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死ぬまで舞台に立ち続けたい。三途の川を渡った男の「腎移植」という選択

Forbes JAPAN のロゴ Forbes JAPAN 2019/11/09 12:00 もろずみはるか

© atomixmedia,inc 提供 過激パフォーマンスグループ「電撃ネットワーク」のリーダーで、2019年5月28日に妻から腎臓を一つ分けてもらう腎臓移植手術を受けた南部虎弾(68)が9月、東京新宿で「南部虎弾完全復活大感謝祭」を開催した。(記事前編はこちら

腎移植を経て4カ月の南部氏は、おでこに缶ビールをピタリとくっつけて客にビールを振る舞う芸を披露。 

「南部ちゃん、おかえり!」「手術成功おめでとう!」

会場のボルテージは最高潮に。

一際大きな声援を送るのは、50代~60代のバブル世代だ。電撃ネットワークと共に人生を歩んできた彼らは、「俺たちまだ終われない。ここからだろ?」と、自らを鼓舞しているようにも見えた。

南部氏は、2型糖尿病による腎障害を乗り越え、再びステージに戻ってきた。その舞台裏には、「夫婦間腎移植」という医療がある。南部氏の体内には、実は妻の腎臓と合わせて3つの腎臓がある。

足が腐ってる、なんだそれ?

はじめて体の異変を感じたのは、還暦を迎えた2011年のことだった。左足の甲が変色し、膝から下のむくみもひどい。「過激パフォーマー」の南部氏にとって、ケガは日常茶飯事だったが、今回ばかりはマズいことになったかもしれない……嫌な予感がした。

慌てて知人の病院に駆け込むと、「これ、ケガじゃない。内臓の病気だね」。医師はそう言い、すぐに東京女子医大病院・糖尿病センターを訪ねるよう紹介状を書いてくれた。

出迎えてくれたのは、糖尿病フットケア外来の権威、新城孝道医師(現在は個人医院を経営)。新城医師は、異変のある足を「壊疽」(えそ:組織が腐った状態)と診断し、その日のうちに手術を行なったという。処置が遅ければ、足を切断される可能性もあったといい、事態は深刻だった。

診断名は「2型糖尿病」。

よく耳にする病名ではある。が、「まさか自分が」と、事の重大さを理解できなかった。肥満体型ではないし、自覚症状もなかったからだ。

ただ、糖尿病を発症してしまった原因については察しがついていた。2型糖尿病は遺伝的な要因に加え、飲み過ぎ・食べ過ぎなどの生活習慣も影響する。南部氏は、20年間におよび、体に負荷をかける食生活を続けていた。

朝ラーメンを続けた結果、糖尿病の診断がくだる

南部氏がリーダーを務める電撃ネットワークは、90年代、TOKYO SHOCK BOYSの名で、世界でブレイクした。「サソリ食い」「ドライアイスのむさぼり食い」「蛍光灯のケツ割り」など、過激なパフォーマンスで人気に火がつき、94年のイギリス公演を皮切りに、オーストラリア、スコットランド、ヨーロッパ、ニューヨークから出演依頼が殺到。

観客動員数は2万、4万、6万人と右肩上がりに伸び、チケットは即日「SOLD OUT」だった。人気上昇と共に、南部氏の生活も派手になっていった。毎晩、仕事関係者と朝まで飲み明かしては、大好きなラーメンでシメる。そんな生活を20年も続けていた。

その時、妻の由紀さんは、複雑な思いを抱えていた。

前編で触れているように、2人は電撃ネットワーク結成時に結婚している。原点は、風呂なし鍵なしの6畳アパート。下積み時代を支え続けた妻としては、夫の飛躍をうれしく思う反面、「食生活を改めてほしい。体壊しちゃうよ」と気が気ではなかった。しかし、妻の思いが、南部氏に届くことはなかった。

「当時の僕は、カミさんの話を聞こうなんて余裕がありませんでした。常に仕事、仕事、でしたから」

メンバーの死が、病の体に重くのしかかった

糖尿病診断後も、食生活を改めない南部氏が、病を重く捉えるようになったのは、2015年のこと。電撃ネットワークの主要メンバーである三五十五(さんご・じゅうご)さんが、肺がんにかかり、52歳の若さで帰らぬ人となった。

