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ノーベル賞の3割は発見でなく「新測定法」の開発に贈られる

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2017/10/11 三谷宏治
ノーベル賞の3割は発見でなく「新測定法」の開発に贈られる: 〔出所:the Hubble Deep Field Team and NASA〕 © diamond 〔出所:the Hubble Deep Field Team and NASA〕

新しい「ハカる力(ちから)」がこの世を推し進める

 この講座ではこれまで10数講にわたり「ハカる(測る・量る・計るなど)」ことの意義や力を、さまざまな事例とともに取り上げてきました。

 ペットボトル(第38講)、航空機事故(第52、53、54、55講)、ペンギン(第85講)、割り箸(第125講)、『火星の人』(映画『オデッセイ』、第132講)、日本語(第171講)などなど。

 2000億円が投じられたハッブル宇宙望遠鏡は、地上では持ち得ない分解能(像がぼやけない)を持つ「宇宙をハカる」装置でした。当時の4つの最先端課題(*1)に答えを出すためにつくられたのです。しかしその「これまで存在し得なかったハカる力」は、そんな想定を超えた成果をいくつも出しました。そのひとつが「初期宇宙の観察」です。

*1 「宇宙の大きさ」「クエーサーの謎」「最遠の天体」「太陽系外惑星の観察」

 宇宙でもっとも暗い宙域を覗き見たその1枚の画像「ハッブル・ディープ・フィールド(Hubble Deep Field)」は、われわれに大きな驚きを与えました。初期宇宙はこれほど多彩で華やかな世界だったのか、と。たった1枚の画像から400編もの論文が生まれました。ひとつの新しいハカる力が、400もの新しい発見を生んだのです。

 そして今年のノーベル物理学賞と化学賞は、いずれも「新しいハカる力」に対して贈られました。「重力波検出装置 LIGO」と「クライオ(低温)電子顕微鏡」です。

重力波検出装置LIGOは何が凄いのか

 2016年2月に米LIGO(*2)は「重力波の発見」を宣言しました。

 重力波とはアインシュタインが、自身の一般相対性理論(1914年)から理論的に導いたものです。重力は時空の歪みであり、それゆえ重力の変動は波として宇宙に伝播すると彼は主張しました。1916年のことです。しかしその重力波は、直接観測されるまでなんと100年を要しました。それがあまりに微弱なものだったからです。

 今回のノーベル物理学賞は「LIGO検出器および重力波の観測への決定的な貢献」に対して贈られています。単に重力波を発見したことでなく、その観測装置であるLIGO開発こそが革新だったからです。

 LIGOは、Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatoryの略、直訳すれば「レーザー干渉計重力波観測所」です。3名の受賞者のひとりでLIGO共同設立者でもあるレイナー・ワイス(Rainer Weiss)博士は、そのレーザー干渉計技術の草分けです。

 重力波観測のために不可欠な、微少な距離変化の測定方法をワイス博士はつくり上げました。特殊なレーザー干渉計を使ったLIGOは「地球から太陽までの間で、空間が水素原子ひとつ分ほど歪んだ」ほどのひずみを観測できる超絶的な感度を誇っています。

*2 1992年にカリフォルニア工科大学のキップ・ソーンとロナルド・ドレーバー(英語版)、マサチューセッツ工科大学のレイナー・ワイスが共同設立。

 今後、日本のKAGRA(大型低温重力波望遠鏡)などが稼働することで「重力波で宇宙を観る(*3)」重力波天文学の世界が切り拓かれていくのでしょう。

 空気にもチリにも何にも邪魔されない、この新しい視力(ハカる力)はわれわれに何を教えてくれるでしょう。

クライオ電子顕微鏡は生体で何が起こっているかを教えてくれる

 今年のノーベル化学賞はズバリ「溶液中で生体分子を高分解能構造測定するためのクライオ電子顕微鏡の開発」に対して贈られています。

 旧来の電子顕微鏡はどうしても、当てる電子線によって対象を歪めて(壊して)しまい、高解像度(=当てる電子線が強い)でタンパク質など生体分子を観察することができませんでした。いや、そもそも電子顕微鏡では対象を真空に置かなくてはいけないので、タンパク質など一瞬で干からびてしまいます。

 しかし、受賞者の3名が革新をもたらします。対象を上手に電子線から保護し、弱い電子線を当ててのぼやけた像からハッキリした像を得る計算式をつくりだしました。液体窒素(マイナス196℃)で冷やしたエタンを用いて急速冷凍することで、対象を壊すことなく(*4)生きたまま観察できるようになりました。

 このクライオ(Cryo=低温の)電子顕微鏡はこの数年、急激に性能を上げており、ほとんど原子サイズでの解像度を持つようになりました。それはつまり、タンパク質が生体中でどんな構造をもって、どう反応するのかが正確にわかるということです。

