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小さな定食屋に“お手伝い”が全国から集まる理由

ITmedia ビジネスONLiNE のロゴ ITmedia ビジネスONLiNE 2017/07/20 アイティメディア株式会社
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 東京・神保町の駅から徒歩3分程のところにある定食屋「未来食堂」――。カウンターに12席あるだけの小さな店だが、2015年の開業当初から従来の飲食店の常識を覆す効率的な運営手法が話題となっている。

 どんな運営手法なのか、簡単に説明しよう。未来食堂のランチは日替わり定食の1種類だけ。そのため、オーダーをとる必要がなく、提供スピードも圧倒的に早い。客が席についてから1分以内に料理が出てくる。忙しいビジネスパーソンなどからは使い勝手が良いと評判で、リピーターが多いという。また、店側としても、その日に使う食材が絞られるためロスが少なくて済むメリットがある。

 「日替わりとはいえ、メニューが1種類だけでは飽きられるのでは?」と思われたかもしれない。実は、未来食堂では同じメニューを再び提供することがない。ハンバーグや卵焼きといったいわゆる“王道”の定食メニューについては繰り返し提供するが、それでも2カ月以上の間隔が空く。基本的には、毎日新しいメニューを楽しめるのだ。

 また、ディナータイムは、日替わり定食に加え、おかずを自由にオーダーメイドできる「あつらえ」というシステムを提供している。メニューの代わりに用意された「本日の冷蔵庫の中身リスト」の中から食材を選び、自分オリジナルの定食を食べることができるのだ。こうした斬新な発想で客の人気を集めており、開業以来、黒字経営を続けている。

 注目されている理由はこれだけではない。本題はここから。

 未来食堂は従業員を1人も雇っていない。店を回しているのはオーナーの小林せかいさんと、“お手伝いさん”だけなのである。未来食堂には、50分間店の手伝いをすると、1食が無料になる「まかない」という仕組みがあり、このまかないを利用する「まかないさん」によって日々の運営が回っているのだ。

 しかも、小林さんによれば、まかないさんが店に来ない日はほぼなく、国内外から年間で約450人が手伝いに来ているという。

 一体なぜ、小さな定食屋に多くの人が手伝いに来るのだろうか。その秘密を、小林さんに話を聞いた。

●昔からあった「お手伝い」を仕組み化

――数多くの飲食店がある中、「50分の手伝いで1食無料になる」だけで、どうして国内外から450人以上も「まかない」に来るのでしょうか。

小林: 無料で1食を食べたいというより、飲食店を開業したい人などが何かを学ぶ目的でまかないに来ることが大半です。その1食無料券を誰かのために未来食堂に置いていく方も多いので。

 未来食堂が学びの場になっている背景には、いくつかの理由があります。1つは「誰でも自由に働ける(お手伝いができる)」仕組みにあります。

 例えば、「1年だけ勉強のために働きたい」という場合、多くの飲食店では面接で不採用になります。お店は長期間戦力なってくれる人を採用したいわけですから。私も未来食堂を開業する前、飲食店で経験を積もうと思い、さまざま飲食店の面接を受けましたが、「短期間では使い物にならない」と断られました。

 しかし私は、その考え方に疑問をもっていました。働きたい、学びたいと意欲を持っている人が役に立てないなんておかしい。本当は1カ月間だけでも、いや、1時間に満たなくても役に立てるはずだと。

 そこで未来食堂では、50分単位でも働けるようにしようと考えたのです。働きたい人は未来食堂の公式Webサイト上から、自分が参加できる日時(他のまかないさんがシフトに入っていない日時)を確認することができ、手軽にシフトを予約することができます。本人が希望すれば2〜3時間ほど働くこともできますし、月1回くらいのペースで50分だけ働くこともできます。また、飲食店の経験がない人でも参加できます。

 この話をすると、「使い物にならない人が来たらどうするの?」という質問をよく受けますが、どんな人にもできることが必ずあります。また、セキュリティ上詳しくは話せませんが、悪意のある人が来ないための工夫もしています。

 飲食代の代わりに、あるいは勉強のためにお店で手伝いをすること自体は昔からあって、特に目新しいことではありません。しかし、これをきちんと仕組み化した飲食店はほぼ皆無でした。仕組み化して参加しやすくしたことで、そのニーズに応えることができ、結果として未来食堂には多くのまかないさんが来てくれるようになりました。

●やりたいことだけを任せる

――まかないさんは何を学びに来ているのでしょうか。

小林: 料理や接客、掃除、全体のオペレーションなどさまざまです。ただ、はじめから「これをやりたい」と意思表示するというよりも、どちらかというと学びたいことを明確化するために取りあえず一度やってみようという方が多いですね。

 何度かまかないをすると「これをやってみたい」というイメージが湧いてくる人もいます。未来食堂ではそこをきちんと拾って、やりたいことをやってもらっています。

 もちろん、やってみたいことをうまく言語化できない人もいます。そういうときは、その人の行動や態度から察して、私からさりげなくアプローチをします。「これ、やってみませんか?」といった具合に。

