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成城石井とは正反対の戦略で大成功…地味な高級スーパー「紀ノ国屋」がV字回復を遂げられた理由

プレジデントオンライン のロゴ プレジデントオンライン 2022/11/24 17:15 座安 あきの
那覇市のデパートリウボウで開催された特別販売会。看板商品のアップルパイは60年以上のロングセラー商品 © PRESIDENT Online 那覇市のデパートリウボウで開催された特別販売会。看板商品のアップルパイは60年以上のロングセラー商品

過去最高「1日1000個」の売り上げをたたき出す

店内奥に設置された2台のオーブンから、甘い香りが漂ってきた。午前10時の開店からわずか30分。売り場前面の一等席に陳列されたアップルパイ(税別800円)の山がみるみるなだらかになっていく。

高級スーパー「紀ノ国屋」が沖縄初となる「特別販売会」を那覇市のデパートリウボウでスタートさせた9月2日、開店前までに焼き上げた最初の150個が、あっという間に客のカゴの中へと吸い込まれていった。

沖縄は、知る人ぞ知るアップルパイ王国。米軍統治時代の名残で本場アメリカの味に慣れ親しんだ県民は「アップルパイ」と聞いただけで、心躍る。紀ノ国屋が米軍基地内の職人を招き入れ、直接手ほどきを受けたレシピを受け継ぐという名物は「60年以上のロングセラー」を掲げ、販売会の看板商品に据えられた。

この日だけで販売個数は1000個を超え、それまでの最多だった1日600個の実績を大きく上回って過去最高を記録。その翌日から、沖縄は台風に見舞われ、2日間集客が思うようにいかなかった。にもかかわらず、10日間を通した販売総数は5100個に上り、紀ノ国屋の販売会史上1位の結果となった。

売れ行きの勢いに急ぎ追いつこうと、厨房に立ち続けた副社長・髙橋一実さんの腕には、あちこちに火傷(やけど)の水ぶくれができていた。

沖縄で成功しなければ、海外進出などできない

「沖縄でアップルパイ1日1000個、達成させます」

1年前に沖縄での販売会企画が持ち上がったとき、社員に向け、真っ先に数字を明示して打ち立てたのが、沖縄での記録更新だった。髙橋さんは以前勤めていた別のスーパーで、沖縄進出の責任者を務めていた経験がある。陸路のない閉ざされた商圏。

食文化や好みの傾向が本土と大きく異なるだけでなく、人材の採用、物流コストの負担や製造工場の不足など、流通業の課題が詰まった独特な地域。ここでの目標達成には、他の地域とは異なる“筋肉”が必要だということを痛感していた。

「工場から送った商品が予定通り店に届くのか、製造拠点をどうするのか、協力できる企業と出会えるか、そして何より、紀ノ国屋の商品を買ってもらえる土壌があるのか」

一つずつハードルを乗り越える感覚をつかみながら、その先にイメージしていたことがある。紀ノ国屋の、アジアへの進出だ。数年以内に、シンガポールやベトナムなどの東南アジアにフランチャイズ(FC)店舗や工場を作り、商品を供給することを検討している。

「沖縄で課題がクリアできなければ、海外で通用するはずがない。沖縄はアジア進出のために通らなければならない重要なステップの一つ。1000個超えを達成できた意義は大きい」

沖縄の販売会では、アップルパイ以外の商品でも全国トップの記録的な販売結果が次々と出た。おはぎやどら焼き、ドレッシング類などが「驚くほど売れる。逆に言えば売れ行きの悪いものがない。見ていてわかります。ここの地域の方々は、食に対する関心がものすごく高い」

こんな思いもよらない発見と出会いの連続が、紀ノ国屋スタッフの、まだ知らない地域への出店意欲を駆り立てるのだという。

「北野エース」から紀ノ国屋の立て直しへ

紀ノ国屋は東京都・青山を本拠地にする高級スーパー。日本で初めてショッピングカートやエコバッグを導入したスーパーとして知られるが、近年、高質なプライベートブランド商品を強みに、自家製の惣菜、パン、スイーツ、雑貨など多岐にわたる品揃えで認知度をさらに広げている。