三五十五さんは、40人の相棒と漫才をしていたという話芸を得意とし、電撃ネットワークのMCを務めた人。ネタを考案する「知恵袋的存在」で、メンバーの中でもっとも”無茶”をしてこなかったはずだったが──。

「あいつはタバコを口の中に入れてもみ消す芸をやっていました。いくらか肺に入ってもおかしくなかったと僕は思う。体に良いわけないですよね。でもそれが、僕らの芸ですから」

がんが見つかったとき、医師の余命宣告はわずか1週間だった。あまりに辛い現実だが、三五十五さんは、決して病に屈しなかったという。

「あいつは、今日より明日、明日よりも明後日と自分に言い聞かせていました。本当によく頑張りました」

電撃ネットワークのメンバーとして「もう一度舞台に立つ」という希望を胸に、余命宣告から1年8カ月生き抜いたのだ。

大切な人の生き様を目の当たりにした南部氏。しかしその体もまた、病に蝕まれていた。

三途の川を見た。はじめて「生きたい」と……

2017年、いつも通り仕事を終え、夜中に帰宅した。だが、どうもおかしい。呼吸がスムーズにできなかった。

「大丈夫? 救急車呼ぼうか?」

由紀さんの心配をよそに、「大丈夫」の一点張りだった。これ、ある種の職業病だろう。痛い怖い、などの感情を押し殺して、世界中の観客を驚かせてきたのだ。

だから、その日も立ったり、座ったり、横になったりしてやせ我慢。

気がついたら、集中治療室にいた。由紀さんが救急車を呼んでくれたおかげで、一命を取りとめた。

「生死を彷徨いながら、三途の川を見ました。その時はじめて、生きたいと強く意識したのです」

8時間におよぶバイパス手術は成功。「糖尿病合併心不全」だった。入院期間は75日にも及んだが、由紀さんは毎日のように病院に通い、南部氏のそばを離れなかったという。

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断固として人工透析を拒否。「舞台に立てなくなるから」

その後も、試練は続く。糖尿病が原因で腎臓の働きまでも悪くなっていた。

健康な男性の腎機能を表す血中クレアチニンは、1.2mg/dl以下だが、南部氏のクレアチニンは9.9 mg/dlまで上昇。腎臓はほとんど機能していなかった。医師は『人工透析の準備をしましょう』と促したが、南部氏はこれを拒否。

人工透析は2日に1度の治療法。一度始めたら生涯続くことになる。

「電撃ネットワークは地方公演が多い。透析を始めたら、舞台に立てなくなる。この時ばかりは絶望しました」

人工透析を拒否し、インスリンを打ちながら舞台に立ち続ける日々。もう一回、あともう一回。もはや執念だった。

そんな南部氏に、医師は「腎移植という生き方もある」と提案したという。

腎臓が悪化し、末期腎不全に至ると、その治療法は「人工透析」と「腎移植」のいずれかになる。働かなくなった腎臓の代わりに、血液を人工的にろ過するのが人工透析であるのに対し、健康な腎臓を移植する根治的治療法といわれているのが腎移植だ。生命予後も、人工透析より優れる。

しかし、南部氏には、腎臓を提供してくれるドナーがいなかった。

脳死や心肺停止した人から提供される「献腎移植」の待機時間は、約14年。希望者に対して、ドナー数が圧倒的に不足している。

あまり知られていないが、日本は世界屈指の医療大国でありながら、100万人あたりのドナー数は「世界ワースト2位」である。

現在、日本で腎移植は、年間1700件ほど行われているが、そのうちの9割は、健康な親族から臓器提供を受ける「生体腎移植」だ。現代の医療において、血縁関係にない配偶者でも、移植は可能となった。