 タンパク質はその構造が命です。精製してすりつぶせば何の元素でできているかはわかりますが、その構造がわからなければ、なぜどんな反応が起こるのかわかりません。

 クライオ電子顕微鏡の誕生と発達によって、われわれはついに、ウイルスのひとつひとつがどう活動するのかや、特定のタンパク質がなぜ動き止まるのかを理解できるようになったのです。

日本人によるノーベル賞も多くがハカる力関係

 2000年以降のノーベル物理学賞と化学賞で数えてみると、なんとその3割弱は「発見」や「発明」でなく、「測定法」に対して贈られています。

*3 地球から約7億光年の範囲にある数十万個の銀河で起こる中性子星合体の重力波(年数十回)をとらえられる。*4 ふつうに凍らせると氷の結晶によって対象が壊されるが、急速冷凍により結晶ができない(ガラス化)。

 2002年ノーベル化学賞の田中耕一さんも受賞内容は「生体高分子の質量分析法のための穏和な脱離イオン化法の開発」でした。

 タンパク質の分子量をハカるために、イオン化する(気化してバラバラにし、かつ電荷を帯びさせる)のですが、ふつうにレーザーを当てると気化せず分解してしまいます。それを別のもの(保護材)と混ぜることで可能にしたのが田中さんの発明でした。

 同年の物理学賞は「天体物理学への先駆的貢献、特に宇宙ニュートリノの検出」。小柴昌俊博士は、カミオカンデ(神岡鉱山地下にある)の建設により宇宙から飛来するニュートリノを検出することに成功し、その栄誉を得ました。

 2008年に「緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見とその応用」で化学賞を獲得したのは下村脩博士。彼はオワンクラゲをひたすらすりつぶし(*5)、クラゲを光らせる物質GFPを抽出することに成功します。

 GFPは対象のターゲット遺伝子に挿入され、それが活動すると光る物質として利用されることになり、細胞機能の理解を格段に進歩させます。それまでは、全体をまとめて見るしかなかったのが、どの遺伝子がどこにあり、それらの活動により細胞がどうなるのか「見える」ようになりました。

 GFPは生物化学学者に強力な武器を与えたのです。

ハカる力を高めるために必要なことは何か?

 でも下村博士はGFP発見について「応用にはまったく興味がなかった」と語ります。彼はただ(オワンクラゲの)光る仕組みを解明したかっただけなのです。彼にその環境を与えたのは日本ではなく、米プリンストン大学でした。

 田中耕一さんが適切な保護材を見つけられたのは、「失敗」と「勿体ない」と「観察眼」のお陰でした。彼は保護材をつくるとき違うものを間違えて混ぜてしまい、でも高価な材料が勿体なくて実験はしました。そのとき現れたデータのズレは微少なものでしたが、熟達の実験者である彼はそれを見逃しませんでした。

*5 85万匹とも100万匹ともいわれる。

 小柴博士はカミオカンデ建設のとき、少しだけ余裕を持たせておきました。本来の対象以外のニュートリノも捉えるためです。費用は掛かりましたがその賭けは当たり、カミオカンデは16万光年彼方の超新星爆発によるニュートリノを捉えました。彼の定年退官5週間前のことでした。

 小柴博士は自称・落第生です。留学時、推薦状に自ら「成績は良くないが、バカではない」と書いて恩師・朝永振一郎博士(*6)にサインしてもらったとか。でも実験(ハカる)系の科目の成績だけは「優」でした。彼はそれを極めたのです。

 ノーベル賞を例にとって一般的な教訓を引き出すことは、きっと適当ではないでしょう。しかしやはりそこに見えてくることは「余裕」です。

 ハカる力の向上は、すぐには成果や効果につながりません。だからこそその開発には、個人や組織に(少しの)余裕がなくてはダメなのです。

*6 1965年 量子論の矛盾を解決する「くりこみ理論」によりノーベル物理学賞受賞。

参考・『「ハカる」力』三谷宏治(ディスカヴァー21)・「ノーベル物理学賞」「ノーベル化学賞」(Wikipedia)・「【速報&詳報】2017年ノーベル物理学賞受賞者が決定!今年はやはり重力波!」高知尾 理(日本科学未来館)・「時空のゆがみをつかめ 重力波観測、幕開け迫る 日経サイエンス」(日本経済新聞 2014.1.25)・「ノーベル化学賞を受賞した3人の研究者は、電子顕微鏡の革新で『未知なるミクロの世界』への扉を開いた」(WIRED 2017.10.06)・「新時代:クライオ電子顕微鏡による近原子分解能での解析」岩崎憲治(領域融合レビュー)・「GFPの輝かしい未来」(natureasi.com 2004.11.01)・「ノーベル化学賞の下村脩氏:100万匹のクラゲ捕獲、息子は有名ハッカー」(WIRED 2008.10.09)

(K.I.T.虎ノ門大学院 教授 三谷宏治)

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