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五輪開催中の終戦記念日に考えたい「憲法と平和」

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2016/08/14 松井雅博
五輪開催中の終戦記念日に考えたい「憲法と平和」 © diamond 五輪開催中の終戦記念日に考えたい「憲法と平和」

8月15日――終戦記念日。毎年、この季節になると「あの戦争」についてのニュースを目にすることも多くなる。この時期はお盆も重なり、日本人にとって先祖に想いを馳せるよい機会だ。まして今年は4年に一度の「平和の祭典」オリンピックが開催中である。国会で憲法改正の議論が本格化しようとしている今、平和について思考してみたい。(政治ジャーナリスト 松井雅博)

「反省すべき」と唱えられている割には本当に学んでいる人は少ない「あの戦争」

 8月15日――終戦記念日。

 毎年、この季節になると71年前に終結した「あの戦争」についてテレビや新聞で取り上げる機会が増える。

 この時期はお盆も重なり、日本人にとって先祖に想いを馳せるよい機会でもある。筆者自身も13日、亡くなった祖父と父の墓参りに行き、御先祖さまへの感謝の想いを噛みしめたところだ。

 まして今年は4年に一度の平和の祭典オリンピックが地球の反対側で開催中であり、4年後には日本へやってくる。そして、国会では今まさに憲法改正の議論が本格化しようとしている。今こそ、平和というものについて「思考」を始める時ではないだろうか。

 この時期、マスメディアで特集されることが多い「戦争からの学び」「戦争の反省」とは、具体的に何なのだろう。「学ぶべき」「反省すべき」ということが声高に唱えられている割には、本当に学んでいる人は少ないように思っている。

 例えば、いわゆる「リベラル派」の人たちは、「戦争」を絶対悪とみなして否定するばかりで、その根本的な原因や戦略の失敗については、具体的に何を反省しているのかよくわからない。

 一方、いわゆる「保守派」の人たちは、当時の日本の大義を証明しようと躍起になっていたりするが、伝えたいことはわかるものの、いささか「感情的で攻撃的な発言」が多くなりがちで、何を保守しようとしているのかわからなくなり、主張を理解してもらえないという残念なケースが多い。

 こうした「保守 vs リベラル」という昭和の香りのする軸を捨てて、日本のあり方を冷静に考えるべき時に来ている。客観的に史実を受け止めた上で、私たちはあの戦争から何を学ぶべきだろうか。真摯に過去の歴史と先人たちの行いを振り返りながら、この機会に日本人が甚大な被害を代償に得た「戦争からの学び」を考察したい。

戦争が早期決着できなかったのは「民主主義の限界と仕組みの欠陥」がある

 平和や安全保障問題の議論は、すぐに無益なイデオロギー闘争に陥りがちだ。だが、安易な思想対立に持ち込む前に、まず謙虚に史実を学ぶべきだ。学ぶ方法はさほど専門的な書物でなくても、高校の教科書や博物館レベルで十分だと思う。

 戦時中における総理大臣がどのような意思決定のプロセスを経て戦争に至ったのか、戦争が始まってしまった後の戦略のどこが失敗だったのか、を具体的に知るべきだと思う。1930年代から終戦までの歴史年表を少し学ぶだけでも、いざ本格的な危機が訪れた時、いかに国家運営が困難を極めるかを理解することができる。例えば、危機に陥った時にリーダーになりたがる人間はいない。貧乏くじを引くのがイヤだからだ。

 筆者なりの戦争の総括を行うとすれば、まず第一に、「あの戦争」は起きるべくして起きたということは認めざるを得ないだろう。1853年のペリー来航以来、攘夷か開国か、という論点は常に日本を二分する白熱した議論を呼んできた。現実論として開国派が政権を握り、軍事力や経済力を高めてきたものの、日本にとっては常に西欧列強は脅威であり続けたし、朝鮮半島や満州の利権をめぐって中国やロシアとの軋轢は絶えなかった。