しかし、これも南部氏は「NO」と拒否。

妻の由紀さんに「きみの腎臓をください」なんて、とてもじゃないが切り出せなかった。もとを正せば、自分の不摂生が招いた事態だからだ。

「私のでよければ」と妻から手を差し伸べられ

2018年暮れ、それは突然の申し出だった。由紀さんが、「私のでよければ、腎臓をもらってくれませんか」と、名乗り出てくれたのだ。

実は由紀さん、自分で情報収集して、血のつながりのない配偶者でもドナーになれる、と知っていた。

夫の命を救える。夫婦で長生きできる。それは、由紀さんにとってもよろこびだった。

ただし、リスクもあった。南部氏の血液型は、RHマイナスO型という珍しいタイプ。A型の由紀さんのドナーとして受け入れるとなると、リスクがあった。

果たして、ドナーの血液の結晶成分を取り出してレシピエントの結晶と入れ替える血漿交換(けっしょう)がスムーズにいくのか。トライしてみないことにはわからなかった。

「1回目は90%合わずダメ、その後も60%でダメ。3、4回と回を重ねてもダメで、もう無理なのかなって半分諦めたときに、最後に0.5%まで落ちて腎移植が可能になったんです」

令和元年5月26日、手術当日。南部氏と由紀さんは一本の動画を撮り、霧が晴れたような笑顔でこう言った。

「色々ありましたが、無事に手術することになりました。これから行ってきます」

動画を撮り終えると、二人は自らの意思で手術台にのぼった。

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未だ払拭できない「腎移植の3つの誤解」

移植医療には、未だたくさんの誤解がある。1つ目は、手術費の誤解。移植=高額なイメージがあるが、差額ベッド代を除き、健康保険が適用されるほか、各種医療費助成制度が使えるため、患者の負担額は数万円程度にとどまる。

2つ目は、適合検査の誤解。夫婦間での腎移植は、今や珍しいことではなくなった。「奇跡だね」「よくマッチングしたね」と捉えられがちだが、非血縁者でも、血液型不適合者でも、95%は移植が可能だ。

適合検査自体のハードルもそう高くない。患者とドナーは、ただ採血されるだけ。検査は1日で終わる。費用の心配もいらない。かかった検査費は、腎臓移植後に返金されるため、患者の負担額は実質無料だ。

3つ目は、ドナーリスクの誤解。生体腎移植におけるドナーの予後は、健常人と比べて遜色ないとされている。腎臓を摘出する手術は、ダメージの少ない「内視鏡手術」で行われ、社会復帰もスムーズだ。当たり前だが、移植医療は、ドナーの健康が保証されてはじめて「成功した」といえる。

「透析治療に励まれている方は、約33万人いらっしゃいます。透析は一度導入したら生涯続きます。苦しい闘病生活を支えるのは、夫であり妻であり、状況によっては子が支えることになる。僕は、夫婦間で臓器を共有するという選択肢があっても良いのではないかと思っています。夫婦は死ぬ瞬間まで、いたわりあう関係だからです。僕は、経験者なので言わせてください。腎移植なら、あっという間に元気になります。夫婦共々、病から解放されるのです」

誰もが自分の意思で、医療を選べるように

入院中、親しくなった患者がいた。その男性は歳をとり、腎臓病を抱え、長い闘病生活を送っていた。だが、その人にはドナーがいなかった。

「彼は、腎移植を受けた僕を見て『元気になってよかった。退院おめでとう』と言ってくれました。僕には、彼がどれほど辛いかわかる。なのに、なにもしてあげられなかった」

以来、ずっと考え続けている。自分に、何ができるのだろうか。

まずは「認知」であると、南部氏は話す。

現在、慢性腎臓病患者は、成人の8人に1人いるとされ、もはや国民病だ。誰にとっても、人ごとではない身近な病だからこそ、腎移植という治療法について、広く知ってもらうことが大切である、と。

現在、南部氏の体内には、妻の腎臓と合わせて3つの腎臓がある。無償の愛を力に変え、3年後、5年後、10年後も、電撃ネットワークのリーダーとして舞台に立ち続けたい。

我が身をもって、移植医療の成果を証明するのだ。

南部虎弾(なんぶ・とらた)◎1951年、山形県鶴岡市生まれ。ダチョウ倶楽部元リーダー。電撃ネットワークは92年、41歳でTOKYO SHOCK BOYSの名前で世界進出。「サソリ食い」「ドライアイスのむさぼり食い」「蛍光灯のケツ割り」など、英語ができなくても通じる過激パフォーマンスをオランダ、インド、韓国、豪州、スペインなどで披露した。

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