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「円安は国益」の評価が一変した真の原因、円安効果の2つの間違い

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2022/05/12 06:00 野口悠紀雄
Photo:123RF © ダイヤモンド・オンライン 提供 Photo:123RF

 円安が加速する中で、日本銀行は「円安は日本経済全体ではプラス」と言い続けているが、人々の受け止めはそうではなくなっている。

 円安に対する評価が否定的なものに変わったのは、日本企業の海外生産比率が高まったことや輸出増大効果がなくなったからだという説明がされていることが多い。

 だがこの説明には誤解がある。今回の円安局面で円安に対する人々の評価が変わってきているのには、ほかの原因がある。

なぜ円安に対する評価が

変わったのか?

 これまでは、円安が日本の国益だと考える人が多かった。しかし、今回は、日本にとってマイナスだと考える人が多くなっている。

 円安が日本にとってマイナスだという認識は正しい。しかし、評価が従来から変わった理由については、奇妙な説明がされている。

 それによると、従来は製造業の生産が国内で行なわれていたので、円安になると輸出が増えた。それが日本経済にプラスの効果をもたらした。

 ところが、最近では日本企業の海外生産比率が高まったため、この効果がなくなったというのだ。

 しかし、この説明は2つの点で間違っている。

海外生産比率は10年前から同じ

最近はむしろ低下傾向

 第1の誤りは、海外生産比率が最近時点で高まったかのように言われている点だ。

 海外生産比率についてはいくつかの調査がある。その1つの「海外事業活動基本調査」(経済産業省、2020年9月調査)によると、全体で見ても、進出企業ベースで見ても、最近時点で海外生産比率が上昇しているという傾向は見られない。

 むしろ緩やかではあるが、低下傾向にある。

 2019年度の製造業現地法人の海外生産比率(国内全法人ベース)は23.4%で、前年度に比べて1.7%ポイントの低下だった。

 海外進出企業ベースで見ると、19年度は37.2%であり、17年度の38.7%より1.5%ポイント低下している。

 これは、アベノミクスによって円安が進んだため、海外生産の有利性が減殺されたためだ。

 海外生産比率がいま急に高まったわけではないことは、内閣府のレポート「企業行動に関するアンケート調査報告書」(2022年3月)でも分かる。

 これによると、図表1に示すように2021年の製造業の海外現地生産比率は22.3%だ(実績見込み)。

 輸送用機器では、海外現地生産比率は40%という高さだ。繊維製品や電気機器でも3割を超えている。

 海外生産比率は1980年代から2013年まで、ほぼ一貫して上昇し続けてきた。そして、比率が急激に上昇したのは、この調査でもアベノミクスの直前だ(12年の17.7%から13年の21.6%に上昇)。これは、いまから10年も前のことだ。

 アベノミクスが始まった13年には、すでに製造業の海外生産比率は21年とほぼ同じ水準にまで高まっていたのだ。だから、アベノミクスで円安になっても輸出が増えないことは分かっていたはずだ。

 アベノミクスで輸出が増えることを期待したのであれば、まったくの間違いだった。

 そして、実際、ドル建ての日本の輸出は12年に7986億ドルになってから、それを上回ることはなかった(20年は6413億ドル)。

90年代後半から円安のもと

貿易収支は悪化

「円安に対する評価が変わった」理由の説明には、海外生産比率の動向のほかにもう1つの誤りがある。

 それは、「これまで円安は輸出を増やしてきたから日本にとって望しかった」という説明だ。

 為替レートは、輸出だけでなく輸入にも影響を与える。日本にとっての問題は、輸出がどうなるかでなく、むしろ貿易収支がどうなるかだ。

 これについてのデータは、本コラム「日本の経常収支『赤字定着』の危機、円安スパイラル阻止は政治の最重要課題」(2022年5月5日付)で示した。

 日本の実質実効為替レートは、1970年代、80年代を通じて上昇を続け、90年代の中頃にピークになった。それ以降は円安方向への動きを続けている。

 これによって輸出は増えた。しかし実際は輸入のほうがより大きく増えた。そのために貿易収支が悪化した。

 なお、これはまだ日本企業の海外生産比率が10%台だった頃のことだ。だから、貿易収支が悪化した原因は海外移転ではない。原因はそうではなく、工業化に成功した中国に市場を奪われたことだ。

 日本の貿易収支は80年代の中頃までは黒字が増加していた。この時期は為替レートが円高になっていった時代だ。

 つまり、円高と貿易収支の黒字拡大が同時期に起きており、その後は円安と貿易収支の黒字縮小が同時に起きている。

 これは相関関係であって、どちらが原因でどちらが結果かを直ちに判断することはできない。

 ただし、円安になれば貿易収支の黒字が増えるという動きは、データではまったく裏付けられていないのだ。

今回の円安局面の特徴は

輸入物価高騰を転嫁できないこと

 では、円安に対する人々の評価が今回変わったのは、なぜか?

 今回の円安局面が従来と異なるのは、輸入物価の高騰による原材料価格の上昇を、企業が完全には製品価格に転嫁できていないことだ。

 これまでは、原価の上昇を製品価格に転嫁し、最終的には消費者に転嫁してきた。つまり、企業は、円建て輸出価格の増加による売上増だけを享受できた。

 そのため、利益が増えた。そのために円安が企業にとって望ましいと考えられていたのだ。

 しかし今回の円安局面では、輸入価格の上昇があまりに大きいこと、また、消費需要がコロナ禍で弱っていることなどのために、完全に転嫁できないでいる。

 一方で家計も賃金が増えない中で物価上昇に対する負担感が強まっている。

 こうしたことが人々の円安への評価が変わった原因だ。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)

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