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増える「二拠点生活」実践者に聞く5カ条

プレジデントオンライン のロゴ プレジデントオンライン 2018/07/12 09:15 高井 尚之

東京暮らしを続けながら、田舎のよさも満喫している人たちがいる。快適さの一方、支払わなければいけないコストもあるだろう。メリットとデメリットの両面を探ってみた。

温暖な八郷地区ではほとんど一年中作物が栽培できます

野島恵子(のじま・けいこ)

東京ではメーク、茨城では農業

「昔の私を知っている人は、こんな生活を想像できないと思います」

野島恵子さんはこう言って笑う。話を聞いたのは茨城県石岡市八郷地区(旧八郷町)。主要道路から一本折れた小道を上ったところに小屋があり、隣宅とは数百メートル離れている。ここは東京都練馬区に自宅がある野島さんの、もう1つの本拠地だ。

都会で暮らす人が地方にも拠点を持つ「二拠点生活」が増えている。住居を格安で貸し出すなど、受け入れに積極的な自治体も多い。「週末田舎暮らし」との違いは、両方が仕事や活動の拠点であること。「移住」よりライト感覚だ。野島さんも東京ではフリーのメークアップアーティストとして活動し、茨城では小規模な農業を営む。収穫物は通販でも販売する。

野島さんは大学時代から美容業界に憧れ、美容室で学生助手として働いてきた。卒業後は外資系化粧品会社勤務を経て、現在はフリーランスで舞台俳優や演奏家のメークを担当する。メーク相手に同行して全国を回ることもある。

なぜ、二拠点生活を始めたのか。「きっかけは5年ほど前に仲間数人と都内で始めた家庭菜園です。それが面白くなり、2年前に本格的にスタートさせました」

幸い、土地と建物はあった。亡くなった母親が陶芸活動のために造った小さな家が空いていたのだ。

「都内の家と茨城の家は、高速を使えばクルマで約1時間半。移動もしやすいのです。元気だった頃の母も早朝3時に来て、夕方には戻っていきました」

野島さんが農業にのめり込む一方、家庭菜園時代の仲間はそこまで踏み込まなかった。意識の違いをこう考えている。「毎日必ず作物の世話をしなければいけない、という意識を持ってしまうようです。実際は一定期間放置できる作物もあるのですが、そうした意識のハードルが高いのでしょう」。

こちらの生活にはヘビや虫の出現がつきものだが克服した。「田舎育ちの義兄が『飼っていると思えば気にならない』と言っていましたが、実際そうでした(笑)」。

気になる費用面は、東京の家も茨城の家も家賃の心配がない野島さんは恵まれている。農業を始めるにあたって農機具をそろえたり、井戸を掘ったりという費用はかかったが、以後は移動時のクルマのガソリン代、作物の種子、肥料代程度で済んでいる。最近は週1~2回往復しているので月11万円ほどかかるというが、頻度が低ければそれだけ安上がりにできる。

農機具の操作は、動画サイトで

現在は、ここで春はイチゴ、夏はトマト、秋はジャガイモやビワ、冬はネギなど、さまざまな作物に挑戦する。1人暮らしでフリーという仕事柄、繁閑はあるが、時間は捻出しやすい。

「農業をやるにはこの土地は最適です。冬がとても短く、気候が温暖なので、ほぼ一年中栽培ができます。山梨や栃木で農業をする知人もいますが、12月から3月半ばまで活動できません」

現在は「草刈り機の操作なら任せて」というほど上達したが、意外な“師匠”がいた。

「最初は動画サイトが役立ちました。現在は農機具メーカー作成の使い方動画や、個人が作成した操作動画があります。これを繰り返し視聴して安全面も学んだのです」

筆者はかつて、福島県で先祖代々の休耕田を再開した60代の知人男性(当時)に取材したことがある。東京ではスポーツ紙の編集局長だったが定年で退任。その後も編集委員を委嘱されて東京都内との二重生活を続けていた。取材時の次の言葉が印象的だった。

「近隣の農家の人は、作業内容でわからないことを聞けば親切に教えてくれますが、全体の流れを体系立てては教えてくれません。当初はなぜだろうと思ったのですが、やがて理解できました。長年の経験則で、問題が生じれば対応する手法だったからです」

