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JPモルガンはなぜ、破滅都市デトロイトに1億ドル投資したのか?

Forbes JAPAN のロゴ Forbes JAPAN 2018/08/07 11:00 Forbes JAPAN 編集部

© atomixmedia,inc 提供 2013年に財政破綻したデトロイトは現在、復興の一途をたどっている。そのけん引役となったのが、世界的金融機関のあるプロジェクトだった。

5月25日金曜日、夜8時のデトロイト・ダウンタウン。ホテルの部屋から見下ろす街には街灯とビルのネオンが光り、メモリアルデー(戦没者追悼記念日)の連休を前に、通りは車列の波で埋め尽くされていた。パーティー用ペダルカーに乗った若者らが歓声を上げ、白いオープンカーが大音量のBGMを流しながら通り過ぎる。

「ここまで変われるものなのか」──。2013年7月18日の財政破綻後、デトロイトを取材してから5年弱。街灯の4割が消え、廃屋が連なり、暗闇に包まれたダウンタウンを思い出すにつけ、その変化に驚く。同市には小売店が少ないが、16年、ダウンタウンにナイキの大型店が誕生。昨春には、米スポーツ用品メーカー、アンダーアーマーが同じ通りに出現した。

こうした復興をけん引しているのが、14年5月に始まったJPモルガン・チェース銀行の「Invested in Detroit」(デトロイト投資)プロジェクトだ。当初は5年間で1億ドルを拠出する予定だったが、3年間でその額を突破。昨年5月、投資枠が拡大され、19年までに、総額1億5000万ドルが投じられる見込みだ。

復興支援のキーワードは、「インクルーシブ(包摂的)な成長」。これまで900人の雇用を創出し、1300世帯の住宅を提供。1万5000人超がスキル向上研修やキャリア・技術教育を享受。技術支援や融資を受けた起業家は2200人を超える。

「慈善ではない」理由

「これは慈善ではない」。こう話すのは、JPモルガンの中部大西洋地域担当会長で、企業責任担当グローバル統括責任者のピーター・L・シャーだ。

クリントン政権下で米特別貿易使節に任命され、1990年代後半、来日した経験も持つシャーは、金融危機真っただ中の08年春、政策・規制問題などを担当すべく入社。11年に企業責任担当グローバル統括責任者に就任した。

シャーによると、復興により、労働人口や起業の増加、住宅市場の活況、経済成長がなされれば、銀行にもプラスだ。銀行家として復興支援を成功させることができれば、広義の意味で、経済成長を阻む問題に対処できるようになり、長期的には、株主にとってもいいことだ。

デトロイト投資プロジェクトは、ハーバード・ビジネス・スクールのケーススタディーとしても取り上げられた。4月11日、同行のジェイミー・ダイモン会長兼最高経営責任者(CEO)やシャー、デトロイト市長のマイク・ダガンはハーバードを訪れ、パネルディスカッションを行っている。

シャーいわく、大半の企業は、フィランソロピーを、慈善活動として、いいものかどうかという基準で判断する。JPモルガンも全米に多額の寄付はしていたが、それが「最も効果的な方法なのか、長期的なインパクトを与えているのか」という手ごたえがなかった。そこで、国内外で多くのコミュニティーが直面している経済問題にフォーカスすべきだと決断。より深くコミットする戦略に転換した。

JPモルガンは、企業責任活動の主眼を経済的機会の創出に置き、低所得層向けの住宅供給やスキルアップ・職業訓練、小企業の成長支援に的を絞った。シャーの考えでは、トランプの大統領当選などの背景には、グローバル経済から取り残されているという有権者の感情があるという。

ダイモンCEOも、前出のパネルディスカッションで、低・中間層の賃金低迷などを挙げ、「人々にチャンスが行き渡っていない。企業が自分たちのことだけ考えていたら、社会のためにならない」と、訴えている。

同社のデトロイト支援が近隣地区の向上に大きなインパクトを与えているという声は多い。「JPモルガンの投資が呼び水になって、さらなる投資が生まれる」と、デトロイトにあるウェイン州立大学のマリック・マスターズ教授は言う。

