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Nikkei(日系)料理の躍進と消え行く和食、グローバル化の中での日本の行方

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2017/03/20 武邑光裕
Nikkei(日系)料理の躍進と消え行く和食、グローバル化の中での日本の行方: 世界100ヵ国以上で愛用され、海外に7つの生産拠点を持つKikkoman醤油。日本シェア30%、世界シェア50%を占める © diamond 世界100ヵ国以上で愛用され、海外に7つの生産拠点を持つKikkoman醤油。日本シェア30%、世界シェア50%を占める

今、寿司やラーメンは日本人の占有物ではありません。フランスもイタリアも自国の食や文化が自分たちだけのものだとは考えません。むしろ世界に越境し飛躍をとげる文化は、多彩な経済活動を自国に呼び込みます。世界がマッシュアップし、進化を続けるNikkei (日系)料理を通して、日本企業の海外進出への課題について考えます。

世界の日本食の典型となったNikkei(日系)料理

 世界各地で日本食が支持され、海外の日本食レストランは2006年の2.4万店から2015年には8.9万店へと増え続けています(*1)。世界の5大陸、28の都市に32店舗、年間200万人が来店するレストラン・グループNOBU(*2)の成功をはじめ、この20年間で日本をルーツとする食市場は高級化と大衆化双方で拡大し続け、世界の人々が家庭で日本食を作る時代をむかえています。

 NOBUのオーナーシェフである松久信幸氏は、若くして東京の寿司店で修行を積んでから海外に渡り、ペルー、アルゼンチン、米国各地に拠点を移し、日本食の多彩な料理や技術を基本に、南米や欧米料理の要素を取り入れた独自のスタイルで国際的な評価を受けてきました。NOBUが開拓した和と世界各地の料理とのフュージョンは、現在、世界が認める日本食の典型にまでなっています。

 松久氏はペルーの日系人料理のパイオニアでもあり、後にスペインの伝説的レストランとなった「エル・ブジ」のシェフ、ファラン・アドリア氏にも影響を与えたと言われています。彼と弟のアルベルト・アドリア氏は現在バルセロナで6つのレストランを経営していますが、2012年にオープンした「パクタ(PAKTA)」のメインコンセプトは、「日系ペルー料理」というもので、世界が最も注目する料理のひとつです(*3)。現在、日本から越境し進化する“Nikkei Culinary”(日系料理)は、世界各地に拡張しています。

 Nikkei (日系)という用語は、もともと日本人をルーツとする海外移民とその子孫を意味していました。ペルーは1873年に日本と外交関係を結んだ最初の南米の国であり、初期の日本人移民を受け入れた土地です。今やNikkeiは、日本を起源とし、日本国外で作られるすべての日本料理を示す言葉とさえなっています。

*1 「農林水産物・食品の輸出の現状」農林水産省(平成28年2月)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/nousui/kyouka_wg/dai1/siryou6-1.pdf*2 レストランチェーンをはじめ、近年では食と住の一体的な「NOBU Hospitality」が5大陸に広がる9つのラグジュアリー・ホテルとして有名。NOBUは米国の俳優ロバート・デ・ニーロが出資、経営にも携わっている。*3 PAKTAの店内、料理は以下のビデオを参照。https://www.youtube.com/watch?v=QGi-hc66qAw

世界を魅了する日本の家庭料理

 日本は、自国の伝統的料理に加え、世界各地の料理を貪欲に吸収、改変してきた世界有数の食文化大国です。日本の家庭料理も日々進化しており、その多彩なレシピはここ欧州でも人気です。2009年、栗原はるみさんの料理本「Everyday Harumi」が英国で出版され、世界的ベストセラーになりました。海外の日本食レストランの急増だけでなく、日本の家庭料理やB級グルメまでが知られるようになったことで、世界の消費者の日本食への関心は高まっています。

 世界の人々が作る「和風ポテトサラダ」や「煮豚」には、日本製マヨネーズ、醤油やみりんが必要です。日本食のレシピは日本製の多彩な調味料や香辛料、日本酒の需要にまで及びます。日本食を身近な食材で料理できることに道を拓いた一冊の料理本が、世界で需要が見込まれる日本食関連商材のグローバル化に貢献しているのです。

