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"億り人"が突然死すると親族に税だけ残る

プレジデントオンライン のロゴ プレジデントオンライン 2019/01/07 09:15 川口 昌人
写真=iStock.com/NicoElNino © PRESIDENT Online 写真=iStock.com/NicoElNino

パソコンやスマホ、インターネットを自然に使いこなす現代のシニア世代。資産運用もネットで行う彼らに突然「その日」が来たとき、本人にしか全貌がわからない「デジタル遺産」をどう把握するのか――。

「故人のパソコンを、解析してほしい」――

相続手続きの第一歩は、被相続人の資産の全体像を把握すること。そこで問題となるのが、ネット銀行やネット証券口座などの「デジタル遺産」の取り扱いだ。

パソコンのデータ復旧事業で業界シェア1位の、デジタルデータソリューション(東京都・中央区)。同社の「デジタル遺品調査サービス」には、こんな依頼が持ち込まれる。

「事故死した弟のパソコンと携帯電話を調べてほしい」「亡父が仮想通貨をやっていたらしいので、どのサイトで取引をしていたのか調べたい」「遺産を相続するために、ロックのかかったパソコンからデータを復元してほしい」「亡父の携帯を見ていたら、仮想通貨や株関連の検索履歴がたくさんあった。家族に内緒の取引があったらと心配で夜も眠れず、亡父のパソコンを解析してほしい」……。

動かないパソコンを修理して解析したり、スマートフォンの基盤のチップから直接データを読み込んだりと、海外の司法当局が犯罪捜査に使うような高度な技術を駆使するため、それなりの費用はかかる。パソコンの比較的簡単な解析で数万円、スマートフォンの場合は数十万円というのが目安だ。

「データの復元だけでなく、必要であれば時系列の行動記録など、裁判で証拠として使えるレベルの詳細なレポートも作成します」と言うのは、同社PR・IRグループの森恵子氏だ。「今のところは相続にかかわる案件より、メールや写真などの復元依頼のほうが多い状況ですが、お金がからむご依頼はやはりお客様も深刻ですね」。

取引や口座残高の全体像がつかめない

ネット銀行やネット証券以外にも、FX(外国為替証拠金取引)や商品先物取引、最近話題の仮想通貨など、パソコンやスマホで投資や資産管理をしている人は少なくない。名義人が死亡したときには、通常の口座と同様、取引先の金融機関や業者に連絡を取り、残高を把握するとともに清算等のその後の手続きを進めるのが基本だ。

問題は、パソコンやスマホにはたいていパスワードや暗証番号でロックがかかっており、故人がどこにどのくらいの残高の口座を持っていたのか、簡単にはわからないことだ。10カ月以内に相続税の申告を行わなければいけないことを考えれば、時間的余裕もあまりない。分割協議をまとめた後に残高の大きい口座が出てくれば、相続税の申告漏れだけでなく、相続人の間で遺産争いが燃え上がりかねない。

「大手の銀行や証券会社であれば、ときどき郵送される紙の書類をもとに連絡を取ることも可能ですが、実際にはご遺族も全貌を知らないケースがほとんどでしょう。FXや仮想通貨の業者の場合はやりとりがデジタルのみということも珍しくなく、紙の資料が見つからないリスクがあります」と言うのは、日本デジタル終活協会代表理事で、相続や「終活」に詳しい弁護士の伊勢田篤史氏だ。

仮想通貨口座は、とくにリスクが高い

とりわけリスクが高いと伊勢田弁護士が指摘するのは、仮想通貨だ。値上がりして評価額が多額となれば相続税の申告義務が発生する可能性があるし、一方で放置しているうちに値下がりすることもある。保有する仮想通貨を入れておく「ウォレット」の取り扱いにも注意が必要だが、取引している本人以外の家族は、現金化の方法すらわからないことが多い。

