していくか、そして中国の政策は何を目指すかということについて発信する必要がある。習政権発足当初はそれがうまくなされていなかったため、中国の国際イメージにいくらか影響した。

 だが現在は、習政権の権力基盤が固まり、狭隘なナショナリズムを抑制することができやすくなったため、「敏感な問題」のメディア対策も割合うまく機能している。また、習近平が外交舞台での場数を踏んで、習外交が成熟してきていることも1つの要因だ。

 改革開放が始まった当初は、中国はまだ遅れた国だったので、国内の経済建設を最重要課題に位置付けていたため、対外的には「韜光養晦(能力を隠し、慎み深く行動する)」路線をとって世界各国と友好関係を深め、国内の経済建設に必要な技術やノウハウを学ぶことを重視した。

 改革開放40年を経て、中国は全体的な経済規模が拡大し、世界第2位の経済大国となった。さらに、2017年10月に開かれた第19回党大会で、中国の特色ある社会主義は「新時代」に入ったとされ、中国の外交もこうした変化に合わせるべく「韜光養晦」外交から「主張する外交」へと転換した。第19回党大会で提起された「中国の特色ある大国外交」は、大国間の外交を適切に処理すると同時に、周辺諸国との関係との強化を図るものだ。

 習近平は就任当初、「中国の夢」を打ち出し、様々な場でこの言葉を使った。これは近代以降、欧米列強に侵略された負の歴史に終止符を打つという中国の悲願を実現することが含まれているため、ナショナリスティックな面がある。ただその一方で、中国人1人ひとりの夢を叶えさせるという面もあり、それは国民生活の改善に力を入れるという習政権の政策の基本的な考え方になっている。

 習近平は当初国際舞台でも「中国の夢」を強調しており、「中国の夢」は「アメリカの夢」と相通ずるものがあるというように、「中国の夢」と「世界各国の夢」との連携を強調していた。ただ、「中国の夢」は主に国内のことを言っているため、それを国際舞台で強調すると「中国ファースト」ととられる可能性がある。その後「中国の夢」を前面に押し出さないようにし、代わりに「人類運命共同体」を打ち出し、「互恵・ウィンウィン」を旨とする“国際主義”外交を展開した。現在中国が進めている「一帯一路」もこの理念に沿った外交だ。

「非毛沢東化」を進め

「強硬」色を薄めている習近平外交

 改革開放をとってから中国は、中国式の革命を他国に輸出することを目的とする革命外交路線から、政治体制に関係なく世界各国との関係を強化する全方位外交路線に転換し、世界各国との協調を重視した。国内でも毛沢東時代の計画経済モデルから脱却して、市場経済モデルをとり、“非毛沢東化”が進んだ。

 改革開放40年の“非毛沢東化”路線が経済格差や党内の腐敗などを引き起こしたため、現在の中国はその反動として毛沢東的要素が多くなってきている。そのため、習政権は党建設などで毛沢東時代の手法を取り入れている。外交面ももちろん毛沢東の外交思想を取り入れている。対日外交での「二分論」や国の大小に関係なく平等に接する原則などは、現在も受け継がれている。

 ただ、毛沢東時代はソ連式モデルと一線を画す社会主義世界の盟主を目指し、中国式革命モデルに共鳴する国々との連帯を深めていった時期があった。現在の中国は社会主義現代化強国の建設を目指し、対外的には「一帯一路」イニシアチブを推し進め、沿線諸国との関係強化を図っている。

 現象だけを見れば、毛沢東時代のように“中国モデル”を押し広め、そのモデルに賛同する国々とのグループをつくろうとしているように見える。だが、毛沢東時代とは時代背景が違うし、「覇権を求めない」ことは中国の外交の基本的原則である。また、最近は「国際ルールを守る」というように国際協調の態度を示しているので、毛沢東時代と同じようなことが起こるとは考えにくい。

中米間の摩擦の本質は

世界の覇権争いではない

 現在の中米間の摩擦の本質は、中国の強国化戦略は大国の利益との衝突であって、世界の覇権争いではないと筆者は考える。中国が目指す社会主義現代化強国を建設する上で、イノベーションは重要政策で、世界の最先端を行く技術を開発し、それと実体経済を結びつけて国内経済のバージョンアップを図ろうとしている。

 そのため、米中両国は先進的製造業分野や5G技術の分野で利益が衝突した。中国が今後も現代化を進めていく中で、このような利益の衝突は起こるだろう。これをどうコントロールするかが今後の問題となる。

 第18回党大会以来、中国は「自信」を強調し、一部には「アメリカを追い越した」という見方があった。だが、中国の1人当たりGDPの規模はまだ世界第2位のレベルにはなく、国内の経済発展にもばらつきがあり、課題が多い。そのため、中国はよく「自国のことをしっかりやる」と言っているのである。国内の改革を進めるには安定した環境が必要なため、中国はアメリカとの貿易摩擦に対し、強硬路線から慎重になってきた。

大国との衝突を避ける

中国の“持久戦”

 今回の米中両国の協議は大きな成果がなく、アメリカは追加関税引き上げを発動した。これに対し、中国側も6月1日に報復措置をとることを発表し、“米中貿易戦争”が激化しつつある。貿易戦争は他の分野にも影響し、ひいては「新冷戦」を引き起こす恐れがあるが、新中国成立後の外交の歴史を見ると、自国の利益を主張しながら大国との全面衝突を避けている。

 毛沢東時代の中国は、世界戦争の根源であるアメリカ帝国主義に反対する闘争を呼びかけ、世界各国の共産党とアジア・アフリカの国々との連帯を強めつつ、アメリカを中心とする西側諸国との戦争に備える措置をとっていたが、アメリカとの全面衝突は避けてきた。また、ソ連ともアメリカに対する見方や社会主義のあり方などをめぐる大論争を繰り広げて関係が悪化したが、小さな衝突はあったものの全面的な衝突に発展しなかった。

 このように、中国は大国との全面的衝突を避けながら、大国との“闘争”を展開した。

中国の新型大国関係の原則は、「衝突せず、対抗せず、相互尊重、協力・ウィンウィン」であり、利益の衝突はあってもそれをエスカレートさせず、対話によって問題解決を適切に図るものである。

 5月13日付けの『人民日報』の一面に掲載された評論は、「新しい起点に立って、中米両国の相互信頼を深め、協力を促進し、意見の食い違いをコントロールし、協調・協力・安定を基調とする中米関係を共に推進する」と述べており、「原則問題では絶対に譲歩しない」「中国は戦いたくないが、戦いを恐れない」としながらも、“貿易戦争”の激化を防ぐ構えだ。米中国とも交渉の継続を示唆しており、貿易戦争がエスカレートする可能性は高くないと思う。

 中国は実質的に一党支配の国であり、長期的視野をもって戦略を立てられるし、状況の変化を待って戦略を見直すことができる。現在、中国はすぐに決着をつける「速度戦」での問題解決は断念し、「持久戦」でこの“貿易戦争”を戦おうとしているのではないだろうか。

(フリーライター 吉田陽介)

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