古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

AIは日本の人事部の仕事をどこまで変えたのか

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 6日前 大西洋平
AIは日本の人事部の仕事をどこまで変えたのか © diamond AIは日本の人事部の仕事をどこまで変えたのか

人事と言えば、世間では花形的なセクションというイメージが強い。しかしながら、実際の仕事は多忙を極め、非常に泥臭くて物理的な時間を膨大に要するのが実情だった。そういった分野でこそ実力を発揮するのが最新のコンピュータ技術を活用した分析。今、AIを駆使した人材の採用と活用、HRテクノロジーが注目を浴びている。実際にどのようなことができるようになっているのか。日本においてAIを活用したHRテクノロジーのシステムを提供している3社に取材した。

実は人事こそ、AIとの親和性が極めて高い部署

 おそらく、これから5年、10年の歳月が経てば、少なくとも人事セクションの間ではHR(ヒューマン・リソース)テクノロジーという言葉が常識的な言葉と化していることだろう。言うまでもなく人材とは、モノやカネ、情報とともに経営を支える貴重な資源であり、際立ってコストがかかっているものである。

 コストパフォーマンスに優れた人材を社内に有するために、採用活動は極めて重要な使命を負っている。ところが、知名度の高い企業ともなれば、特に新卒採用においては毎年数多の学生がエントリーしてくることになる。

 その中から、優秀で社風にも合った人材を発掘していくためには、果てしない選考作業を繰り返さなければならない。しかも、獲得すればそれで人事の使命が全うされるわけではなく、適材適所の配置や末永く戦力として活躍してもらうための配慮が求められる。

 本来、こうした業務を的確にこなすには、全社員の状況をつぶさに観察しておくことが理想だ。けれど、会社の規模が大きくなるほどそれは叶わない。結局、人事担当者のK(勘)とK(経験)、そしてD(度胸)によって英断が下されてきたわけである。

 当然ながら、その判断が間違っているケースも出てくる。その意味でも、客観的かつ網羅的に全社員のことを把握できるツールに対するニーズはかねてから潜在していたのだ。

 こうしたことから人事考課(給与査定)のためのシステムはかなり以前から開発されてきたが、足元でAI(人工知能)に関する技術が目覚ましく発展していることで、もっと広範の人事業務が合理化されつつある。もともと人事はAIとの親和性が極めて高い職務だったが、HRテクノロジーによってさらに踏み込んだ活用が進み始めたということだ。

 では、現時点でHRテクノロジーは人事業務にどのような変化をもたらしており、さらに先々ではどういった可能性を秘めているのだろうか? 今回はそのシステムを提供する側に取材を試みた。

退職リスクが高まった社員の上司にアラートが発せられる

 まず、データベースで世界最大手のオラクルが提供しているのは「HCMクラウド」というサービスで、採用から目標設定、評価、報酬、育成、勤務管理、各種制度管理などを網羅する統合的な人事アプリだ。その名のとおりクラウド上で提供しており、特定用途に絞った導入も可能だが、威力を発揮するのは統合管理だという。AIは5年程前から組み込まれているといい、日本オラクルHCMソリューション部の津留崎厚徳部長はこう説明する。

「従来のシステムは給与計算の自動化が象徴するように、あくまで人事部内の業務の生産性を向上させるためのものでした。これに対し、オラクルが手掛けているのは単なる効率改善ツールではなく、人事部門が経営陣や各ラインのリーダー、個々の従業員に対してバリューを提供するものです。中期経営計画に沿った人員計画や次世代リーダーの育成、ニーズに応じた研修提供などといった会社全体への波及や、さらに従業員へのコミュニティ提供や健康増進アプローチのように従来の範疇を超えた新しい人事業務が可能です」

 人事に蓄積されたデータを全社的に活用する取り組みについては、テクノロジーの進歩以上に発想の転換によるところが大きい。AIを用いたビッグデータの分析が威力を発揮するのは、いまだかつてなかった人事的アプローチにおいてのようだ。

