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「休まない上司」が部下の迷惑でしかない理由 「ブラック」な残業と「ホワイト」な残業の差

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2017/10/12 高野 孝之
上司が異常に働きづめると、部下にとってはプレッシャーになるだけです(写真:masa / PIXTA) © 東洋経済オンライン 上司が異常に働きづめると、部下にとってはプレッシャーになるだけです(写真:masa / PIXTA)

 いよいよ10月22日には衆議院議員選挙が行われますが、今回の解散総選挙に伴って、政府が当初に予定していた「働き方改革関連法案」の閣議決定は見送られることになりました。国としてこうした「働き方改革」の取り組みを続けていくことには、一定の意味があると思います。

 ただ、個別の企業で、社員がつねに働きにくいと感じるような「ブラック」な状態から抜け出すには、マネジャーの努力が不可欠です。拙著『超ホワイト仕事術』でも詳しく解説していますが、重要なのは、マネジャー自身の「休暇」と「残業」のとらえ方です。

「自分がいなければ回らない」というマネジャーは…

 年間の有給休暇の取得日数を見てみると、欧米では平均30日なのに対して、日本は10日です。有休消化率は年間有給休暇日数20日の50%、世界28カ国中で最下位です。

 休暇を増やすためには、まずマネジャー自身が思い切った休暇を、率先して取ることが必要です。マネジャーが休める職場では、メンバーも休みやすいのです。「働き方改革」とコインの表と裏の関係があるのが「休み方改革」。ドイツ語で休暇を表す「Ferien(フェーリエン)」は複数形しかありません。まとまった休みを取ることが休暇という意味だからです。働き方改革も大切ですが、この「休み方改革」も大切です。

 私は講演やコンサルティングで、「マネジャーこそ、自ら休暇を取りなさい」とお話ししているのですが、こう言うと、決まって「いや、自分がいなければチームが回らないから、休めない」と答える人が実に多いのです。でも、そうしたマネジャーの考え方にこそ「ブラック」な要素が含まれています。

 実際にやってみればよくわかることなのですが、マネジャーである自分が1週間や2週間休んだところで回らない仕事なんて、ないと思ったほうがいいでしょう。すべてとはいいませんが、大半の場合は、問題なく回るものです。

 部署のメンバーの能力を伸ばすことを行い、役割を明確にしていれば、業務は遂行できるはず。普段からそうした取り組みをしないで、何かちょっとしたトラブルが発生したときに「自分でしか解決できない環境」をつくっているのは、マネジャーとして決して有能とはいえません。

 言い換えれば、「たとえ自分が1カ月の長期休暇を取っても、何事もないように回る組織」をつくり上げることこそ、マネジャーの役割であり、価値なのです。日本の場合はフランスやドイツのように1カ月の長期休暇とまではいかないかもしれませんが、1週間や2週間の連続休暇を取る。これは、マネジャーとしての役割を果たしている証しです。

 また、マネジャーがいなくても組織が回る仕組みをつくるための重要なポイントは、まず自分の後継者を計画的に育てておくこと。そして自分がいなくても、メンバーが自立して仕事ができる状態にまで育て上げるということです。

「ブラック」な残業と「ホワイト」な残業

 「ブラック」な働き方の代表的なものといえば、残業です。残業が起こる理由は、一般的には次の2つに集約されます。

 (1)突発的な仕事が発生して時間外であっても対処せざるをえない
(2)残業をすることが前提となった働き方になってしまっている

 まず、前者の場合。これはどんな仕事をしていても、必ず起きる事態です。

 終業時間も間近になって、緊急に対処せざるをえない案件が発生した。あるいは顧客からのクレームが入り、大至急で対応しなくてはならない。こうした場合でも、就業時間を超えた仕事は、確かに残業ですが、これは削ろうとして削れるものではありません。相手がいることだからです。

 ただ、残業の目的や緊急性が明確なので、「もう時間外だから対応できません」という理屈が通じないことは、ほとんどのメンバーが理解できるはずです。想定外の事態であっても、チーム一丸となって迅速に対応する。そんな残業は、「ブラック」の対極にある「ホワイト」な残業といえるかもしれません。メンバーの中には「緊急事態をみんなで乗り越えた」という一体感やチームの団結力を感じる人もいるでしょう。

 残業はすべて「ブラック」なもの、すべてが悪であるというわけではなく、こうした「ホワイト」な残業もあるということは明確にしておきたいところです。

 さて、問題は後者の、いわば「構造的」な残業。これこそが「ブラック」な残業です。

 これはたとえば、だらだらと仕事をすることによって、本来なら時間内に収まるべき働き方をしていない、あるいは現状の人員に対してそもそも仕事量が多すぎるといった場合です。しかし、こうした状況で、マネジャーが残業しているメンバーに対して「彼は努力している」「彼女は組織に対して忠誠心の高い、大切な人だ」と評価することが往々にしてあります。

 こうした「構造的」な残業が多いことと、マネジャーがそれを評価する風潮があることが問題なのです。

 本来は、時間外勤務をせずに、与えられたミッションを就業時間内にきちんとこなして定時に帰るという人こそが評価されるべきです。あるいはマネジャーが「この仕事を計画に沿って遂行するためには、これくらいの能力の人が何人いる」ということを会社に対して提言し、それを実現するための努力を行うことが必要ではないでしょうか。

 「構造的」残業は、新たに人を雇わなくても、既存のメンバーが残業して仕事を回すという方法が、会社にとって最もコストが安いから起こります。つまり経済的合理性が高いということです。

 しかし、これはマネジャーの甘えに過ぎません。組織やチームに対して、本来なら行うべき正しいマネジメントや判断ができていないということだからです。したがって、「構造的」な残業が発生しているのであれば、それは基本的にはマネジャーの力量不足だということになります。さらにいえば、「サービス残業」を強いることは、当たり前ですが労働基準法違反です。この領域に踏み込んだら、「ブラック」であることは間違いありません。

 必要な人員を確保し、メンバーの能力を伸ばして、特定の人に負荷をかけなくても、残業しなくても、業務目標を達成する。これがマネジャーの当たり前の仕事です。

 ただし、短期間であれば、特別な負荷をかけて、あえて残業の協力をメンバーに依頼する場合もあります。たとえば、決算期直前になって、売り上げがどうしてもチーム全体の目標に足りない。2週間だけ総力を結集して働くことで目標を達成しよう、というケースです。

 その場合は、いま置かれている環境に対して、メンバーの十分な理解を得るために、「あと2週間で、これとこれとこれをやれば、この目標は達成できる」という明確で論理的な裏付けを示し、合意を得るプロセスが必要です。その場合、「構造的」ではありませんから、納得したメンバーにとって、その残業は「ブラック」に受け止められることはないはずです。

どんな人が「優れたマネジャー」なのか?

 私たちの生活における仕事の比重がいっそう高まり、仕事とプライベートのバランスがますます求められる現代では、どれほどの能力に恵まれたとしても、1人のマネジャーがすべての問題を解決することは不可能です。個人ではなく、優れたマネジャーと個性あふれる自立したメンバーが信頼し合い協力する組織でなければ解決できないのです。どんなに優れたマネジャーでも、メンバーが持つ能力をすべて備えているわけではありません。

 ですからマネジャーは、メンバーが自分の限界を取り払い、その潜在能力を存分に発揮できるようにすること。メンバーの成長と、その機会を増やすこと。チームの生産性を高めること。そのための自由闊達な働きやすい組織風土をつくることこそ、優れたマネジャーの真のミッションといえるのです。

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