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鉄道路線廃止問題、前向きなバス選択もアリ

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 信州で学生時代を過ごした私はリンゴが好きだ。採れたて、芯の回りに蜜が満ちた「サンふじ」は本当にうまい。緑色の「王林」は、ちょっと置いて果肉が柔らかいほうが私の好み。私のリンゴのこだわりはこの程度だ。しかし、私より熱心なリンゴ好きに出会うと困惑する。「リンゴ最高だよな。果物はリンゴしかあり得ない。バナナや梨を好きなやつの気が知れない」というような人だ。同じリンゴ好きだけど、友達にはなりたくない。バナナだっておいしいよ。「オマエ、そんな考えでリンゴ好きを名乗るなよ」と言われてしまうと「じゃあボクはリンゴ好きじゃなくてもいいです」と思う。

 もちろん例え話だ。私のリンゴ好きは本物だけど、こんなリンゴマニアは知らない。ただし、このリンゴを「鉄道」に置き換えてみると、あるある話になる。

 私は鉄道が好きだ。旅だろうと通勤だろうと、列車に揺られ、景色を眺めているだけで気分が良い。しかし、私より熱心な鉄道好きはたくさんいる。「鉄道は最高だよな。交通手段は鉄道しかあり得ない。バスやクルマで旅するやつの気が知れない」。こういう人を見掛けると、「バスも便利だし、クルマの運転だって楽しいよ」と思う。

●バス事業従事者の気持ちはどうなのか

 バスは嫌だ。鉄道を残してほしい。そういう気持ちは私も分かる。ただしそれは趣味の範ちゅうだ。趣味の範ちゅうで収まるならば、個々が好みを追求して構わない。好きを唱える行為は微笑ましい。よほど偏執な嗜好でなければ、誰も困らない。

 しかし、イヤだ、キライだという言葉は、その対象にかかわる人を傷つける。「バスは嫌だ」「鉄道がないと困る」「鉄道は地域の活性化に必要だ。バス転換した地方のほとんどは衰退している」。これらは鉄道路線の廃止の話題でよく聞く言葉だ。そこに悪意はなく、鉄道の利点を求めたいという心情を示している。

 バス事業に携わる人々は、もしかしたらこの言葉を聞いて悲しい思いをしているかもしれない。「バスは楽しいよ」「バスは便利だよ」「地域の役に立っているよ」。バス事業に携わる人は誇りを持って働いているはず。その気持ちを、鉄道にこだわる人の発言は踏みにじっていないか。ふと、気になった。

 バス事業者はどう思っていらっしゃるだろう。失礼な動機で恐縮しつつ、沿岸バス株式会社に問い合わせた。

 「正直、鉄道廃止論議のたびに、バス事業者さんが心を痛めているのではないかと気になりまして……」

 「悲しいと言うより、その言葉を真摯に受け止めたいと思います。地域の皆さんの移動手段が減ることですから」

 なるほど。地域の人々の辛い気持ちを察し、痛みを感じ取ろうとされていた。

 沿岸バスは北海道北部の日本海沿岸で、路線バスや高速乗り合いバスを運行する。本社は留萌管内羽幌町。創業は1926年、会社設立は1952年。路線バスは留萌市を中心に、増毛、旭川、羽幌、豊富などを網羅する。高速乗合バスは、留萌、羽幌、豊富と札幌を結んでいる。1987年3月に国鉄羽幌線(留萠〜羽幌〜幌延)の廃止を受け、代替バスの運行を開始した。

 2016年12月に廃止された留萌本線の留萌〜増毛間に並行する路線も運行しており、鉄道廃止後も、この地域の公共交通を引き受ける。鉄道の廃止日は増毛発の終列車を見送る鉄道ファンのために臨時便を運行して話題になった。前述の「真摯に受け止める」は、鉄道が担った交通の責任をバスが引き受ける。その覚悟と言えそうだ。

 並行路線の鉄道がなくなり、乗客をバスが引き継ぐ。単純に考えるとビジネスチャンスだ。しかし、相手が赤字ローカル線で、廃止の理由が乗客減となれば喜べない。沿線の人口が減っているからだ。大都市では鉄道が長距離大量輸送、バスが近距離中量輸送というすみ分けだった。鉄道が廃止されると、公共交通の担い手はバス事業者だけになる。その責任と地域の人口減少を受け止めてバスが走る。