「ワークフォース予測というツールでは、職務においてはハイパフォーマーではあるものの、予測退職率が高いという社員が浮き彫りになります。そして、たとえば直近の昇給率に不満を抱いているなど、辞めたいという思いを募らせている因子も読み取れるので、未然に対策を講じられます」(津留崎部長)

 今までは社員が辞意をほのめかしてから環境や待遇の改善に応じるのが精一杯だっただけに、まさにこれは画期的な取り組みとなりうるだろう。しかも、「HCMクラウド」以外のデータも取り込むことで、さらに複雑な解析や予測も可能になるという。

 面接担当者が下した評価をもとに、入社後のパフォーマンスを予測するのがその一例である。また、社員のメンタルヘルス・リスクも“見える化”できるというから驚きだ。

「足元で出社時刻が遅くなっているなど、心が折れそうな兆候がうかがえる社員がいると、直属の上司にアラートが発せられるようになっています」(津留崎部長)

 導入後、AIによる学習が進んでいけば、採用面にもその成果が反映されていくという。入社後の各人の動向を継続的に分析しながら社員の理想モデルを構築し、それに応じて採用基準を見直すようなアプローチも可能となるのだ。

 現状、「HCMクラウド」はグローバルに約6000社が導入しており、日本でも昨年頃から引き合いが急増しているという。特に中堅企業の関心が高く、採用担当者の数が限られていることから、まずは主力化の観点から注目しているようだ。

「従来方式の人事考課や年1回の定量評価の廃止に踏み切るなど、HRテクノロジーはその企業の文化を大きく変える可能性を秘めています」(津留崎部長)

 なお、HCMクラウドは社員数100名以上の企業をターゲットとしたシステムで、1ユーザー(社員)当たり月額数百円のコストとなるそうだ。

人手を要していた採用時の書類選考にAIを活用する

 一方、従来の人事システムの問題点はデータの"孤立"とともに、あちこちに"散在"していたこともにもあったという。その点に着目し、AIを活用した戦略人事クラウド「HRMOS」を開発したのが人材サービスを展開するビズリーチである。

「採用管理や勤怠管理、評価管理、健康管理、経費管理、給与管理などの人事データを一元管理し、様々な分析・活用を可能とするタレントマネジメントシステムです。まず、AIが企業ごとの特性を学習します。そして、採用後の評価をインプットしていくことでその企業で活躍する社員の特性を可視化し、選考基準の最適化を図っていきます」(同社HRMOS採用管理事業部の古野了大事業部長)

 ただし、現時点でAIが実装されているのは、まだ書類選考評価予測のプロセスにとどまっているという。過去の書類選考の評価をAIが機械学習し、候補者が応募してきた際にその人物に対する評価を予測するというものだ。

「当社は09年の創業以来、約6400社の採用活動を支援してきました。そこで、まずは採用面からAIを活用し、戦略的な人事をサポートしています。もちろん、最終的には先で述べたような一元管理を行い、すべてを担っていく方針です」(古野事業部長)

 これから随時実装していくAI活用サービスとしては、(1)市場の給与情報を分析して求人票を出す際に実施する推定給与予測、(2)評価を採用へフィードバック、(3)ビズリーチ社の採用サービスとの連携による求人票作成時の適性人材レコメンドなどが挙げられるという。現状は採用面でのAI活用にとどまるとはいえ、目に見えた効果も出ているようだ。

「通常、300人規模の履歴書に目を通すためには2人の採用担当者が必要となりますが、導入された企業の中には1人で対応できるようになったという事例も出ています」(古野事業部長)

 利用は「月額10万円~」となっているが、すでに「HRMOS」は150社以上が導入しており、3年後には2000社規模まで拡大を図る方針だという。

「効率化と採用力アップの両面から、AIの活用を拡大していく方針です。どこまでを人が担い、どこから先をAIに委ねるかを模索することが今後も最大のテーマとなるでしょう」(古野事業部長)