「たとえば『億り人』と呼ばれるような、億単位の仮想通貨を保有される方が亡くなった場合、税務調査などで巨額の相続税の支払い義務を指摘されるかもしれません。それなのに、遺族がUSBメモリのような『コールドウォレット』を誤って捨ててしまい、現金化できないということもありえます」(伊勢田弁護士)

FXやオンラインでの商品先物取引、証券の信用取引などでも、大きな損失が出たタイミングで相続が発生した場合には追加証拠金を払わなければならなくなる可能性がある。

「FXの場合、契約者の死後に為替が大幅に変動し、その相続人が最大100万円程度の追加証拠金を支払った事例があるようです。こうしたリスクの高い取引は、早く把握して決済してしまうのが望ましいですね」(伊勢田弁護士)

このほか、被相続人が契約していた有料サービスの解約、クラウドサービスに預けていたデータの回収、相続とは離れるが家族のデジタル写真などの回収なども、「デジタル相続」で考慮が必要なポイントだ。

「オンラインサービスは民法上はあくまで『契約』(債権)ですので、デジタル機器のような『物』の相続とは少し扱いが変わってきます。もしその契約が、故人だけがサービスを受けることができるという『一身専属』契約であった場合、当該サービスを遺族が引き継いで使うことはできません」(伊勢田弁護士)

▼主な「デジタル遺産」の要注意ポイント

●銀行・証券口座

どこの銀行や証券会社に故人のオンライン口座があるかを把握するのが大変。郵送物が手がかりになる例も。自動引き落としや積み立ての解約、信用取引の清算にも注意。

●FX(外国為替証拠金取引)

口座把握の難しさは銀行・証券と同様。株のような値幅制限がなく、解約のタイミングによっては損失が出る。大きな損失が出ていた場合、追加証拠金の支払いを求められる可能性も。

●仮想通貨

業者からの郵便物等がないケースが多く、口座の把握が難しい。所得税や相続税の申告、「鍵」を保存した記憶媒体「コールドウォレット」の扱いなど、注意すべき点が多い。

●その他

各種有料サービスの解約、クラウドサービスに預けたデータの回収など。相続とは離れるが、写真データやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)アカウントの整理も。

デジタル世代のエンディングノート

そもそも、本人が事前に家族にパソコンやスマホのパスワード、取引のあるオンライン口座などの情報を教えておけば、万一のときにもスムーズにことが進むはずだ。実際、日本デジタル終活協会では、『デジタル世代の引き継ぎノート』と題したエンディングノートを希望者に販売している。手持ちのパソコンやスマホのログイン情報、利用しているオンライン口座やSNSの一覧、自分の死後にそれらをどうしてほしいか、などがひととおり書き込めるようになっており、「最近、ホームページからの問い合わせが増えています」(伊勢田弁護士)。

もっとも、そうした情報を家族に渡すことに抵抗を感じる向きも少なくない。パソコンやスマホの中には、家族といえども見せたくないものがしばしばぎっしり詰まっているし、家族に内緒の投資をしているケースもある。そこにアクセスできるパスワード類は、当人にとっては教えたくない情報、家族にとっては聞き出しづらい情報、ということになってしまう。

「協会の『デジタル終活セミナー』でも前述のエンディングノートを書いてもらうのですが、受講生の方から『家族に見せたくないから書きにくい』と言われたことがあります。それでは意味がないんですが」と、伊勢田弁護士は苦笑する。

そこで活躍するのが冒頭のデジタルデータソリューションのような会社だが、こうした専門業者への依頼は、故人が隠したがっていた内容も含む「すべて」が、遺族に丸見えになることを意味する。「お金に関する情報を調べてほしいという依頼を受けて作業したところ、亡くなられた方の女性関係の情報がたくさん出てきてしまったこともあります。本人が消去したと思っている情報も、当社の技術では全部復元できてしまいますので……」(森氏)。

▼実際にあったパスワード解読・データ復元依頼の例

【CASE 1】家族に内緒で仮想通貨投資を?