デトロイトは14年12月、同年1月に市長に就任したダガンの下で、破産法の手続きを終え、再出発した。今年3月6日、2期目に入ったダガン市長は、施政方針演説で高らかにデトロイトの復興ぶりをアピールしている。市民の雇用を優先する「デトロイター・ファースト」(デトロイト市民第一主義)も効果を上げている。今後5年余りで、12万戸の低所得層向け住宅を提供。昨年までに、約1万4000件の廃屋が解体された。

17年には市の財政が3年連続で黒字化。今年4月30日、州の監督下から外れ、財政上の自治も取り戻した。09年に28%だった失業率も、今年4月には7%台に低下。04〜14年に24万人超が流出したが、人口減にも歯止めがかかっている。

企業や店舗の帰還・移住も活発だ。5月には、マイクロソフトが、同社のミシガン・テクノロジーセンターを郊外から市内に移転。フォード・モーターは今年5月、電気自動車(EV)・自律走行車(AV)研究開発部門を同市に移した。6月11日には、88年以来、廃屋となっていた旧ミシガン中央駅をフォードが買うというビッグニュースも飛び込んできた。

© atomixmedia,inc 提供

デトロイト投資プロジェクトがハーバード・ビジネス・スクールのケーススタディーとして取り上げられ、同校でのパネルディスカッションに参加したダイモンCEO(左から2番目)、ダガン市長(中央)、シャー(右)。

デトロイトのビリオネア、ダン・ギルバートが会長を務める商業不動産会社、ベッドロック・デトロイトは昨秋、21億ドルのダウンタウン開発計画を発表。何万人もの雇用が生まれる見込みだ。

JPモルガンは、廃屋の有効利用などにも2500万ドルを投じている。フォークロージャー(住居差し押さえ)された家や廃屋を所有・管理するデトロイト市傘下の公的機関、デトロイト・ランドバンク機構と連携。通常の住宅ローンを組めない人々のマイホーム取得を支援している。

デトロイト再開発のキーマンで、インベスト・デトロイト・ファンドの社長兼CEO、デーブ・ブラスキウィクッズは、復興について、「60年間の衰退期間を経て、ようやく成長モードに戻った」と分析。女性や有色人種、移民経営のスタートアップなどにも投資し、同社のベンチャープログラムからは、多くのスタートアップが誕生している。

2年前に3カ所だった再開発地区も、7〜10カ所に拡大された。高レベルの成長にはまだ時間がかかるとしても、「デトロイトは今後、成長を生み出す『生産者』であり続ける」と、ブラスキウィクッズは言う。

復興の影響で、レストランの予約も取りにくくなっている。5月9日夜、ダウンタウンで開かれたJPモルガン関連のイベントに参加したシャーは、レストランの席に着くまでに20分ほど待たされたが、「いい気分になった」という。「それだけ復興しているということだ」。復興が、ダウンタウンやミッドタウンから周辺地区に広がり始めているのも、「非常に重要なことだ」と、シャーは言う。

「共に前進している」

世界中から集まったJPモルガンの社員がデトロイトのNPOで3週間、無償で働く「デトロイト・サービス・コープス」制度も、復興支援プロジェクトの目玉だ。シャーいわく、各人が専門性を生かし、復興に貢献する同制度は、「非常に優れたリーダーシップ開発プログラム」だ。

5月初めにデトロイト入りした江幡信子も、その一人だ。東京支店のトレジャリー・サービス本部・プロダクト・マネジメント部でエグゼクティブディレクターを務める江幡は、英米などから集まった15人の社員とともに研修に参加。JPモルガンが財政支援を行うNPO、サウスウエスト・デトロイト・ビジネスアソシエーション(SDBA)に派遣された。

主な任務は、個人事業主が所有するビルの未活用部分再開発を推進する資料作りで、事業主との面談にも同席した。江幡は、NPO職員のエネルギーに刺激され、「自分も向上しなければいけない」と感じたという。

一方、SDBAのバイスプレジデント、テレサ・ゼイジャックは、人的投資も行うJPモルガンの復興支援を、「他行や他企業への模範になる」と評価する。

JPモルガンが250万ドル、WK・ケロッグ財団が300万ドルを投資し、15年11月に設立されたEOC(有色人種起業家)ファンドも、「インクルージョン」(包摂)がカギだ。銀行から融資を受けられない起業家にチャンスを与え、成長を支援する。