 このように、米国などと比べれば日本におけるHRテクノロジーに対する取り組みはまだまだ始まったばかりで、AIの採用も部分的なものにとどまっている。とはいえ、今後は次第に加速を増しながら、人事の業務を激変させていくことはほぼ間違いないと言えそうだ。最後に、本格的な実証実験に取り組んでいる日立グループの活動を紹介しよう。

ウエアラブルのセンサで個々の社員の活性度も測定

 HRテクノロジーの分野において、日本の大手電機の中でも特に力を入れているのが日立グループだ。その傘下の日立ソリューションズは、今年2月から「リシテア/AI分析」シリーズの販売を順次開始している。

「94年に就業管理システムをリリースして以来、『リシテア』シリーズ自体は20年以上にわたって展開しており、人事以外にもカバー領域を拡大してきました。勤務管理、給与、人事評価、健康管理などの人事・労務管理関連データを一元管理し、財務会計、プロジェクト管理などのデータを他システムから取り込んで統合管理できます。多くの企業はデータを分析して経営に生かしたいと考えているものの、その収集に手間がかかるので断念しているのが実情です。しかし、『リシテア』はすでに膨大なデータを保有しており、それらをAIによる最新のテクノロジーによって分析するのが今回リリースした製品です」

 こう説明するのは、開発を手掛けた日立ソリューションズHRテクノロジーセンタの盛井恒男センタ長だ。具体的に用いている技術は、(1)センサ、(2)ビッグデータ分析、(3)AI、(4)RPA(ロボットによる業務自動化)だという。

「センサは日立製作所が開発したウエアラブル仕様のもので、心音を測定してその人の活性度が可視化されます。また、天井にもセンサを取り付けて個々の社員の位置情報を察知し、社内の誰と誰が会話したのかを把握できます」(盛井センタ長)

AIによる「可視化」と「予測」から「対策提案」まで

 こうした機器まで用いて提供しているのが「組織ストレス予測サービス」で、心身面へのケアを必要とする社員を推察するのがその目的だ。組織単位で、社員たちがどれだけストレスを蓄積しているのかが一目瞭然となるという。盛井センタ長はこう続ける。

「産業医は予測結果に応じて、人事部門や該当者の所属する組織のマネージャーにケアの必要性を促します。当社による検証結果では、休職者の約53%を事前予測可能であることが確認されています」

「組織ストレス予測サービス」の提供価格は「社員1000人を対象としたケースで300万円~」で、内閣府の調査によれば、休職者1人当たりに追加的に発生するコストは422万円だ。前述の規模の企業であれば、1人の休職を未然に防げただけでも採算が合う計算になる。

 続いて今年5月にリリースしたのは、職務に対してパフォーマンスの高い組織の特性を可視化する「組織パフォーマンス診断サービス」だ。業績情報と従業員の勤怠管理情報、人事施策の利用状況、従業員サーベイ情報、コミュニケーション履歴などをAIで分析し、パフォーマンスやモチベーションと相関性の高い指標を抽出・特定するという。

 AIなら、常識に支配されがちな人間では想像もつかなかったような因果関係を突き止める可能性があるだろう。なお、こちらの提供価格は個別見積りとなっている。

 ただ、社内におけるコミュニケーションの実態やパーソナルな心身の状況が測定されるとの説明を読んで、「プラバシーの問題はどうなのか?」と思った読者もいることだろう。こうした懸念に対し、盛井センタ長は次のように答える。

「分析データは法的な制約を受けるものではありませんが、3種類の権限(産業医、人事部門、部門管理者)ごとに可視化の範囲を区別したうえで、利用企業のポリシーに応じて使い分けられるようにしています。実際の運用においては、AIによる分析結果をマネージャーや人事部門が共有することに関し、個々の社員から同意を得るのが望ましいでしょう」

