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半導体ルネサス、「7000億円大型買収」の勝算 「自動運転強化」狙うが相乗効果に疑問の声も

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/09/14 09:00 藤原 宏成
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 「サッカーワールドカップにたとえるなら、予選通過ではなく、優勝を目指す」

 7月11日、約7330億円という金額の大型買収を発表した半導体大手ルネサスエレクトロニクス。呉文精社長は、気合い十分といった様子だった。買収するのはアメリカの半導体企業・IDT(インテグレーテッド・デバイス・テクノロジー)である。この買収を機に、「得意分野では絶対に一等を取る」と宣言した呉氏だが、その選択は吉と出るのか。

 ルネサスの直近の買収は2017年2月。アナログ半導体を手掛ける同じくアメリカのインターシル(現ルネサスエレクトロニクスアメリカ)を約3200億円で買い取った。今回のIDTと合わせれば、買収総額は1兆円超。経営危機からの復活を果たし、反転攻勢に打って出ている。

自動運転分野の戦いが熾烈

 「半導体市場は異種格闘技戦になってきた」。呉氏がそう語るように、ルネサスは厳しい競争の中に身を置いている。特に、一番の強みである車載市場は大手もこぞって攻め込んでいる半導体業界の主戦場だ。将来重要になる「自動運転」の覇権をめぐり、各社がしのぎを削っている。

 自動運転で用いられる半導体は、末端で情報を収集するセンサーなどの半導体、センサーから得た情報をアナログからデジタル信号へと変換するアナログ半導体、それらの部品を制御するマイコン、得た情報をもとに判断・命令を行うSoC(システム・オン・チップ)、AI(人工知能)など自動車全体の”脳”となるチップに大別できる。

 ルネサスは「走る・止まる・曲がる」といった制御を担うマイコンで世界シェア1位を握っている。近年は、上層にあたるSoCにも注力。チップに載せるソフトウエアが充実すれば機能も高まるため、ソフトウエア開発では200以上の企業と協業を進めながら、自動運転関連の開発を加速してきた。

 2017年10月には、トヨタとデンソーが2020年の実用化に向け開発中の自動運転車にルネサスのマイコンとSoCが採用されることが発表された。ルネサスは自動車向けで培ってきたノウハウと信頼性を武器に、徐々に上層へと歩みを進めてきた。

 一方で、上層からは”脳”となるチップに強みを持つ半導体業界の巨人たちが侵攻してきている。その中心がアメリカ勢。特に勢いがあるのが、画像処理用半導体大手で、近年はAIの分野で名をとどろかせているエヌビディアだ。トヨタや、ドイツのアウディやフォルクスワーゲンといった世界中の自動車大手が同社のAI技術を求め、提携関係を結んでいる。

 エヌビディアのジェンスン・ファンCEOは、「自動運転車では、チップの処理能力こそが安全性につながる」と語る。2018年1月には「DRIVE Xavier(エグゼビア)」と呼ばれるSoCを発売した。ルネサスが事業展開する領域にも足を踏み入れてきた。

 半導体の王者だったインテルも2017年に自動運転向けの画像認識に強みを持つイスラエルのモービルアイ社を買収。さらに同社の技術を活用したSoCも開発、2020年までの製品化を目指すなど、車載ビジネスの取り組みを加速させている。

 スマホ向けなどの通信半導体に強いクアルコムも、車載半導体首位、オランダのNXPセミコンダクターズを買収することで上層から下層まで支配することを画策していた。中国独占禁止法当局の承認が長期化したことで今年7月に買収を断念したが、車載に狙いを定めていることは明らかだ。

半導体の巨人たちとは戦わないのか

 このように、大手が参入しているAIやSoCなど上層が車載半導体市場の激戦区となっている。ただ今回のルネサスの買収は、この激戦区とは直接関係しない。ルネサスから見れば下層に当たるアナログ半導体の買収だ。

 IHSグローバルの杉山和弘アナリストは「上層へ向かうのは難しいということだろう」とみる。インテルやエヌビディアの戦略はデータセンターやPCなどで用いられる最先端部品を自動車向けに応用するというものだ。一方でルネサスの半導体は自動車向けのみ。そもそも対象としている市場の大きさが違うため、かけられる開発費もケタ違いだ。

