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「#MeToo」を一時の流行にしない社会はつくれる 国外の状況を知り被害者を守る制度整備を

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2019/02/11 10:00 荻上 チキ,伊藤 詩織,安田 菜津紀
安田菜津紀さんが取材で話を聞いた、かつてISの兵士と結婚を強制させられたという、当時13歳だった少女。彼女もまた性暴力を受けていた(Ⓒ安田菜津紀) © 東洋経済オンライン 安田菜津紀さんが取材で話を聞いた、かつてISの兵士と結婚を強制させられたという、当時13歳だった少女。彼女もまた性暴力を受けていた(Ⓒ安田菜津紀)

2017年後半からSNSを中心に広まった「#MeToo」運動。これまでに公になることが少なかった性暴力の実態が可視化され、社会問題として大きなうねりをつくりだした。自伝『THE LAST GIRL』で凄絶な性暴力の実態を公表したナディア・ムラドさんが2018年にノーベル平和賞を受賞したことは、この潮流のなかに位置付けることができる。

前回(「性暴力被害の実態を共有できる社会が必要だ」)に引き続き、今回も評論家の荻上チキさん、フォトジャーナリストの安田菜津紀さん、ジャーナリストの伊藤詩織さんに海外で進んでいるハラスメントや性暴力への法整備、これから必要な対策について語ってもらった。

多くの声が上がった「#MeToo」

 荻上チキさん(以下、荻上):前回の座談会冒頭でも言及しましたが、ナディア・ムラドさんとデニ・ムクウェゲさんのお二人がノーベル平和賞を受賞した背景には、蔓延する性暴力の問題に対する「No」という意志、そして、「#MeToo」運動の影響があったように思います。

 伊藤詩織さん(以下、伊藤):著名な映画プロデューサーによる長年の性暴力が報道されたことをきっかけに、2017年10月、#MeToo運動が世界的に広がりました。それを受けて、スウェーデンでは性行為には必ず互いの合意を必要だとする法改正が行われるなど、大きな影響を与えています。「#MeToo運動の行きすぎで社会が息詰まる」と主張する声もありますが、賛否両論を含めて、この訴えが世界中で同時に続いていることは、大きな意義があります。

 荻上:特定の担い手に限定されず、共感を伴って拡散されたのは、「#MeToo」というハッシュタグでの運動であることが大きいでしょう。

 伊藤:2018年10月にはBBCのラジオ番組で、#MeToo運動をテーマにジョージアで初のセクハラ裁判を起こした女性と電話対談をしました。ジョージアにも日本と同様にセクハラを取り締まる刑法はなく、テレビ局で働いていた彼女は、被害を訴えたことで職を失っただけでなくオンラインでのバッシングに苦しみました。

 日本とジョージア、互いにそれほどなじみのある方は多くないでしょう。それが、セクハラの問題をきっかけに交流し、それがイギリスで共有された。これまで接点の薄かった国の人たちとも連帯できたのが、#MeToo運動が起こした力ではないでしょうか。

 安田菜津紀さん(以下、安田):それに加えて、性暴力をめぐる論点がより具体的になったということもあります。

 2018年、アイルランドで17歳の女の子がレイプの被害者となり、裁判が行われました。そこで加害者側の弁護士が「被害者はレース地の下着を付けていたから、性に積極的だったはず」と主張し、加害者が無罪になった。それに対しSNS上で猛抗議が起こりました。「#ThisIsNotConsent」(これは合意ではない)とハッシュタグを付けて、下着の写真をツイートするというものです。

 荻上:下着は性行為への合意でも何でもなく「これはオシャレだ」「これは服だ」というメッセージ付きで。

 安田:こういった提示を通じて、問題の訴えが可視化されてきたことも、この運動の流れの1つです。

 伊藤:スウェーデンでの法改正の例のように、日本では2018年に「性暴力被害者の支援に関する法律」が案として提出されたのですが、残念ながら成立しませんでした。それに比してお隣の台湾は先進的で、性暴力を防止するための法律が6つ存在します。

 また韓国も、性暴力に対する刑法は日本と似ていますが、他方で被害者救済に関する法律があり、その面では配慮が進んでいます。欧米の法制を参考にすることも大事ですが、同じアジア圏の国ではどうかを検討できることも重要です。

 また台湾を例に取ると、それぞれの法律を所管する省庁や担当が明確です。他方日本の場合は横断的で、それゆえにそれぞれ行うべき事柄が不明瞭なままです。

 全国的に「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」という組織が設置されていますが、その担当部局は県によって異なります。その結果、受けられるサービスも異なってしまう。

被害者がしてしまう理解しがたい行動

 安田:被害に遭われた方に大きな負担を掛けるうえ、いろいろな場所をさまようことになってしまいます。今の話のように、この運動を契機として、国外の状況を知る機会を増やして、被害者を守る制度をどんどん取り入れるべきでしょう。

 #MeToo運動のもう1つの意義として、国内外の性暴力に関する記事や論稿などの情報量がぐっと増えました。それにアクセスすることで、昔被害を受けた自分のことを肯定できるようになった人もいらっしゃいます。

 先日、伊藤さん宛てのお手紙を送った方が書いてくださったことですが、被害を受けた方が、後々自分でも理解しがたい行動を取ってしまうときがあります。私が相談を受けた例でも、性暴力の被害にあった後、加害者に「昨日はありがとうございました」とメールを送ってしまった方がいます。後になって、その行動を悔やんでしまう。恐らく混乱しながらも、なんとか自分を正常に保とうとしているからなのでしょう。