 今後の展開については、さらに一歩踏み込んだサービスの提供を準備中だという。現時点では「予測」までにとどまっているが、その結果に応じた対応にフォーカスを当てるのだ。

「データ分析・活用の成熟度別で言えば、すでに提供中となっているのは、可視化レベル(何が起きた?)、診断レベル(なぜ起きた?)、予測レベル(何が起きる?)までです。近日中には、対策提案レベル(どうすればいいのか?)として、離職防止サービスや人材最適配置サービス、能力開発支援サービスなどを展開してきたいと考えております」(盛井センタ長)

人事の現場はまだAIの手前止まりようやくビッグデータ活用が本格化

 さて、こうしてHRテクノロジーを駆使したシステムの開発が続けられているが、現時点で企業活動の最前線ではどこまで活用が進んでいるのか? 日立製作所の人事総務本部を訪ねてみた。

 同部門内のピープルアナリティクスラボでデジタルHRエキスパートを務める中村亮一氏はこう述べる。

「現状はAIを用いる一歩前の段階で、まずビッグデータで分析・解析を行っています。最も活用が進んでいるのは採用の領域で、どういった指標を重視するのが有効なのか、ハイパフォーマーにはどんな特徴があるのかなどといったポイントを可視化していくことに取り組んでいます。そもそもハイパフォーマーとはどう定義すべきかといった命題にまで達すると、AIの力を借りることになってくるでしょう。今は応募者のエントリーシートを人事担当者がくまなく閲覧していますが、将来的にはAIを用いた複合的な判定によるスクリーニングが用いられることになりそうです」

 同ラボのエバンジェリストである大和田順子氏はさらに補足する。

「人事においてAIを導入する意義は、公平公正な判断を下せることにあります。グローバルな規模で全社員のデータを収集してデータベース化している点において日立製作所は先進的であると自負していますが、AIによる分析に踏み切るというのはまだ唐突すぎる話です。まずはビッグデータの分析・解析に取り組んでいるところで、今春入社の新卒社員たちはその結果を参考にしながら採用を行いました」

 巷ではAIの台頭が取り沙汰されているが、こと企業人事に関しては、ようやくビッグデータの活用が本格化し始めたという段階にとどまっているようだ。とはいえ、AIの出番はそれほど先のことではなさそうだ。大和田氏は話を続ける。

「組織が大きくなるほど個々の価値観が異なってきますし、人の目だけに頼る採用にはおのずと限界が出てきます。採用の精度を高め、人財の活用によって企業としての生産性を向上させるうえでAIが果たす役割は大きくなるでしょう。採用に限らず、予測や予防を通じて退職者が出るのを減らすことや人財育成にしても、最終的なゴールは生産性の向上にあります」

 日立製作所内では、社員の同意のもとで前述のウエアラブルセンサなどを用いた測定も行われており、他のデータとの相関性なども検証されている。グループ内で壮大な実証実験が行われているのだ。

「実証実績もかなり蓄積されてきました。社員の幸福度が高まると業績も向上することがデータ上でも確認できています」(中村氏)

 HRテクノロジーの積極導入によって社員1人当たりの生産性が高まれば、おのずと企業業績が拡大するだけでなく、個々の給与にも反映されていくべきだ。そうなれば幸福度もさらに向上、モチベーションもいっそう高まっていくという好循環も生じそうだ。

 このように、けっして近未来の話ではなく、着実に企業人事の分野ではビッグデータの活用が進み始めており、AIによる本格分析のステージへと移行する日が近づいている。二十数年前にインターネットが普及し始めた際と同様、世の中を革新するのは必至だろう。

「AI人事部」特集では、次回(第3回)で人事領域にAI活用を始めた企業を取材した。AIによる新卒採用の最前線や活用のための組織づくりの苦労や経営者の期待についてレポートする。

ダイヤモンド・オンラインの関連リンク

ダイヤモンド・オンライン
ダイヤモンド・オンライン
image beaconimage beaconimage beacon