夫が家族に内緒で仮想通貨投資をしていたらしいが、突然死亡してしまった。そのまま放置していたが、値上がりしているようなので相続したい。パソコンやスマートフォンを調べてほしい。

【CASE 2】几帳面だったから台帳があるはず

父の資産を相続するため、ロックのかかったパソコンからデータの復元を希望。几帳面な性格だったので、資産管理台帳を作っているはず。ネット証券、ネットバンキングのログイン情報も把握したい。

【CASE 3】隠し資産があるのではないか疑惑

経営者だった父が急死。死後、税理士との会話の中で、家族が知らない会社が登記されていたことが判明。隠し資産があるのではとの疑念があり、遺品のパソコンを解析してほしい。

【CASE 4】浮気相手とのLINEを確認したい

亡夫のスマートフォンのLINEメッセージの内容を、既読をつけずに確認したい。亡夫は浮気相手に資産運用を任せており、その浮気相手が税理士と結託して、資産を着服している可能性がある。

遺すべきものは、きちんと遺す準備を

一方で、さすがのプロにも解析できない場合もある。「スマートフォン、とくにiPhoneの6ケタのパスワード解除は難しいです。10回失敗して自動的に初期化されたものをご遺族の方が持ち込まれたケースがありましたが、その状態からの復元は当社でも不可能です」(森氏)。もしそこに「デジタル遺産」が遺されていたら、遺族には手の打ちようがない。

「見せたくないものがあるという気持ちは理解できますが、遺すべきものまで遺さないというのは、やはり問題だと思います」と伊勢田弁護士。「たとえば妻が夫に対し、『死んだらあなたのパソコン全部見るわよ』と言うのは1つの手だと思います(笑)。必要な情報をちゃんと伝えておいてくれれば、見てほしくない場所は見ないよ、という紳士協定を結ぶわけです」。

たとえば、パソコンやスマホのパスワード、さらに手持ちの口座一覧とそれぞれのIDやパスワードを、紙に印刷するかUSBメモリに保存。それを封筒に入れて封印し、「自分になにかあったらこれを開けて」と家族に渡しておく。「それが不安だという方は、土地の登記関係資料のような重要書類や家族へのメッセージと一緒に、銀行の貸し金庫に預けておくのはいかがでしょう」と伊勢田弁護士は言う。

これからが本番の、デジタル相続対策

「口座とそれぞれのIDやパスワードのリストを、デスクトップのわかりやすい場所のフォルダに入れておくのもいいでしょう」と森氏はアドバイスする。「見られたくないものはどこかのクラウドサービスにこっそり保管しておけば、私たちもタッチできません」

生きているうちに自分が死んだときのことをリアルに考えるのは難しいし、自分の老親にそれを強いるのはさらに気が重い。「2012年の経済産業省の調査によれば、30代以上の日本人の約64%はエンディングノートを知っていますが、実際に書いているのはその2%にすぎません。実際、2000件近い遺品整理の現場に立ち会ってきた知人ですら、完璧なエンディングノートは一冊も見たことがないそうです」と、伊勢田弁護士は言う。

だが、故人と遺族の両方の幸せを考えれば、互いが健康なうちに、こうした話をしておくべきなのだろう。

15年の『通信利用動向調査』(総務省)によれば、60代の日本人のパソコン保有率は53.2%、ネット利用率に至っては76.6%に達している。40代や50代では、当然さらに高い。そして彼らの多くはネット銀行やネット証券を利用し、人によってはFXや仮想通貨をパソコンやスマホで取引しているはずだ。

デジタル相続対策の重要性は、今後もいっそう高まり続けるだろう。

伊勢田篤史

弁護士

公認会計士。日本デジタル終活協会代表理事。慶應義塾大学経済学部卒。中央大学法科大学院修了。現在パートナー弁護士として弁護士法人L&A所属。弁護士の視点から「終活」を広めることを目指している。(写真=iStock.com)

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