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消費増税で免税事業者が4年後に直面する本当の「大問題」

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2019/10/10 06:00 野口悠紀雄
Photo:PIXTA © Diamond, Inc 提供 Photo:PIXTA

 消費税の税率引き上げと軽減税率の導入に伴って、免税事業者に問題が起きる。

 しかし、実は、これは「序曲」にすぎない。

 免税事業者にとっての本当の問題は、2023年から生じる。「インボイス」が導入され、消費税納税の仕組みが大きく変わるのだ。

 この問題は分かりにくい。しかし、経済活動に極めて大きな影響を与える可能性がある。場合によっては、日本社会の根底を揺るがすような問題になりかねない。

4年後から「インボイス」導入

重複課税が発生しない仕組みだが

 消費税は取引の各段階で課税される。したがって、そのままだと、税額が累積してしまう。こうならないように、前段階でかかった消費税を控除する措置が取られる。

 これが、「前段階税額控除」(あるいは「仕入税額控除」)と呼ばれる仕組みだ。

 ヨーロッパの付加価値税では、前段階税額控除のために、「インボイス」が使われている。

 これは、商品やサービスごとに、取引内容、税率、税額、取引金額などの法定事項を記載した書類だ。

 この書類に記されている消費税額を控除できる。

 インボイスに基づかずに前段階税額控除を行うと、税務調査があった場合に否認される。

 例で説明しよう。

 広告会社のCが、化粧品会社Aのために宣伝用ポスターを製作するとする。

 最初に税のない世界を考える。

 広告会社Cは、デザイナーDにデザインを発注する。その代金は20万円だ。この他に紙代、印刷代などがかかる。その額は200万円だ。

 広告会社Cは、完成したポスターを、化粧品会社Aに300万円で販売する。

 売上代金300万円から、仕入額220(=20+200)万円を差し引くと、80万円が残る。これが、広告会社のCの付加価値だ。人件費が60万円だとすると、これを差し引いた20万円が会社の利益となる。

 ここで、税率10%の消費税が導入されたとしよう(法人税などの直接税はないものとする)。

 広告会社Cの消費税込みの売上高は330(=300×1.1)万円となり、税込みの仕入額は242(=220×1.1)万円となる。

 消費税の計算は、つぎのようになされる。

 Cの売り上げの中には、30万円の消費税が含まれている。これは、ポスターを購入した化粧品会社から「預かった」ものなので、納税しなければならない。

 ただし、仕入れには22万円の消費税が含まれている。これが「前段階の税額」だ。これは、納税額から控除することができる。したがって、30-22=8万円を消費税として納税する。

 これは、広告会社Cの付加価値(上述のように80万円)に、消費税率10%を乗じたものに等しくなっている(「付加価値税」と呼ばれるのは、このためである)。

 なお、Cの収支は、つぎのようになっている。

 消費税込みの売り上げは330万円で、税込みの仕入れは242万円だ。そして、消費税を8万円収めている。したがって、残りは80(=330-242-8)万円だ。だから、消費税のないときと同様に、60万円の人件費を支払った後、20万円の利益が残る。

 つまり、広告会社Cは、消費税を負担していないわけである。

 消費税は売り上げに含まれて転嫁されていき、最終的には消費者が、10%だけ高くなった商品やサービスを購入することによって負担する。

 事業者は、このプロセスを手助けしているだけである。彼らは、消費税の納税者ではあるが、負担者ではない。

 税が累積せずに転嫁でき、かつ事業者が負担しないで済むというのが、この方式の優れている点だ。

 付加価値税と同じ方式の間接税が世界のさまざまな国で導入されているのは、このためだ。

「金券」のようなものと考えればいい

免税事業者は発行できない

 上の取引の過程で、デザイナーDは、広告会社Cに対して、「請求額22万円。うち消費税2万円」と記載した請求書を発行する。また、広告会社Cは化粧品会社Aに対して、「請求額300万円。うち消費税30万円」と記載した請求書を発行する。

 これらがインボイスだ。

 上記のインボイスがあると、広告会社Cは消費税の納税額から2万円を差し引くことができるし、化粧品会社Aは消費税の納税額から30万円を差し引くことができる。だから、これらは、「金券」のようなものだ。

 買い手から見ると、課税による仕入価格の上昇は、それと同額の金券を得られるために、完全に打ち消される。つまり消費税がかかっていない商品を仕入れるのと同じことになるのだ。

 広告会社CやデザイナーDが金券を発行できるのは、彼らが消費税を納税しているからである。

 例えば、広告会社Cは、化粧品会社Aに対して、30万円分の金券を渡している。これができるのは、Cが税務署に30万円を納税しているからだ(ただし、デザイナーや印刷業者などから22万円の金券を受け取っているので、実際には8万円しか納税していない)。

