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金融街で働く人は「嫌なヤツ」ばかりなのか 200人以上取材した記者が見た実態

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2017/03/20 倉沢 美左
英国の金融街「シティ」で働く人たちは本当に貪欲なのか(写真:melis82/PIXTA) © 東洋経済オンライン 英国の金融街「シティ」で働く人たちは本当に貪欲なのか(写真:melis82/PIXTA)  

 「ATMで貯金を全部おろしたほうがいい」「子どもを連れて田舎に避難してくれ」――。2008年、9月15日。米リーマン・ブラザーズ破綻数時間後、英国の金融街に勤めていた人たちの一部はこんなパニックに陥っていた。

 あれから8年半。すべてが「通常」に戻ったように見える今でも、あのショックを引き起こしたのが、具体的にいったいなんだったのかわからない。同時に、あれ以来多くの人は金融街に働く人たちの「貪欲さ」が危機を招いたんだと何となく思っている。その後、金融機関が「大きすぎて潰せない」と救われたことに対しても納得できない気持ちを抱えている。

 金融危機を招いたのは、本当にそこに働く人たちだったのか。こんな疑問を持って取材に挑んだのが、オランダ人ジャーナリストのヨリス・ライエンダイク氏だ。

 長らく中東で取材をした経験を持つ同氏だが、金融はまったくの門外漢。それでも、2年間かけて英金融街「シティ」に働く人々200人以上を取材すると同時に、英ガーディアン紙のサイトで「バンキング・ブログ」を始め、爆発的な人気を得た。その取材を「なぜ僕たちは金融街の人びとを嫌うのか?」にまとめたライエンダイク氏に、金融業界が抱える課題について聞いた。

金融メディアは一般人のために書いていない

 ――ヨリスさんは今回、2年かけて200人以上に取材をしました。こうした取材の仕方は最近「スロージャーナリズム」とも呼ばれていますが、この取材方法と通常の金融メディアによる報道の違いは。

 金融業界には、フィナンシャルタイムズやブルームバーグなど、専門性の高いメディアがあるが、こうしたメディアの対象は業界関係者だ。そのほかの多くのメディアは、金融メディアが伝えることをそのまま横流ししている。しかし、金融メディアは、一般人のためには記事を書いていない。僕が取ったアプローチはまずそこからして違う。

 業界に対するスタンスも異なる。金融メディアであれば、業界の非常識をそのまま受け止めるし、タブーは破らない。なぜかというと、金融メディアはその業界に勤める人のためにあるのだから、業界を壊すようなことは自らしない。

 金融ジャーナリストは、自分が担当している業界を「この業界はデカすぎるのか?」なんて問わないだろう。何だったら「いや、もっと成長してデカくなってほしい」と思っているはずだ。金融メディアがあって、ジャーナリストの仕事があるのは、金融業界が成長しているからだ。

 ――皆さん色々よく話してくれましたね。

 実は僕自身もインタビューする前に、なぜ取材に応じてくれるのかを尋ねた。彼らの仕事を危険にさらす可能性があるからね。経済理論によると、僕らは誰もが自分のために合理的な選択を行う。これを普通の言葉にすると、誰もがワガママっていうことだ。誰もがワガママだという前提にたった場合、なぜ彼らは見知らぬオランダ人に、しかも左がかったガーディアンの記者のために、そこまでの危険を冒す必要があるのか、僕自身も不思議だった。

 金融機関に勤めていると、社内外で年中非難にさらされる。中にはそのせいで、自分がやっていることすらわからなくなっている人もいる。話していて彼らがかなりのフラストレーションを抱えていると感じた。業界に対する不満がたまっている人は、「(業界の実態は)これよりずっとヒドい」と警告してくれた。一方で、「自分はボーナスをもらっていない」「自分が勤めていたところは潰れていない」「自分は悪いことには手を染めていない」と身の潔白を訴える人も多かった。自分のやっていることや、業界を守りたいと考えている人もいた。

