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iPhoneも採用、有機ELを「金のなる木」に変えた化学屋の挑戦

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2019/07/12 06:00 週刊ダイヤモンド編集部,堀内 亮
舟橋正和(出光興産電子材料部電子材料開発センター所長付) Photo by Ryo Horiuchi © Diamond, Inc 提供 舟橋正和(出光興産電子材料部電子材料開発センター所長付) Photo by Ryo Horiuchi

 バブル崩壊で日本経済が停滞していた1997年。石油元売り大手の出光興産では、千葉県袖ケ浦市にある中央研究所(現次世代技術研究所)の近くの合宿所に有機EL材料の研究開発チームが集められた。

 出光も例に漏れず業績が低迷し、有機EL材料の研究開発事業は「金にならない」として廃止対象の俎上に載せられていた。研究開発チームは「おまえら本気でやる気があるのか!」と上層部から怒鳴りつけられた。

 実用化の気配がないことにいら立つ経営幹部を前に、チームメンバーの舟橋正和は叱責をただただ黙って聞いていた。後に彼が大成功の立役者になることを、幹部も本人も知る由はなかった。

 二十余年後の現在、有機ELディスプレーはテレビやスマートフォンで次の主流と目されるようになった。

 有機ELとは、特定の有機化合物に電気を流すと発光する現象。有機EL技術で映し出される映像は、まるで本物を目の前で見ていると錯覚するほどに鮮やか。テレビやスマホはバックライトが不要になり、薄型化や軽量化、そして省エネが可能になった。

 有機EL技術の進化を、実は出光の発光材料が支えている。

 通称「出光ブルー」。フルカラーディスプレーに欠かせない、この青色有機EL材料を開発したのが、電子材料開発センター所長付の舟橋だ。

チーム解散の危機に青ざめ

世界初のテレビを試作

 バブル崩壊前の85年に、出光は石油事業以外で収益の柱を育てようと、培ってきた石油化学分野の技術を応用して有機EL材料の研究に着手した。目指したのは、開発が最も難しいとされた青色発光。有機ELテレビの実現を目標に据えていた。

 東京工業大学で触媒反応を研究した舟橋は大学院を卒業後、93年に出光に入社。97年から有機EL材料の研究開発チームに加わった。研究開始から十余年がたち、同社の経営層から廃止対象事業の候補としてチームに厳しい目が向けられるようになったころだ。

 青い光を放つ発光材料「ジスチリルアリーレン」を89年に発見しており、後の成功につながる技術はすでに生み出されていた。この寿命と耐久性、光の量が実用化への課題だった。

 舟橋が研究開発チームに加わった97年には、課題を克服する発光材料「スチリルアミン」を開発。今にして思えば、着実に実用化への歩みを進めていた。

 舟橋の上司で開発当初から研究に携わっていた細川地潮(故人)はチームメンバーを叱咤激励すると同時に、「金にならない研究なんか、やめてしまえ」と言う経営幹部らに「やらせてください」と直談判した。舟橋は「結果を出さなければ」とプレッシャーを感じた。

 いくら優れた技術を生み出しても、ビジネスとして成功しなければ宝の持ち腐れ。ならば、技術が“金のなる木”だと証明する必要があった。

 解散の危機に青ざめた研究開発チームは、ようやくともり始めた出光ブルーの火を消さないために、具体的に結果をかたちにしようと決めた。

 それが、開発した青色発光材料を使った、世界初の有機ELテレビの試作品である。普段は“化学屋”として研究に没頭していた舟橋が機械をいじり、試作に励んだ。

 97年に米国のボストンで開催された国際ディスプレー展示会。出光が発表した世界初の有機ELテレビは、世界中の電機メーカーから注目を集め、試作品は大成功を収めた。形勢は逆転し、開発をさらに加速させることになった。

 それでも実用化のゴールはまだまだ遠かった。有機EL材料の商品化への課題は大きく二つあった。

 一つ目は色の純度。97年に開発した発光材料は「ライトブルー」、つまり水色だ。色の再現性を高めるためには純粋な青色が必要で、ライトブルーではその純度が足りなかった。

 二つ目は耐久性。商品の基準として1万時間の寿命が求められる。純粋な青色はその基準を満たしていなかった。

トライアル&エラーを

100回以上重ねた

 青色の純度と耐久性を向上させる手掛かりはあった。

 フルカラーディスプレーに必要とされる光の三原色「赤、緑、青」のうち、赤と緑はすでに他社が実用化に成功していた。いずれもエネルギーを受け取るのに適した材料と、発光に適した材料を組み合わせることで色の純度と耐久性をクリアしていた。

 舟橋はこれをヒントに仮説を立てて材料の構造式を考え、数カ月かけて材料を合成。さらに材料を組み合わせて評価にかける。代わり映えのしないスペクトルが出て、振り出しに戻る。トライアル・アンド・エラーを100回以上繰り返した。

 2000年ごろ、ついに花は開いた。舟橋の目の前の画面に、仮説通りの美しいスペクトルが現れた。「これならいける」と確信した。

 この流れで高効率で長寿命の純青色発光を実現する材料を開発し、02年に特許を取得。さらに改良を加え、05年には量産化のめどが立った。電機メーカーの担当者に開発した材料とその評価データを見せると好感触で、出光ブルーが実用化へ動きだした。

 10年代の前半から有機ELテレビが登場し、米アップルは18年に発売したスマホ「iPhone X」に有機ELディスプレーを採用。有機ELの存在感はどんどん高まっている。

 舟橋は今、後進の育成に取り組む。「有機ELディスプレーが採用されるようになり、有機EL材料は産業として成り立つようになった」と目を細めつつ、「その分、素材メーカーとの競争が激しくなった」と気を引き締める。より良い材料を求め、飽くなき研究は続く。(敬称略)

(ダイヤモンド編集部 堀内 亮)

【開発メモ】有機EL材料

 通称「出光ブルー」。フルカラーディスプレーを実現する高効率・長寿命の純青色発光を実現し、2002年に特許を取得。大型テレビやスマートフォンの有機ELディスプレーなどに発光材料として採用されている。韓国、中国、スイスにも製造拠点を設ける。発明協会主催の18年度全国発明表彰で最高位の「恩賜発明賞」を受賞。

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