●バス路線に対する誤解

 「バスは不便」「バス路線は簡単に撤退してしまう」「バスでは地域が衰退する」。この意見も、いささか偏見があるように思う。いや、偏見と言うより、鉄道がなくなる。バスで大丈夫かという漠然とした不安から起きる感情だろうか。その不安を取り除くために、1つ1つ事例を挙げて説明していくしかない。

 「バスは不便」か。いや、地域輸送の面では鉄道より便利な場合も多い。短距離でも停留所を目的地ごとに設置できる。病院前、学校前、駅前、住宅地の中心に停留所があれば、家の近くから目的地の近くまで行ける。高校生や高齢者にとって、マイカーのように家族に送迎を頼む必要はない。タクシーよりも安価だ。

 ダイヤ改正の対応も柔軟だ。ローカル線のように、駅でのすれ違いや、折り返しの作業はない。沿岸バスでは2017年4月にダイヤ改正を実施した。一部の路線バスでJRのダイヤ改正に対応し発車時刻を調整した。宗谷本線の特急列車との接続を改善するためだ。限られた車両数で運行本数を確保し、経由地すべての鉄道やバス路線と接続を取らなくてはいけない。通学や病院の受付時間も考慮する。実は大変な作業だ。

 ダイヤ改正にあたり、高速乗合バスは高速道路経由系統で1つ、高速道路を経由せず国道231号を経由する増毛経由系統で3つのバス停を新設した。増毛町の人々は、今までより近い停留所から札幌へ往復できる。また、増毛駅バス停については、旧増毛バス停に改名し、高速乗合バスも乗り入れを開始した。増毛町が旧増毛駅周辺を観光・文化の拠点としたいと考えているためだ。地域に寄り添うというバス事業者らしい発想だ。

 「バス路線は簡単に撤退してしまう」は誤解だ。バス路線の柔軟性に対する高評価の裏返しといっていい。制度上は、路線バスの参入・撤退は自由であり、鉄道と比較して路線やダイヤの設定は容易だ。ただし、地方の路線バスの多くは赤字であることから、国や都道府県、沿線市町村などから補助を受けている。このため、各バス事業者とも路線の減便や廃止には、事前に自治体等と協議を行うなど、可能な限り維持につとめている。

 「バスでは地域が衰退する」という声は偏見だろう。バス事業者は地域の衰退を予測して、先に路線を廃止するなんてできない。バスの乗客が減り、赤字になり、維持が難しくなった時点で、沿線自治体などと協議する。自治体や国の補助で運行を継続する場合もあるし、廃止を認め、自治体がコミュニティーバスを運行する、あるいは、乗り合いタクシーと契約する場合もある。自治体としては、バス事業者に補助金を出すか、全額負担で小さな交通手段を選択するか。コストとの兼ね合いになる。

 バスが撤退して地域が衰退するのではなく、地域が衰退するからバス路線を維持できない。それは鉄道路線も同じで、設備の規模が違うだけだ。

●前向きにバスを選択する、という考え方

 「鉄道よりもバスがいい」とか「バスより鉄道がいい」という話ではない。環境に見合った、最適な交通機関を選択すべきだ、という話だ。その議論の中で、バスを鉄道より格下とするような意見はおかしいと思う。バスは便利だ。バス路線は簡単に廃止されない。地域の衰退はバスのせいではない。

 これを理解した上で「鉄道か廃止されるから仕方なくバス」ではなく、もっと前向きに「私たちの地域は鉄道よりもバスを選ぶ」という考えがあっていい。事例としては夕張市長が夕張支線の廃止に同意し、JR北海道と協業してバスネットワークの整備に乗り出したくらいだろうか。

 私が乗ったバス路線を挙げると、三陸地域のBRT(バス高速輸送システム)も、地域にとって便利な交通システムだと思う。ただし、こちらは地域にとって前向きな選択ではなかった。それに、地域内の需要は満たすけれど、地域外との連携に課題がある。既存の鉄道との接続改善だけではなく、仙台・盛岡などの直行便や東京発着便を設定すれば、旅行者を獲得できる。もったいないと思う。

 前向きにバスを選択するために何をすべきか。私はバスに限らず、あらゆる道具は「便利」と「おもしろさ」の2つの要素がなければダメだと思う。バスが便利だ。バスがおもしろい。それが「バスのほうがいい」につながる。それから地域が発展して「バスで十分だけどなあ、お客さんが増え過ぎちゃったなあ。仕方ない、鉄道も検討するか」こういう流れが望ましい。