動画で学ぶ野島さんの手法は、この当時から進化したと感じた。

八郷地区の近隣住民は親切で、作業時に声をかけられることもあるという。地域農協「JAやさと」も協力的で丁寧に教えてくれる頼もしい存在。そうした地縁にも恵まれたようだ。ただし、野島さんなりの学ぶルールがある。

「いい大人が、何の予備知識も持たずに聞くのは相手に失礼です。いまはネットを検索すれば情報が得られる時代。私なりに知識を深めてから具体的に聞いています」

東京での仕事をやりくりしながら好奇心旺盛に新たな栽培に取り組むがガツガツしない。「農作物はつくる人に似ると思います。ゆったり育てるのがモットー。かといって無視はしないで目をかける“ゆとり栽培”です」。今後は「農業の比重を高めつつ、茨城でもメークの仕事を始めたい」と言う。

長野では午前中に仕事を終えて温泉を楽しむことも

徳谷柿次郎(とくたに・かきじろう)

2年がかりで妻を「説得」

自分の意思で行動しやすい独身者に対して、家族がいると「同意」を得なければならない。夫婦2人暮らしで妻を説得して、東京と長野の二拠点生活に飛び込んだのが、WEBメディア「ジモコロ」編集長の徳谷柿次郎さん(35歳)だ。

「仕事柄、全国を飛び回りながら、東京と長野の人生を同時にフルパワーで進めている感じです。いまでは妻も理解してくれています」

大阪市出身の柿次郎さん(ペンネーム)が首都圏に住まいを移したのは26歳のとき。千葉県浦安市(2年)→戸越銀座(東京都品川区、4年)を経て、現在は三ノ輪(台東区)に自宅兼事務所がある。東京の家は60平方メートルで月の家賃7万5000円と格安で、仕事も順調のため、「勢いに乗って」長野市に2軒目の「賃貸物件」を借りた。まもなく1年になる。

東海道新幹線の終着点・新大阪駅近くで育った都会人の柿次郎さんが、長野県と縁ができたのは5年前。30歳のときの1人旅(4泊5日)だった。

「それまでインドア派だったのに、いきなり薪割りを6時間させてもらいました。大地と一体化して斧を振り下ろす、武道に似た快感。そしてローカル線・大糸線からの車窓の景色を見ながら、好きな音楽を聴いていたら鳥肌がたったのです。夜は満天の星をながめるなど、人生で知らなかった感動を30歳にして味わいました」

この体験が現在も編集長を務める“どこでも地元メディア”「ジモコロ」の創刊につながったそうだ。実益も兼ねた柿次郎さん、どう奥さんを口説いて移住に同意してもらったのか。

「大阪府内とはいえ田舎で育った妻は、街育ちの私とは田舎生活への“憧れ濃度”が違いました。ただ、幸いにも家で過ごすのが苦痛でないタイプ。仕事も事務系でしたので『働かなくてもオレが稼ぐから』と宣言しました」

でも、それですんなり移住……とはいかなかった。

「取材や遊びも含めて月2回程度長野を訪れ、友人に人を紹介してもらい顔を出す。夜は地元の飲み屋で情報収集、という生活を続けました。そのうえで妻を『旅費は出すから』と説得して、5回ほど一緒に長野へ連れてきたのです」

長野市は山間部に比べ寒さは緩く、雪も少ない。ロードサイドに大型店もそろう。近くに温泉も充実しているなど“魅力的なプレゼン”を行い、現地で実感してもらうことで奥さんの気持ちを軟化させたという。

時間をかけて現地情報を収集したが、物件探しには手間取った。実は長野の家は現代的な住宅だ。大手住宅メーカーの一戸建てで、家賃は月10万7000円。東京の家より高い。

「長野はプロパンガスの住宅が多く、この広さだと冬の光熱費は都市ガスの倍の3万円はかかるといわれていましたから、都市ガスの使える物件を探しました。寒さの苦手な妻に快適に住んでもらうため、最新設備の家に決めました」

