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見逃し配信「TVer」はYouTubeの敵になれるのか 株式会社化でテレビ局が挑む動画配信の成否

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2020/08/01 07:55 境 治
「株式会社TVer(ティーバー)」の誕生で民放テレビ各局は、新しいビジネスモデルを実現できるでしょうか(写真:ナオ/PIXTA) © 東洋経済オンライン 「株式会社TVer(ティーバー)」の誕生で民放テレビ各局は、新しいビジネスモデルを実現できるでしょうか(写真:ナオ/PIXTA)

 「TVer(ティーバー)」を知っている人は、読者の中にどれくらいいるのだろう。「TVer」は、民放テレビ局が連携して運営する、テレビ番組の見逃し配信サービスだ。MAU(マンスリーアクティブユーザー)数は1000万を超え、すでに認知率は62.3%に達している。在京キー局と在阪キー局合わせて10局が制作するドラマやバラエティーを中心に、主だったテレビ番組が放送後一週間、無料で視聴できる。録画機がいらなくなる、テレビ好きには便利なサービスだ。

 そのスタートは2015年10月。その前の一年以上かけて在京キー局の幹部が定期的に集まり議論して、スタートを決めたと聞く。ただし、TVerはスタートからいままでの5年間、「微妙な形」で運営していた。

 TVerという会社があったわけではなく、在京キー局と電通博報堂など大手広告代理店の出資で、もともとあった株式会社プレゼントキャストが運営を委託されていた。だからTVer事業の主体者はプレゼントキャストではないが、番組を提供するテレビ局も主体者ではない。言わば、主体者がいない形で事業を進めてきたのだ。

 それがようやく、今年7月1日に株式会社TVerが誕生した。プレゼントキャスト社に在京キー局各社が合わせて数十億円規模の増資を行い、名称を変更。各社から取締役をおくりこんだのだ。

TBSの龍宝正峰氏が株式会社TVer社長に就任

 代表取締役社長は、TBSから来た龍宝正峰氏。同氏は5年前のスタート時も5社を代表するTVerのスポークスマン的存在だった。だからTVerが株式会社化するにあたり、龍宝氏の社長就任は誰しも納得したはずだ。「会社」となり“社長“の顔をはっきりさせたことは、「TVerをぐいぐい成長させたい」とのテレビ業界の思いの現れだと思う。

 その龍宝氏に、Zoom(オンライン通話)を通してだがじっくりお話を聞けた。同氏の言葉から浮かび上がるテレビ局の新しい姿を描いてみたい。若者のテレビ離れが言われて久しいが、果たしてTVer株式会社化はテレビが生まれ変わるための一手として間に合ったのか?遅すぎたのか?

 まず、なぜTVerを株式会社化したのか。それはもちろん、TVerとしての営業活動をするためだ。TVerの番組には、テレビ放送同様のCM枠がついている。CMを見ないと番組が見られないし、番組の途中にもCM枠があり、飛ばせない仕組みになっている。ただ、TVerの視聴者はCMが出てきても離脱はほとんどしない。

 一方でYouTubeのCMはスキップボタンがついているし、たまにスキップできないCMがあると私は大いにいらだつ。だがTVerの場合は「CMがつくもの」との前提で見る。

 そのCM枠は、いままでは各局の番組の枠を、その局の営業マンが売っていた。今後も各局個別のセールスが中心だが、それとは別に、株式会社TVerの営業マンがTVerの枠全体のセールスも始める。TVerのネット広告の長所を生かしたセールスをするために、TVerの営業マンが動くことになるのだ。各局とも、TVerとは別に独自の見逃し配信サービスを持っている。例えばTBSは「TBS FREE」、日本テレビは「TADA」。それらもTVerと併せてセールスするという。

 「現状でも運用型、システムマティックにターゲットにフィットする枠にスポンサーさんのニーズに合わせて流すという形態が増えてきています。11月以降、本格的に局在庫をまたがった運用型のセールスを、TVerと在京・在阪の10社のオウンドメディアの在庫も含めてトータルで僕らがやっていこうと思っています」(龍宝氏)

 「GYAO!さんなどのシンジケーション先の在庫も含めた、いわゆるキャッチアップ(見逃し動画配信サービス)の在庫全体をお借りして運用させていただく考えです。セールスの成果に関しては、例えば全部で100万imp(編集部注:impとはインプレッションの略で、広告表示回数を表す。広告出稿価格の指標などに使われる)出て、フジテレビ60万imp、日本テレビ40万impだったらその比率でコンテンツを提供いただいた放送局に金額をお支払いするモデルを作るのが今回の大きな目的の一つです」(龍宝氏)

 テレビ放送ではできない、運用型のターゲティング広告をTVerを軸に活発にセールスしていくことが、株式会社TVer設立のいちばんの目的なのだ。テレビCMは圧倒的なリーチ力がいまも評価されている一方で、ネット広告のようにターゲティングできないしデータも曖昧、という不満がスポンサー企業から出ていた。それを解決する新しいテレビCMの売り方を確立する。

ネットの動画広告相場にのみ込まれる懸念

 ここ数年、スポットのセールスがはっきり下がっていた。だからこそ、TVerの株式会社化はテレビ番組の新しい収入源、セールス手法の構築のために必要だった。そこにコロナ禍がやってきて、いよいよスポットが大幅に減少する中で、新しい取り組みに着手する絶好のタイミングとなった。

 ただ、ネットの動画広告は単価が低い。その相場にのみ込まれかねない懸念はあるだろう。現状まだ空き枠が見受けられ番宣CMが目につくTVerで、単価を彼らの希望でキープできるだろうか。

