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アリババ馬雲氏「引退宣言」は用意周到だった 突然の発表の裏にある「事業承継計画」

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/09/14 15:00 高口 康太
突然の引退を発表した馬雲(ジャック・マー)氏(写真:アリババグループ) © 東洋経済オンライン 突然の引退を発表した馬雲(ジャック・マー)氏(写真:アリババグループ)

 2018年9月10日、中国EC(電子商取引)最大手アリババグループの創業者である馬雲(ジャック・マー)氏が事業継承計画を発表した。中国ビジネス界の“スーパーヒーロー”による突然の引退発表は注目を集めている。

 天才肌の優等生が多いIT企業の創業者だが、馬氏は真逆のキャラクターだ。子供時代は勉強嫌いのガキ大将。特に数学は苦手で最初の大学受験では1点しか取れないという惨状だった。二浪を経て、3回目の受験で杭州師範大学に合格したが、一夜漬けで山をはった問題が出題されたという幸運に恵まれての、補欠合格というありさまだった。

 勉強嫌いの馬氏だが、他を圧倒的スキルもあった。それがコミュニケーション能力と英語、そしてビジョンだ。一度でも彼の講演を聞いたことがある人ならば、そのしゃべりのうまさはご存知だろう。爆笑を取りまくるスタイルは達人級、漫才師の域だろう。

天性の”人たらし”

 筆者も実際に聞いた講演ではすさまじい盛り上がりに圧倒された。

 「ビッグデータというのはすごいものでしてね。女性のバストが一番小さいのはどの省なのかも一目瞭然。下着の購買データでわかってしまうんです。皆さん、ご存知ですか? いやいや、やらしい気持ちで言ってるんじゃないですよ。ビッグデータで分かっちゃったんだから仕方がない……」
と女性のバストの話で場を暖めてから、データ経済とAIの重要性、ビジネスのパラダイムシフトへと話を進めていき、人々を飽きさせることなく講演していた。

 そのコミュニケーション能力の高さは“人たらし”としても発揮されている。右腕の蔡崇信(ジョセフ・ツァイ)氏は馬氏と出会った後、投資銀行での年収100万ドルの仕事を捨てててアリババに加入した。給与はわずか月収500元(約8200円)だったという。ソフトバンクグループの孫正義会長は、馬氏から事業計画を数分間聞いただけで出資を決めた。

 馬氏の英語力もコミュニケーション能力を生かして磨かれたものだ。出身地の杭州市は「上有天堂,下有蘇杭」(空に天国あれば、地に蘇州・杭州あり)と言われるほどの風景明媚な観光地。多くの外国人観光客が訪れる。そこで英語の無料ガイドを買って出て、語学力を鍛えたのだとか。

 大学でも英語を専攻した馬氏は、ぎりぎりの補欠合格だったにもかかわらず、学生会主席を務めるなど優秀学生街道をまっしぐら。卒業後には同級生の中で唯一、大学教師として「分配」(国家が人民の職業を決定する制度。すでに廃止された)された。

「中小企業を支援する」というポリシー

 コミュニケーション能力と英語力に加えて、馬氏の強みとなるのがビジョン、ポリシーだろう。第一に「インターネット」への確信だ。1995年、英国出張中にインターネットなるものの存在を知った馬氏は、帰国後すぐにウェブサイト作成代行サービスを開始する。中国にインターネットサービスが始まるよりも先だった。エンジニアではない馬氏だが、インターネットを一目見た瞬間に世界を変える技術だと確信したという。

 第二に「中小企業を支援する」「天下に困難な商売なし」というポリシーの一貫性だ。アリババは中小零細企業がネットショップを開けるモール型サービスからスタートした。その後のフィンテックや物流においても、中小企業をサポートするプラットフォームというポリシーは継続されている。

 昨年開催されたITの未来を語るイベント、天下網商大会で、馬氏は「5つの新」コンセプトを打ち出した。新小売、新製造、新金融、新技術、新エネルギーだが、ここでも中小企業支援の姿勢は明確で、中小企業であっても、クラウドとデータ経済を活用した新小売、グローバルサプライチェーンを活用した新製造、そして銀行を経由しない新金融などを享受できる世界を作ると明言していた。

 巨大帝国となったアリババグループだが、ECと中小企業支援というコアにぶれはない。馬氏のビジョンとポリシーがその中核を担っている。

 この希有な才能がなぜ54歳という若さで引退を表明したのか。これにも馬氏のビジョンがかかわっている。

 馬氏は「アリババグループを102年間続く企業にする」と繰り返し訴え続けてきた。1999年の創業から2101年まで、すなわち3世紀にわたり存続する企業にしたいという意味だ。社会の変化が激しい中国には老舗がほとんどなく、企業の存続は決してたやすいことではない。そのために必要なのは事業継承だ。

 これはアリババグループだけの課題ではない。中国で初めて民間企業の設立が認められたのは1984年。ほとんどの会社はまだ創業者が経営しているが、年齢的に交代のタイミングを迎えている。なにせ中国は人治の国、コネの国だ。人が変わればすべてが変わる。トップの交代が与える影響は他国の比ではない。いかにスムースに事業継承を行うかは中国全体にとっても大きな課題だ。

「アリババパートナーシップ」の存在

 馬氏は引退発表の書簡において「10年前から真剣に準備を進めてきた」と記している。その言葉は嘘ではないだろう。事業継承において重要な役割を満たすアリババパートナーシップが設立されたのは2009年のことだ。

 アリババパートナーシップのメンバーは経営陣、幹部、関連会社のトップから選出される。最低でも5年以上アリババグループで働き、企業文化を色濃く引き継いだ人物でなければ加盟は認められない。現在のメンバーは36人。アリババグループの規定では取締役会の過半数はアリババパートナーシップによって選出される。馬氏は生涯メンバーだ。来年の会長退任、再来年の取締役退任後も影響力は残ることになる。馬氏はこのパートナーシップ制度を使って、自らの影響力を残し、アリババの企業文化を保持する考えだ。

 事業継承を成功させるため、早い段階から手を打ってきた馬氏だが、果たして思惑通りに運ぶのかは未知数だ。中国は変化の激しい国だ。盤石に見えた企業が瞬く間に失墜することもありうる。その好例が大連ワンダグループだろう。ハリウッドの映画王・王健林氏率いる同社は、中国当局に債務縮小を求められて事業の切り売りを余儀なくされた。たった1年で別物の会社になってしまった。

 アリババグループとて安泰ではない。モバイル決済ではテンセントのウィーチャットペイが激しい伸びを見せる。本業のECではテンセントと手を組んだJDドットコムが追い上げている。巨額買収で傘下に収めた出前サービスの餓了么(ウーラマ)は、ライバルの美団点評との争いで苦戦している。

 後継者となる張勇(ダニエル・チャン)氏は3年前からCEOを勤めており、その手腕は確かなもの。それでも不安が残るのは確かだ。「アリババは大丈夫なのか?」今、中国中のメディア、企業が注目している。事業継承の成功、この難題こそが馬氏にとっての最後にして最大のチャレンジと言えるだろう。

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