 つまり、それぞれが異なるモチベーションや目的を持って、インタビューにやってきたということだ。いずれにしても、仕事を失うかもしれないというリスクを冒してまで、話してくれたこと自体、とても励みになった。

金融街はサイコパスの集まりだと思っていた

 ――結論として、金融業界に勤める人たちは、悪い人たちではなく、「普通」だと。

 彼らは僕らより負けず嫌いで、野心的かもしれない。中には本当に「嫌なヤツ」もいるだろうが、そういう人は当然、取材なんか受けないだろう。そう考えると、今回取材に協力してくれた人は「偏っている」可能性はある。もっとも、彼らに「君の同僚も、君と同じようにナイスで、まともなのか」と聞くと、みんな「もちろん」と答えた。金融企業にはキラキラ、ギラギラしているイメージがあるが、それとはまったく違う。

 ――2年間取材して、金融業界に対するイメージは変わりましたか。

 間違いなく。取材を始める前は、レオナルド・ディカプリオが主演した『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のように、金融街はコカインを常用し、ストリップクラブに通うサイコパスの集まりで、実体のない株式を売っているような人たちが大勢いると思っていた。

 しかし、2年間色々な人と話してわかったのは、彼らは非常に最悪なシステムの中に勤めている普通の人たちなんだということだ。働いている人たちについては「悪い人はいない」と楽観的な考えを持つようになったが、今の金融業界の在り方については一段と悲観するようになった。

 ――金融街の取材をつづった「バンキング・ブログ」に対して、ものすごい数のコメントがあったそうですが、なぜそんなに多くの「一般人」が金融業界に興味を持ったのでしょうか。

 金融業界は原発みたいなものだ。長い間、ぼくらは「原発は安全だ」と言われ続けてきた。しかし、福島第一原発の事故で目が覚めた。リーマンショックも同じだった。多くの人が、金融業界の人たちだけに金融業界を任せていては危険だと気が付いたのだろう。

 しかし、金融業界を勉強しようにも簡単に理解できる本はない。あったとしても、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』みたいな勘違いを引き起こすようなものだ。だから、金融業界がいったいどんな業界なのか、どんな課題を抱えているかを、働いている人の視点でわかるようなことをやりたかった。

金融業界だけの問題ではない

 ――印象に残っている読者からの反応は。

 特に面白いと思ったのは、本当に多くの人が、ゴールドマン・サックスやJPモルガンで起こっていることは、石油や製薬、通信会社でも起こっていると指摘したことだ。今のような、「弱肉強食、目標志向、四半期ごとの業績がすべて」的な社会では、みんな似たような会社になってしまうわけだ。

 その後、大学で講演をすることになったのだが、大学でも似たような話を聞いた。少なくとも欧米では、大学も、医療業界も、刑務所でさえ、金融機関のようになっていると。こうした業界に属する企業の多くはM&Aで大きくなっているし、目標志向だし、大事なのは四半期ごとの業績目標をクリアすることであって、社会に対する責任はないという考えが強い。

 ――それが資本主義の行きつくところなのでしょうか。

 私が生まれ育った欧州北部の資本主義は、いわゆるアングロサクソン的な資本主義とは異なる。日本の資本主義もまた異なるだろう。資本主義にもいろんな側面があると思うが、たとえばたった5分でクビになったり、短期主義に基づいて計画が作られたりするアングロサクソン的な資本主義の中で生きているとしたら、自分が勤める金融機関の長期的な業績や成長など気にする必要があるだろうか? 少なくとも、金融機関は勤めている従業員の将来なんて気にしていない。

 ――金融街の人々は、幸せを感じているのでしょうか。

 いや……そうは思わない。確かにハッピーな瞬間はあるかもしれないが、ほとんどの時間は幸せを感じていないのではないか。実際、多くの人がアルコールや薬などに頼っている。そもそも、何かあったらすぐにクビになるような企業で働いていれば、何に対しても愛着心を持ちにくくなる。取材する前は、欧米の金融機関は欲でできていると考えていたが、今は恐怖のカルチャーに支配されていると感じる。

 ――2008年の金融危機から、金融街に勤めている人たちが学んだことは。

 何があっても何とかなるということ。

一国政府にグローバルな金融機関は管理できない

 ――では、私たちは?