 「運用型はフロアプライス(編集部注:広告枠の最低落札金額のこと)を決めたらそれで取引されますので、取引が成立するかどうかは市場の判断になると思っています。番宣ばっかりになるんだとしたら、単価は多分下がっちゃうんだろうしある程度埋まってくるなら、単価を上げても買っていただける方がいらっしゃると思うんですよね。他のインターネットメディアでの視聴状況に比べるとTVerの方が広告視聴の環境ではある程度の優位性が出せると思うので、それをしっかり説明して、妥当な料金でセールスをしていければと思ってます」(龍宝氏)

 確かにTVerはちゃんとした番組の中できちんとCMを見せる場だと言える。そこを評価してもらえるか。値付けを妥当と感じてもらえるか。営業手腕が問われそうだ。

 TVerは今後のテレビ局のさまざまなネット配信の共通プラットフォームとなる。いま在京キー局の同時配信、つまり放送がそのままリアルタイムでネットでも視聴できるサービスをどの局がいつからやるか、情報が乱れ飛んでいる。いずれにせよ同時配信の受け皿はTVerになるともっぱら言われているのだが。

 「同時配信する、しないは放送局の考え次第で、あくまで、決めるのは放送局です。ただ、やると決めたときにできるコンディションがないと、動けなくなっちゃう。民放キー局が秋から同時配信をするという記事を見ました。あくまで噂ですが(笑)。その時に僕らが間に合わないからYouTubeでやろうとなったら本当に情けないので、そうならないような準備はしていくつもりです。難しいと思うけど、来年の4月に全国の127局から同時配信やりますと言われたら、じゃあ127局の同時配信を見ることができるプラットフォームを作ってありますからどうぞご利用くださいと、言えるのが理想だと思ってます」(龍宝氏)

 言われて気づいたが、同時配信の実施はTVerが決めることではない。各局の要請に応える立場だ。ただ、いざとなったらローカル局の要請にも対応できる体制を整えたい、との言葉には、民放全体の同時配信の受皿となる覚悟があると受けとめた。

テレビ視聴者の「見たい」を実現する

 また、現状のTVerはドラマやバラエティーの見逃し配信が中心だ。ひとりのユーザーとしてニュースも見たいのだがと言ってみた。

 「そういう見る側の要望を実現させるために今回この組織を作ったのだと考えていただければ、と思います。お客さんがニュース見たいんじゃないか、とわかればニュースはなければいけないものになると思います」(龍宝氏)

 現時点でニュースをTVerで扱うという議論にはなっていないが、ニーズがあると判断すれば動くということだ。ただ、ニュースの配信をTVerでまとまってやるとなると、ハードルが高いのは想像がつく。5系列あるうえに、各地のニュースはキー局のものではないので、ローカル局に打診する必要がある。ルールを決めたり、了承を得たりは相当大変そうだ。

 「やるとなったら、コンテンツを出していただくよう、放送局にお願いするということですけどね。ただ、この体制を作るにあたって放送局はそういうことも含めて乗り越えるぞと決意した前提ですから、ある程度の協力はいただけると期待しています」(龍宝氏)

 TVerの株式会社化が決まったということは、その時点で配信サービス確立のための努力を各局がすると決意したことでもあるはず。数年前までならまず反対の声が聞こえたことでも、今後は実現する前提で議論することになるだろう。龍宝氏の話から、これまでよりずっと前向きなテレビ局の意志が伝わった。

 さてTVerはテレビの変化に間に合ったのだろうか。誕生から5年でようやく株式会社となった、つまり本腰を入れた。この目まぐるしい時代に5年もかかったのは、遅きに失したのではないかという気がする。

 いまだにCM枠が番宣ばかりなのは、私がTVerの広告主のマーケティングターゲットである20〜30代女性の枠から大きく外れているからという理由もひとつにはある。だが、それにしても5年も経っていることを考えると広告が埋まらなすぎだ。今から既存の動画広告メディアに対抗して間に合うのか。ハードルはかなり高い。

 YouTubeはますます活性化しており、去年からはテレビで活躍するタレントたちがこぞってチャンネルを持ち、莫大な再生数を稼いでいる。もはやYouTubeのほうがメジャーで、テレビ放送のほうがマイナーに思えてきた。テレビはあまりにも高齢化に最適化してきた結果、メディアとしての鮮度をほとんど失ってしまった。そういう意味で、テレビ全体として遅きに失した感も否めない。

YouTubeにはないTVerのCM枠の優位性

 一方でYouTubeのCM枠、そしてさまざまなネットメディアの中に急速に増えてきた動画広告枠が、広告としてどれだけ機能しているかは疑問だ。私自身、YouTubeを開いて広告が出てくるとスキップすること以外考えない。出てきたCMの中身なんて見てやしない。記事中に出てくる動画広告枠も記事を読む際、邪魔でしかない。最近はひとつのページに動画広告が複数出てきて不快でさえある。ネット広告が持つ“乱暴さ”が、動画広告にはより一層滲み出ているように思う。

 だから龍宝氏が言っていたTVerのCM枠の優位性は確かにあると、ひとりのユーザーとして感じる。その優位性の示し方は簡単ではないが、きちんとした調査をやれば出てくるのではないか。メディアの進化はこれからだ。コロナがそれを加速している。TVerはその進化の中の重要なメルクマールになる気がする。

 そしてTVer自身の進化にも期待したい。意外にネットで大きなポジションを獲得できるかもしれない。その鍵は結局、テレビ局が握っている。テレビ局そのものが進化できるか、その気が本当にあるかがTVerを左右する。つまりテレビが自分で未来へ向かう意志があるのかどうかが、TVerを通して試される。コロナ後のメディア状況を切り開けるかは、テレビ局自身が決めるのだと思う。

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