2010年にJR東日本が買収して以降、従来の都心を中心とした路面店に加え、駅ナカ・駅ビルへの出店を進めてきた。神奈川や千葉など駅ビル20店舗のほか、この3年間で大阪や京都、広島、名古屋にも進出し、現在41店舗を展開している。

改革を主導する髙橋さんは、兵庫県のスーパー「北野エース」の出身。1988年にエースに入社し、本店店長、首都圏事業部長などを経て専務まで務めた。27年間にわたってスーパーのあらゆる現場で実践を踏んできた、プロ中のプロだ。2015年に退職したのを機に、紀ノ国屋買収後の展開に悩んでいたJR東日本から直接、立て直しのオファーを受けた。

高額商品が売れないまま放置されている

当時の紀ノ国屋は、表向きは上質なブランドイメージや高所得層の顧客を持っていたが、実態は赤字経営が続き、「店も昔からの流れで、ただ高額な商品が売れないまま置かれていた。ものをつくる力、売る力が欠落している状態だった」(髙橋さん)。

駅ビルの上質化を図りたいJR東にとって、集客エンジンを担う高品質スーパーを自社で展開しようという狙いがあったはずだが、想定以上に改革の難易度が高いことに頭を抱えていた。髙橋さん自身、「競合他社にいながら、紀ノ国屋がうまくやれていないことを憂いていた」というほど、当初から“難工事”になることは十分予想できた。

それでも複数の企業からの誘いを断り、改革の最前線に立つこと決めた髙橋さん。「好きにやらせてもらえますか」と条件をつけた上で、「結果重視」「単年契約」を引き受け、「3年で黒字化できますか」という経営幹部の問いに、「大丈夫です」と断言して応じた。

背中を押したのは、3つ年下の弟のこんな一言だったという。「赤字の会社なら、兄貴に向いている。兄貴なら、絶対おもしろいことができる」

どうやって「V字回復」を果たしたのか

1年目から不採算店を閉め、主要取引先を総入れ替えし、人員配置を変え、1カ月単位、1日単位で自身に課した改革スケジュールを着実に実行に移していった。それまでほぼ実績のなかったプライベートブランド商品の製造開発を改革の柱に据え、新商品を次々投入。2年目には、都心屈指のマーケットを有するJR吉祥寺駅への出店を皮切りに、立て続けに9店舗をオープン。3年で約束のV字回復を達成し、業界をアッと驚かせた。

その髙橋さんが、関西方面への新規出店と合わせ、2020年3月から事業戦略の柱として本格化させたのが、地方各地の百貨店やスーパー内に期間限定で出店する「特別販売会」だった。新型コロナウイルス感染急拡大で自粛ムードが広がりつつあったが、あえて計画を推し進めることを決めた。

「お客さまが来られないなら、こちらから出向いていくしかない」。髙橋副社長を筆頭に、自社開発したオリジナル商品を引っ提げ、20~30代の若手スタッフで構成する専任チームが地方から地方へ次々と移動しながら未開拓市場の掘り起こしに走った。

「商品を自慢するのは…」と遠慮してはいけない

販売会は1拠点7~10日の開催。年間52週あるうち、2020年は20週、21年は30週、そして22年は32週へ拠点数を増やしてきた。評判が評判を呼び、リピート開催や新規の出店依頼が絶えない。来年も30週前後の開催を見込み、スケジュールは早々と埋まりつつある。

「都心はモノがあふれすぎていて、本当の価値がわからない、あるいは気づけないまま、次々と移り変わっていき、古いものはどんどん潰れていく。ところが、全国を歩くと、紀ノ国屋を知らない人のほうが圧倒的に多い。価値を見出してもらえる土壌は、まだまだたくさんある」

7年前に髙橋さんが紀ノ国屋に入った当初、社内では「いい商品を売っていても社員がそれをあえて口にすることはしない。そんなことはお客さまがよく知っていますから、という雰囲気があった」と振り返る。そんな社員に髙橋さんはこう説いたという。

「いや、これは自慢じゃないんだ。お客さまに知ってもらえた商品価値を、次に買いに来てくださる時にはさらに上げておかないといけない。『今度はもっといい商品をつくって持ってきますからね』と、期待を裏切らないようにするための約束と自覚なんです」