 それが、伊藤さんの言葉や、伊藤さん宛てのお手紙を送った方の記事を読んで、「被害に遭ったとき、普段は考えられない行動をとってしまうことがある」と知り、救われた。ナディアさんや伊藤さんのように自分の体験を本や記事にまとめてくれたことで、それを読み、救われた多くの人たちがいるはずです。

 荻上:「自分は安全に暮らしているのに、被害に遭っている人がいる。それはその人の自業自得だ」と考えてしまう。世の中が因果応報のメカニズムで成り立っているとして、心理的安定をもたらす「公正世界仮説」というバイアスです。自分の心理的安定のために、被害者をバッシングする人が多くいます。だから被害者の方も、口をつぐんで苦しまざるをえなかった。

 でも、それは適切ではありません。被害を受けた方が取りうる行動といった性暴力の問題に関する知識を知ることは、現実に起こっている問題や苦しみを理解するために重要です。

 伊藤:実際、『Black Box』の刊行後、ある女性の方からご批判がありました。「自分は厳しく育てられて、注意して生活したから何もなかった、あなたの身に起きたことは因果応報」「同じ女性として恥ずかしい」といった内容が、とても丁寧な言葉で書かれていたのです。いろいろな反響をいただきましたが、どんな暴力的な言葉よりもショックでした。

 安田:「気を付けていれば被害には遭わない」という前提ですよね。ですが、どんなに気を配っていても被害者になる可能性があるんです。

被害者の落ち度を問う性暴力

 伊藤:少し時間をおいて、心が落ち着いてから感想のお礼とともに「あなたがそのように考えた理由を教えてほしいので、対話したい」と連絡しましたが、お返事はありませんでした。今でも、こういった言葉にどう応えればいいのか考えてしまいます。

 荻上:よく使われる喩えですが、強盗被害に遭った男性に対して、警察官が「高そうな服を着ているから強盗に遭うんだ」「店で支払いをしたでしょ? 財布を見せるのが悪い」と、事情聴取で言うことは普通ありません。ですがこれは、性暴力を受けた女性に「隙があったんじゃないの?」と言っているに等しい。性暴力に関しては、被害者の落ち度を問おうとするんです。

 ナディアさんやムクウェゲさんの今後の活動や#MeToo運動の広がりを受け、2019年の性暴力に対する動きはより大きなものになっていきそうです。その意味で、今取り組んでいるのが「WeToo」運動でのハラスメント調査です。WeToo運動とは、当事者だけでなくその周囲の人々も一緒になって、問題を可視化していくプロジェクトで、調査結果を記者会見で発表しました。

 その中では、「何をもって性行為に合意したと見なすのか」のアンケート調査を行っています。例えば「2人で食事に行った」「2人でお酒を飲んだ」「キスをした」という中で、どこからが合意になるのか、というものです。

 私の考えでは、いずれも、それをもって合意と判断すべきではありません。「飲みに行ったのだから合意した」と思うのは危険ですし、「お酒に誘って断らなかったから、そうみなされてもしょうがない」と考えるのはおかしい。

 アンケート結果を見ると、「キスをしたら合意」という人が3分の2程度。前述のいずれも合意のサインにはならないと答えたのは、全体の2~3割です。これが「2018年現在の数値」ですから、ここから変えていかないといけない。コミュニケーションを取ったうえできちんとした合意が大事だということを、数字を見せて、伝えていく。

 2019年は引き続き、このように人々が「知る」ための媒介者として、ハラスメントの問題に立ち向かいたいと思います。すぐに行動へとつながらないまでも、「知る」ということはストックされていきますから。お2人はいかがですか?

ハラスメントが起こる業界構造を変える

 安田:自分の領域の話ですが、フォトジャーナリストはなり手が少ないと言われています。経済的な観点もありますが、学べる間口が少なく、特定の人に師事する若手が集中してしまうので「ここで学んで仕事につきたいなら言うことを聞け」という、ハラスメントの温床になりやすい。その結果、構造的に問題が起こりやすいように思います。

 ですから、若い人たちがその状況を諦めてしまうのではなく、やりがいや意義を実感できる間口をつくりたいと思っています。それは展示会やワークショップのような形かもしれませんが、ハラスメントの構造から抜け出した、フォトジャーナリストとして成長できるステップを提供して、自分の属する業界をよりよいものにしたいと思っています。

 伊藤:私の場合は、自分の経験を話した「被害者」というラベルが多くつき、すごく生きにくくなったように思います。

 ですから、このラベルを1つずつ壊していくつもりです。おそらくナディアさんも、同じようなラベルを抱えて生きている。ナディアさんがヤズィディ教徒で、イラクのシンジャールに住んでいて、彼女にたまたま性暴力が起こってしまったけれど、この「たまたま」はどこでも、誰にでもありうる。それを伝えて、ラベルをどんどん壊していきたい。

 そのためには、ラベリング付けの声を気にせず仕事を続けることです。いま考えているのは、性暴力の被害者が安心して相談し、身を寄せる場所や施設がまだ十分にありません。だから、そういう場所を増やして機能させていくことです。法律を作って動かしていくために、ジャーナリストとしていろいろな情報を伝えていくことで、考えを広げ、後押ししたいと思います。

 荻上:情報を届けることで、状況を変えていくということですね。ナディアさんやムクウェゲさんをはじめとする性暴力に対する取り組みを共有し、さらに広げていくための活動が求められていますが、まだまだ情報を届ける側にも課題は山積しています。それを問いつつ、状況を改善するための場所をつくることが、私たちの共通課題と言えるでしょう。

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