これまで、68社に総額約530万ドルを貸し付けた。56%が女性起業家だ。「成果に満足している」(ウォーターズ)。シャーによると、デトロイトでの小企業の成長率は米国の大半の都市を上回っているという。

また、シャーにとって、スキルアップ支援で出会う若者の多くが希望に燃えていることも、うれしい驚きだったという。「『自分たちにもチャンスがある。この街には未来がある』と信じる若者と一緒にいるときが、一番幸せだ」(シャー)

JPモルガンの支援を受け、早期から再開発が行われてきた3地域の一つ、ウエストビレッジ。そのアグネス通りにあるベジタリアンレストラン、デトロイト・ビーガン・ソウルは、クリントン元大統領など、著名人も訪れる有名店だ。

隣にはカフェ、数件先にはオープンエアのレストラン。ニューヨーク・マンハッタン南部の人気地区、ウエストビレッジをほうふつさせる一角だ。13年春にオープンした同店は、EOCから6万ドルの融資を受け、昨夏、市内に2店舗目を開いた。夕方にもなると、小さな店内は満席だ。

共同経営者兼総支配人のカースティン・アーサリー(39)は、早くも3店舗目を考慮中だ。「ミシガン州に一大ビーガン・パワーハウス(王国)を築きたい」と、彼女は夢を膨らませる。

15年12月、ダウンタウンに誕生したワイン販売店、ハウス・オブ・ピュア・ビン。奥行きのある店内には、自慢のミシガン産ワインなど、1300種類の国内外ワインとシャンパンが並ぶ。開店祝いには、ダイモンCEOや市長も駆けつけた。

共同経営者兼マネージングパートナーのレジナ・ゲーンズは15年春、EOCから14万ドル超の融資を受け、同年12月、起業。14年の春、ダウンタウンを歩いていたとき、人の往来などから再開発の兆しを感じ、「自分もムーブメントに加わりたいと思った」と話す。

カンファレンスのマーケティングなど、企業向けコミュニケーションサービスのスタートアップ、ポーター・メディア・グループの社長、ケン・ポーター(34)は、16年12月にEOCから融資を受け、事業を拡大。デトロイトを引っ張れるのは起業家だと信じて疑わない。「市民のポジティブな姿勢が、さらなる成功のカギだ。デトロイトは確実に変わっている」

JPモルガンは、スキルアップ研修などにも資金を拠出しているが、デトロイト市・労働力開発部門エグゼクティブディレクターのジェフ・ドノフリオによると、フォードやGMの幹部など、40人から成る市の労働力開発委員会でも、主要な役割を果たしているという。

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5月9日、「ハウス・オブ・ピュア・ビン」で開かれたサービス・コープスのイベント。シャー(中央)、同店共同経営者のゲーンズ(中央後方)。

デトロイト市民の半数は雇用されておらず(15年時点)、市民のスキルアップが大きな課題だが、JPモルガンのチームとは、「互いの話に耳を傾け、共に前進している」(ドノフリオ)。

かつて米経済のエンジン役を果たしながら、失速し、長いアイドリング時代から抜け出せなかった「モーターシティー」─。

だが、今、デトロイトは、人種やジェンダー、地域のダイバーシティ(多様性)とインクルージョンをカギに、21世紀の新デトロイトを目指し、走り出した。合言葉は、「One City. For All of Us.」。全市民のための「1つのデトロイト」(ダガン市長)だ。

ピーター・L・シャー◎JPモルガン・チェース銀行の中部大西洋地域担当会長兼企業責任担当グローバル統括責任者。2008年、同行入社。11年、企業責任担当グローバル統括責任者に就任。デトロイト投資プロジェクトの陣頭指揮を執る。17年、米紙フォーチュン「世界を変える(企業)リスト」の1位に同行が選ばれる。通商問題などを専門とする弁護士でもあり、クリントン政権下で、米特別貿易使節として、中国や日本との交渉に当たった。

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