成城石井は確かに最強ライバルだが…

こだわりの商品開発や品揃えを得意とし、一般に「高品質」や「高級」とカテゴライズされるスーパーは他にもある。紀ノ国屋はどんな特異性を発揮しようとしているのだろうか。

髙橋さんが紀ノ国屋の改革に携わって7年の間に、同社の売上高は15年度の164億円から21年度は245億円となり、約1.5倍に拡大。来店者数は年間累計914万人から21年は1480万人にまで増えた。自社開発商品は現在約1650点あり、新しい商品が次々と生まれている。

「うちは商品を自社でつくれることが強み。ただし、ちゃんとした価値あるものをつくらなければ、そのコスト自体が経営の重石(おもし)になっていくことは明らかです。付加価値の高い商品を、価値のわかる人に買っていただける関係性を築いていく。その大切さをスタッフと共有したいと思っている」。髙橋さんはそう言って、こう付け加えた。

「その点、成城石井さんはそれが十分にできているからこそ、最強のスーパーと言えるんですよね」

「正反対の戦略」だから成功した

商品の企画から製造、販売までを一貫して自社で手掛ける、いわゆる「製造小売型」スーパーは、紀ノ国屋をはじめ、元祖といわれる明治屋や、成城石井など有力スーパーがそれぞれの強みとして、しのぎを削っている。中でも、成長著しい成城石井は、売上高1000億円超、店舗数も200店近くに上り、数カ月以内の株式上場を控える。髙橋さん自身も認める、まさに「最強ライバル」だ。

「そう。あちらは唯一無二のブランド。でも、同じ土俵で闘うと、みんな“成城石井化”してしまう。だからうちは同じ製造小売でも路線を変えて、自分の土俵をつくっていく。紀ノ国屋は、店をたくさん出して生き残る生態系を持っていないと思っています」

一体、どういうことだろうか。

成城石井は上場による資金調達などを通して、さらに規模のメリットを追求していくとみられる。同社の3000点近くあるオリジナル商品も、チェーン店のように売り先を増やすことで、販売効率を引き上げ、さらに収益を高めることができる。そうなれば、素材にこだわった自社商品を手頃な価格で販売できるという、「上質なディスカウンター」としての存在感はいっそう高まっていくだろう。

これに対し、紀ノ国屋は、新規出店によってブランド認知を広げるのとは「逆の方向性」を目指しているという。

「地域産品+紀ノ国屋ブランド」で勝負

「うちのような小さい会社にとって、これからの新規出店は資金面、人材、在庫管理、どれをとっても非効率になりかねません。だから、安く売らないぶん、付加価値をしっかり上げ、サービスを追求していく。自分たちで売れ筋をつくり、店舗でその価値を最大限に表現していく。今後はセントラルキッチンを強化して、自社店舗と商品卸の掛け合わせで、ブランド価値を高めていきたい」と語る。

店舗出店は全国で13~14都市程度にとどめ、それ以外の30~35の市や地域では卸・FC販売をメインにする。各地の提携企業とアライアンスを組みながら全国津々浦々、海外各地に毛細血管を張り巡らせるように「紀ノ国屋ブランド」をオリジナル商品に乗せ、浸透させていく方針だという。

この3年間、全国をめぐってきた「特別販売会」は結果的に、その独自ネットワークを築くための下準備に位置付けられた。マーケティングであり、パートナー企業の発掘であり、地域に埋もれる素材探しの旅になった。そこから生まれる新たな“逸品”の数々は、100年企業のさらなる進化をうながす源泉となって、企業の成長を引っ張っていく可能性がある。

京都のカステラ、北海道のカシス、瀬戸田レモン…

開発事例をあげると、京都出店に向け発売したのは「京仕立ての台湾風カステラケーキ」。当時東京で人気を集めていた台湾カステラをヒントに、地元京都で人気のカステラ店と共同で商品開発。見た目、風味、食感ともに台湾カステラを超える新たなスイーツとして話題になり、発売から連日行列ができる大ヒット商品に。1年半の京都店限定販売を経て、全国の販売会で売られる定番の催事商品に加わった。

