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「追われる国」で金融政策が効かない根本理由 「誰もお金を使わない国」の経済政策を考える

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2019/04/26 07:00 リチャード・クー
「追われる国」が長期停滞から抜け出すための処方箋とは(写真alexlmx/PIXTA) © 東洋経済オンライン 「追われる国」が長期停滞から抜け出すための処方箋とは(写真alexlmx/PIXTA)

なぜ日本は長期停滞を余儀なくされているのか。なぜ金融政策が効かないのか。サマーズやバーナンキらが激賞した『「追われる国」の経済学』の著者リチャード・クー氏が、長期停滞の真因と日本を救う処方箋について解説する。

「追う国」と「追われる国」

 いまから約20年前、私は「バランスシート不況」を提唱し、以降、このバランスシート不況の理論をベースに「失われた20年」に関する分析を行ってきました。ところが、最近の日本経済を見ていると、それ以外にも民間部門がお金を借りなくなる理由があることが見えてきました。そのキーワードが「追われる国」です。

 ここ数年の資金循環統計を見ると、企業部門はもう全体として債務の最小化、つまり借金返済の行動をとっていないことがわかります。きちんとお金を借りる企業も出てきています。

 これだけ金利が低くなり、企業のバランスシートもきれいになると、銀行はお金を貸したくて仕方ありません。それなのに企業部門全体で見ると、お金を借りようとはしていません。これは経済学の教科書では想定していなかったことです。

 少し話は変わりますが、2000年代に入ると、世界を席巻した日本の大手家電メーカーが次々と韓国や台湾のメーカーに追い抜かれていくようになります。このような状況を目にしたとき「あれ、これはどこかで見たシーンだな」と思ったのです。

 私が日本からアメリカに移ったのは1967年です。その頃のアメリカは「黄金の60年代」で絶頂期にありました。ところが、その10年後になると、アメリカ企業が次々と日本企業に追いつかれ、追い抜かれてしまったのです。そして、そこには1つの共通した法則があるに違いないと考えました。それが「追う国」と「追われる国」という考え方です。

 

「追われる国」というのは、自国で設備投資をするより(追ってくる)新興国でそれをやるほうが資本のリターンが高くなっている国のことです。

 「追われる国」になると、これまでの経済政策で正しいと考えられていたことがすべてひっくり返ってしまいます。例えば、現在の日本ではアベノミクスによって2%のインフレを実現しようとしていますが、もし日本だけが2%インフレになり、他の国がゼロインフレのままだとどうなるでしょうか。

 日本企業は多くの新興国を含む全世界に工場を展開しています。日本国内だけがコスト高になれば、当然、企業は海外へ生産を移管するでしょう。そうなれば、景気は上向くどころか逆に下向きになる可能性が大きくなります。このように、「追われる国」となった現在の日本は、経済の黄金期だった1970年代と発想を逆転させなければならないのです。

 なぜ、「追われる国」になると経済政策も大きく変わらなければならないのでしょうか。それは、従来の経済学のほとんどの理論は、民間の設備投資需要が旺盛な経済の「黄金時代」を前提に作り上げられたものだからです。

 黄金時代には企業にとって投資機会はふんだんにありました。お金を借りて工場を建設し、新製品を売り出しさえすれば利益はおもしろいように上がりました。そういう時代には金融政策が有効でした。お金を借りたい人がたくさんいたからです。

 一方、そのような時代には、財政政策には出番がありません。民間の貯蓄に限りがある中で、政府が資金調達すればたちまち金利が上がって景気にマイナスになってしまう、いわゆるクラウディングアウト問題が発生してしまうからです。したがって、黄金時代には金融こそが経済政策の王道でした。

 しかしながら、経済のグローバル化が進み途上国の経済が発展すると、国内よりも海外で設備投資するほうが資本のリターンが高くなります。当然、企業は国内で投資を行わず、海外に投資をするようになります。そうなると、バランスシート不況時と同じように、企業は国内で資金調達をしない状況が続くことになります。

 本来、海外投資にはカントリーリスクがつきものです。投資収益率にかなりの差がないと企業は海外に投資しません。国内の投資収益率15%なら海外では35%ぐらい必要です。逆の見方をすると、このくらいのリターン差がある場合、国内で金利を1~2%下げて投資コストを引き下げたところで国内に投資は戻ってはこないのです。

追われる時代には財政こそが王道

 したがって、追われる国では、極端な例ですが、金利をゼロにしても家計の貯蓄が企業の投資を上回るということが実際に発生します。これを放置すれば、経済は民間の過剰貯蓄の分だけ、どんどん悪化していってしまうでしょう。

 そうなれば、政府に出番を仰がなくてはなりません。民間には資金需要がないのでクラウディングアウトを心配する必要もありません。財政政策が最も効率的に効くのが今なのです。逆に金融政策はお金を借りる人がいないので、いくら緩和しても効果がありません。

 問題はバランスシート不況下の財政政策と、追われる国の財政政策とでは大きな違いがあることです。バランスシート不況であれば、正しく対応すれば数年間で問題が片づきます。穴を掘って埋める式の財政政策でも何とかしのげるかもしれません。

 しかし、追われる国の借り手不足問題はそんなに短い期間で解決するものではありません。先進国を追いかける途上国が次から次に出てくるわけですから、下手すると15~20年、50年もかかるかもしれません。

