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人生100年時代の覚悟

Forbes JAPAN のロゴ Forbes JAPAN 2020/02/14 20:00 田坂 広志

© Forbes JAPAN 提供 プロ野球において、シーズン序盤に好投を見せ、順調に勝ち星を挙げていた投手が、夏場を迎えて調子を落とし、勝てなくなると、評論家が決まって語る言葉がある。

「彼は、シーズンオフの走り込みが足りなかったのですよ。だから、消耗が激しくなる夏場が来ると、スタミナ不足になるのです」

たしかに、プロ野球の世界では、どれほど優れた投球技術を持っている投手も、スタミナと呼ばれる基礎体力が無ければ、勝ち星を重ねることはできず、一流のエースと評価されることはない。

同様に、サッカーの世界でも、優れた運動神経を持ち、難しい体勢から見事なゴールを決める技術を持った選手でも、本当に真価が問われるのは、炎天下、前後半90分、延長戦30分を走り抜き、体力の限界において、ラストチャンスにパスされた難しい球を、確実にゴールに蹴り込めるか否かである。

このように、すべてのプロスポーツの世界では、優れた運動神経や技術だけでなく、強靭な基礎体力を持っていることが一流の条件である。それは、改めて論ずるまでもない、常識であろう。

しかし、不思議なことに、ビジネスの世界では、このプロフェッショナルの常識が理解されていない。

書籍や雑誌では、ビジネスのスキルについては盛んに書かれているが、ビジネスの基礎体力=精神のスタミナの大切さと、それをいかにして身につけるかについては、ほとんど語られていない。

しかし、企画と営業の道を歩んだ筆者の経験に照らすならば、ビジネスのスキルを見事に発揮するためには、相当なレベルの基礎体力が必要である。

例えば、営業において最も重要なスキルは「顧客の眼差しや表情から、無言のメッセージを読み取ること」であるが、そのスキルを発揮するためには、数時間の商談においても、集中力を切らさず、顧客に正対し続ける精神のスタミナが不可欠である。

また、プロフェッショナルの企画会議は、文字通り「知の格闘技」であり、参加メンバーには、智恵を出し尽くすための精神のスタミナが求められる。

しかし、残念ながら、いま、世の中を見渡すと、わずか1時間の会合でも集中力を切らしてしまう、精神の基礎体力の無いビジネスパーソンが、決して少なくない。

もし、このビジネスパーソンが、真に自身の才能を開花させたいと願うならば、様々なビジネス・スキルの本を読み漁るよりも、この精神の基礎体力をこそ、身につけ、鍛えていくべきであろう。

では、そのためには、どうすれば良いのか。

一つの方法は、毎週、最低でも二つ、自分の全力を尽くして処する会議や会合を持つことである。

逆に言えば、毎週、どれほどの数の会議や会合をこなしても、それらを、持てる力の80%や90%で流していると、確実に、基礎体力は落ちていく。

それは、アスリートの例を挙げれば明らかであろう。例えば、走り高跳びで2.0mを跳べる選手が、毎日1.8mや1.9mを跳び続けるならば、確実に力は落ちていく。この選手の力が伸びていくのは、2.1mや2.2mに挑戦し続けるからである。

しかし、こう述べると、「やはり歳を取ると、体力が落ちていくのでは」と思われるかもしれない。

だが、そうではない。我々の肉体的体力は、40歳前後を超えると落ちていくが、精神的体力は、実は、60歳を超えても、なお高まっていく。

筆者は、それほど才能や肉体的体力に恵まれた人間ではないが、49歳のときから経営大学院で教鞭を執り、毎週火曜日の夜、3時間連続で全霊を込めた講義を行ってきた。しかし、正直に言えば、当時は、講義後、控室でしばし体を休めたくなった。

だが、その講義を20年続けた結果、いまでは3時間の講義が終わった後、さらに2時間の講義を行えるほど、精神のスタミナは高まっている。

そして、その現実を見るとき、若き日から抱いてきた一つの謎が解ける。

なぜ、60歳を超えて、心理学者のユングは、あれほど膨大な著作を残すことができたのか、画家のピカソは、あれほど数々の作品を残すことができたのか。その謎である。

実は、我々は、精神の基礎体力を鍛え続けるならば、60歳を超えても、まだまだ素晴らしい可能性を開花させていくことができるのである。

ただし、そのために求められるのは、年齢による「自己限定」をしないという覚悟。

人生100年時代において、我々に問われるのは、その覚悟であろう。

連載:田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。世界賢人会議ブダペストクラブ日本代表。全国5400名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は、本連載をまとめた『深く考える力』など90冊余。tasaka@hiroshitasaka.jp

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