札幌で出会ったのは、北海道黒松内町のカシス農家。農薬や化学肥料を一切使わず、町内産の堆肥や油かすのみで栽培した果実の品質、風味の良さに惹かれ、既存のカシスジャムをリニューアル。この農家と全量買い付けによる原料供給で契約し、現在、紀ノ国屋プライベートブランド「ALL国産 カシスジャム」として販売している。

そして、広島で魅せられたのは、貴重な国産レモンで知られる「瀬戸田レモン」の特別なおいしさだった。生産量が少なく、当初は入手困難とされたが、紹介者を通して生産者とつながり、原料調達を実現。「瀬戸内レモンパイ」、「広島レモンカステラ」などを広島店開業に合わせて商品開発し、連日完売となる新たなヒット商品が誕生した。

「Made in Japan」だけでは成功しない時代

素材の特徴やメーカーの持ち味を表現するこうした「産地」のブランディングは、海外展開を見据える上でも、特にこだわりを極めようとしている分野だ。単なる「国産」「Made in Japan」では足りない。原料原産地や供給地域にある工場で生産し、全国に届けることができれば、それ自体が価値になる、とみる。

「名物のアップルパイも、ゆくゆくは北海道産の原材料にこだわり、北海道の工場でつくり、北海道産の商品として海外に出していきたい」と、今後の計画を明かした。

紀ノ国屋が大切にする商品開発の「軸」は、「高級なもの」ではなく、「毎日食べて飽きないもの」にあるという。

「話題のものに飛びついたとしても、人は古き良き時代の『おいしいよね』というベーシックなところに必ず戻ってくる。身近にある長く愛されているものを、作り手の考え方や形は変えず、原料を見直したりして少し上質なものにしていく。現代に合わせてどのようにリメイクするかを常に考えています」

同社が全国各地で素材の発掘やメーカーの開拓を急ぐのは、自社の成長のためだけではない。食品の開発を通して、年々担い手や技術が失われ、衰退していく国内のものづくり産業の現状に、強い危機感を抱いているからだ。

競合するのではなく、独壇場をいかにつくれるか

「日本にあるのは世界に誇れるものばかりなのに、後継者不足で廃業しているお菓子メーカーやお豆腐屋さんとかがいっぱいある。こうしている間にも、めちゃくちゃ価値のあるものが潰れていっている。売るところがなくなったらメーカーも潰れる。だからこそ、救い合う関係性を作っていかないといけないと思っています。そのために、紀ノ国屋は成長しなくてはいけない。この会社は人のために強くなっていかなければと思います。紀ノ国屋が日本の作り手、製造業が生き残っていくための環境の一つになれたらいい」と語る。

コロナ禍の内食需要の拡大で増収増益に沸いた食品スーパー業界も一転、人手不足や物価高、物流費高騰などに直面し、企業ごとの実力勝負のフェーズに入った。だがそれは、「勝つ」か「負ける」かではなく、「独壇場」をいかにつくれるかにある。組織の中の1人の“火種”と、それに呼応するように燃え立つチーム全体の熱量が、企業の存亡を分ける。

髙橋さんは、現在の種まきの成果をはかる一旦の区切りを、2025年と定めている。大阪万博の開催年であり、自身が60歳の還暦を迎える年だ。

「それまでにいろんな戦略を詰め込んで、走り続けます。世界の人に納得してもらえる『THE紀ノ国屋』ブランドを本気でつくれると思っているから、やり続けるだけ。この楽しみが奪われたら、僕は何もできないですから」と、豪快に笑った。

---------- 座安 あきの(ざやす・あきの) Polestar Communications取締役社長 1978年、沖縄県生まれ。2006年沖縄タイムス社入社。編集局政経部経済班、社会部などを担当。09年から1年間、朝日新聞福岡本部・経済部出向。16年からくらし班で保育や学童、労働、障がい者雇用問題などを追った企画を多数。連載「『働く』を考える」が「貧困ジャーナリズム大賞2017」特別賞を受賞。2020年4月からPolestar Okinawa Gateway取締役広報戦略支援室長として洋菓子メーカーやIT企業などの広報支援、経済リポートなどを執筆。同10月から現職兼務。朝日新聞デジタル「コメントプラス」コメンテーターを務める。 ----------

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