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ヘリコプターで配るお年玉

JBpress のロゴ JBpress 2020/01/24 06:00 池田 信夫
(写真はイメージ) © JBpress 提供 (写真はイメージ)

(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 今年(2020年)の正月の最大のお年玉は、ZOZOの創業者、前澤友作氏がツイッターで告知した10億円のプレゼントだろう。これは彼のツイッターをフォローしてそのメッセージをリツイートした人の中から1000人をランダムに選んで年間100万円(毎月8万3000円)を贈るもので、当選者が1月19日に発表された。

前澤氏が「Twitterお年玉キャンペーン」の趣旨を説明したYouTube動画の画面キャプチャ © JBpress 提供 前澤氏が「Twitterお年玉キャンペーン」の趣旨を説明したYouTube動画の画面キャプチャ

 このお年玉企画は2度目だが、今年は彼がこれを「ベーシックインカム、前澤個人でやってみた」と書いたことが話題を呼んだ。このお年玉は厳密にはベーシックインカムとはいえないが、これに多くの人々が賛同した背景には、今の社会保障に対する不満があるのではないか。

ベーシックインカムには莫大な財源が必要

 ベーシックインカムとは、簡単にいうと、政府がすべての国民に定額のカネを払う制度である。政府が所得や年齢などの制限をなくして一律に払うことから、UBI(Universal Basic Income)ともいう。

 こういう提案は新しいものではなく、すべての人に最低所得を保障するという発想は産業革命のころからあったが、現在の社会保障では年金や生活保護という形で特定の人に支給している。

 しかし年齢を基準にして所得を再分配するのは不合理である。大富豪に年金を払って貧しい若者から税金を取るのは不公平だ、という発想から出てきたのがUBIである。

 これは全国民に死ぬまで支給する制度だから、1000人に1年間だけカネを配る前澤氏のお年玉はUBIの実験にはならないが、彼の発想はわかる。これは彼が一緒に宇宙旅行を計画しているイーロン・マスクや、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグも賛成している。

 その理由は、アメリカではITやグローバル化でホワイトカラーの雇用が失われ、所得格差が拡大していることだ。これ自体は避けられないことで、それを防ぐためにITを規制したりグローバル化を止めたりするより、経済活動は自由にして最低所得を保障したほうがいい、というのが彼らの発想だろう。

 日本では高齢化が急速に進んでいるため、社会保障が老人福祉に片寄り、若者との世代間格差が拡大しているが、これも今の賦課方式の年金制度を前提にする限り避けられない。

 これをUBIに置き換えるには、莫大な財源が必要になる。100万円を日本国民1億2600万人に支給するには126兆円の財源が必要になり、現在の社会保障給付の総額123兆円を上回る。

 だから本来のUBIを実現しようとすると、今の社会保障を廃止して、公的年金をUBIに置き換えるしかない。そんなことは政治的に不可能なので、UBIの話は財源の話で行き詰まってしまう。

「負の所得税」は実施されている

 しかしベーシックインカムの意味をもう少しゆるやかに考えれば、こういう制度は不可能ではない。その一つが、ミルトン・フリードマンの提案した負の所得税である。これは図のようにすべての人の所得税を一律に減税するものだ。

負の所得税とベーシックインカム © JBpress 提供 負の所得税とベーシックインカム

 今まで所得税を払っていた人は減税され、所得税ゼロだった人は給付金をもらう(マイナスの所得税を払う)。この給付金がBIと同じ役割を果たす。たとえばBIが100万円だとすると、所得ゼロの人は100万円の給付金をもらえるが、働いて所得が上がると給付金が減り、所得が課税最低限度を上回ると税金を払う。これは結果的にはBIと同じである。

 フリードマンの提案は(UBIと同じく)既存の社会保障をすべて税制で置き換えるものだったため、どこの国でも実現していないが、この考え方は既存の税をなくさなくても成り立つ。それが給付付き税額控除(EITC)である。

 これは所得税以外の税や社会保険料は変えないで、労働所得に限定して低所得者に税を還付するもので、カナダやイギリスやアメリカの一部の州で実施されている。

 これはUBIに比べると、所得税だけの修正なので規模が限られ、効率性や公平性で劣るが、政治的には容易である。日本でも消費税の10%への増税のとき、財務省が提案した。消費税の逆進性をなくすために消費税率をいじるのではなく、低所得者に税を還付して全体として所得分配を公平にすることは合理的だが、公明党が「わかりにくい」と反対した。

お年玉型ヘリコプターマネー

 UBIは所得ゼロの人の最低所得を保障するので莫大な財源が必要になるが、所得分配の不公平を是正するだけなら、もっと少ない財源でもできる。

 たとえば昨年、消費税の増税のとき実施されたキャッシュレス決済の5%のポイント還元のようなクーポンを配布することも考えられる。これは前澤氏のお年玉と同じ発想で、すべての国民に直接お年玉を出すのだ。

 そういう発想も、フリードマンがヘリコプターマネーとして提唱した。これは中央銀行が資金を銀行に供給するのではなく、直接ヘリコプターからばらまけばいいという話だ。もちろんヘリコプターは冗談だが、思考実験としては成り立つ。

 いま日銀の量的緩和が行き詰まっている原因は、いくら銀行にマネタリーベースを供給しても、資金需要がないのでそのお金が日銀に戻ってきて、日銀当座預金に「ブタ積み」になっていることだ。

 それなら銀行を通さないで、国民の銀行口座に日銀が直接お金を振り込めばいい。これなら一人10万円としても、12.6兆円ですむ。昨年末にまとまった補正予算ぐらいの規模である。

 これは小規模なBIなので、最低所得保障にはならないが、格差是正にはなる。そんなことをしたらインフレになると心配する人もいるだろうが、1回限りなら、それほど大きな影響はないだろう。

 しかし政治家がこういうお年玉が毎年出せると思うと、財政出動の規模がどんどん大きくなって、国債の暴落やインフレが起こる可能性もある。ヘリマネをコントロールするには、日銀政策委員会のような中立的な財政監視機関が必要だろう。

 マクロ経済的には、企業部門が200兆円以上の貯蓄超過になって金利がマイナスになっている今の日本の状態は異常である。今はその余剰資金を政府が使うことが合理的だが、この状態がいつまで続くかはわからない。

 だから財政支出を増やすとすれば、金利が上がってインフレになったらやめられる支出が望ましい。それが一番簡単なのは、お年玉のようなアドホックな支出である。これはUBIのような抜本改革にはならないが、マイナス金利を脱却する助けにはなるかも知れない。

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