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高齢者の働き方改革を「昭和の価値観」で進める安倍改造内閣への不安

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2018/10/12 06:00 岸 博幸
高齢者の働き方改革を「昭和の価値観」で進める安倍改造内閣への不安: 内閣改造により閣僚の顔ぶれが一新されたが、安倍首相が早速打ち出した高齢者雇用の延長に関する指示は、不安を募らせるものだった 写真:首相官邸HPより © 画像提供元 内閣改造により閣僚の顔ぶれが一新されたが、安倍首相が早速打ち出した高齢者雇用の延長に関する指示は、不安を募らせるものだった 写真:首相官邸HPより

改造内閣の政策に募る不安高齢者雇用の延長に見る課題

 内閣改造により閣僚の顔ぶれが一新されました。日本経済の生産性と潜在成長率を高めるには改革(規制改革、地方分権)が不可欠ですが、安倍政権の過去6年間であまり改革が進まなかったことを考えると、安倍首相が最後の3年でどれだけ改革を進められるかが、日本経済の将来にとって非常に重要な課題となります。果たして内閣改造後の安倍政権で、改革は進むのでしょうか。

 まだ改造内閣は動き始めたばかりですが、改革という面では早速その先行きを不安視せざるを得なくなったように思えます。その理由は、安倍首相が10月5日の未来投資会議で高齢者雇用の延長に関して出した指示です。

 現在、高年齢者雇用安定法は、企業で働く人の定年は60歳を下回ることができないとした上で、定年延長や継続雇用(再雇用)などにより希望者全員を65歳まで雇用するよう、企業に義務付けています。その年齢を70歳に引き上げる方向を明確にしたのです。70歳を過ぎてからでも年金受給を開始できるようにする年金制度の改正とセットで進める方針のようです。

 年金制度の持続性を高める観点からは、実は受給者の選択で70歳からの受給を可能にするだけでは不十分で、将来的には年金支給開始年齢を70歳まで引き上げることが不可欠です。そうした現実を踏まえると、その前提として高齢者が長く働ける環境を整備するという政策の方向性自体は、非常に正しいと評価できます。

 しかし、その実現のための手段として、企業に定年や再雇用の年齢引き上げを強いることは、本当に正しい政策対応と言えるでしょうか。

 そもそも中小企業は慢性的に人手不足に喘いでおり、実際に政府に言われなくても70歳を超えた高齢の社員に継続して働き続けてもらっているところが多いと聞きます。つまり、高年齢者雇用安定法で70歳までの定年延長や再雇用を求める対象は、主に大企業ということになります。

 それは表現を変えて言えば、大企業の雇用慣行である終身雇用を70歳まで延長しようとしていることに他なりません。それは、もちろん高齢者の雇用促進という観点からはプラス面もありますが、経済全体を考えればマイナス面も大きいのではないでしょうか。

70歳までの定年延長・再雇用がそれほどハッピーではない理由

 というのは、当の大企業の観点から考えると、いくら再雇用の形で給料を下げても、高齢者を70歳まで雇用したら人件費が圧迫されるので、若い社員の雇用や賃金水準をある程度は抑制せざるを得なくなるからです。

 そうなったら、組織内の新陳代謝が進まない、若い優秀な社員を採用しにくくなる、若い社員のモチベーションが下がる、といった様々な悪影響が生じ、結果としてイノベーションの創出など、その企業の生産性向上の観点からはマイナスになりかねないのではないでしょうか。生産性の向上という政権の経済政策の目標とは相反するのです。

 また、高齢者の観点から考えると、高齢労働者の市場の流動化を逆に妨げることになることが予想できます。人間の行動には常に現状維持バイアスがあるので、給料が大きく下がるとしても長年働いてきた企業に70歳まで居られるとなれば、ほとんどの人はそれを選ぶはずだからです。

 その結果、常に人手不足と人材不足に悩んでいる中小企業には、大企業での豊富な職務経験を持つ高齢者を採用したいところが多いはずなのに、そうした人材が労働市場に出てこなかったら、中小企業の生産性を高めるという観点からもマイナスになるはずです。

 ついでに言えば、大企業での再雇用を70歳まで延長することは、当の高齢者にとっても必ずしもハッピーではないかもしれないことにも、留意すべきではないかと思います。

 その理由は、大企業での再雇用の大半は非正規雇用だからです。したがって、収入が大きく減ることに加え、スキルアップの機会も企業からはほとんど与えられないでしょう。つまり、高齢者が働く環境としてはベストとは言い難いのです。それよりも、必要としてくれる中小企業に移って正社員として働いた方が、働く環境としては幸せなのではないでしょうか。

 このように考えると、高齢者の雇用促進のためには、大企業にさらなる定年延長や継続雇用を強いるよりも、高齢者のスキルアップの機会を抜本的に増やすとともに、ハローワークの民営化などを通じて、中小企業の高齢者雇用ニーズを掘り起こし、就労を希望する高齢者とのジョブマッチングを手厚く行ない、高齢者の労働市場の流動化を促進する方が、望ましいのではないでしょうか。

昭和の雇用ルールを延長するのが「改革」と言えるのか

 ちなみに言えば、ちょっと前に経団連が就活ルール廃止という英断を打ち出しました。これは、グローバル化などの構造変化を踏まえ、いわば“社会人の入口”のあり方を改革しようとしたと評価できます。

 それなのに、どうやら今度は政府が主導して、新たな就活ルールをつくる方向へと向いているようです。それに加えて、政府はいわば“社会人の出口”である高齢者の雇用についても、70歳ルールを強制しようとしています。

 言葉を変えて言えば、政府の労働行政は「新卒一括採用・終身雇用」という昭和の時代の雇用ルールを延長・継続しようとしているだけに他なりません。しかし、グローバル化とデジタル化という世界的な構造変化に加え、人口減少や高齢化が進む今の日本では、もうそうしたルールは有効であるどころか、むしろ生産性向上の弊害となるのが確実だと思います。

 つまり、安倍首相が打ち出した高齢者の継続雇用の延長という方向性は、残円ながら、改革というよりもむしろ改革逆行となりかねないのです。

 とはいえ、今回の内閣改造の布陣を見ると、改革遂行よりも憲法改正と来年の地方統一選・参院選での勝利に重点が置かれているのは明らかですから、これからの3年で大きな改革の動きを期待すること自体、そもそも無理があるのかもしれません。

 それでも、何とか少しでも改革が進んでほしいと願う立場からは、改造後の新内閣が打ち出した政策の第一弾が終身雇用の70歳までの継続というのは、ちょっと厳しいと思わざるを得ません。

 もちろん、具体策の検討はこれからなので、その過程で政策の具体的な中身がどうなっていくかを、しっかり注視していく必要があると思います。

(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授 岸 博幸)

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