●「便利」と「楽しい」を周知させよう

 バスの便利は理屈で理解できる。後は周知の問題だ。インターネットがその助けになる。沿岸バスの場合、公式サイトで路線図、時刻、料金などの情報のほかに、「バスの乗り方」というページがあり、どの路線を参照してもリンクが表示されている。

 SNSの活用も積極的だ。Facebookではおトクなきっぷ、都市間バスの空席情報、停留所の改廃などを発信、Twitterではリアルタイムの運行情報を提供している。「○○停留所でお客さまの乗降に時間がかかり、数分遅れています」などだ。停留所の看板では得にくい、リアルタイムな情報を手元で確認できる。これは旅行者にとって、不慣れな土地で心強く感じる。乗り換え検索サイトへの働きかけも早くから行われていた。この動きは他のバス事業者にも広がっている。沿岸バスによると、高齢者もスマートホンを使いこなしてバスに乗っているそうだ。大都市でも、乗り換え検索で身近な停留所やバスの時刻が分かるようになった。

 「おもしろさ」の部分は、取り組みが始まったばかりだ。鉄道もバスも、公共交通機関であり、便利で十分だ。おもしろさはいらない。しかし、地方の交通機関としては「観光の足」という要素も重要だ。沿岸バスはこの部分でも先んじていると思う。公式サイトを見ると、女の子のイラストがたくさんある。経由地の留萌の萌の字にちなんで、萌えっ子と呼ばれている。アニメのサイトのように見えるけれど、必要な情報を網羅しているし、説明の要所に写真を添えている。情報量も多く、分かりやすい。

 萌えっ子はバスの車体にも描かれ、萌えっ子フリーきっぷの図柄になっている。2009年に初めて採用されたときは、ネットでかなり話題になった。その後も新しいキャラクターを登場させて、そのたびに話題になる。

 萌えっ子フリーきっぷは豊富留萌線(豊富〜羽幌〜留萌)や留萌別苅線(留萌〜増毛)など、指定された路線が乗り放題となる広域周遊きっぷだ。羽幌沿海フェリー、離島の定期観光バスの割引特典もある。青春18きっぷの沿岸バス版というコンセプトだという。1日券(2370円)と2日券(連続2日有効 3290円)、ワイド2日券(3日間のうち、中日を除く2日有効 3290円)がある。豊富〜羽幌〜留萌の片道運賃は2780円だから、1日券の方が安い。

 私にとっては、このようなキャラクターに関心は薄い。しかし、萌えっ子の話題は沿岸バスの名前、営業地域などを知るきっかけになった。北海道で頑張っているバス事業者、といえば沿岸バスを最初に思い付く。

●バスじゃダメですか?

 キャラクターに頼らなくても、バスの旅の楽しさはある。私は鉄道の旅の中で、しばしばバスにも乗る。駅から離れた観光施設に行くときや、終着駅のさらに向こう側の景色を見たいときた。帯広〜襟裳岬〜様似と海岸沿いのバスに乗ったり、のと鉄道の終点から能登半島の先端を巡ったりもした。

 鉄道の車窓もおもしろいけれど、バスの車窓もおもしろい。海も森も、鉄道より景色が近い。観光施設の訪問にも便利だ。建物のそばを通り、沿道には店があり、人々の生活感も感じ取れる。路線バスの旅を紹介するテレビ番組も増えている。

 もったいないことに、路線バスの旅の楽しさを、バス事業者や自治体の交通担当者がお気付きではない場合もある。海しかないし、山しかない……。いや、それがいいんですよ、と思う。日本全国、行けば発見することはたくさんあって、楽しいかどうかは旅行者が決める。だから観光客は路線バスに乗らない、という固定観念は捨て、観光客も乗りやすいように路線バスの情報を充実させてほしい。バス事業者さんは、もっと沿線に自信を持って、沿線の景勝地や名物を探し出し、路線案内の片隅に添えたらいいと思う。

 カッコ良いバスが走っている。客室の雰囲気が良いバスがある。興味深い場所を通る。バスだって鉄道に負けないくらい便利で、楽しい。その魅力を伝えるために、できることがある。

 「鉄道が良い」と同じか、それ以上に「バスが良い」という意見があっていいはずだ。鉄道路線の廃止問題に揺れる地域の皆さん、どうですか。バスじゃダメですか。

(杉山淳一)

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