実際に生活を始めると、宅配便の荷物の到着日に東京(あるいは長野)には不在。ごみの収集日が生活スケジュールに合わないなど、想定外の事態が続いたという。

「賃貸×賃貸」ゆえ、家賃だけで月に18万2000円かかり、移動時の交通費も長野と東京の往復新幹線代が1回約1万6000円(片道8000円)だ。長野在住時の移動はクルマなので維持費やガソリン代もかかり、月の生活費は約40万円。会社を経営して業績好調なので対応できるが、賃貸での二拠点生活はコストも倍増する。だが、それを上回る収穫も手に入れた。

「東京では片道50分の通勤がストレスでしたが、現在は自分でスケジュールを組めます。基本的に東京や地方取材では情報収集で動き回り、長野ではデスクワーク中心です。午前中に仕事を終えて、昼頃にクルマで10分の温泉施設に行き風呂ざんまい。出た後は食事も楽しめます。編集者という仕事柄、自然に近い安心感、クルマのない不便さなど企画の発想も広がりました。飲食業支援を行うなど、個人同士をつないでもいます」

田舎ではデスクワークがはかどる

2人のような「二拠点生活」の実践者に聞くと、表のような「5カ条」が浮かび上がった。それぞれ説明が必要だろう。

▼二拠点生活5カ条

(1)クルマか電車で2時間以内

増える「二拠点生活」実践者に聞く5カ条: 野島恵子●野島さんは東京生まれ、東京育ち。数年前まで農業とは縁がなかったが、現在は茨城県石岡市八郷地区で野菜や米を育てている。農地に隣接した小屋はロシアの週末別荘「ダーチャ」風だ。 © PRESIDENT Online 野島恵子●野島さんは東京生まれ、東京育ち。数年前まで農業とは縁がなかったが、現在は茨城県石岡市八郷地区で野菜や米を育てている。農地に隣接した小屋はロシアの週末別荘「ダーチャ」風だ。

(2)地域になじむ努力を行う

(3)素直に喜ばれる都会土産を活用する

(4)寒冷地は雪下ろしを覚悟

(5)現地でできる仕事に集中する

(1)二拠点目に沖縄や北海道を選ぶ人もいるが、時間と資金に余裕がないと頻繁に行けない。東京近郊なら茨城、栃木、群馬、長野、山梨。大阪近郊は兵庫、京都、岡山が一般的だ。

(2)は、地域の会合や祭りなどに積極的に顔を出すということ。柿次郎さんが企画して実現した地元の人たちが集まる飲み屋も、交流を深める場としては有効だ。

(3)は「都会風を吹かすようで……」とためらう人も多いが、野島さんによると東京土産などは素直に喜ばれる。老舗の和菓子や有名店のコーヒーなど「こちらにはない」と歓迎される例も多い。

(4)は、雪作業が苦痛な人にはお勧めできない。ちなみに筆者の知人が、冬に静岡県から山形県に赴任した際に言われたのは、「雪が降った翌日は、30分早く起きて屋根とクルマの雪下ろしをしなさい。最初にクルマのエンジンも温めておくように」だった。

(5)は、どこでもネットがつながれば仕事ができる。前述のスポーツ紙編集委員も、当時は同紙のオンライン記事の管理人を兼務していた。朝に田んぼで作業した後に戻り、ネットの内容をチェックしていたのだ。一般の会社員でも、雨の日や雪の日の現地は、逆にデスクワークがはかどると聞く。

二拠点生活の実践者は全員、「どうせ行うなら早いほうがよい」と話していた。農作業と同じでエネルギーのあるうちに鍛えないと、体力が衰えてからは厳しくなる。20代から田んぼに出ていれば80代でも働けるが、60歳まで都会で事務作業をしていた人が、いきなり農作業ができないのと同じだ。

一方、故郷で暮らす老親の世話という視点で“二拠点生活”をする人も増えてきた。この場合「いまさら故郷に戻りたくない」「自分の生活の範囲内で親を見守りたい」という意識がある。「長年離れて暮らした親子が、何十年ぶりに一緒に住んでも衝突するケースが多い」と専門家は指摘する。老親が介護生活に入る前の対応といえるが、仕事の出張のようなもの。同じ場所に頻繁に行く場合、最初はホテルに泊まっても、やがてマンションを借りたりするからだ。

今回紹介した事例は「働き方改革」や「副業」にもつながる。二拠点生活は意識の転換にも役立ちそうだ。

(撮影=永井 浩、小林直博)

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