 日本の消費税には、これまでインボイスがなかった。

 日本の消費税では、前段階税額控除は、「帳簿および請求書等」で行なわれてきた。

 その計算方法は、大まかにいえば、「仕入れに含まれている消費税額を、帳簿や請求書等から算出し、これを売り上げにかかる消費税額から控除する」ということだ。

 このため、課税仕入れの事実を記録した帳簿および請求書等を保存しなければならないとされている。

 仕入れの帳簿に記載されている数字と請求書の数字が一致しているかぎり(つまり、実際にはなかった仕入額も帳簿には記載されているというようなことがないかぎり)、この方式をとっても、インボイスをとっても、同じことのように思える。

 ところが、実際には、免税制度があるために、仕入帳簿方式とインボイス方式では、極めて大きな違いが生じるのだ。

 インボイス方式では、免税事業者はインボイスを発行することができない。

 ところが、請求書であれば、免税事業者でも発行することができる。

 しかも、仕入側では、ある仕入れが、免税事業者からのものか、課税事業者からのものかを区別するのは難しい。だから、免税事業者からの仕入れについても、仕入税額控除を認めざるを得ない。

 これは、おかしな制度だ。

 なぜなら、上で述べたように、広告会社Cが30万円分の金券(インボイス)を発行できるのは、Cが30万円を納税しているからなのである。

 仮にCが免税事業者であれば、消費税は納税していない。それにもかかわらず金券を発行できるのは、理屈に合わない。

 日本の消費税制度は、このように理屈に合わない制度だったのだ。

導入で制度大きく変わる

商取引に多大な影響

 ところが、2023年からはこれまでの制度が変わる。

 2023年10月1日以降は、仕入税額控除の方式として「適格請求書等保存方式」(「インボイス方式」)が実施される。

 これは、「適格請求書」(「インボイス」)と帳簿の保存を、仕入税額控除の要件とするものだ。

 現行制度との最大の違いは、適格請求書発行を発行できるのは、課税事業者だけであることだ。

 免税事業者は、インボイスを発行できない。

 これは、上述の金券の説明から分かるように、当然のことだ。

 日本の消費税制度も、ヨーロッパの付加価値税と同じシステムになり、やっと当然の制度になる。

 ただし、これは、日本の商取引に多大の影響を与えるだろう。

 実際、あまりに大きな改革であるために、時間をかけて徐々に導入されることになっている(注)。

(注)経過措置として、2019年10月1日から23年9月30日までの4年間は、現行の「請求書等保存方式」に代って、「区分記載請求書等保存方式」が実施される。

 ここでは、現行の「請求書等保存方式」における記載事項に追加して、「軽減税率の対象品目である旨」と「税率ごとに合計した税込み対価の額」が記載された帳簿および請求書等の保存が仕入税額控除の要件とされる。

 また、23年10月1日以降は、免税事業者などの適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れであっても、

2023年10月1日からの3年間は、仕入税額相当額の80%

2026年10月1日からの3年間は、仕入税額相当額の50%

を仕入税額として控除することができる経過措置が設けられる。

 要するに、今後4年間は現在と同じにし、その後も6年間は免税業者からの仕入れの一部についても仕入税額控除を認めるということだ。

中間段階の免税業者が

取引から排除される

 インボイスが導入された場合の最大の問題は、中間段階の免税業者が取引から排除されることだ。

 こうなる理由は、つぎのとおりだ。

 広告会社Cが免税事業者だとしよう。そうであっても、これまでは、化粧品会社Aは仕入れに含まれる30万円を控除していただろう。

 しかし、インボイス方式では、できなくなる。

 同じような仕事ができる広告会社Eが課税事業者だとすれば、そこからの仕入れについては、税額控除ができる。

 したがって、化粧品会社Aは、ポスターの製作をCに発注するのでなく、Eに発注するだろう。

 つまり、Cは取引から排除されるわけだ。

 「これまでは免税業者でも、金券を発行できた。しかし、これからはその特権を奪われる。だから排除されるのだ」と考えると、分かりやすい。

 したがって、従来の販売価格のままでは、中間段階の免税事業者は一掃されてしまう。

 それを避けるには、免税事業者が消費税分を負担する必要がある。

 広告会社Cが販売価格を消費税分30万円だけ引き下げれば、収支はつぎのようになる。

 売り上げが300万円で、税込みの仕入れは242万円だ。したがって、残りは58(=300-242)万円となる。だから、人件費も切り詰める必要があるし、利益はゼロかマイナスになる。

 こうした事態は、社会的にかなり大きな問題を引き起こす可能性がある。

 ただし、実際には、以上で述べたよりも、込み入った複雑な事情がある。「インボイスの導入によって経済的弱者が困窮する」というような、単純な問題ではないのだ。

 この問題については次回に述べる。

(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口悠紀雄)

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