 米国によって開国を迫られた日本は、おそらくその時から対米開戦は宿命づけられていたとも言えよう。ヘビに睨まれてしまったカエルは、もはや戦うか食べられるかの二択しかない中で睨み合いを続けるしかない。むしろ、全面衝突をよく90年間も先延ばしにできたのは外交努力の賜であろう。

 そして、「あの戦争」には戦略と戦術が決定的に欠如していたことも歴然とした事実である。戦争をやるからには勝たねばならない。少なくとも「勝算」は持ってないといけない。

 だが、まず、戦略の失敗は否めない。日本はあくまで米国とは短期決戦のつもりでいただろうが、それまで他の大陸の戦争にあまり関わりを持たなかった米国が、まさかはるばる太平洋を渡って本土攻撃までくることを想定できない甘さがあった。

 一方、戦術もお粗末だった。ロジスティクスもデタラメで、戦闘よりも食糧難で死んだ兵の方が多いくらいだったという。いわゆる「神風特攻隊」もほとんど効果をあげることができなかったのに半ばムリヤリ継続。戦争末期には竹槍で米軍と戦わせるような「狂気の沙汰」(鈴木貫太郎の言葉)の戦術しかない状況であった。結局、戦争の「専門家」であるはずの陸軍も、さほど立派な戦略や戦術は持ち合わせていなかったとは、専門家が万能ではないことを時代を超えて私たちに教えてくれる。

 最後に、開戦は避けられなかったとしても早期決着できなかったのは「民主主義の限界と仕組みの欠陥」がある。よく、大衆が戦争継続に傾いたという人がいるが、直前の選挙においても多くの有権者は戦争反対派が多数を占めていたし、特に対米開戦に対しては昭和天皇も否定的であった。にもかかわらず、戦争の早期決着を実現できず、ダラダラと長期化させてしまった理由は、軍部現役武官制度による軍に対するシビリアン・コントロールのなさである。

 そして、有権者に選ばれた議員たちも、貴族院の議員達も、誰一人戦争への抑止にはなれなかった。大正デモクラシーの結果として、政治家は大衆に選ばれるようになったが、果たしてその大仰な理想がどれだけ機能するかと言えば、極めて頼りない。

 こうして冷静に戦争を振り返ってみれば、今、我々が再考すべきポイントも見えてくるはずだ。

過渡期を迎える日米関係読めないオバマ政権後のパワーバランス

 1945年8月15日正午、昭和天皇がラジオを通じて全国民に敗戦を伝えた。日本は、米国、英国、中華民国らが無条件降伏を求めたポツダム宣言を受諾。第二次世界大戦が終わった。

 あれから71年。広島と長崎に二つの原子力爆弾を投下した米国のリーダーがようやく広島を訪れた。5月27日、オバマ大統領は広島平和記念公園を訪問し、持論である「核兵器のない世界」も含めた演説を行った。個人的には謝罪の言葉も含めてほしかった。例え、どんな理由があったとしても、原爆投下は大量殺戮である。既に勝負は決まっていたのであって、原爆が終戦を早めたというのは詭弁だと思う。

 そんな米国にも大きな変化が訪れようとしている。今年の秋に予定されている大統領選挙だ。新しい大統領の方針によっては、日米関係は見直しを迫られる可能性もある。

 将来的に、日本がもし米国の軍事力への依存度を下げるという決断をするならば、日本にとっては自衛隊のあり方とともに「核を持つかどうか」という論点は極めて深刻なものになるだろう。8月頭に発表された新閣僚人事で防衛大臣に就任した稲田朋美衆議院議員は、日本の核兵器保有について「憲法9条で禁止されているわけではない」と従来の政府見解に沿って説明した上で、「現時点で核保有はあり得ない」と発言した。すなわち、今現在は核保有はあり得ないけれども、日米関係が転換された将来、議論する余地を残したとも言える。

