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2万5000円のトースターが爆発的にヒットした理由

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2017/04/13 週刊ダイヤモンド編集部

 こんがり焼けた厚切りトーストの上でとろけるバター。表面がぐつぐつと溶け出して少し焦げ目が付いた熱々のチーズトースト。

 思わずよだれが出そうな画像が並んでいるのは、家電ベンチャーのバルミューダが販売する「ザ・トースター」のホームページだ。商品そのものの画像よりも、おいしそうなパンや料理のレシピ画像の方が圧倒的に多い。それは、同社創業者で社長の寺尾玄が、「われわれが売っているのはモノではなく体験」だと考えているからだ。

「『2万5000円のトースター』と言われると私も高いと感じる。でも、『世界一のバタートーストを食べたくないですか』と聞かれたら、食べてみたいと思う」

 価格や機能を訴求するのではなく、食べてみたい、作ってみたいというワクワクする体験を提案することで消費者の心を捉えた。数千円が相場のトースター市場では飛び抜けて高い価格にもかかわらず、2015年6月の発売以来、累計で20万台を売る大ヒットとなった。

「世界の役に立つ」夢を抱き音楽からものづくりへ転身

 クリエーティブな心で思い描いたものを世の中に送り出して、世界の役に立ちたい──。

 寺尾がずっと心に抱き続ける信念だ。かつてはミュージシャンとしてその道を目指したが、夢半ばに終わる。だが「情熱は消えなかった」。03年、音楽ではなくものづくりで夢の実現を目指そうと、バルミューダデザイン(現バルミューダ)を設立した。

 だが、寺尾にはものづくりの知識も経験もない。ネットで調べようにも、検索のキーワードさえ分からない。そこでまず東急ハンズに行って、店員を質問攻めにした。「これ、何でできてるんですか」「ステンレスです」「どうやってこんな形にするんですか」「プレスかな」。こうした会話で「プレス」というキーワードを仕入れて、ネットでいろいろと調べた。

 すると今度は現場を見たくなる。タウンページで自転車で行ける距離にあるプレス工場を調べて片っ端から足を運んだ。ずいぶん門前払いも食らったが、次第に工場の中を見せてもらえるようになった。

 そうやってものづくりを一から学んで作ったのが、ノートブックパソコンの冷却台「X-Base」だった。発表後ニュースサイトで取り上げられ、注文が次々と入って順調なスタートを切った。

 だが、好事魔多しである。08年のリーマンショックで、会社が倒産の危機にひんしたのだ。1カ月間、全く注文が来なかった。これはつぶれるな、と覚悟した。

 こうなったら前から作りたかったものを作ろう──。こうして生まれたのが、独自の二重構造の羽根で「自然界の気持ちいい風」をつくり出す扇風機「グリーンファン」だった。扇風機市場はすでにあらゆる製品が出尽くしているように見えたが、「出尽くしたと皆が思っている市場にこそチャンスがある」。テレビ番組で紹介されて人気商品となり、バルミューダは息を吹き返した。

 しかし、また壁に突き当たる。「いいものであれば売れる!」と確信した寺尾は、空気清浄機や加湿器、ヒーターなど空調関連商品を次々と投入したものの、思ったように売れない。価格が高過ぎたのだ。ユーザーメリットに直接つながらない品質を求めた結果、収益が悪化し在庫が積み上がった。

 すでにモノがあふれている時代に、いいものというだけでは売れない。人が欲しているのはモノではなく、五感で感じることができる「体験」なのではないか。そうだとすれば、五感全てを使う体験である「食べること」を訴求しよう。そんな仮説を立ててトースターの開発に乗り出した。

おいしさの鍵は「スチーム」充実のレシピで体験を訴求

 寺尾が目指したのは、土砂降りの社内バーベキュー大会で食べたパンの味。表面はパリッとしていて中はしっとり。この食感を再現するために試行錯誤を重ねた。最初はバーベキューの炭火に秘訣があるのかと考えいろいろ試したがうまくいかない。「そういえば、あの日は土砂降りだったな」。そんな誰かの一言から、スチームを使ったザ・トースターの方向性が決まった。

 スチームでパンの表面に薄い膜を作り、中の水分や香りをしっかり閉じ込めれば、おいしく焼き上げることができる。どのくらいの水分量が適正なのか、どのくらいの温度でどのくらいの時間焼けばいいのか。その解を得るまでに焼いたパンは5000枚を超えた。

 ところが、ようやくほぼ製品に近い試作機が出来上がったある日、突然パンがおいしく焼けなくなってしまった。夏から秋へと季節が変わって気温が変わり、庫内温度も変わっていたためだった。そこで、どんな季節でも庫内温度を同じように制御できるようソフトウエアを作り直した。

 もう一つ苦労したのが、パンの品質のばらつき。コンビニで買える大手メーカーのパンをずっと使っていたのだが、ロットによって重さも水分量も密度も違う。どんなパンでも同じ仕上がりにするため、さらに作り込んでいった。

 ものづくりを突き詰める一方で、体験をどう伝えるかにも心を砕いた。冒頭のレシピページには、「『珈琲専門店エース』ののりトースト」など、老舗の看板レシピもたくさんそろえた。「おいしさだけじゃなくて、ワクワクするうれしさも感じてもらう」ためだ。「モノより体験」という寺尾の仮説は、ザ・トースターの爆発的ヒットで裏付けられた。

 17年はキッチン家電の第2弾として炊飯器を発売。電子レンジやコーヒーメーカーも開発中だ。さらに、「掃除用でも対話型でもない、もっと役に立つロボットを開発している。年内には発表したい」。世界の役に立ちたいという寺尾の信念には、いささかのぶれもない。(敬称略)

(「週刊ダイヤモンド」編集部 前田 剛)

【開発メモ】ザ・トースター「食パン」が「トースト」になるのは化学反応。そこでトーストを科学目線で徹底的に追究した。その結果、温度制御が重要であることが分かった。パンの中の軟らかさと風味がよみがえる60度前後、表面がきつね色に色付き始める160度前後、焦げ付きが始まる220度前後という三つの温度帯を完璧に制御することで、最高のトーストが生まれた。

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