無形文化遺産となった和食×カツオ節の欧州進出

 2016年、世界の食の評価で有名なSAVEURが、東京を「世界一の食の都市」に選びました。東京はミシュランの星を獲得したレストランが226あり、パリの94を大幅に上回っています。しかしそのレストランが皆和食かといえば、その大半はヨーロピアンで、うち50はフランス料理店です。ひとつの都市で、ミシュランの星を持つフランス料理店が50を数える都市は他にありません。

 2013年12月、ユネスコ無形文化遺産に「和食(Washoku)」が登録されました。ユネスコ登録を経済的好機と捉える向きもありますが、無形文化遺産とは喪失の危機にある文化なので、逆に「和食」の絶滅を印象づけてしまうのが心配です。和食を保護し、後世に伝承していくだけなら、伝統の本来の意味である創造は停滞するかもしれません。

 和食の真髄ともいえる出汁(dashi)への理解も進んでいますが、これまでEU圏にはカツオ節の輸入には厳しい制限がありました。日本産のカツオ節は、いぶす過程でごく微量の焦げが付着することから、発がん性物質に対するEUの厳しい基準をクリアするのが難しかったのです。これまで欧州ではベトナム産や韓国産のカツオ節が流通していましたが、肝心の日本産のカツオ節は入手困難でした。

 2017年2月、日本の水産庁がEUにカツオ節を輸出する際に必要な認定書を静岡県の水産加工会社に交付したことが報道されました。さらにフランスのブルターニュで、鹿児島県の枕崎水産加工業協同組合とかつおぶし関連会社9社が出資して設立した「枕崎フランス鰹節」の生産工場が始動しました。農林水産省によると、欧州では2013年に5500店だった日本食レストランが、2015年には1万550店に急増しており、出汁に欠かせないカツオ節の需要も高まっていることを受け、新たな伝統を創造する「和食」が、ここ欧州から生まれるかもしれません。

グローバル化する日本×クールジャパンの再考

 2015年の外務省「海外在留邦人数調査統計」によれば、日本国外に在留する邦人(日本人)の総数は過去最高の131.7万人で、前年より2.6万人強(約2.1%)の増加です。訪日外客数も増加し続けており、2015年には45年ぶりにアウトバウンドをインバウンドが上回り、2016年には年間2400万人を突破しました。日本政府は2020年に4000万人の訪日外客数を目標に掲げています。

 この十数年、日本のソフトパワーは「クールジャパン(*4)」と自賛されてきました。それは、アニメ、マンガといったサブカルチャーから日本の伝統文化に至るまでを世界に喧伝する国の政策です。しかし、世界の若者たちにとって「クール」が「イカす」のは、既成の価値観を刷新する自在な創造性でした。

 文化は越境し変化するもので、日本の知的財産の主導権を狙うクールジャパン政策に、世界中から反発の声もあがりました。世界各地で日本のサブカルチャーに魅了された若者たちにとっての「クール」とは、二次創作や改変の自在な気風にあったとも言えます。これが海外におけるNikkei料理の急成長とも重なる点なのです。

 世界各地の料理を改変してきた「クール」な日本食に触発されたレストラン事業家アラン・ヤウ(Alan Yau)氏によって、1992年、ロンドンのブルームズベリーにwagamamaが創業します。現在、英国のデュークストリート・キャピタルがオーナーで、世界17ヵ国に130以上のチェーン店を展開し、1億9300万ポンド(約271億8300万円)を売り上げる「日本風レストラン」です(*5)。日本の大学食堂のような店内では、日本風の焼きそば、ラーメン、チキンカツカレー、ドンブリの他、アジアン・メニューも人気です。

*4 イギリスのブレア政権が推進した国家ブランド戦略「クール・ブリタニア」に触発されたスローガン。日本のポップ・カルチャーから、日本製品、食、伝統文化なども対外輸出の振興対象とする経済産業省の事業。クールジャパン商材に関する最新のコンセプトブックに『世界が驚くニッポン』がある。http://www.meti.go.jp/press/2016/03/20170308001/20170308001-1.pdf*5 英国のカジュアルダイニング・アワード2017で、wagamamaはMultiple Casual Dining Restaurant of the YearとwagamamaのCEO、デビッド・キャンベル氏がトレイルブレイザー(先駆者)賞を受賞した。

 wagamamaは、日本語の「わがまま」をブランド名にし、自らの哲学である「カイゼン(改善)」を次のように説明します。「良い変化を意味するカイゼンは、私たちの心の中にある哲学です。…それは私たちにとって永遠の創造であり、停滞することのない精神なのです」。既成の価値観を打ち破る自在な「わがまま」が、不断の創造を生むという表明です。ここでのカイゼンは、「クール」や創造的破壊とも重なっています。