 何も学んでいない。僕たちは巨大な金融機関を救って、彼らが何もなかったようにビジネスを続けることを許すという大きなミスを犯した。すでに、2008年と同じようなことが欧州では起きている。ギリシャの金融機関が破綻寸前に追い込まれたとき、われわれは金融支援を行っている。米国ではトランプ政権が誕生して、金融規制緩和を行おうとしている。今後、事態はより悪化するのではないか。

 とにかく、僕たちは金融機関が破綻しそうになっても、金融支援をし続ける。それが本当にできなくなるまで。こうした悪循環を解消するには、現在の在り方を改善するよりほかない。

 ――具体的にはどうしたら。

 非常にシンプルな話で、金融機関を今より小さく、単純な形態にすることだ。だが、多くの政治家は最終的に金融機関の世話になっているから、金融機関のテコ入れには関心がない。

 しかし、僕らが住んでいるのは民主主義社会だ。この本を書くことによって、金融業界の実態や問題をよりわかりやすくしようと思った。それが問題を解決する第一歩だ。金融機関を変えるのには時間がかかるだろうが、男女同権問題も200年かけてようやくここまで来た。金融機関の問題はそれより早く解決できるだろう。

 ――各国の金融規制によってグローバルな金融機関を管理することはムリだと論じています。

 グローバルな金融機関を規制するには、グローバルな政府が必要だということだが、現実的に考えて、そんな政府が誕生するわけない。つまり、本当はグローバルな金融機関なんてありえちゃいけないというわけだ。だからといって、すべての金融機関が自国のみでビジネスを行うというのも非現実的だろう。なぜなら、企業の多くは自分がビジネスをやっている国では同じ金融機関を使いたいからだ。つまり、今や企業が政府より力を持っている。それがグローバル化の問題だ。

 ――今後も金融取材を続けるのですか。

 ここで終わらせるのはもったいないほど興味深い業界だ。追えば追うほど面白いが、同時にやるせない気持ちにもなる。僕らが乗っているバスは、次の金融危機という底なし地獄に向かっているんだが、それに対して今はなすすべがない状態だ。

 しかし、それでも今後、欧州連合(EU)がより金融業界に対する規制を強め、業界をより「安全な場所」にできるか注目している。国の数が多ければ、より有効な規制を行うことができる。そうなれば、金融機関より強くなれる可能性がある。

次の金融危機はすでに始まっているかもしれない

 ――底なし地獄はすぐそこに来ている……。

 2008年の金融危機のときも、兆候に気が付いていた人はわずかだった。システム的な欠陥がある業界というのは、つねにカオス状態にあるため、想定外のことが起こりやすい。そう考えると、次の危機はすでに始まっているのかもしれない。

 今や多くの金融機関は、相互にあまりにも多くのつながりを持ちすぎている。それゆえに、どこかが倒れるとドミノ倒しが起こる。それによって、国が金融支援を行う事態が生じる。そうなると、それをまかなうために、国はもっとおカネを刷ったり、増やしたりしなければならない。しかし、それもできなくなるときがいつか来る。

 ――いつの間にこんなことになってしまったんでしょう。

 最大の原因はグローバル化だろう。金融機関がわれ先にと競って他国の金融機関を買収する一方で、大きくなっていく金融機関を規制するルールはできなかったどころか、逆に規制緩和が進んでしまった。さらにテクノロジーの進化によって、それぞれが一層複雑につながっている業界になってしまった。そこに短期的な利益しか考えないような人が集まってきたことによって、業界はより脆弱かつ複雑な状態になっている。

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