 それを考えると、政府債務がGDPの100%を超える国々(日本はすでに200%を突破)では、政府が財政破綻を気にせずに長期間お金を使える環境を作る必要があります。それには次の条件をクリアしなければなりません。まず将来の国民に借金のツケを回さないようにできるかどうかが問題です。

 政府が最後で唯一の借り手になると、金利が大幅に下がります。日銀の異次元緩和で今の日本国債の利回りは当てになりませんが、その前の利回りは0.7%でした。つまり0.7%のリターンを得られる公共事業を見つけることができれば、納税者にツケを回さず財政出動ができることになります。

 かつて日本の黄金時代の10年国債の利回りは5~6%もありました。5~6%の投資リターンを出せる公共事業を探すのは至難の業です。民間企業でさえ5~6%の投資収益を上げるのにひいひい言っていたのに、政府が同じものを探すのはもっと困難でしょう。しかし0.7%の投資収益率でよいのなら、日本中から優秀な人材を集めればよいアイデアが出てくるはずです。

 もう1つのハードルは、優良な公共投資案件の選び方です。今までのように政府の役人に任せると政治の圧力に負けてしまうでしょう。政治家の利益誘導で採算は後回しになってしまいます。こうした無駄遣いを2~3年ならともかく、15~20年も続ければ国の財政は確実に破綻してしまいます。こうした事態を避けるために、政治から独立した委員会が必要です。政治家や国民一般から提案された公共事業が十分ペイする案件かどうか、厳密に精査する必要があります。

 独立委員会というアイデアは別に目新しい話ではありません。黄金時代にも歴とした独立機関が存在していました。中央銀行です。黄金時代の中央銀行は政府から独立していないと大変なことになるというのが、人類が歴史から学んだ知恵でした。追われる国の場合は、財政が政策の王道になります。政治から独立した財政委員会がぜひとも必要です。

貿易赤字の蓄積とトランプ政権

 世界経済に目を転じると、トランプ大統領の登場以来、自由貿易の危機が叫ばれています。私は、世界経済の成長のために、自由貿易は絶対に守らなければならないと考えます。そして、自由貿易を守るためには為替相場や自由な短期資本移動を規制することも必要と考えます。

 自由貿易は同じ国の中に勝ち組と負け組をつくります。しかし、勝ち組が得ることが負け組が失うものよりも多いので、勝ち組から負け組に所得の再分配が行われていれば、国全体としては必ず自由貿易の恩恵が上回ります。自由貿易を推進すべきだとなります。

 ところが、この理論には1つの大前提があります。各国の貿易収支は一定の期間をとれば均衡するというのが前提です。もしその国の貿易収支が均衡せず、大きな赤字を垂れ流し続けていたら、毎年、負け組の数が増えていくことになります。

 アメリカの貿易収支が最後に均衡したのは1980年のことです。そこから40年近くもの間、赤字を垂れ流し続けたことで負け組の数が増え続けて、2016年11月にはトランプを大統領に当選させる人数にまで達してしまったのです。

 そうなると問題の設定は、次のように変わります。選挙民の大半が自由貿易の負け組だと思っている民主主義国で、自由貿易をどうやって維持するのか。保護主義がこれ以上ひどくなる前にどうやって貿易収支を均衡に近づけるか。こうした問題を、とくに黒字国の人々は真剣に考えなくてはいけません。

 アメリカの貿易黒字は中国、日本、台湾、韓国だけで6割以上を占めています。東アジアの国々がもっと当事者意識をもつ必要があるでしょう。

 貿易不均衡の責任は、自由貿易自体ではなく資本移動の自由化にあるというのが私の認識です。戦後の自由貿易は1947年のGATT体制に始まりましたが、ニクソンショックでブレトンウッズ体制が壊れ、変動相場制に移行しました。

 しかし、変動相場制に移った後でも、貿易不均衡が大幅に拡大しないメカニズムがきちんと存在していました。貿易不均衡が拡大すると為替相場が変動して、つまり黒字国の通貨が上がり赤字国の通貨が下がって、貿易収支の黒字や赤字が均衡に向かうようになっていました。

 ところが、1980年前後に大きな変化が訪れます。日米では1980年前後に資本移動の自由化や金融自由化に踏み切った結果、今の為替市場の95%の取引が資本移動関連となり、貿易関連の取引はわずか5%となってしまったのです。

 この95%はどういう理由で動くかといえば、貿易収支の均衡など考えていません。とにかく、どこの国の金利や資本リターンがいちばん高く見えるかで動いています。そういう世界では、為替が動いて貿易不均衡の拡大が抑えられて、保護主義の台頭を防ぐメカニズムがまったく作動しなくなります。

 日本は大きな黒字を出しているのに円高にならない。アメリカは大幅な赤字を出しているのにドル安にならない。これが40年続いた結果が、トランプ政権の誕生につながっているのです。自由貿易は人類の生活水準をそれまで想像できない高見にまで引き上げてくれました。その体制を守るためにも資本移動の自由化は考え直す必要があります。

 労働者が国境を越えられない中で、資本だけが国境を自由に移動するとどのような問題が発生するのか。資本移動のプラスとマイナスをもっときちんと研究する必要があります。どういう局面なら移動を自由にし、どういう局面なら規制するかを決めたほうがよいでしょう。

 もし資本移動を規制しないのであれば、1985年9月のプラザ合意のような大規模な為替調整をタイミングよく実施するしかありません。このようなメカニズムの整備によって、貿易不均衡が自由貿易を破壊しないようにすることが、世界経済にとって喫緊の課題と言えるでしょう。

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