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息子が働かない中国人夫婦のささやかな優越感

JBpress のロゴ JBpress 2019/01/23 06:00 宮田 将士
中国に住まう人々は、どのような日常を送り、どのようなコミュニケーションをとっているのだろうか。 © Japan Business Press Co., Ltd. 提供 中国に住まう人々は、どのような日常を送り、どのようなコミュニケーションをとっているのだろうか。

 政治面でも経済面でも存在感を増している中国。だが、その発展を支える個人の生活に目が向けられることは少ない。本連載では、2001年に中国で起業し、長年にわたって現地のコミュニティに溶け込んできた宮田将士氏が、「等身大の中国人」の心の内を描いていく。(JBpress)

息子が働かない!

 今年48歳になる張さんは、とあるオフィスビルで清掃のアルバイトをしている。以前は故郷の近くの工場の組立ラインで仕事をしていたが、その工場が倒産してしまったので、工場で知り合い結婚したご主人と上海にやってきた。ご主人はマンションの守衛の仕事で、張さん自身はオフィスビルの清掃のアルバイトで一生懸命働いている。

 張さんは18歳のときに結婚したので、息子さんはすでに27歳。張さんは、なんともう、おばあちゃんである。中国では、50歳にもなれば定年退職をして、年金や子供からの援助で、孫の面倒をみながらのんびり暮らすという人も多い。だが、張さん夫婦には、当分そのようなのんびりした暮らしはやってきそうもない。

 息子さんは、張さんにとってたった1人の子供。だから可愛いくて仕方がない。そのせいか、とても甘やかされて育った。

 そんなたっぷりの愛情が裏目に出たのか、この息子さん、定職についたことがない。お父さんのツテをたどってタクシーの運転手、いま流行りの出前サービスの配達員、ネットショップの店長など、いろいろやってみたが結局長続きはせず、家にいる。孫はまだ小さいので、息子さんの奥さんは子育てにかかりっきりで、仕事に出るのは今は難しい。

 なので、張さんと張さんのご主人が、息子さん夫婦と孫を養うことになる。

 仕事熱心で上司や老板(社長)からの評価も高い張さん。毎日身を粉にして働くご主人の奮闘もあり、収入は決して低くはない。だが、物価がぐんぐん上がる上海で、夫婦、息子夫婦、孫を養っていくのも、決して楽ではない。夫婦2人とも50近くにもなれば、なかなか転職というわけにもいかず、仮に新しい仕事が見つかったとしても、給料が今より高くなる保証はない。

 当然ながら、張さんのご主人の息子さんへの見る目は厳しく、親子喧嘩は絶えない。息子さんの奥さんからも、旦那が働いてくれないという愚痴を毎日聞かされる。そんな家族のプレッシャーを一心に浴びる張さんの心を知ってか知らずか、今日も息子さんは働く気配はないようだ。

悩みが渦巻く広場

 そんなストレスたっぷりの張さんの唯一の楽しみは、仲の良い友人たちと広場でダンスをすること。毎日夕方の4時になれば、近くの公園にはたくさんのダンスを楽しむ男性、女性が集まる。下は40代から上は70代まで、音楽にのせて皆が好きにパートナーを見つけて踊る。47歳の張さんはこの広場では若い方なので、皆の人気者。この広場で踊っているときだけ、張さんはちょっと幸せな気持ちになれる。

 広場の楽しみには、ダンスだけでなくおしゃべりも欠かせない。働かない息子に悩むのは張さんだけではなく、大きな甘えん坊に困っている親がことのほか多いことは、広場のおしゃべりで知った。そんな話をたくさん聞けば、張さんの心もちょっとは軽くなる。

 さらに、広場に集まる人達の悩みは、働かない子供だけとは限らない。いわく、

・息子の嫁と折り合いが悪い

・旦那の給料が低い

・子供の家の購入費用が足りない

・孫の学校の成績が悪くて良い学校に進学できない

・持病の腰が良くならない

と、人の悩みはさまざまだ。

 そんな沢山の悩みを聞くたびに、張さんは「自分はまだマシなほうかな」とちょっと思ってしまう。

・働かない息子のせいで、結果、息子の嫁とは意外に仲がよい(共通の敵)

・旦那はマンションの守衛の仕事をしていて、最近主任に昇進して給料が上がった

・家はすでに購入している

・孫はまだ学校には行っていないが、息子は学校の勉強はできたから、親に似ればなんとかなりそう

・自分も旦那も今のところ健康で、これといった持病もない

 冷静に考えてみれば、他の人に比べれば自分は幸せかもしれない。息子は相変わらず働かないけど、自分と旦那が働けて、しかもそこそこの収入があり、そして家族が皆食べていけるなら、それはそれで良いかもと考えてしまう。

 旦那や息子の嫁は、そんな張さんの「自分たちはまだ幸せ」という話を聞いて納得するわけではないけれど、この数年なんとなく生活することができているので、決定的な決裂にはいたっていない。

ささやかな優越感

 張さんは考える。

 もちろん、大人になって、しかも結婚もして子供もいるなら、働いて家族を食わせるのは男の務めかもしれない。息子が仕事を見つけて真面目に働いてくれればこんな嬉しいことはない。

 でも一方で、息子がやりたくない仕事を無理に続けてストレスいっぱいの毎日を送るのは、見るのも辛い。それならいっそのこと自分が働いたほうが良い。我ながら子離れがまったくできていないとは思うけど、広場仲間でもそんな風に思っている母親は意外に多いことを、張さんは知っている。

 今日も仕事が終わって家に戻ってみたら、旦那と息子が大声で喧嘩していた。何でも、息子がネットで商売をしようとその仕入れのための資金を旦那から借りようとしたのを、「そんな胡散臭い商売なんかしないで、真面目に外に出て働け!」と怒鳴ったところから始まったらしい。これもいつものことだが、2人の大声に驚いた孫が泣き出してお開きになる。

 息子はいつ働くのだろう、確かにそれは心配の種かもしれない。でも、最近はあまり気にならなくなってきた。自分たちが動けなくなってしまったら、息子はそのうち働くだろう。

 おしゃべりするたびに、自分よりもっと大変な人たちがいることを知る。自分は他の人よりマシと考えて満足するのは、健全ではないと分かってはいるけれど、広場ではそんなちょっとした優越感を得ることができる。

 あの広場がある限り、張さんは息子に厳しく「働け!」と迫ることはないだろう。

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