 関心があることは行動に出てくるものなので、まかないさんの行動や反応はかなり注意をして見ています。50分の間に、いかにその方の関心を見つけてやりたいことをやってもらうか、それは未来食堂に来てくれたまかないさんに対する私の責務だと思っています。

――まかないのやりたいことを尊重するのはどうしてですか。

小林: こちらが指示したことだけしか任せてもらえない環境では、また来てみようという意欲がなくなるからです。ですから未来食堂では、一般的な飲食店のように「まずは皿洗いを完璧に覚えてから」みたいなことはしません。本人のやりたいことを必ずやってもらいます。

 例えば、料理に興味がある人が来たとします。しかし、その人は接客が得意で、料理が不得意です。この場合、店としては取りあえず接客を任せた方が生産性は高いですよね。ただ、そこで料理を経験させてもらえなければ、その人はもう未来食堂でまかないをしなくなるでしょう。もちろん、料理が全くできない人に厨房を全て任せることはありませんが、例えば野菜を切ってもらうなど、出来そうなことから少しずつ任せていきます。

 一般的な飲食店では、スタッフに不得意なことを積極的に任せたりしません。しかし、未来食堂なら不得意な分野にも挑戦できます。これが、まかないさんが集まる要因の1つだと考えています。

 もちろん、未来食堂にとっても大きなメリットがあります。やりたいことを任せる方が、関係性が続くからです。結果として戦力になります。まかないをリピートしてもらう方が、未来食堂側としても助かるので。

●まかないのリピート率が高い理由

――まかないさんのリピート率は高いのでしょうか?

小林: そうですね。7〜8割はリピーターです。リピートしてもらうためには、前述したようなことに加えて、「変化し続けるお店(学び続けられるお店)」であることも大きなポイントになります。毎回やること、学ぶことが同じでは、またここに来ようとは思いませんよね。

 例えば、料理。日替わり定食をやっていますので、毎回違うメニューに挑戦できます。決してルーティーンワークになることはなく、「次も新しいことを学べる」と思ってもらえる環境を提供しています。

 また、リピートしてもらう上では、居心地も大切です。いくら学びがあっても精神的に苦痛を感じる環境では続きません。些細(ささい)なことですが、私はまかないさんに手伝ってもらった1つ1つの作業に対して「ありがとう」と必ず言います。まかないさんの中には「自分は役に立っているか、迷惑をかけていないか」と不安に感じる人もいます。その不安を取り除くために、役に立っていることをきちんと伝えることが大切なのです。

 これはどんな仕事にも言えることですが、リーダーや上司の人が「あなたのおかげで、〇〇ができました」と感謝の気持ちを伝えるだけでも、一緒に働くメンバーは気持ちよく仕事ができるようになり、頑張ろうというモチベーションになれるのですから。

 「部下だから、報酬を払っているからやってもらうのが当然」と思うのではなく、感謝の言葉や振る舞いが仕事を進めていく上で何よりも大切なのだと思います。

●マニュアルを作らない理由

小林: もう1つ、リピートしてもらうために重要なポイントとなっているのが「マニュアルがない」がという点です(※服装や接客マナーなどの最低限のマニュアルは存在する)。

 全くの未経験者にはやり方を教えますが、店内の拭き掃除や皿洗い、食器の片付け方、調理方法などは、基本的にはまかないさんに裁量に与えて、工夫しながら動いてもらうようにしています。

 「正解はないので、自分なりに工夫してやってみてください」というと、まかないさんもやる気が出てきます。どんな単純な作業でも考えながらやることで面白くなりますし、自分が店づくりに貢献していると思えるため、モチベーションが高くなるんですね。

 また、マニュアルで「正解」をガチガチに固めず、創意工夫の余地を与えることで私自身も新しい発見を得ることができます。例えば、閉店後の掃除。掃除する場所をあえて指定せず、まかないさんが気になる箇所を掃除してもらうようにしているのですが、人によって気になる箇所も違ってくるので、私も気付かなかった場所をきれいにしてくれることも多いのです。

 ITの世界でよく使われるオープンソースのように、外部の人間(まかないさん)が参加することによりアップデートし続け、徐々に完璧なマニュアルを作っていけば良いと考えています。

 いろんな知恵を集めることができるので、私が1人で作るマニュアルより、絶対にいいものになるわけですから。しかも、まかないさんもモチベーションをもって主体的かつに取り組めるので一石二鳥です。これからも、まかないさんたちの力によってお店を進化させていきたいです。

――最後に、未来食堂の今後の展開について教えてください。

小林: 多店舗展開など事業を拡大させることに興味はありません。目的は「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所を作る」という未来食堂の理念が広く知れ渡ることです。

 そうすることで、飲食店という業態に限らず、何かしらの形でその理念を実現しようとする人が現れてほしいと思っています。理念のバトンを渡していくことが、私の役割なのです。

(鈴木亮平)

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