 さらにルネサスのSoCはインテルやエヌビディアに比べ、チップの処理能力を決める「微細化」(回路上の線幅を細くすること)で遅れをとっている。実際、「SoCは開発費が高く、思うような利益は出せていないとみられる」(杉山氏)。

 では、ルネサスはどう競争を勝ち抜くのか。その答えがアナログ半導体の製品群を拡充することだった。“仮想敵”とするのは、上層の巨人たちではなく、NXPやドイツのインフィニオン・テクノロジーズといった、ルネサスにとっての従来からの競争相手だ。

 実は、ルネサスのマイコンが強いのはボディ制御やパワートレインといった部分で、自動運転の恩恵は大きくない。自動運転で伸びる安全走行分野では世界シェア3位と遅れをとっている。一方、インフィニオンはセンサー向けのアナログ半導体、NXPは通信半導体といった自動運転に用いられる製品を揃えており、安全走行向けマイコンではルネサスを上回る。

 今回買収したIDTは、センサーからの情報を変換するアナログ半導体や通信用の製品を持っている。アナログ製品のラインナップを揃えることで、ルネサス1社でSoC、マイコン、アナログを一括提供し、競争に勝ち抜こうという算段だ。

 ただし、今回の買収がルネサスに成長をもたらすかについては懐疑的な意見が多い。杉山氏は「製品群は重なっておらず、シナジーはそれほどないだろう」と語る。IDTの売り上げの6割以上は、データセンターや通信設備向けの製品だ。車載向けの売り上げは10%前後しかない。加えてルネサスは構造改革で注力分野を絞った経営を進めてきた。データセンター向けは注力分野には当たらない。今の同社にとって最適な買収先であったかは疑問が残る。

安全保障や独禁法のリスクが与えた影響

 買収にあたっては、近年の半導体買収の障害も考慮されたようだ。2018年3月、アメリカのブロードコムによるクアルコムの買収が対米外国投資委員会(CFIUS)とトランプ大統領によって阻止された。ブロードコムの短期的な利益追求の姿勢によってクアルコムの投資が停滞し、通信技術で中国に後れを取れば、安全保障上懸念が生まれるとされたのだ。先述のクアルコムによるNXP買収のように独禁法の審査も厳しさを増している。

 これについて柴田英利CFO(最高財務責任者)は会見で、「そういった側面も相当程度、多面的に検討した上でIDTの買収を決めた」と発言。安全保障面を考えると、IDTの軍需向け製品は生産終了が発表されているもののみ。製品分野も被らないため市場のシェアも上がらず、独禁法の対象にもなりにくい。逆にいえば、ルネサスとの高いシナジーが生まれる企業は買収の対象にできなかったという事情もありそうだ。

 今、世界の半導体メーカーは選択と集中によって業績を伸ばしている。シナジーのない分野に手を広げて行くのは、かつて日の丸半導体が歩んだ道だ。二の轍を踏まないためにも、ルネサスは統合効果を高め、利益を出し続けなければならない。

 買収の完了は2019年上期を予定している。買収資金の大部分(約6790億円)は借り入れによって調達する。ルネサスの自己資本比率は30%程度まで下落する見込みだ。アメリカの格付け会社S&Pグローバルはこれを踏まえ、同社を「クレジット・ウォッチ」に指定。格下げの可能性を示唆している。

 来期からIFRS(国際会計基準)に移行するため利益への影響はないものの、多額ののれん代にも注意が必要だ。今回の買収資金7330億円に対し、IDT社の純資産は710億円程度。差額の6620億円がのれんを含む無形固定資産に該当する。ルネサスはインターシルの買収ですでに1586億円ののれんを抱えている。柴田氏は「世界の半導体企業と比較すれば、決して高い水準ではない」としているが、減損のリスクはつきまとう。

 車載市場の競争を勝ち抜くために、今回ルネサスが選んだ戦略は正しかったのか。インターシルやIDTは買収先として適切だったのか。ルネサスは結果で示していくことが求められる。

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