日本のバウムクーヘン×Nikkei(日系)寿司

 かつて世界が規範とした製造業における生産方式(カイゼン)のみならず、日本は消費者の創意工夫が際立つ文化だと思います。基本が存在するからこそ、絶えず改善が活性するのかもしれません。その意味からすると、ドイツで生まれたバウムクーヘンは日本への越境と飛躍を展開したお菓子です。実はバウムクーヘンを熟知するドイツ人は多くはいません。なぜならそれを作れる職人は限られ、その製法を厳格に守るごく一部の菓子店だけが販売しているからです(*6)。一方、日本では抹茶バウムクーヘンなど味も形も自在に「カイゼン」された商品が全国に登場していて、日本人にとってはなじみ深いお菓子となりました。

 今海外で食べられている寿司は、英国を中心に世界で90店舗を展開するYo! Sushiなど、江戸前の基本とは大きく変容した自由に依っています。食とファッションの創造には「著作権」の縛りがありません。だから世界中で変幻自在な創意工夫が起こります。H&MやZARAのようなファスト・ファッションが世界を席巻したのも、一部の高級ブランドのファッションを限りなく民主化した結果です。

 1980年代、カリフォルニア・ロールに始まった寿司の変容やNikkei料理の影響力は、世界各地の食文化との混淆により、日本では発想すらなかった変化の道を開拓してきました。寿司の源流に、江戸前や大阪寿司といった典型があるということが数多の変幻自在を支えているのかもしれません。

*6 ドイツでは、ビールの製造に「ビール純粋令」があるように、さまざまな食品やモノづくりに個々の製法の定義が確立している。マイスター制度とも連携しており、例えば「バウムクーヘンの定義」は国立菓子協会の規定により、油脂はバター、ベーキングパウダーは不可などの数々の基準がある。

 邦人在留数が3500人しかいないベルリンでも、Nikkeiレストランは増え続けています。和食に軸足をおいた高級店の他、不思議な寿司ロールが並ぶ回転寿司やタイやベトナム料理との混淆による飛躍した寿司が目立ちます。急速に変化をとげる寿司に違和感を覚える日本人がいる中で、世界の人々は変容する寿司にも愛着を感じています。

 その中で、「一心(Ishin)」という寿司店がベルリナーに人気です。1996年の創業以来、ベルリンのビジネス地区に現在6店舗(うち2店はうどんと伝統日本料理)を構えています。メキシコや地中海のクロマグロがベルリンで調達され、オーナーが日本人ということもあり、日本の寿司の原型を留めない寿司ではなく、古き江戸前の基本に軸足を置く姿勢がドイツ人に評価されているようです。

 Ishinには昔の寿司の素朴さがあり、それは今の日本の高級寿司とベルリンとの間にある「時差」を、丁寧に埋めていく作業のように感じます。日本企業の海外進出も、自社製品へのナルシズムを排し、文化の時差や融合という観点で世界の市場との接続を考える必要があります。

日本企業の海外進出×コミュニティファースト

 日本では少子高齢化による労働生産力の低下、国内人口減少と市場縮小という宿命が待ち受けており、国内製造業の海外市場進出は待ったなしの状況です。しかし今、海外進出企業の約4割が撤退を余儀なくされています。要は海外市場で確実に支持される日本製品の潜在的可能性が多々ある中で、日本で売れている商品が、海外でも売れるとは限らないということです。グローバル化による文化の「同時性」を一旦精査し、文化の翻訳や文化の「時差」を、海外の消費者コミュニティの内側から確認するマーケティングが必要だと実感します。

 同時に、国内市場の成功体験に依存するのではなく、海外市場への参入について、より積極的に対処する必要があります。それは、海外の日本食がNikkei一色に染まる前に、日本企業が自ら世界を舞台に「和食」の可能性を開拓する姿勢とも重なります。

 日本の高品質な製品への過信は、世界市場の開拓にとって第一の壁ともなります。世界に文化の同時性を求めるだけでなく、多文化による編集は日本の商材に「改善」を促します。企業の商材価値を決めるのは、日々変化する世界の消費者です。その意味からも、これからの日本企業の海外進出において肝心なのは、世界の消費市場を知るためのコミュニティファーストへの取り組みなのだと思います。

(クオン株式会社 取締役 兼 ベルリン支局長 武邑光裕)

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