 そもそも「武力」だけが抑止力になるかのような思想はもはや古いと思う。70年間何の実戦経験もない自衛隊の軍事力をなぜそこまで信頼できるのか、疑問である。「防衛費をかけているから強い」というのは、「塾代をたくさん払っているから勉強ができる」という理屈と同じである。

「核」を保有している中国や北朝鮮に我々が怯えて外交で不利になっているか、と言えば必ずしもそうとは言えない。単に英語や交渉がスキルとして苦手だったり、成熟社会が故に成長が鈍化していたり、財政難やイノベーションを評価しない風潮などによって経済力が停滞し、立場が劣勢となることはあるだろうが、防衛力の影響は限定的なはずだ。

 日本が国を守るためには、国連を中心とした国際秩序を遵守し、多国間の協調的枠組みをベースとして国際秩序を積極的に支え、活用するための外交努力をするしかないと考える。多様な国と貿易関係や人の交流を確保することで、世界との接点を増やして「貧困と孤立」を生まないようにする。自分の国だけが豊かならよいという発想は捨て、環境問題や難民問題、疾病対策などの医療支援、押しつけにならない程度の途上国の民主化や教育支援など、世界の平和と安定に資する活動に国民の総意でコミットする。

 核や爆弾や軍艦といったハードパワーは一見勇ましく、ソフトパワーは頼りなく見えるかもしれない。しかし、武力に偏っても抑止力は上がらず、ソフトパワーを強めることの方が国を守る抑止力としては心強いのが実は現実ではないか。

緊迫する世界情勢今こそ冷静に我々の憲法に向き合おう

 最近物騒なニュースが世界情勢を緊迫させている。

 中東ではISIS(イスラム国)の脅威が続き、テロへの恐怖心が世界に広がっている。日本の近隣諸国を見ても、ロシアとの北方領土問題、韓国との竹島問題は依然解決の目処は立たぬままだし、北朝鮮は、今年に入っても核実験やミサイル発射実験を行っているとされている。尖閣諸島周辺の日本領海に中国の船が侵入する事件も増えているし、南シナ海における中国の主張・行動についてはオランダのハーグ仲裁裁判所が国際法に違反するという判断を示したものの、中国側は反発している。

 だが、それでもなお、世界情勢を71年前と比較すれば、21世紀における国対国の直接的な戦争が起きるリスクは明らかに低いと思われる。例えば、「中国が日本と戦争する」と本気で思ってる人がどれだけいるだろうか。もし賭けを持ちかけたら、おそらく大半の人が「戦争しない」に賭けるはずだ。

 そういった事実を踏まえ、我々はもっと真摯に自分たちの憲法に向き合うべきだ。筆者は多くの有識者や活動家、議員や有権者の方々と憲法について議論をしてきたが、おそらく、そもそも日本人の大多数の人は憲法を読んだことすらないと思う。読まずに「変えろ」とか「守れ」とか叫ぶ前に、立ち止まってぜひ読んでみてほしい。すべてのことに言えると思うが、事実に向き合うことなく妄想で批判したり保守したりすることほど無益なことはない。筆者の経験上、政治に関心が強い人の中には、勝手な思い込みで他者を攻撃する人も少なからずいると感じる。

 8月8日、生前退位の御意向をビデオメッセージで表された天皇陛下。天皇陛下もまた自らの歩みを振り返るとともに、この先のご自分の在り方や務めについて思いを致されている。71年前の今日、昭和天皇がラジオで伝えた玉音放送にも今一度耳を傾けてみてもいいかもしれない。

「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」実現を誓ったのは、未来永劫のために平和な世界を開くことだったことを私たちは忘れてはならない。

 今まさに我々が「平和」について考える姿勢が試されている。平和の祭典オリンピックを見るため夜更かしする方もいるだろうが、ぜひその合間にでも皆さんとともに思考してみたいと思う。

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